1-30 ミウルの失敗
「そうして魔神アスラは処刑され、各地にいる魔族たちの間引きが始まったの。」
「ルシファリス様も、その対象だったのですか?」
「私は違ったみたい…ミウル様がうまく存在を隠してくれていたみたいだから。」
「なるほど…しかし、ほかの魔族たちは黙っていなかったのでは…?」
そう疑問を投げかけるウェルに、ルシファリスは小さくため息をつくと口を開いた。
「いろんな世界で間引きは行われたんだけど、神たちは魔族にバレないように知恵を凝らして、計画を進めてたみたいね。アスラは死んだけど、また魔族が覚醒する可能性は残したくない…そう神たちは考えていたと聞いたわ。」
「…聞いたというのは?ルシファリス様も誰かから聞いた話なのですか?」
ルシファリスはチラリとクラージュを見た。クラージュはそれを見て、話し始める。
「結論から申しますと、ルシファリス様はアルコ様からその話を聞いたのです。」
「アルコって…ミウル様の兄の…?」
「…そうです。私がルシファリス様に倒された後、この世界にアルコ様が来られました。理由は一つ、"私"です。」
◆
ミウルがアブソルの元から帰ると、ミカイルが慌ててやってきた。
「ミウル様!よかった…!」
「ミカイル、そんなに慌ててどうしたんだい?」
慌てるミカイルに、ミウルは優しく問いかける。すると、ミカイルの口から出た言葉に耳を疑った。
「アッ…アルコ様が、お越しに…」
その言葉に、ミウルは無言でも眉をひそめた。
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部屋のドアが音を立てて開かれる。部屋の中を見るミウルの視線の先には、窓際のソファーで紅茶を嗜むアルコの姿があった。
「ミウルよ、意外と早かったな。」
「…何をしにきたのだ。」
「アブソル様は息災であったか?」
「…だから、ここに何をしにきたのだ?」
「計画も順調そうで何より…」
「答えろ!アルコ!」
ミウルの言葉に、アルコは「やれやれ」といったようにため息をついた。
「兄に向かってそのような口の利き方はなかろう…まぁよい。今日来たのは先日私が送り込んだ竜人についてなのだが…」
「そやつなら、私の部下が始末したと思うが…難癖でもつける気か?」
ミウルは相変わらずアルコを睨みつけ、口よを強めて問いかける。
「そうはやるな、弟よ…しかし、本当に始末しておるのかな?」
「…どういう意味だ。私は部下からそう報告を受けているし、第一にこの世界は今現在、平和だ。暴れてる奴はおらんのだ。疑う余地はあるまい。」
アルコはそれを聞いて、笑みをこぼした。
「フフッ…」
「…何がおかしいのだ?」
「いや…な、私の部下である竜人族は、私が"生み出した種族"なのだ。この意味がわかるか?」
「……」
「お前も天使族を生み出した身だろう?わかっているはずだ…俺がいっている意味が…」
アルコの言葉に、ミウルは少し動揺する。
そして、ある結論が浮かんでくる。
「竜人は…死んでいない…と言うのか。」
ミウルの様子を見て、アルコはニヤリと笑う。
「おかしいと思ったのだ。お前が抱えている魔族…ルシファといったかな?あれは確かに強い…これまで送り込んできた我が子たちは、奴に全て返り討ちにあい、殺されてしまった。しかし、今回は数日が経つと言うのに、未だに魔力の線が切れん…お前も何事もなかったようにしておる。もしやと思い、ここに来たまでよ。」
「…しかし、報告をしたのはミカイルだが…彼女が私に嘘をつくなどあり得ない。」
「まぁ、そやつに話を聞いてみたらどうだ?」
アルコの言葉に不本意ながら同意して、ミウルはミカイルを呼び出した。
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「なっ…なにか御用でしょうか。」
「お前に聞きたいことがあるのだ。」
「…聞きたいこと…ですか。」
いつもと少し雰囲気の違うミウルに、ミカイルは少し動揺して答える。
「ミウルよ…そう強く言っては彼女も話しにくいであろう…お前らしくもない。どれ、ミカイルとやら、私が問おう。先日から私が送り込んだ竜人だが、どうなったのか教えてくれまいか。」
ミカイルは、ミウルとアルコを交互に見ると、アルコの問いに答え始める。
「ルシファが始末したかと…」
「そうではない。もっと…具体的に教えてくれ。」
「具体的に…?」
何が何だかわからないミカイルは、アルコの言葉に従って、当時の状況を説明し始める。
「私がやられそうなところをルシファが助けました。その後、私は異世界人と少し離れた位置に避難し、戦いの行く末を見守りました。」
「ふむ…それで?結果はどうなった?」
無言で自分を見据えるミウルへ一度視線を向け、再びアルコの問いかけに答える。
「両者は決め手にかけておりました。少しばかり戦いは均衡していたため、二人は仕切り直し、少し離れて溜めの構えをとりました。何やら話しておりましたが、おそらく互いの本気の一撃で決着をつけようとしたのかと思います。」
「なるほどな。…して勝ったのは?魔族の方か?」
「…はい。竜人が先に動き、それをいなしてカウンターを叩き込んだルシファが勝ちました。」
アルコは少し考えながら、ミカイルに続けて問いかける。
「トドメは?お前は魔族の女が、竜人にトドメを刺したところを見たか?」
「はっ…はい。竜人は負けを認め、ルシファがトドメを刺しました。」
「…死んだかどうかの確認は?」
「私は少し離れたところにおりましたので、しっかりと確認はしておりませんが…ルシファがトドメを刺すときに、大量の血飛沫が上がるのは見ております。」
ミカイルの答えに、アルコは「そうか」と呟き、少し考える。
(私の予想が合っていれば、ルシファという魔族はなかなかの切れ者であるな…我が弟であるミウルの目を誤魔化すとは。しかし、竜人の死を装った理由はなんだ…?)
アルコが考えている横で、ミウルはミカイルを見据えたまま、静かに問いかける。
「…ミカイルよ、お前は私に嘘などついていまいな…?」
「そっ…そんな!滅相もございません!ミウル様に嘘をつくなど、この身に誓ってあり得るはずがありません。」
「…そうであると信じたいが…」
「ミウルよ…そやつは嘘は言っておらんと思うぞ。どちらかと言えば…魔族の方か。」
アルコの言葉に、ミウルは振り返り、怒気を交えた言葉を綴っていく。
「…ルシファが私に嘘をついていると言うのか?魔族であることは抜きにして、手塩にかけて育ててきたんだぞ!?信頼関係はしっかりと気づいてきたはずだ!!」
「…しかし魔族であろう?」
「……」
"魔族である"と言われれば、ミウルは何も言えなくなってしまった。その様子を見て、アルコが再び口を開く。
「…ミウルよ、お前は私がこの世界に竜人を送り込んでいることを、魔族の女に言っておらぬだろう。」
「…!そっ…それは!」
「今回、この世界に送り込んだ私の部下は名をレイと言うのだが、三度の飯より戦いが好きでな。それでいながら殺生は好まん奴なのだ。私は今まで部下を送り込む際に、この世界の者を"殺せ"と言ったことはない。まぁ…壊せとは言ったが…全ては送り込んだ部下が自分で判断している。魔族を殺さざるを得なかったのは、手を抜けぬほど強いからだ。」
無言で話を聞くミウルに、アルコは話を続ける。
「その女は、レイが自分たちを殺す気がないという違和感に気づいたのではないか?だから、レイを殺したと見せかけ、情報を引き出し、違和感の正体を…なぜ主人が自分に隠し事をしているのか、つきとめようとしているのでは?」
ミウルは悔しそうな表情を浮かべ、下を俯いた。
「そもそもだ…私は今までお前の計画に利用されてやってきたのだ。間引きの計画のことなら、神であれば誰でも知っておるからな。まぁ、私を馬鹿にしているお前のことだ。都合よく間引く方法が飛び込んできたとでも思ったのだろう?」
「……クッ」
「図星か…?ハハハ…しかしまぁ、安心しろ。計画に甘んじて乗ってやったことに、別に他意はない。私は部下を楽しませてやりたかっただけだからな。」
アルコはそこまで話すと、窓の外に目を向けた。
「…お前はひとつ失敗したな。大事に育て、信頼を築いておっても、隠し事がバレれば、それは一瞬で瓦解するのだ。魔族の間引きは、神々の中で最重要事項だ。隠し通そうとしたことが、そもそも間違いなのだよ。」
「…では、どうしろと言うのだ。」
「私の知ったことではないが…お前が信頼を築いていると信じるなら、直接会って話したらどうだ?」
ミウルはアルコの言葉に頷きもせず、振り返ってミカイルへと指示を出す。
「ルシファは今どこにいる?今から話に行く。」
しかし、ミカイルはそれにはすぐに従わなかった。
「ミウル様…そろそろ潮時なのでは…やはり魔族を匿うなどできるはずもないのではないでしょうか。」
「…ミカイル、それは私に対する命令か?」
苛立ちを隠さないミウルに、ミカイルは言葉なく従う。
(ミウル様をこのようにしてしまったルシファが憎い…)
部屋を後にする主人に従いつつ、ミカイルはルシファへの憎悪を膨らまていた。
部屋にはアルコだけが残されている。
「面白くなってきたな…どれ、もう一つ策を弄するとするかな…フハハハ」
アルコもそう言いながら部屋を後にするのであった。
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