1-36 スミスさん


ルシファたちが作戦を立てた後、1日が経った。


樹は相変わらず砦の中で過ごしていて、椅子に座ってぼーっとしている。

すると部屋のドアが開き、クラージュが入ってきた。



「イツキよ…調子はどうだ?」



クラージュは、暖炉の前で考え込むようにしている樹に声をかける。樹は振り向くことなく、静かに答えた。



「…ん。問題ないよ。」



あまり元気のないように感じたクラージュは、樹の横に座って暖炉に目を向ける。パチパチと音を立てて燃える火が、クラージュの瞳に綺麗に映し出される。



「イツキよ…」


「クラージュさん、ルシファは?」



話し出したクラージュを遮るように、樹が口を開く。



「…あ…あぁ、ルシファ殿は国境の様子を確認しに行っておる…そろそろミカイルが着く頃だろうから、私もそろそろ一仕事してくる。」


「…そっか。」


「それとな…他の異世界人たちももうじきここに着く。エルノールのやつが連れてくるだろう。」


「…わかった。」


「…ルシファ殿に会ったら、お主が心配しとったと伝えておこう。では…」



そう言ってクラージュは立ち上がると、部屋の入り口まで行き、ドアノブに手をかけて立ち止まる。そして、樹へと一言だけ投げかけた。



「お主の気持ちを、私は理解できないだろう…すまんな…だが命あってこそ為し得ることもある…」


「……」



クラージュは再びドアを開いて、部屋を後にした。それを背中で見送った樹は、座ったまま何やらゴソゴソとポケットを漁り、丸い小さなものを取り出す。


先日、ルシファたちの話を聞くために使った道具だった。



「命あって為し得ること…か。」



樹は取り出したそれを耳に取り付ける。



「…スミスさん、無事だといいけど。」



そう呟いて目を閉じると、耳につけた道具に魔力を流し込む。



ザッザザッ…ザザザッ…



「…だめだ…繋がらない。」



小さくため息をつき、もう一度魔力を流し込んでみる。



ザザッ…ザァー…ザッザザッ…



「やっぱりダメか…」



そう思って耳からそれを外そうとした時であった。



『…ザッ…ハ…ウ…ザザザッ…Can…ou…ザザッ…r me?』


「…!!聞こえた!」



興奮して立ち上がり、樹は外しかけていたそれを急いで付け直すと、声を大きくして応答する。



「ハロウ!ミスタースミス?!」


『…ザザザッ…hei…ザザッ…ツキ?』


「ダメだ!もっと魔力を流し込んで、魔波の精度を上げるんだ!」



ドスッと椅子に座り、集中力を研ぎ澄ますように再び目をつむる。すると耳に取り付けた道具が、先ほどよりも大きく輝き出した。


そして、相手に必死に呼びかける。



「聞こえますか!?スミスさん!俺です…樹です!」


『ザッ…イツキか!?よかっタ!君が待たせてくれたコレは本当に…ザザッ…ごいナ!』



耳の先から片言の言葉が聞こえてくる。その声は元気そうで、樹はほっと胸を撫で下ろすと、彼の言葉に返事をする。



「正直…繋がるかわからなかったんだけど…成功してよかった!スミスさん!今どこに…どこにいるんですか?!無事なんですよね?!」


『アァ…なんとかネ。ルシファさんの仲間は、皆やられてしまった…僕ハ運がいいのカ…崖から落ちて助かったんダ。幸い、怪我はないよ。今ハ…ムスペルとミズガルの国境付近かナ。』


「…こっちに向かってるんですか?」


『…ウン。間に合うか分かんないけどネ。国境を超えれば、ミズガルに入れるんだけど…警備が厳しいみたいなんダ…』


「…そうですか。でも諦めないでください!俺からもルシファに言いますから!」


『……アリガトウ』



樹はスミスの声が寂しさを纏っていることに気づいた。



「どうしたんですか…?」



その問いかけに耳の先にいるスミスは、少し間を置いて答えた。



「…僕は元の世界には、戻れなイ。」



スミスはそう言いながら、自分の変わり果てた腕をさすった。体のいたる所から黒い剛毛が生えわたり、すでに体のほとんどが獣人化しているのだ。



『…!!どうしてですか?!』



耳に当てている小さな道具から、樹の悲痛の声が聞こえてくる。



「…僕はムスペルの禁忌に触れてしまったみたいなんだ…」


『そっ…それはどういう…』


「ある事ガ…きっかけで、僕の身体は獣人化しているんダ…こんな姿では元の世界に戻ることなんてできないからネ…ハハ」



スミスは力無く笑ったが、次の樹の言葉を聞いて、少し元気を取り戻す。



『でも…何か戻す方法があるはずです!!絶対に…俺が見つけますよ!!』


「…フフフ、君は相変わらず前向きだネ。少シ気持ちが楽になったかナ…戻す方法か…ウン、探してみよウ…」


『そうですよ!だから、一度こっちに来てください!みんなでその方法を探すんです!』


「…それは出来ナイ」


『…!?なぜですか!?』



説得できたと思っていたのか、樹は再び驚きの声を上げる。

スミスはその理由を端的に伝える。



「単純に考えて、その方法を探す時間はないと言うことサ…君たちは元の世界に帰るべきダ。だけど、それは今しかできないだろ?これを逃セバ…一生ここにいる事にナル。」


『それは別に構いません!!あなたを元に戻すことの方が大事です!!』


「アリガトウ…でも、それは無用ダ。自分のことは自分で解決するサ…だって、自分が蒔いた種だからネ。」


『そんな…!!』



耳の向こうで、樹の悔しそうな雰囲気が伝わってくる。スミスは少し苦笑しながら、話を続ける。



「それに考えたんだケド、君の知識をこの世界に残すことはできないかナ。僕らはその為に呼ばれたわけだし…僕がこっちに残ってそれを伝えていければと思ってネ…」



樹はスミスからの提案に、涙が浮かぶ目を拭う。彼の言葉から覚悟が伝わってきたからだ。そして、スミスの言葉に返事をする。



「わかりました。協力します…しかし、どうやって記録を残すのですか?」


『それなら大丈夫ダ。』



樹の疑問にスミスはニヤリと笑みをこぼした。



「君の知識を参考に、僕なりに作つてみた物があるんダ。」



スミスはそう言っておもむろにあるものを取り出した。

ソフトボールほどはある四角い水晶のような物。その中には歯車などが組み込まれている。


スミスはそれを手に持つと、魔力を通して起動させる。

少しずつまばゆい光を発して、中の歯車が動き出した事を確認すると、スミスは樹に話しかけた。



「映像や音を記録できる媒体を作ったんダ…君に見せられないことが残念だガ…さて、時間も余りないし始めてもいいかナ?」


『…そんな物を作っていたんですね!さすがです!』


「ハハハ…君のこの通信機に比べたら、大した事はないサ!じゃあ、何からいこうカ?」



そうして、樹はこの世界で研究してきた知識を、息継ぎすらしないほどの勢いでスミスに伝え始めたのである。





「改めて聞かされると…やはり君はすごい…誰もが思いつかない事を考えつくんだからナ。」


『…いえ、スミスさんと一緒ならもっと凄いものができたと…俺は信じてます。』



通信機越しに聞こえてくる樹の声には、再び寂しさが纏わりついている。



「そんなに悲しむことはないヨ…君は元の世界で、僕はこちらの世界でしっかり生きていこうじゃないカ。君のこの知識の結晶は僕が必ず守るから、君は帰って為すべき事をするんだ…約束だヨ。」



スミスの優しくも力強い言葉に、彼の覚悟の強さを再確認した樹は、悲しさを脱ぎ去るように強い口調で返事をする。



「はい!スミスさんも絶対生きて延びてください!!」


『もちろんダとも!!』



互いに約束を交わす。

しかしその時、樹の耳元で何かが爆発する音が聞こえてきた。



『…どうやら、ここも危険が迫っているようだネ。僕はそろそろ行くよ…樹も頑張って…』


「スミスさん!!」


『…ザザッ…ザザザザッ…』



それっきり、通信機から声が聞こえることはなかった。

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