1-40 伝言


クラージュはミウルを連れ、オルノールたちと合流を果たした。



「オルノール殿、部隊を後退させ、この場から撤退させろ。私はミウル様を異世界人の元へとお連れする。」


「かしこまりました…しかし、ルシファ様は?」


「ミカイルを足止めするために残られた…」



オルノールの問いかけに、ぎりっと歯を噛み、悔しそうな表情でクラージュなそう告げた。


ミウルも少し放心状態で憔悴しきっている。



「そうですか…わかりました。伝達!!ミウル様とクラージュ殿の退路を確保しつつ、全軍後退せよ!!」



オルノールの掛け声に、部下たちは従い始め、忙しく動き始める。



「…ミウル様、こちらへ。クラージュ殿、竜車がありますので、それで砦へとお向かいください。」



オルノールはそう言うと、ミウルとクラージュを近くに準備していた竜車へと乗せた。



「オルノール殿…よいか。もはや天使軍は蜘蛛の子を散らしたように散り散りとなっておる。しかし、ミカイル自身が健在である以上、奴らは我々を見つけたら攻撃を仕掛けてくるだろう。無理はせず、後退だしながら時間を稼いでくれ!私もミウル様をお送りしたらすぐに戻る!!」


「ありがとうございます。お二方ともお気をつけて。」



オルノールはそう言うと、竜車のドアを閉め、御者へと合図を送った。


竜車は勢いよく走り始めて、すぐにその姿を小さくする。



「…さて、我々ももう一踏ん張りか…全軍、天使軍の攻撃に備えておけ!良いか!無理は絶対するな!!繰り返す!無理はするなよ!!」





ミウルとクラージュが乗る竜車が、樹たちのいる砦へと到着した。


クラージュはミウルを連れて、異世界人たちの元へと急ぐ。



「ミカイル様…召喚の儀はできそうでしょうか。」


「わからない…おそらく私の魔力はギリギリだろうな…」



クラージュはそれを聞いて何も答えなかった。二人はそのまま無言で逆召喚を行うための部屋がある塔へと進んでいった。




「はぁ〜退屈ね。」



摩理がそうこぼす。

部屋には相変わらず、樹を含めた6人の異世界人たちが思い思いの様子で過ごしていた。


するとドアが開いて、ウノールが入ってきた。



「待たせたね。ミウル様が到着された。今から君たちを返す準備をするから、あと少しだけ待ってくれるかな?」


「…やはり本当に帰るのか。」


「そうだね。君たちを死なせるわけにはいかないからね…」



剛の問いかけに、ウノールは静かに答えた。



「ウノール様、ルシファはどうしたんだい?」



いつもの笑顔はなく、ジョシュは少し真剣な眼差しで質問をする。ウノールは小さくため息をつくと、口を開いた。



「ミカイル様の暴走により、ルシファ様が応戦することとなった…今は国境付近でミカイル様を抑えてくださっている。」


「なぜルシファだけを残したんですか!?」



ウノールの言葉に食ってかかったのは樹であった。樹は苛立ちを抑えられないといったようにウノールをジッと見据えている。



「仕方ないのだ…ミカイル様に敵うのはルシファ様しかいないのだから…」


「だからと言って、一人残していくなんて!」


「やめるんだ…」



再びウノールに食ってかかる樹を、ジョシュが制止する。



「ジョシュ!君だってルシファが心配じゃないのか!?なんで止めるんだ!!」



ジョシュは樹の言葉には答えない。



「そもそも、クラージュさんだってミウル様だって、みんなで協力すればなんとかなったかもしれないんだ!俺たちだけ元の世界に戻すなんて…そんなのおかしいじゃないか!!ミウル様は…ミウル様はどこにっ…」



パンッ



憤激する樹の頬を、ジョシュが叩いた。

部屋の中に乾いた音が響き渡り、他の者たちは静かに息をのむ。



「樹…いい加減にしないか。彼らはみんな僕らのために必死で命をかけてくれてるんだぞ…それを否定することはしてはならないよ。」


「…っ。」


「君もわかっているだろう?ミカイルさんを止めるのはルシファにしかできないことだという事を。気持ちはわかるが…君も大人になれよ。」



ジョシュの声だけが部屋の中に響き渡る。

その様子を見ていたウノールが、再び口を開いた。



「イツキよ、クラージュが君と話したがっている。君はこのまま私についてきなさい。」





ウノールのあとに続き、樹はある部屋に入ると、そこにはクラージュの姿があった。



「イツキよ…すまない。」



クラージュは樹を見ると、すぐに駆け寄って頭を下げた。



「私の力不足だ。これまで幾年もの間、強さを追い求めてきたが、これほどまで悔しかったことはない…本来ならお主に合わせる顔はないのだが…」


「ルシファは…?」



クラージュがそこまで言うと、樹はルシファについて問いかけた。

クラージュは、悔しげな表情のまま答える。



「ミカイルを抑えてくれておる…ただ…」


「ただ…?」



クラージュが言葉を濁したことに、樹はさらに問いかける。



「ミカイルは暴走していてな…あれはおそらく魔人化している可能性が高い…」


「魔人化っ…!?」



樹よりも先に、ウノールが驚きの表情を浮かべた。しかし、樹はそんなこと関係ないというように口を開く。



「ルシファはミカイルに勝てるの?」


「それは…」


「はっきり言ってください!!」



はっきりしないクラージュに、樹は苛立ちを隠さずに声を荒げた。

クラージュはすまないと言ったように肩を落として話し出す。



「もともとミカイルとルシファ殿の力はほぼ互角だ。しかし、そこに魔人化が加わるとなると…魔人化は基礎的な能力が飛躍するからな。その分、自我を失うことが多いのだが…」



樹は無言で聞いている。



「結論を言うと、ルシファ殿は負ける可能性が高い…と言うことだ。」


「そうか…わかった。」



また咎められると思っていたクラージュは、樹の反応の低さを疑問に思った。



「イツキよ…お主…」


「大丈夫…わかってるよ。さっきジョシュにも怒られたんだ。今の俺には何もできないし、これ以上のわがままはみんなを…いや、ルシファを困らせるだけだってね。」



それを聞いたクラージュは最後に一言付け加える。



「ルシファ殿から伝言だ。『間に合わせる…しかし、無理かもしれない。別れを言えずすまない』と。」



それを聞いた樹は小さくため息を吐く。

そして、小さくつぶやいた。



「はなから無理とか決めつけるなよ…らしくない。」



クラージュもウノールも、無言で樹の言葉を噛み締めているのであった。

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