1-42 クソ親父
「私がミカエリスを抑えている間に、アルコ様には大樹へと向かってもらったわ。」
「世界の崩壊を抑えるためにですか。」
「そうよ…そして、なんとか世界は分断するのみでとどまった…管理権限をミウル様から預かったアルコ様は、私とミカエリスから力を奪い取り、神堕ちさせたの。」
ウェルはこれまでの話を理解したというようにうなずく。
「なるほど…そんな壮大な話が過去にあったのですね。」
「神の話など下界のものには伝えられない…あんたは関係者だからね…」
「いろいろと自分の記憶を辿りたいところですが、今はそんな場合じゃないですね。ちなみにミカエリス様の目的って一体なんなんですかね?」
自分が異世界人だと聞かされて、いろいろ興味が出るところだが、しなければならないことがあることをウェルも理解はしている。
「おそらくだけど…ミウル様の復活させて、あたしを殺したいんじゃない?」
「そんな単純なことなんですか?」
「ミカエリス…いえ、ミカイルって女はそういう奴よ。単純一途…純粋にミウル様を思っているのよ。」
「ミカイル様もそんなお優しい方なら話せばわかるのではないですか?」
ウェルの言葉に、ルシファリスは首を横に振ってため息をつく。
「極度の単純一途よ…もはや狂気に近いわ。タチが悪いほどにね。」
「…なんとなくわかる気がするな。」
ウェルは頭をボリボリとかいてつぶやいた。そして、更なる疑問を口にする。
「ハルキをさらった理由は?ミウル様を復活させるのにどうして彼が必要なのでしょう。」
「…理由は簡単よ。あいつは今までの異世界人と違うのよ。」
「違う…?どこが違うんですか?」
ウェルが首を傾げる。
「あんた、法陣を使えるでしょ?属性もいくつか持ってるわね?」
「ええ、火と木ですかね。」
「ハルキは属性をひとつも持たないわ。」
「え?そうなんですか?」
「そのかわり陽属性に特化してるのよ、あいつ…」
「…法陣を使えない理由が、今納得できました。しかし、もっと理由がわからなくなりました。なぜ、法陣の使えないハルキを…」
深く考えるウェルに、ルシファは端的に答えを伝える。
「簡単よ。陽の能力を使って分断された世界を繋ぎ合わせたいのよ…あいつは。ただ、それには逆に陰特化の能力が必要なんだけど…」
「…おそらくは手に入れているのでしょうな。」
ルシファの話に、今度はクラージュが口を開いた。ウェルもそれに反応する。
「そういえば…ハルキと旅をしているときに噂で聞いた話ですけど…スヴァルで街が一つ滅んだ…市民が忽然と消えたと…」
「私も聞いたわ…たぶんミカエリスが絡んでるでしょうね…だけど、いまのあいつにそんな力はないはず…とすると異世界人が絡んでると推測できる。」
「それが陰の能力の持ち主だと…そういう事ですか。」
クラージュの言葉に、ルシファはうなずいた。
「早い段階でハルキを救い出さないと…めんどくさい事になるわ…ミウル様をどうやって復活させるのかはまだわからないけど…まずはハルキを助けることが最優先ね。」
◆
「食事はお口にあったかしら?」
「あぁ、美味しかったよ!」
満足げに答える秋人にミカエリスは笑顔で応え、春樹の方を向く。
「どうかしら…」
「要は俺が持つ陽と秋人の持つ陰の力で、世界をひとつに戻すんだな?」
「その通りよ。」
「その神様は?ミウル様はどうやって復活させるんだ?」
ミカエリスは笑顔のまま、春樹の問いに答える。
「大樹の頂点に行くわ。そこに行けば、陰陽の力を使って世界を元に戻す法陣があるの。そして、世界がもどれば、ミウル様にも自ずと力が戻るはず…」
「なるほどな…わかった。」
春樹の言葉に、ミカエリスはホッと胸を撫でおろす。
「協力してもらえるのね。ありがとう。」
春樹はそれには答えなかった。
夕食が終わり、春樹と秋人を部屋に案内すると、ミカエリスとクロスは廊下を歩きながら話をする。
「大事なことは伝えなくていいのか?」
「えぇ…いいのよ、知らなくて。」
「…そうか。」
クロスは静かに前を向く。そして、悲願を口にする。
「バースの復活も頼むぜ…」
「もちろんよ。ミウル様が復活すれば…それの願いも叶うわ。」
ミカエリスはクロスには目を向けずに答えた。
「あと少しで…あと少しで主人が復活してする…そしたら…」
ミカエリスは下を向いて、肩で笑い始める。そして、顔を上げると醜悪な笑みを浮かべる。
「あの女を殺してやるわ!」
その眼は黒く染まり、深紅の瞳が光り輝いていた。
◆
春樹はテラスに立っていた。
すでに陽は落ち、あたりは真っ暗だ。
空を見上げれば、現世界では見ることはできないほどの数多の星たちが、主張し合っている。
春樹はため息をつく。
吐き出された息は白く、散り散りになる。
この世界に来て数年がたった。
ルシファリスに出会い、多くを知った。
命を狙われ、死の境を彷徨った。
ウェルと世界を旅した。
そして、異世界人の記憶に触れた。
ミズガルでの研究生活はたのしかった。
そんな思い出が溢れてくる。
ミカエリスの話。
ホントとウソが入り混じっている。
そして、自分はそれに気づいている。
「樹という異世界人の記憶か…偶然…とは言えないよな…」
春樹は思い返してつぶやいた。
その記憶…いやレコーダーといった方が正しいだろう。それにはことの顛末が鮮明に残されていたのだ。
ミウルとアルコという神のこと。
レイという竜人のこと。
他の異世界人のこと。
進めていた研究のこと。
ミカエリスの暴走、そして、それを止めようとしたルシファリスのこと。
そして…彼がルシファリスと過ごした日々のこと。
他人からすれば、信じられる内容かどうかはわからない。しかし、春樹にはそれが自然と信じられることだと感じることができたのだ。
樹という異世界人の話は真実なのだと…
「止めなくちゃいけないならミカエリスの方だ…」
春樹は小さくつぶやいた。
「何としても…ミカエリスを止めてルシファリスを助ける…それが彼の…」
そこまで言って、春樹は口を閉じてうつむいた。
どうしてもその先を言う気にはなれないのだ。
しかし、そんな春樹の心の中にルシファリスの顔が浮かぶ。
自分が守りたい人の顔。
その笑顔を…
「どこまでも自分勝手なやつだ…あんたは。」
春樹は顔を上げてそうこぼす。
「あんたの思惑どおりなのは、ムカつくけど…ルシファリスは救ってやるよ!」
春樹の目に覚悟が宿り、その眼は暗い闇をグッと見据えていた。
「クソ親父め…」
白い息が舞い散って消えた。
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