1-39 ミカイル対ルシファ


ミカイルはテントの前に来ると、入口に立つ部下に「誰も入れるな」と指示を出し、中へ入る。


そのまま、ゆっくり奥へ進むと、椅子にドスっと座り込んだ。


無言のまま下を向き、何も話さない。


沈黙がテントの中を支配し始めた時、ミカイルが口を開いた。



「…久しぶりね、ルシファ…」


「そうね…あんた、気づいてたのね。私たちのこと…」



いつのまにかミカイルの前には、ミウルとルシファが立っている。



「ミウル様…そう…ルシファが助けたのですね…」


「あぁ…そうだ。そして…君を説得しに来たのだ。」



ミウルはミカイルにそう告げるが、彼女は俯いたまま何も発しない。



「…ミカイルよ、こんなことはやめてくれ。私が悪かった…。だから…頼む!」



ミウルはミカイルの前へと駆け寄り、必死に説得の言葉を並べていく。

ルシファはその様子を無言で眺めている。



「私は…もっと…君の意見を尊重するべきだったと反省しているよ…君の意見をよく聞いて、向き合うべきであったと…しかし、私はそれを怠り、この結果を産んでしまった…」



ミウルは膝を折って、ミカイルの顔を覗き込むように腰を落とした。そして、ミカイルの手を取り、話を続ける。



「これからは君とも向き合うことを約束する…君は僕の娘なのなんだ…だから、帰ろうミカイル…私と一緒にやり直そう…」



ミカイルの手をギュッと握りしめ、ミウルは涙を流しながら、訴えかけた。


ミカイルは終始無言で聞いていたが、ミウルの言葉が終わると、おもむろに口を開いた。



「…だめですよ、ミウル様。だめなんです…」


「なにが…ダメなんだい?」



問いかけるミウルの後ろで、ルシファはミカイルの声色がおかしいことに気づいて、身構える。



「フフフ…もう遅いんです。前にも言いましたが、この世界に…いえ、全ての世界に魔族は要らないんですよ…いつ暴走するかもわからない危険な因子を、わざわざ残しておく意味はないでしょう?アスラの因子は全て消し去らないといけない…フフフフ」



ミカイルは下を向いたまま、ルシファを指差し、笑みをこぼして話を続ける。



「こいつがいるからおかしくなった…こいつがいるからミウル様が私を見ない…こいつがいるから、この世界に異物が入ったら…こいつがいるから!!!」



その瞬間、ミカイルは顔を上げてルシファを睨みつける。

とっさに身構えたルシファは、その顔を見て驚愕する。



「あっ…あんた…その…眼は…」



自分に向くミカイルの双眸は真っ黒に染まり、中には紅く染まった瞳が見える。

肩で激しく息をするミカイルは、大きく息をつくと、目を見開き、大きく咆哮を上げたのだ。



「ガァァァァァァァァァァァァ!!!」


「ミカイル!!よせ!!」



ミウルが制止しようとしたのも束の間、ミカイルが発した衝撃波が二人に襲いかかった。





ルシファたちがいたテントが大きな衝撃とともに吹き飛んで、砂煙が上がる。


近くにいたミカイルの部下たちが周りに集まり始める。



「ミウル様!?ご無事ですか?!」


「あっ…あぁ、問題ないよ。」



ルシファが声をかけると、近くにいたミウルが返事をする。そして、ゆっくりと晴れていく砂煙の先に、黒いオーラを纏うミカイルの姿が現れた。



「フシューッ…フシューッ…」



両足を広げ、前屈みになり、両手も前にだらんと垂れ下げているその姿は、自我を無くしていることが容易にわかる。



「ミウル様!お下がりください!!」



ルシファはミウルを下げさせて、前に出た。



「ルシファ…私はあんたを許さない…」



ルシファの姿を見て、ミカイルは小さく呟く。それを聞いたルシファが、あきれたように答える。



「そんなことで暴走するなんて…お子ちゃまじゃない!」


「そんな…こと…?」



ミカイルの動きが止まる。ルシファは構わずミカイルへ言葉をつづる。



「そうよ!あんたの暴走は傍からみたら子供の駄々っ子にしか見えないって言ってるのよ!」


「黙れぇぇぇぇぇぇ!!!!」



その瞬間、ミカイルは不機嫌さをあらわにしてルシファに飛びかかった。





「クラージュ殿!!あの音は…!!」



衝撃音を聞いたオルノールが、クラージュの元へ駆けつけてきた。



「あぁ…事態は悪い方へと傾いたようだ…」


「…どうしますか?」


「ムゥ…ルシファ殿とミカイルがやり合うとなると…」



オルノールの問いかけに、クラージュは一瞬判断を迷う。しかし、すぐにオルノールへと指示を出す。



「オルノール殿、貴殿は部隊を数キロほど後退されてくれ。私はルシファの元に向かい、ミウル様を保護せねばならん!」


「かしこまりました!全部隊!後退だ!伝達!全部隊後退!!」



オルノールはクラージュの言葉を聞いて、周りの部下に大声で指示を出す。



「クラージュ殿…どうかご武運を…」



オルノールの言葉にクラージュは無言で頷くと、音の発信源へと駆け出した。




森の中をある程度駆け抜けていくと、何度も爆発音が聞こえてきた。



「近いな…そろそろか。」



そう呟いて、地面を大きく蹴り上げて背の高い木の上に飛び移ると、まさに目の前ではミカイルとルシファが、壮絶な戦闘を繰り広げていた。


荒れ狂う法陣により、木々は倒れていき、その周りでは天使族の部下が逃げ惑い、争いの波に飲まれていくのが見える。



「…ミカイル、自分の部下のことすら気にできぬほどか…ミウル様が無事だと良いが…」



クラージュはそこから森の中へ飛び込むと、戦闘の中心地へと再び駆け始める。


そして、近くまで寄るとミウルが木の影にうずくまっているのを発見した。



「ミウル様!!」


「クッ…クラージュか…」



そう言ってクラージュが駆け寄ると、ミウルは力なさげに顔を上げる。



「…まったく不甲斐ない…自分の娘たちを沈めることができぬほど、力を失っているとは…」


「異世界から何人も召喚を行なったのです。仕方ないこと…それよりお怪我は?」



悔しそうに唇をかむミウルに対して、クラージュは怪我の有無を確かめる。幸いにもミウルに大きな怪我はないようだ。



「ない…大丈夫だ…それよりクラージュよ…あの戦いを止めることはできないか?」


「…残念ながら、私では…」



ミウルの願いに、クラージュは首を横に振った。



「そもそもルシファ殿は私より強い。その彼女と互角にやり合っているミカイル殿…二人の間に私が入っても、死ぬか、ルシファ殿の邪魔をするだけです…」


「…そうか…しかしミカイルはいつの間にあれほどの力を…彼女は戦闘にはそれほど長けていないはずだが…」


「わかりませぬが…ミウル様、一度ここを離れましょう。」



ミウルはミカイルの強さに疑問を浮かべるが、クラージュはそれには答えずに非難を進言する。



「しかし…」



ミウルがそれに躊躇していると、大きな爆発が起こり、巨大な砂煙が辺りを包み込んだ。



「くっ…これでは視界が…」



クラージュがミウルを庇うように身構えると、ルシファがそこに現れた。



「ルシファ!?」


「シッ…お静かに…!」



ルシファは二人に向けて、声を出さないように指示を出す。



「この砂煙で、ミカイルが我々の姿を見失っています。」


「でっ…では!ここは一度体制を立て直して…」


「それはできません。」


「なっ…なぜだ!?」



ルシファはミカイルがいるであろう方向を見据えながら、ミウルの言葉を遮った。



「ミカイルはもう止まりません。誰かがあいつを止めないと…たぶん全部壊し続けます。」


「そっ…そんな…彼女はなぜあのようになってしまったのだ…」


「…わかりませんが、一つ言えるのは私以外で、あの子を止められる者はいない…という事です。」



ルシファは顔は向けずに、ミウルたちに語りかける。そして、クラージュに声をかけた。



「クラージュ…ミウル様を頼むわね。そして、ウノールたちのところへ戻り、イツキたちを…元の世界へ戻してあげて…」


「…わかった。」


「ルシファ!それは許さん!一人で残るなど…」



頷くクラージュの横で、ミウルがそれを拒む。しかし、ルシファはミウルに静かに告げた。



「父のこと、最後まで信じてくださり、ありがとうございます。私はその恩に報いたいと思います…彼女を殺さずに止めることはむずかしいでしょう。だけど、この世界だけは守ってみせます。」



ルシファの言葉に、ミウルはなにも言えなくなった。ルシファは再びクラージュに顔を向ける。



「イツキのこと…頼んだわよ。お別れを言えずごめんなさいと伝えて…どちらにせよ、この世界に彼らは残しておかないけど、もしミカイルを抑えることができたら…」


「わかった…必ず間に合え。」



それを聞くと、ルシファは再びミカイルの方へと駆け出すのであった。

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