1-31 アルコの策
ミカイルが帰った後、ルシファたちは拠点を移動していた。
ルシファは魔族であり、ミウルと直接的な繋がりはないため、ミカイルがミウルを案内しなければ、ルシファのところに辿り着くのは時間がかかる。
ミカイルには知られていない拠点に場所を移すことで、時間を稼ぎ、竜人レイをこの世界の人間に擬態させようとしていたのだ。
「…しかし、こんな廃屋に引っ越しとは…トホホ。」
「文句を言わない!ミウル様にこいつのことがバレないようにしないといけないのよ。ここなら、その時間が稼げるの!」
「…むぅ、我はこの姿のままなのか?」
「バレたらミウル様に殺されるわよ。せっかく拾った命でしょ…大事にしなさい。」
「…確かにアルコ様の弟君に勝てる自信はないな…フハハ!」
「はぁ…あんたは短絡的でほんと幸せね!」
ルシファはため息をつく。
「…まぁいいわ、確か…ここに…あったはずなんだけど。」
「ルシファ、さっきから何探してんだ?」
「…あった!これこれ!」
ルシファが何かを見つけ、カチッと音を立てた。すると暖炉の壁が横にスライドして、通路が現れた。
「行くわよ、あんたたち!」
「なんだよ、その通路…」
「あぁ、これ?知り合いに用意させたのよ。こんな時のためにね。」
「相変わらず、用意周到だな。」
樹の言葉に、ルシファはニヤリと笑みをこぼす。
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ルシファの後について通路を進み、螺旋状の階段を降りると、内側に少し開いた扉から灯りが漏れているのが見えた。
「おっ?ついたかな?」
樹がそれに気づいて、扉に近づこうとするが、ルシファがそれを遮った。
「…待ちなさい。」
「どうしたんだ?早く入ろうぜ!」
「…先客がいるようね。灯りがついているわ…」
ルシファはそう言いながら、自らが扉に近づき、中に向かって蹴り開く。
そして、勢いよく部屋に入ったその目に、椅子に座って本を読む男の姿が映った。
銀髪の髪はオールバックに整えられ、本の文字をなぞる視線からは鋭さを感じる。
白装束を身に纏い、足を組んで本を読んでいる男は、視線を向ける事なく口を開いた。
「ふむ…意外と早かったな。」
そう言うと、本をパタンと閉じて立ち上がる。その姿を見て、構えるルシファに対し、竜人レイが取った行動はまったく逆であった。
「アッ…アルコ様!!?」
驚いて、ひざまづくレイの言葉に、ルシファと樹は驚いて聞き返した。
「アルコですって!?」
「アルコ様!!」
「如何にも…私が闘神アルコである。」
名乗った銀髪の髪は、3人を見てニヤリと笑うのであった。
◆
「アルコ様!なっ…なぜこの世界に?」
「…なに、弟に会いに来ておったのだ。」
レイに答えながら、視線はルシファを見ている。
(なるほど…こいつは強いな。あの噂は本当であったか。これでは私の部下が敵わんわけだ…フフ)
「…なんでしょうか。私に何か…?」
「いや…それよりここに来たのはレイに話があってな。」
「私にですか…」
アルコはレイに視線を移して、驚く一言を発した。
「あぁ…レイよ、お前この女の下につけ。」
「…!!?アルコ様、何をおっしゃって…あぁ!めんどいわ!あんた何言ってんの?!いきなり来て、意味がわかんないんですけど!!」
アルコの発言にルシファが食いついたが、レイはそれを宥めながら、アルコへと発言する。
「ルシファよ…あまり無礼な物言いはよせ。我が主人であるのだ…しかしアルコ様、今のはいったいどう言う意味なのでしょうか…"彼女につけ"と言うのは…」
「…フフフ、よい、レイよ。そやつに我ら兄弟の話をしたのだろう?お前たちをこの世界に送り込んでいることも。そして、それに対して、そやつは我らに憤りを感じておる…」
「…はい。その通りでございます。」
「…ふん。」
ルシファは腕を組んで、そっぽを向いた。
「レイ、先ほどの意味は言葉の通りだよ。そしてルシファ、もうすぐミウルが来るぞ。それまでに、レイのことを隠しておきたいんだろう?」
「なっ…なんで…それを?」
「言ったであろう。弟と話して来たと…私はレイの居場所がわかるから、ここがすぐわかったが、ミウルたちは今頃、お前たちの家を訪れているんじゃないか?お前たちがいないことに気づいて、探し始めるだろうな。ここにたどり着くのも時間の問題だ…」
「…くっ!そんなことわかってるわよ!」
「フハハハハ…お前がしようとしているレイへの擬態も、ミウルにはすぐバレるぞ。あいつは頭がいいからな!」
アルコは大きく笑い、悔しそうにするルシファへと話し続ける。
「だから、私がひとつだけ協力してやる。なに…かわいい部下のためだ。」
「…どうしようと言うの?」
「レイを竜人から、この世界の人間族へ種族を変えてやる。」
「…そんなことができるんですか?!」
それに一番驚いたのは樹であった。すこし興奮したようにアルコに輝いた瞳を向けている。
「…お前は…そうか、お前が例の異世界人か。種族を変えるのがそんなに驚くことか?」
「はっ…はい。私の世界ではそんなことは経験…というか見れませんので…興味が…沸いてしまって…」
「なるほどな…」
(こいつ…確かに面白そうな奴だ。魔族の女が気にいるのもわかる気がするな…)
アルコが樹をじっと見つめていると、ルシファが声をかける。
「ありがたい話だけど、どうも胡散臭いんだけど…あんたのメリットって何?」
「メリット?そんなものはない。私がしたいようにするだけの話だ。お前も、レイの話でわかっておるだろう…私がミウルを嫌いなことに。」
「確かにそれは理解したわ。でも、今のあんたの話だけで、おいそれと信用するほど、私は馬鹿じゃない…ただほど怖いものはないからね。」
ルシファのその言葉に、アルコは高笑いをあげた。
「クク…ククク…クハハハハ!!なるほどな、確かにお前の言う通りだ!よかろう!ならばひとつ…見返りをもらう。」
「…なによ。」
「ミウルの悔しがる顔だ。それを俺に見せてくれ。」
アルコはギラついた目つきで笑みを浮かべて、ルシファを見据える。ルシファはじっと睨み返しながら、それに返答する。
「約束はしないわ…私は別にミウル様を裏切りたい訳じゃないから。」
「ふむ、それで良い。では決まりだな…レイ!こっちへ来い。」
「御意に。」
初老の男性に姿を変えていたレイは、元の姿に戻ると、主人の前まで赴き、ひざまづいた。
「姿形に何か要望はあるか?」
「特にありませんが…ミカエルという天使族に先ほどの姿を見られております…」
「そうか…それならば先ほどの姿で良いな。力はそのまま残す…が、少し封印を施すぞ。あとは…」
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「…よし。これでよかろう。」
「すっ…すごい、本当にこの世界の人間族そのままだわ…」
「…俺にはさっきの姿に戻ったようにしか見えないや…」
「あんたにわかるくらいなら、ミウル様に通用しないでしょ…ったく、よく考えなさいよ。」
「確かにね…ハハハ。」
苦笑いをする樹に対して、ルシファはため息をつく。それを見ていたアルコは要は終わったかといったようにゲートのようなものを開いた。それをくぐりかけながら、アルコはルシファへと話しかける。
「せいぜいミウルに気づかれぬようにな。それと…レイは強いが頭は硬い。色々と教えてやってくれ。」
「…わかったわ。」
アルコはルシファの返事を聞いて、ゲートを潜ろうとしたが、何かを思い出して振り返った。
「…そうそう、言い忘れておった。」
「まだ何かあるわけ?」
「まぁ、そう言わずに聞け。ミウルにあったら聞いてみろ。面白いことがわかるかもしれんぞ。」
「…?」
「お前の父について…な。」
「…!?なぜ…それを…」
唖然とするルシファを見て、アルコは口元で小さく笑みを浮かべて、ゲートと共に消えていくのであった。
「ルシファ…大丈夫か?」
呆然と立ち尽くすルシファに、樹が声をかける。それに対して、ルシファはハッと気づいたように樹を見た。
「大丈夫よ…さて、思わぬ来客のおかげで、当初の目的は達成できてしまったわね。」
「それじゃ、これからどうするんだ?」
樹の問いにルシファは目を瞑る。そして、ゆっくりと樹とレイに告げる。
「戻るわよ!家に!」
「なんだよそれぇ!せっかく荷物も持って来たのにぃぃぃ!!」
樹の叫びが地下にこだますのであった。
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