1-32 ルシファの疑問


アルコとの会話のことまで話したところで、ルシファリスは無言で外を眺めていた。ウェルはそれを静かに見守りつつ、ゆっくりと声をかける。



「それで、どうなったんです?」



ウェルの問いかけにルシファリスは外を見ながら口を開いた。



「拠点に帰ったら、ミウル様とミカイルがいたわ。クラージュの事はなんとか隠し倒せたけど、ミカイルと言い争いになったのを覚えている。その理由は私の父のことね。」


「…ルシファリス様のお父様…ですか。」



ウェルは首を傾げる。



「…アルコに言われた通り、私はミウル様へ直接聞いたのよ…父のことについてね。」





「いったいどこへ行っていたの!?」


「あんたにそれが関係あるのかしら?」


「なっ…!?ルシファ…あまり調子に乗らないで…」


「お前たち…いい加減にしなさい。」



睨み合う二人を見て、ミウルが仲介に入る。ルシファはそっぽを向き、ミカイルはまだルシファを睨みつけている。



「…ルシファ、今日は君に聞きたいことがあってね。」


「…なんでしょうか?」


「念のため…と言ったところなんだが…先日の竜人はどうしたのかと思ってね。」


(やっぱり…その事か。)



ルシファはミウルの方へ向き直ると、話し始めた。



「あの竜人でしたら、殺して部下に処分させましたが…。奴が何か…?」


「それを証明できるものはあるかい?」



ミウルの言葉に、ルシファは小さくため息をついて返事をする。



「ないです。そもそも竜人は跡形もなく…というのがミウル様からの命令では?」


(あっ…跡形もなく…とは…)



その言葉にレイは一瞬、凍りついた。



「…確かにそうだったね。わかった、君を信じるよ…ルシファ。」



しかし、ミカイルはそれに黙っていない。



「ミウル様!!絶対にルシファは何かを隠しています!…そうだ!奴です!最近雇われた使用人ですが、タイミング良過ぎる!」



そう言ってレイのことを指さした。しかし、ミウルは首を横に振る。



「残念だけど、彼は紛れもなく人間族だよ。」



ミカイルは唖然とした表情を浮かべて、レイを見る。それに対してレイはニコリと笑う。ミウルはそんなレイにひとつ尋ねた。



「…君、名はなんというのかな?」



レイはその問いに笑顔で答える。



「クラージュ…と申します。以後、お見知りおきを。」


(クッ…クラージュですって!?)


「そうかい…良い名だね。ルシファも…疑ってすまなかったね。僕らは帰るとしよう。」


「…いえ、ご足労おかけしました。」



ルシファが頭を下げて、レイと樹もそれに合わせる。しかしその時、それを見ていたミカイルは、ルシファのことが気に入らないと言ったようにあることを呟いたのだ。



「…やはりルシファ…あんたはあいつの娘ね…」



その言葉にいち早く反応したのはミウルだった。



「ミカイル!!!口を慎みなさい!!!」



大声でミカイルを制止する。しかし、ルシファはその言葉を聞き逃さなかった。



「…娘?私が…?どういう意味なの?ミカイル…」


「ルシファ…今のはなんでもないんだ。忘れてくれていい。引き続き、異世界人の管理を頼んだよ。」



ミウルはそう言って、部屋を後にしようとするが、苛立ちを隠さないミカイルが、言葉をこぼしてしまう。



「アスラの娘など…かくまっているから…」


バシっ!



ミカイルがそこまで言った瞬間、ミウルがミカイルの頬を平手で打った。そして、怒気を交えた口調で、ミカイルへと言葉を向ける。



「…ミカイル、誰の許しを得て口を開いている。勝手なことを続けるのであれば…わかっておるな。」


「…はっ…はい。」



ミウルの怒りに気圧され、ミカイルは叩かれた頬を押さえながら、ついに黙り込んだ。



「ルシファ…それに他の二人も、邪魔したね。それでは…」



ミカイルを連れ、今度こそ帰ろうとしたその時、今度はルシファが口を開いた。



「ミウル様にたずねたいことが、ひとつございます。」



ミウルはその言葉に足を止めた。そして、振り向いてルシファへと問う。



「…なんだい?」


「私の…父についてです。」





開いている窓から、爽やかな風が通り抜けていく。カーテンが風にそよぎ、テーブルの上を通り過ぎていく。


ミウルとルシファはイスに座って向き合い、それぞれの後ろにはミカイルとクラージュ(レイ)が立っている。


しばしの沈黙を、ミウルが破る。



「それで何が聞きたいのかな?…いや、それは正確ではないか…ルシファ、いつからそのことに気付いていたんだい?」


「…もう、だいぶ前です。樹を召喚するときには知ってました。」


「そうかい…思い出したのかい?君のことも、父親のことも。」


「…はい。」



再び沈黙が訪れる。

そこに樹が紅茶を入れて運んできた。



「どうぞ。」


「…ありがとう。」



ミウルは、テーブルに運ばれた紅茶のカップを見ながら樹に礼を言うと、再び話し始めた。



「私と君の父は親友でね…よく二人で悪さしたもんだよ。世界の管理についても、よく語り合った…」


「…」


「ルシファ…君の父は…」


「わかっています。死んだのですね…」



ミウルは少し驚いた表情を浮かべたが、真剣なルシファの目を見て、静かに話を続けた。



「知っていたかい…その理由はどうだい?」



ミウルの問いに、ルシファはゆっくりと口を開く。



「魔族の反乱…それで他の神の怒りを買って、処刑されたと記憶しています。」


「…なるほど…な。」



ミウルはやれやれと言ったように、ため息をついた。



「そこまで知っていて…なぜ…」


「…ミウル様には、これまで命を助けられた恩がありますから。我々魔族は、恩には必ず報います。父の…教えですから。」


「…そうか」



ミウルはその言葉に、少し感慨深そうな表情を浮かべた。ルシファはそんなミウルに構わず話を続ける。



「記憶が戻った時、同時に疑問も蘇りました。」


「…疑問…かい?」


「…なぜ、魔族は間引かれることになったのか…と。」


「その疑問の答えは…知っているじゃないか。君たちが反乱を…」


「違います!」



ルシファに話を遮られ、ミウルはすこし怪訝な表情を浮かべる。ルシファは少し間を置くと、ゆっくりとその理由を話し始めた。



「そのことではないんです…。私の疑問はなぜ魔族が反乱を起こしたのか…なぜ我々は間引かれなくてはならなくなったのか…」


「…それは」


「なぜアスラ…いえ、我が父は…世界に反旗を翻したのでしょうか!」



そう話すルシファに、ミウルは何も答えることはできなかった。

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