1-35 覚悟と義務
ウノールの自己紹介の後、ルシファとクラージュは、エルノールたちから国境の現状とアルフレイム国王軍の戦力などの情報を共有して、これから始める作戦を話し合っていた。
「…だいたい状況は把握したわ。クラージュ、他に聞きたいことはある?」
「いや…特には…」
クラージュは問題なさそうに返事をしたが、そんなクラージュを見て、ウノールは一つの疑問を投げかけた。
「ルシファ、ちょっと聞くけど…彼は何者なんだい?そもそも…天使族と単体でやり合える人間がいるなんて聞いたことないんだけど…」
ウノールの問いに、ルシファは思い出して、そうだったという表情を浮かべる。
「…確かにあんた達には教えてかないといけないかしらね。いい…驚かないでよ?」
「君からは何度も驚かされてるからね。ちょっとやそっとじゃ…」
「こいつは、竜人よ!」
その瞬間、ウノールと側近たちはあんぐりと口を開けて、クラージュを見据えた。
対してクラージュは、にっこりと笑い返す。
「…なによ。ちょっとやそっとじゃ驚かないんじゃなかったの?」
その言葉に、ウノールが我に返って反論する。
「それは予想できないだろ!竜人だなんて…僕はてっきり魔族の秘蔵っ子とか、そんな事かと思ってたよ!」
叫ぶウノールの後ろで、エルノールたちも無言で頭を縦に振っている。
ルシファは小さくため息をつくと、ことの顛末を説明し始めた。
・
・
・
「そんな事があったのか…」
ウノールは説明を聞くと、考え込むように顎に手を当てて目線を落とす。
「そもそも竜人に対する認識が間違っていたのよ。竜人たちも私たちと変わらない存在なの。」
「…うん。それは理解したよ…血は薄まってるけど、そもそも僕らだって神の子孫だからね。」
「確かにそうね…バース一族はミウル様の子孫と言われてるものね。」
ルシファの言葉に、ウノールは静かに頷いた。そして、気を取り直して口を開く。
「彼のことは理解したよ!それじゃ、今後の作戦について聞こうじゃないか。」
「やっと本題ね…」
ルシファはそう言って、今後の方針と作戦をウノールたちは伝えるのであった。
◆
『ザッ…ザザッ…』
「ちぇっ!魔力が弱いのかな…もっと法陣に増幅算式を組み込むべきだったな…まだまだ改良が必要か…」
そう言いながら、暖炉の前で樹は小さな丸い物体を耳から取り外した。
「クラージュさんに、こっそり通信機を取り付けたのはいいんだけど…」
そう独り言をつぶやきながら、それを指で触って何かを確かめている。
『それじゃ、ザザッ…の作戦について聞こうじゃない…ザッ…』
「…お?何とか聞こえそうだ…」
その物体から声が聞こえ始めたのを確認すると、それを再び耳に付け直す。
『…ザザッ…本題ね。作戦…というか、やることは…ザッ…一つしかないんだけ…ザッ…あんたたち…ザッ…時間を稼いでもらって…ザッ…る間に、私が大樹へと向かう。…ザザッ…ミウル様を救出して、ミカイルを撃つ…ザッ…』
「だめだ!聞こえにくいなぁ…いっその事こと、自分で魔力を注いでみるかな。」
今度はそう言って目を閉じると、集中するようにボソボソと何かを唱え始める。すると、耳元が少し明るく発光し始めた。
『ミウル様は、ここ数年での異世界人の召喚で力をほとんど使っているから、ミカイルたちの部下にすら勝てない状態なの。…ザッ…現在は大樹内で軟禁されているわ。』
「…よし!聞こえる!」
イツキは笑みを浮かべて、耳から聞こえる話に集中し始めた。
『もうすぐ、ミカイル自身が国境付近に着く…そしたらクラージュ、あんたの出番よ。ミカイル自体に攻撃を仕掛けて、指揮系統を足止めしてちょうだい…そうすれば、2日くらいは進軍を遅らせられるでしょ?その間に私は大樹へ向かうわ。』
『…わかった。』
『我々の軍は、国境周辺で陽動を行うよ…少しでもミカイルたちを国から離れた位置で足止めできるようにね。』
『助かるわ…だけど、これだけは知っておいて…ミウル様を助けてお連れしても、ミカイルを止められるかどうかは、わからない。最悪…私とミカイルがやり合うことになるかもしれないわ…』
『うむ…その時は、私は速やかに離脱しよう。しかし、その後どうすればよいのだ?』
『その時は…』
(ん?ルシファのやつ…どうしたんだ?急にだまっちゃったけど…)
『大丈夫か?』
『…大丈夫。その時はクラージュ…あんたにはイツキを非難させてほしい。』
(…俺を非難!?どういうことだ?)
ルシファの言葉に樹は文字通り、耳を疑った。
『この世界に召喚した異世界人たち…ムスペル以外の五人については、このアルフレイムへ非難させる事に成功したわ。今は見つからないように私の部下と行動してる…』
(他の異世界人も…?やっぱり他の国もひどい状態ってことか…)
『それはいいけど、この国に集めてどうするんだい?』
『確かに…この地はヘタをすると最終決戦の舞台になるのだぞ?』
(…その通りだよな。ルシファのやつ、いったい何を考えてるんだ。)
ルシファの考えが読めないことに樹は少し苛立ちながら、耳越しに聞こえてくるルシファの声に耳を傾けた。そして、ルシファが発した次の一言に動揺する。
『…分かっている。だけど、すでにこの世界には、アルフレイム以外に彼らが逃げられる場所はどこにもない…私には、彼らを無事に元の世界に帰す義務があるわ…召喚を提案した者としてね。』
(…なっ?!元の世界に帰すだって!?)
しかし、樹の動揺にはお構いなしに、三人の話を進んでいく。
『…なるほどね。確かに彼らは、この戦争に関係ないからね。元の世界に返してあげるのが筋ではあるね。』
『だが、どうやって帰すのだ?』
『ミウル様を助け出すもう一つの理由がそれよ。樹が今いる砦に異世界人を集めて、ミウル様をそこに連れて行く。そして…』
『元の世界へ転移させるわけだね。』
『…えぇ。』
『しかし、ミウル様にそれだけの力が残っておるのか?お主も先ほど言ってたであろう…そもそも樹たちの召喚で力を使ってしまっていると。』
『…それはたぶん大丈夫。呼び出すのとは違って、こっちから元の世界へ帰すために必要な魔力はそんなに多くは必要ないの。だから、私が補填し補えば可能なはずよ。』
『…そうか。そこまで考えているなら、私はこれ以上は何も言うまい。』
『ん!ルシファのやりたい事はわかった。僕らはそれに全力で協力するだけだ!』
『…みんなありがとう。こんな話…樹にしたら絶対怒るからね。あいつには内緒にしておいて…』
クラージュとウノール、そしてエルノールたち側近は、ルシファの言葉に無言で頷いた。
樹はそこまで聞くと、耳につけていた小さな装置を外して、上を仰ぐように座っていたイスにもたれかかった。
石でできたそれほど高くない天井が、暖炉の明かりを受けながら、オレンジや黒に揺らめいている。
「…元の世界に…戻る…か。」
樹はそういうと、そのままの状態で目を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます