1-37 お別れ


「それが私なんですね…」



ルシファリスはウェルの問いかけに頷く。



「私も帰ってきてイツキに聞いたの。そのあと捜索班も派遣したけど、その時は見つからなかった…」


「…ではなぜ、ルシファリス様はその異世界人が私だと?その根拠はあるのですか?」



ルシファリスはそれも肯定する。



「私が知ってるウェルサム=スミスという男は、元の世界では鍛冶屋を営んでいて、"鉱石が大の好物"な男よ。」


「なるほど…」


「この世界であんな工房を作れるやつは、ウェルサム以外に私は知らないわ。」



ルシファリスの言葉に、ウェルは少し嬉しそうに頷いた。



「…しかし、ウェル殿の記憶を戻すこととその呪いを解くことはできないので?」



クラージュが問いかけたが、ルシファリスは首を横に振った。



「残念ながら無理ね…ムスペルの禁忌は私にも原因がわからないし、記憶を失ってる理由も、わからないから。」


「…やはりそうですか。」



残念そうにするクラージュを見て、ウェルは口を開く。



「気にしないでください。この姿はこう見えて気に入ってますよ。それに…今急に異世界人の時の記憶が戻っても、たぶん困ってしまうだけです。必要があれば戻るんじゃないですかね?だから…その時考えればいいですよ、ハハハ。」


「…たく、あんたってやつは…フフフ」


「ですな…しかし、それでこそウェルでした…」



大きく笑うウェルを見て、ルシファリスもクラージュも苦笑する。そして、互いに笑い合うと、ウェルが口を開いた。



「ハハハ…それで、結局イツキたちは無事だったんですか?」


「ええ…無事よ。クラージュが時間を稼いでくれたおかげで、ミウル様を救出することができた…だいぶ憔悴されていたけどね。そして、アルフレイムに連れ帰ることもできたわ。」


「そうですか。じゃあ元の世界にも戻れたんですね…」


「ええ…いろいろと問題はあったけどね。」





「ミウル様…こちらです。」


「ルシファ…すまないね。」



ルシファはミウルに肩を貸して歩きながら、ウノールたちがいる部屋へと案内をする。


部屋の前に着き、ルシファがノックをしようとするとすぐに扉が開いた。



「ようこそおいでくださいました…神よ。どうぞお入りください。」


「…君は?」


「ウノール様に仕えております、エルノールと申します。」



エルノールは深々を礼をして、ミウルたちを部屋の中へと案内する。


中では、ウノールとほかの部下たちが深く頭を下げて、ミウルを迎えた。



「ようこそ、我が神よ…現アルフレイム国王のウノールと申します。」


「…ありがとう、ウノール。…そうか、君はアライオンの子孫だね…どこか面影がある。」



ウノールを見て、ミウルは表情を和らげた。ルシファは近くのソファにミウルを座らせる。そして、本題を話し始めた。



「道中でも少しお話しいたしましたが、ここにムスペル以外の異世界人を集めております。ミウル様には彼らを元の世界に戻していただきたいのです。」



ルシファの言葉にミウルは深く頷く。



「…わかっている。この世界の管理人として、まったく関係ない者たちをこの戦争に巻き込んで死なせるわけには行かない…ルシファの判断にはお礼を言わないとね。ありがとう…」



頭を下げるミウルに、ルシファはなにも言えなかった。ミウルは話を続ける。



「だけどその前に…もう一度だけミカイルと話がしたい…主人のわがままを許してくれないかな。ミカイルは私の娘と等しい…こんな形で…終わるのは嫌なんだよ。」



ルシファたちは、その言葉に相槌を打つ。



「…理解はしております。現在、クラージュがミカイル自身の足止めを行なっておりますので、私が一度、そこまでご案内します。」


「我々の方は逆召喚のための準備を引き続き進めますので…」


「…そうか、皆ありがとう。」



頭を下げるミウルに、ルシファが口を開く。



「ミウル様…ことは一刻を争います。お疲れのところ恐れ入りますが、ミカイルのところへは半刻後にご案内しますので、それまでここでお休みください。」


「…わかった。」



それを聞いたルシファは、一度頭を下げるとウノールたちに目配せして部屋を後にした。



ルシファは続いて、樹たち異世界人が集まる部屋に来た。部屋に入ると、樹を含めた5人が思い思いの場所で佇んでいる。


部屋に入ってきたルシファを見て、最初に声をかけたのは樹であった。



「ルシファ!無事だったんだ!」


「ええ…ミウル様も無事にここアルフレイムへとお連れできたわ。」



その言葉を聞いて、樹の表情が少し曇った。しかし、ルシファはそれには気づかないフリをして、他の異世界人たちに声をかける。



「こんな狭いところに長いこと閉じ込めて悪いわね…あと少し我慢してちょうだい。明日にはアルフレイムの王城へ案内するわ。」



ルシファがそこまで言うと、別の異世界人が口を開いた。



「やっぱり帰んなくちゃいけないのか?」



黒髪の短髪で、体は樹の3倍近くありそうな彼は、『酒味 剛』といい、柔道や空手の国際大会で何度も優勝しているアスリート系の日本人だ。古武術なども嗜んでおり、まさに戦闘のエキスパートである彼は、ヨトンの異世界人である。



「…えぇ、そのつもりよ。」


「勝手に呼んでおいていきなり帰れだなんて…そんなの自分勝手すぎませんか?」



ルシファの言葉に、少し強い口調で反論の意を投げかけるのは『餅月 信二』。

酒味とは相反して、イツキよりもかなり華奢な彼は、とある宗教の教主を務め、信仰について説いてまわっている信奉者であり、スヴァルの異世界人である。



「…そうよ。私は帰りたくないわ!!こっちの世界の方が面白いもの!!」



餅月の言葉に同調して声を荒げるのは、『䋝田 摩理』。

少し茶色がかったセミロングの髪、目尻がすこし上がっているその目からは、自尊心が強く感じられる。元の世界ではベンチャー企業なら社長をしていたらしいが、こちらでも何やら起業しようとしていたらしい。彼女はヘルヘレイムの異世界人である。



「確かに不満があるのはわかる…でも、死んだらそれで終わりなの…ここに来るまでに見てきたはずよ…天使族と戦い、命を落とした私の部下たちを…彼らの死を私は無駄にできないの。わかってもらえる?」



それぞれの言葉に、ルシファは一つの言葉で返した。『死』というフレーズは、皆を黙らせるにはあまりにも強すぎる言葉だ。



「…戦争が終わったら、また呼んでもらえないの?」



みんなが静まる中、爽やかにルシファへ問いかける彼は『ジョシュ=アンダーソン』。金髪で青く澄んだ瞳が特徴的なアメリカ人で、元の世界では医者であった。



「…あんたはアルフレイムの…ジョシュだったわね。」


「覚えてくれてたんだね…ルシファ。」



ジョシュはルシファに爽やかな笑顔を投げかけ、近づいていく。



「…残念ながらそれは無理。召喚はランダムだから一度戻したら、次は誰が来るかはわからない…」


「…そうかい。残念だなぁ…もう少し君と話したかったのに。僕らって…お似合いだと思うんだよね。君はそう思わないかな?」



真面目な表情のルシファに対し、ジョシュはニコニコと笑いながら、ルシファに口説き文句を投げかける。


樹にはそれが嫌でたまらなかった。

ジョシュを押しのけるように、ルシファの前に出る。



「…どうしても帰らないとダメか?」


「ダメよ…」



樹の言葉に、ルシファは即座に返答する。



「ここにいられるのは…あとどれくらいなんだ?」


「…最長で2日かしらね。」


「その間にミウル様がミカイルを説得できれば…」



樹の言葉に、ルシファはため息をつく。



「望みは薄いわね…報告だとミカイルのやつ、完全に狂ってるかもしれないわ。」


「……。」



樹が黙ったことで、部屋には再び沈黙が訪れた。そんな中でルシファは一言だけ皆に伝える。



「私はこれから、ミウル様とミカイルの説得に向かうわ。そこで何が起きるかは、私にもわからない。これがあなたたちと話す最後の機会になるかもしれない…だから、一言だけ言わせて…」



そう言って、ルシファは5人を見渡すと、



「この世界を良くしようとしてくれてありがとう。主人に代わって…いえ、この世界の人々に代わって礼を言うわ…」



そこまで告げると、少し寂しそうに笑って、ルシファは部屋を後にした。

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