1-44 父の記憶


春樹の記憶の中での父…

春樹にとっての榎本樹は、あまり口数の多い父親ではなかった。


普段は研究員として働いていたためか、あまり家にいなかったし、一緒に遊んでもらった記憶もあまりない。


しかし、そんな父からいつも言われていたことは、今でもよく覚えている。



「春樹…人生で一番大切な人を見つけろ…そして守り抜け。」



それが春樹の父、樹の口癖だった。


小さい頃からよく聞かされたその言葉。

その時の春樹にとっては、ただ単に好きな人を見つけろと言っているのだと簡単に考えていた。



しかし、それが疑問に変わる出来事があった。


母が亡くなったとき、樹がこぼした言葉。春樹はそれを未だに忘れられない。



「また守れなかった…」



母の葬儀で涙し、そうこぼした父。

春樹は横でうつむく父のその言葉の意味が、その時はわからなかった。



しかし、今になってその意味がようやくわかった…樹の真意が理解できた。


ルシファリスを守れず、元の世界に戻ってきた樹。


再び、この異世界の地を踏むことは叶わなかった彼の悔しさは測りかねない。


そして、凪と結婚したにも関わらず、その伴侶をまた守りきれなかったことに、父は打ちのめされたのだろう。



母の葬儀の後、彼は春樹との時間を大切にするようになった。


仕事は必要最低限だけして、あとは春樹と話したり、出かけたりする。


春樹も反抗期らしいものはなく、父親と過ごす時間を待つことに抵抗はなかった。


そのまま高校生活が終わり、春樹は父を残して上京した。



「いつでも帰ってこい。」



父からはそれだけ言われて、送り出されたのだ。



「…しかし、まさか俺がこの世界に来るだなんて…親父は夢にも思ってないだろうな…」


「どうだろうね…イツキはとても頭の良い子だったから、もしかしたら気づいているかもね…息子がこの世界に来ていることに。」



春樹の言葉にミウルはそう付け加える。

そして、話の続きを再開する。



「これが僕が君の中にいる理由だ。必然なのか偶然なのか、今の僕にはわからないけどね。」


「…」


「では、本題といこう。僕がなぜイツキの心に一部を宿したのか。今こうして君と話している僕の目的は何なのか…全てはこの記憶の中にある。」



そう告げてミウルは皿型の器を見るように春樹に促した。春樹もそれに従い、器に張られた水面に目を向ける。


そこには忙しくどこかの通路を歩くミウルが映し出され、ある部屋に入っていくところであった。





「アブソル様!」


「ミウルか…どうした。」


「お願いがございます!!」



急に部屋に入ってきたかと思えば、ひざまづいて懇願するミウルに、アブソルは驚いて答える。



「一体どうしたと言うのだ、ミウルよ…落ち着いて話してくれ。」


「もっ…申し訳ございません。」



ミウルは息を整えて、話を再開する。



「魔族の…アスラの娘の処遇についてお願いがあるのです…」



それを聞いた瞬間、アブソルは顔をしかめた。



「ミウルよ…突然何を言い出すかと思えば…アスラの娘については処分は下されておろう。」


「ですが、彼女は…そもそも魔族たちは間引かれるべきではないと…アブソル様も仰っていたではないですか。」


「それは魔族の暴走が起こる前の話だ。今は状況が違う。アスラの娘が記憶を戻したのなら消す。そう決めていた事だ。」


「確かにその通りです…ですが、あの娘は…ルシファは反乱など起こすような娘ではありません。ましてや暴走など…我が身に誓って、そう言えます!!」



声を大きくしてそう懇願するミウルに対し、アブソルは大きくため息をついた。



「ミウルよ…どうしたと言うのだ。魔族はこの世界において危険分子でしかない。そのことはお前も納得していたはずだ…それともアスラの娘に対して情でもうつったか?」


「そうかもしれません…しかし、それだけではない。そもそも魔族たちにだって存続する権利はあるはずです。この世界に…世界大樹から生を受けた者は皆、平等であるはずでしょう?」


「確かにそうだが…」



ミウルの説得にアブソルは少し考えるような仕草をする。



「どうか…どうか彼らにももう一度チャンスをお与えください!」


「…わかった。考えておく…今日は下がれ。」



アブソルの言葉にミウルは悲しそうな表情を浮かべると、部屋をあとにした。


その様子を見届けると、アブソルは誰もいない方向に声をかける。



「どうだ…今のを見たか?お前の主人はどうやら魔族の…魔神の娘のことしか考えておらぬようだぞ。」


「…はい。」



誰もいない場所から突然人影が現れて、アブソルに応える。



「ミカイルとやら…早急に手を打たねば、お前の主人の心は魔族に全て取られるだろうな。しかし、それではお前があまりにかわいそうだ…」



ミカイルは悲痛な顔で無言のまま、ミウルが出ていったドアを見つめている。アブソルは構わずに話を続ける。



「だから、私が手を貸してやる…お前が魔神の娘を始末しろ。そうすれば主人は元通り、お前を愛し直すだろう。」



アブソルはそう言うと、ミカイルへと黒い玉のようなものを渡した。



「それは純粋な魔力の玉だ…それを使えば、お前の力は今よりずっと強くなる…魔神の娘など容易く殺せるだろう。」



ミカイルは頷いてそれを受けとる。



「よいか…?魔族と魔神の娘は確実に殺せ…他はお前に任せるが、それだけは必ずやり遂げよ。」



ミカイルは小さく「はい。」と呟くと部屋をあとにする。


アブソルはそれを見送って静かに笑うのであった。





「なんであんた自身が出ていったあとの事まで記録されてるんだ?」



ミウルの記憶と聞かされていた春樹は率直な疑問を投げかけた。



「あんたの記憶なんだろ?なんで目線が主観じゃなくて三人称なんだよ。」


「あ〜いいとこに目をつけるね。」



ミウルは春樹を指差してウインクをする。

しかし、春樹は無視して話を続ける。



「もしかして盗撮か…これ?」


「That's right!」



ミウルは相変わらずおちゃらけた様に、今度は両手の指を春樹に向けてウインクした。



「…ふざけるなよ。」


「ふざけてないよ。」



笑っているミウルに春樹は大きくため息をつく。それを見たミウルはマイペースに話を続ける。



「だけど、これは僕の案じゃなくて、兄のアルコの案なんだ…ハハ…あいつがこんな作戦を進言してきたときは世界が終わるなって思ったね!…実際には本当に終わりかけたけど…」


「それは冗談にもなんねぇだろ…」



あきれたように頭を抱える春樹に対し、ミウルは笑っている。



(相変わらず真面目なのか、ふざけんのかわかんない奴だなぁ…)



春樹がそう考えていると、ミウルは話を再開した。



「とりあえず、今ので理由がわかったかな?」


「なんのだよ…?」


「え…?」



春樹の反応にミウルはキョトンとした顔をする。



「なんだよ…悪いな、察しが悪くてさ。」


「いや…本当に分からなかったの?」


「アブソルとミカイルが繋がってたってことが言いたいのか?」


「いや…そうなんだけどさ。」



ミウルは少し困った顔を浮かべる。春樹はそれを見て問いかける。



「そもそもさ、この情報があったなら事前にミカイルを止められたんじゃね?何のために隠し撮りしてたんだよ…」


「そう言われると…これを回収できたのはミカイルが暴走した後だったから、なかなか回収できなくてさ…」



ミウルは珍しくうなだれる。



「…まぁ今さら言っても仕方ないけどさ。とりあえず話を整理するとだ…」



春樹は頭をかきながら、話を進めていく。



「アブソルって神さまは魔神アスラが嫌いで、暴走したことを良い理由に処刑し、その娘を含む部下たちも抹殺したい。その舞台にあんたの管理する世界を選んだ。あんたたちはそれに気づいたけど、時すでに遅く、崩壊する世界を止めることしかできなかった。」


「あれれれれ…?」


「ミカイルは心の弱さにつけ込まれて利用されている。あんた本人が説得したいけど、こんな状況じゃどうにもできない。」


「およよよよ…?」


「こんなとこだろ?」



首を傾げるミウルに対して、春樹はため息をついた。

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