1-33 ミカイルの反乱


ルシファは、自分の疑問に答えないミウルに対して、ため息をつく。



「…ミウル様にもわからないのですね。」


「…あぁ」



ルシファのその言葉に、ミウルは一言だけ答えるのみであった。



「…私はどうなりますか?記憶を取り戻した魔族は、やはり処分の対象になりますか?」



ミウルは答えない。

ルシファはため息をつく。



「…アブソル様はお許しにはならないでしょうね。また魔族が暴走するような事はあってはならない…まして、魔神の娘が生きていたと誰かに知られれば、他の神たちが黙っていない…」


「……せない」


「いいえ、無理です。アブソル様には逆らえない。この事はいずれ彼の耳に届く…そうなればミウル様、あの方はあなたに命じるでしょう…魔族を早急に殲滅せ…」


「そんなことは私がさせない!!!」



テーブルを叩いて、ミウルがルシファを制止するように声を荒げた。ルシファはそんなミウルを、ジッと見据えている。



「…この事はここにいる者の心に留めることとする。これは…この世界の神である私からの命令だ…」


「…!?ミウル様!!」



突然のミウルの発言に、ミカイルは驚いて後ろから声をかけた。しかし、ミウルは振り向かずに言葉を続ける。



「もしこの事が露見し、アブソル様や他の神の耳に入った場合、即刻ここにいる全員を私が殺す。…いいな。」


「ダメです!!ミウル様!!アブソル様への隠し事はご法度のはず…それにルシファはアスラの血族ですよ!?覚醒の可能性が一番あるのです!!」


「黙らないか!ミカイル!!」


「…!」



ミウルの言葉に、ミカイルはグッと堪えて下を向いた。その表情には悔しさと憎悪が滲み出ている。



「私は…友と約束したのだ。ルシファの父であるアスラと…お前を…絶対に守ると。」


「…ミウル様」



悲痛な表情を浮かべているミウルに、ルシファはなんと言っていいのか言葉が浮かんでこない。すると、そばでお盆を持って立っていた樹が口を開いた。



「…俺は言いませんよ。神であるミウル様やミカイルさん、ルシファにこうなふうに言うのも恐れ多いのかも知れないけど、俺はミウル様に賛成です。」


「私も賛成いたします。」



樹の発言にクラージュも賛同する。



「ルシファ様にいなくなられては、せっかくありつけた新たな仕事が、また無くなってしまいます。」


「そうそう…俺なんか異世界人だから、ルシファがいないと露頭に迷いそう…」



クラージュに合わせるように、樹もその理由をつらつらと述べていく。その様子を見て、ミカイルが怒りを露わに二人を否定する。



「あなた方は余計なことを言わないでもらえる?!これは神の世界の問題なの…あなた達が意見することではないのだから!」


「…!すっ…すみません、でしゃばりが過ぎました。」


「うっ…うむ…」



ミカイルの怒りに満ちた表情に気圧されて、樹とクラージュは口を閉じた。

すると、今度は沈黙していたミウルが口を開き、話し始めた。



「ミカイル…少し落ち着くんだ。とにかくだ、この事は大樹に持ち帰って話し合うことにする。…ルシファ、君の時間を少しもらうよ。一緒に来るんだ…」


「…かしこまりました。」



ルシファが頭を下げると、ミウルは立ち上がって無言で部屋を後にする。ミカイルはそれに続くが、ルシファとすれ違い様に小さく呟いた。



「…あんたなんか、いなくなればいい…」



ルシファはそれを聞いて目をつむると、小さくため息を吐くのだった。





「…え?!ルシファリス様って魔神の娘なんですか?」



ウェルは驚いてルシファに聞き返した。ルシファはやれやれと言ったように首を振る。



「…そうよ、残念ながら…ね。」


「そりゃあ、お強いわけですね…ハハ」



ウェルは乾いた笑い声をあげる。

ルシファはそれに対してため息をつくと、話を続ける。



「その後、ミウル様と共に大樹に戻り、ミカイルも含めて三人で話し合ったわ。そして私は、当分の間、大樹から出ないことを言い渡された。」


「謹慎処分って奴ですね。」


「まぁ、そんなとこ…で、ミウル様は再びアブソル様のところへ行かれたわ。」


「ミカイル様は大丈夫だったんですか?」


「…そこが問題だったのよ。」



ルシファは憎たらしそうな表情を浮かべる。



「…あいつは、ミウル様の命令に背いて、私を殺そうとしてきたの。」


「…ミカイル様が…ルシファリス様を殺そうと…」


「…そう。ミウル様が出て行った後、ミカイルは私に詰め寄ってきたわ。そして、私がこの世界から出ていけば、ミウル様の心労もなくなるって凄まれたわね。」


「…それで、ルシファリス様はどうされたのです?」


「キッパリ断った!」


「え!?」


「だって、私が出ていく必要性が感じられなかったもの。」


「…ハハハ」



驚くウェルの横で、クラージュが笑みをこぼす。ルシファリスは気にせずに、話を続ける。



「あいつ…かなりイラついてたわね。私もその時はあまり気にしてなかったけど、よく考えれば、あいつの怒り方は異常だったわ。でも、その時は言い合いで終わったのよ。そうして、ミウル様が戻られてから、ミカイルはいきなり攻撃してきたの…」


「…ミウル様からの命令だったのでは?」


「いや、それはないわね。ミウル様もミカイルを止めようとしていたから…あの必死な様子は本当に予想外だったのでしょう。」


「…それで、その後はどうなったのですか?」



ルシファリスはウェルの方を見ながら、物悲しげな表情で言葉を綴った。



「ミカイルが天使族を率いて、私たち魔族を殺し始めたの…」





「ミカイル!よすんだ!命令だ…天使軍を止めなさい!!」


「うふふ…だめですよミウル様。あいつら、生かしておいたらミウル様がだめになってしまう。私はあなたの娘です…崇高なる父の懸念は…私が取り払います。」


「ミッ…ミカイル!?いったいどうしてしまったのだ!!アブソル様には隠さず伝えてきたのだ…ルシファの事は許しも得ているのだぞ?お前がこのようなことをする必要はないのだ!!」



ミカイルはそれを聞くと、背を向けたまま立ち止まった。そして、そのまま話し始める。



「だめですわ…ダメダメダメダメ…ミウル様は私だけのものなの…あいつになんか渡さないわ…ダメダメ…絶対にダメ…」


「ミカイル…?」


「ルシファも…魔族の奴らも…絶対に…絶対に許してはダメ…この世界は綺麗なままでないと…ミウル様が管理する世界に…魔族なんてゴミ虫…要らないのよ…」


「いったいどうしたと言うのだ!ミカイル!」



ミウルが大声でミカイルへと問いかける。するとミカイルは一瞬、ビクッと肩を震わせると、ゆっくりとミウルへ向き直る。


ミウルはそのミカイルの表情を見て、唖然とした。今までの凛としたクールなミカイルとは程遠い…醜悪な笑みを浮かべる天使族の女がそこにはいたのだ。



「ミカイル…きっ…君は!?」



ミウルの言葉に、その笑みをさらに広げると、ミカイルは真っ白な羽を広げて飛び立とうとする。


そんなミカイルに、ミウルは悲痛の叫びを送る。



「頼む!ミカイル!!頼むから、こんなことやめるんだ!!」



しかし、ミカイルはその命令を聞くことなく、飛び去ってしまったのだった。


その後、ミウルの世界では、各国にいた天使族と魔族が争いを始める。しかし、もともと間引かれて数が少なかった魔族はその数を少しずつ減らしていき、ルシファは劣勢を受け入れざるを得ないのであった。

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