1-34 わが輩が!


天使族と魔族の争いが始まって数ヶ月が過ぎた。


両族の争いは、ルシファが拠点にしていたミズガル国の都市ビフレストを中心に激化の一途を辿っている。


樹とクラージュはというと…争いを避けるように妖精族の住まうアルフレイム国へと避難していた。


元々、ルシファとミカイルは担当する国を分けていた。


アルフレイム、ミズガル、ムスペルはルシファが、ヘルヘレイム、スヴァル、ヨトンはミカイルが主に担当していたのだ。


その事もあり、ルシファへの信頼が厚いアルフレイムに樹たちを逃していたのだ。


石で包まれた部屋。

テーブルとイス、最低限の棚が置かれた寒々しい部屋で、暖炉を囲んで樹とクラージュが話している。



「ルシファは大丈夫かな…」


「彼女は強いから大丈夫だと思うが…魔族自体は数が減っておったからな。かなり劣勢のようだぞ…」


「無事でいてくれるといいんだけど…アルフレイムでも天使族が暴れているって聞くし、ここもじきに彼らが来るんじゃないかな…」



樹達がいるのは、アルフレイム国の都市ヴァンから少し離れた砦のような城塞である。これはアルフレイム王が独自に造らせた避難用の城塞であった。


平和な世界になぜこんなものを…と思われがちだが、当時のアルフレイム王は変わり者で、何かを思いつく度に部下達に造らせていたのだ。


結果、ついたあだ名が"創作王"である。本来、王族にあだ名が付くなどあり得ない事であるが、本人はたいそう喜んでいたらしい。その辺が変わり者たる所以なのだろう。


話は逸れたが、ミズガルでの樹の活躍を聞いていたアルフレイム王は、樹たちの受け入れを心良く承知してくれ、ここに連れてきてくれたのだ。


そうして樹たちは、最低限の使用人と魔族の護衛たちと共に、この城塞で時折来るルシファからの伝言を聞きながら過ごしていた。



「どうしてこんなことになってしまったんでしょうね…」



樹は暖炉の火を見ながら呟いた。



「…ミカイルという天使族が暴走したせいなんだろうが…その本当の理由は私にはわからんな。」



クラージュも火を見ながら、樹へと返事をした。



「…ミカイルさん、なんで戦争なんか…理由さえ分かれば、なんとかなるんじゃないか?」



クラージュはその問いかけに、首を横に振る。



「お主にはたぶん無理だ。私もそうだが…ミカイルは神であるミウル様に造られた存在で、ミウルを崇拝している…おそらくだが、ミウルがルシファに目をかける事が、悔しくて堪らんかったのではないかな。」


「そんなことで…?」


「そう思うだろうが…我々神に仕える者

にとって、主人の存在は絶対だからな。主人に信頼され頼られるからこそ、存在する意味があるのだ。その信頼が別の者に向けば、自分は要らんと言われたように感じる者も少なくない…お主らにはこの想いはわからんかもしれんがな…」



クラージュはそう言って口を閉じた。再び沈黙が訪れる。パチパチッと薪が弾ける音が、小さく聴こえてくる。


その沈黙を破るように、部屋のドアがゆっくり開かれる音がした。樹とクラージュは音の方へと目を向ける。



「ルッ…ルシファ!!」



驚いて声を上げる視線の先には、傷や泥だらけになったルシファの姿があったのだ。



「ルシファ…無事であったか。状況はどうだ?」



クラージュの問いに、ルシファは首を横に振った。



「…だめね。ミズガルでもムスペルでも、仲間はほぼやられてしまったわ。後はここ、アルフレイムだけね…今、国王軍に国境を閉鎖して、私たち魔族が退避する時間を稼いでもらっているけど、それも時間の問題…」



そう言ってルシファは深くため息をつく。

そう悲観するルシファに、樹は声をかける。



「でもさ、とりあえずは無事でよかったよ!!」



自分に向けられた樹の笑顔に、ルシファの表情は少し明るくなる。そして、話を続ける。



「退避にはそう時間はかからないけど…国境閉鎖は長く持たないと思う。それまでに手を打つわ…」


「もってどれくらいだ?」


「…3日かしらね。」


「…そうか。…なら私も出よう。」


「…!?」



クラージュの言葉にルシファは驚いて、否定する。



「あんたが…!?余計な心配よ!来なくていいから、ここにいなさい!」



しかし、クラージュは目をつむり首を横に振った。



「アルコ様に言われた事を忘れたか?私はお前の部下なのだ…主人のために戦いに赴くのは、部下の務めである。」


「…部下なら命令を聞くものよ。もう一度言う…ここにいなさい。」


「…断る。」


「あんたね…!」



睨みつけるルシファに対し、クラージュは断固として意思を曲げない。見兼ねたルシファが再び言わんとした時、遮るようにクラージュが口を開いた。



「手を打つ時間が必要であろう。それを稼げるのは私だけだ…違うか?」


「…!確かに…それは否定できないけど。」



その言葉にルシファは押し黙る。クラージュは話を続ける。



「お主の考えている作戦を教えてくれ。それを知っているのと知らんのでは、時間の稼ぎ方が変わるからな。」



クラージュのその問いに、ルシファは少し考えながら目を泳がせたが、すぐに諦めたというようにクラージュに視線を戻して口を開いた。



「…わかった。これからアルフレイム王とも作戦会議をするの…あんたも来なさい。」


「うむ。」



クラージュが頷くと、今度は樹がルシファに話しかける。



「…俺も行っていいか?」



その問いにはルシファは首を振った。



「…ダメよ。あんたはここに残りなさい。」


「なっ…なんでたよ!!法陣だって使えるんだ!俺だって戦力になるはずだって!」


「…なら聞くけど、この前見た私とクラージュの戦いに、あんたは口挟めるの?」


「…ぐっ、それは…」


「そんな戦いが、前線では繰り広げられてるの…国王軍だって妖精族とはいえ、わたしやミカエルの前では、人間族とほとんど変わらないのよ。なんとか数の差で抑えてくれているだけ…」


「…。」


「クラージュが行けば、時間を稼げる。その間に私が手を打つから、あんたはここにいなさい。」


ルシファの説得に樹は悔しそうに「わかった」と一言だけ呟いた。ルシファはそれを聞いて頷くと、クラージュに声をかける。


クラージュは頷いて、樹の横を通り過ぎる際、一言だけ「心配するな」と呟いて部屋を後にした。


残された樹は、再び暖炉の前に考えるようにイスに座り込んだ。





アルフレイム国の都市ヴァン。

その都市の中心に聳える王城…その一室でルシファとクラージュは、現アルフレイム王とその側近たちと対峙していた。



「それでウノール、国境の状況は?」



ルシファはウノールと呼ぶ男に声をかける。


王冠を被り、赤いマントを羽織っていて、口の辺りには如何にもと言った髭を生やしている初老の男性だ。


彼はルシファの問いかけに、口髭をなぞりながら答える。



「うむ…戦況はかなり厳しいですじゃ。他の国で制圧を終えた天使軍が、少しずつムスペルとの国境に集まりつつありますじゃ。」


「…そう。…ていうかあんた、その話し方いい加減やめたらどうなのよ!」



ルシファが唐突にツッコミを入れたことに、クラージュは少し驚いた。ルシファは気にせずウノールに話し続ける。



「語尾の"じゃ"って、キモイのよ!それと…姿もどうにかならないの?いつものに戻しなさいよ!!」


「いいじゃろが!!わしがどんな格好したって!王様らしく振る舞うことの何が悪いんじゃ!!」



ウノールも負けじと言い返していることに、クラージュはさらに驚いた。その目線の先では、ウノールの側近たちが笑いを堪えるのに必死だ。


ルシファとウノールが言い合いを始めたことに、クラージュは我に返り、二人に声をかけた。



「取り込み中のところ悪いんだが…事態は急を要するのではないのか?」


「あぁっ!?」

「あっ!?」


「…うっ…」



口を挟まれたことで、同時に睨みつけてくる二人の勢いに、クラージュはたじろいだ。すると、ウノールの後ろにいた側近が我が王に声をかけた。



「ルシファ様…ぷっ…ご容赦…ください…クククッ…ウノール様は、新しい客人が来ると聞いて喜ばれましてね…ヒヒヒ…」



金色に輝く長い髪。

顔を左側だけ隠すように前に垂れた髪の奥には、綺麗に整った顔立ちが伺える。


その彼が明らかに笑いを堪えながら、目筋に溜まる涙を指で拭いつつ、ルシファに弁明する。



「…エルノール、あんたも止めなさいよね!…まったく!」


「申し訳ございません。我が主人は、こうと決めたら絶対に変えないことを、あなたもご存知でしょう?…ククク」



それを聞いて、ルシファはため息を吐き出しつつ、ウノールに再び要求する。



「…こいつはクラージュって言う。これからあんたたちと一緒に戦うのよ…本当の姿を見せてやってちょうだい…」


「まっ、確かにそうじゃな…客人にはかえって失礼か…すまんの、いま元に戻るでな!」



ウノールはルシファの願いを聞き入れ、髭をモシャモシャしながらクラージュへと謝罪する。

それに対して、クラージュが「…いや」と一言述べると、ウノールはにんまりと笑って唐突に後ろへ宙返りを行った。


赤いマントがウノールの体を包むように舞うと、そこに立つのは、先ほどまでの初老の男性ではなく、少し小柄な男の子が姿を現した。


背丈はルシファより低く、髪の毛は綺麗な栗色をしている。パッチリと澄んだ瞳は綺麗な金色をしており、頬は少し赤らんでいる。


それを見たクラージュは、またまた驚いた表情を浮かべたが、ウノールはそんなことはお構いなしに、再び口を開いた。



「そう言えば、自己紹介がまだだったね!わが輩がアルフレイム国王のウノールだ!よろしくね!」

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