1-43 夢の中で会いましょう:RE


翌日、ミカエリスとともに春樹たちは大樹へと出発した。


ミカエリスは少しでも早く大樹の頂点へ辿り着き、目的の法陣を押さえたかったからだ。


しかし、それにはいくつかの問題もある。



「ルシファリスたちがどこで追いつくかだな。」



クロスは木の枝を口に咥えて、寝そべりながらふつぶやいた。


竜車の客車内でくつろいでいるクロスに、秋人が声をかける。



「そのルシファリスって人はミズガルにいるんだろ?大樹は全ての国を通ってるなら、ミズガルにつながるところで仕掛けてくるんじゃない?」


「…いえ、そうとも限らないのよ。」



秋人の問いにミカエリスが答える。秋人は理由がわからずに首を傾げた。



「大樹の頂点に行くには、ある場所を通らなければならないの。でもそこには"アルコ"という神がいるのよ。」


「アルコって竜人の親玉の?」


「えぇ、そのお方はミウル様のお兄さまで、いまは半分封印状態なのだけれど、たぶん私は通してもらえないのよ…」


「え?なんで…?」



秋人が単純に問いかけると、ミカエリスはため息をついて答える。



「私は単純に嫌われているのよ…その方に…」



横ではクロスがニヤついている。それをチラリと一瞥して、ミカエリスは話を続ける。



「…とにかくやることは二つ。ひとつはアルコ様がいるところを通る方法を考えること…まぁ当てはあるのだけど。そして、もうひとつは…」


「もうひとつは?」



ミカエリスは秋人と春樹を交互に見ると、続きを口にする。



「あなたたちが陰陽の力をしっかり使えるようになることよ。」


「そうそう、それなんだけど…具体的にはどうしたら良いの?」



終始無言の春樹に対し、秋人はわからないことをどんどん質問していく。



「アキト…あなたはすでに使えるはずなのよ。でも、記憶を失うときにその方法も忘れてしまっている。記憶を取り戻せるかわからないけど、クロスに使い方を教えてもらって…もしかしたらそれがきっかけで記憶が戻るかもしれないわ。」


「なるほど…わかった!クロスさん、よろしく!!」



笑みを浮かべて声をかけてくる秋人に、クロスは寝そべったまま手を振って答える。



「そして、ハルキ…あなたなのだけれど…」



ミカエリスは春樹を見て、話を続ける。



「あなたは、どこかで陽の能力を使うことを拒んでるみたいね…何か怖い目にあったのかしら…」


「…いや、別に…」


「フフ…隠してもダメよ。あなたはそれを克服しないといけないわね。じゃないと陽の力をちゃんと使えないもの…」



ミカエリスは苦笑いしながら、春樹にそう伝える。当の春樹はというと、相変わらず無言であった。



「まぁまぁ…着くまでの間に自分の記憶と対面してちょうだい。そして、自分の中でそれを克服してきてもらえるかしら。」



ミカエリスはそういうと、春樹の眉間に人差し指をトンッと置いた。


その瞬間、春樹は自分の意識が遠のいていくのを感じる。



「なっ…なにを…」


「記憶とご対面〜」



薄れゆく意識の傍らで、笑顔で手を振るミカエリスが見えた。


そして、春樹は意識を失った。





「やぁ、久しぶりだね。」



またあの空間だ。

目の前には、金色に輝くウェーブのかかった長い髪、長いまつげに深海を思わせるようなブルーの瞳。


黒のハット帽に、赤と黒を基調としたストライプのスーツをビシッと決め込み、右手には革手に杖を携えている女性。


表情は凛として…いやそれには程遠くニヤニヤ笑ってこちらを向いている。



「ミウル…いや、ミウル様の方が正しいのか?」


「いやいや、"ミウル"でいいよ。そんなかしこまられても気持ち悪いし…」



相変わらず調子良く、顔の前で手を横に振って大きな動作で春樹に応える。



「久しぶりだね、ミウル。」


「ハルキもご健在のようだね。」



二人は懐かしむように対峙する。



「しかしまぁ、君を記憶と対面させようだなんて…ミカエリスもよく考えてるなぁ。」


「…」



やれやれといったように両手をあげて、首を横に振るミウルに、春樹は答えない。


ハルキの反応を伺うように、ミウルはチラリと片目で確認して、話を続ける。



「ミカエリスの目的は僕の復活なんだねぇ…大樹の頂点を目指すんだろ?うまく行くといいねぇ。あそこにはアルコがいるから…」


「…なんで他人事なんだ?」



まるで自分のことではないかのように話すミウルに、春樹は重い口を開いて問いかけた。



「他人事…ねぇ。まぁ、間違いではないかな。僕はミウルの残滓だから…本人じゃないし…」


「残滓か…そもそも何が目的で俺の中にいるんだ?あんたの目的…そろそろ教えてもらわなきゃな…」



そう告げる春樹に対して、ミウルは少し考える素振りをする。そして、再び口を開いた。



「…確かに、そろそろ頃合いだね。いいだろう…僕の目的を教えてあげるよ。」



ミウルはそういうと「ついてきて」と言って歩き出した。


春樹も後を追うように、それに続いていく。





「ここからは僕の記憶…ミウルの記憶だよ。」


「きみの…?」


「あぁ…これから本当の真実を見せてあげるよ。そしたら、僕のやりたいことがわかる。」



ミウルはそういうと、あるところで立ち止まる。地面から細い脚が伸びており、その上には薄く広がる皿型の器に水が張られている。



「ここをのぞいてごらん。」


「これか?」



春樹はミウルが指し示す器を覗き込んだ。そこには、どこかの通路を歩いていくミウル自身が映し出されている。



「これが…きみの記憶?」


「あぁ…とても重要な記憶でね…ここに残したんだ…」


「ここって言っても…ここは俺の深層心理では?」



ミウルは目をつむる。



「その疑問は正しい…まずはそこを説明しようか。」



春樹は黙って頷いた。



「私がなぜ君の中にいるのか…結論から言えば、君の父…イツキが元の世界に帰る前に、私はこっそりとイツキの心に自分の一部を宿したんだ。そして、君が生まれ、それが君に引き継がれたんだよ。」


「それを全て見越していたのか…?」


「いや…君に引き継がれるなんてこれっぽっちも考えてなかったよ。イツキがもし戻ってきたら…そう考えてただけ。それにイツキが戻るのもほとんど賭けのようなものだったしね。しかし、結果、君はここにいる。それは事実だ。」



苦笑いをするミウルに、春樹はさらに問いかける。



「なぜ親父だったんだ?他の異世界人でも良かったんじゃないのか?」


「あぁ…それはルシファとのつながりが一番強いのがイツキだったからね。必然といえば必然さ。」


「だけどそれだけでは…」


「確かにね…だけど理由はそれだけじゃない。イツキの方にもあるんだよ。」


「親父にも…?」



春樹の疑問にミウルは話を続ける。



「きみの父…イツキはルシファのことを愛していたからね。あの子を絶対に守るって心の底から誓っていたんだ。僕はそれを知っていた。結局イツキはこの世界に戻れなかったけど、その想いは…強い想いが君に引き継がれたんだね。」



春樹は父である樹のことを思い出す。


彼は母である凪のことを愛していたと記憶している。


その母は、春樹が高校の時に病で亡くなってしまったのだが…


父の…樹のその時の涙は本物だった。



「…イツキには、わかっていたんだろうね。自分がこの世界にはもう戻れないことを…。そっちの世界での伴侶のことも本気で愛していたんだと思うよ。」

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