1-29 世界の管理


リジャンとキクヒトたちがいなくなった部屋には、ルシファリス、クラージュ、ウェルの三人が残っていた。



「神が管理する世界…ですか。」



話を聞いていたウェルは、ショックを受けたように静かに呟いた。ルシファリスは、そんなウェルに慰めるわけでもなく声をかける。



「あんたには衝撃でしょうね。まさか自分たちの世界が、誰かが管理する盤面だなんて、普通は想像できないもの…。だけど、これは紛れもない事実よ。」



ウェルは静かにため息をつく。



「…しかし、ルシファリス様。なぜ私にだけ話したのですか。キクヒト様もリジャン様も国を治める身であるから、と言うのは理解できたのですが、私に話す理由が見当たらない…」



ルシファリスはウェルをジッと見据えたまま、ゆっくり口を開く。



「驚かないで聞きなさいよ…」


「はっ…はい」



ウェルは、急にルシファリスが神妙な面持ちに変わり、ゴクリと喉を鳴らした。



「…ムスペルへ召喚した異世界人。その名を『ウェルサム・スミス』。髪は金髪、瞳はコバルトブルー、ハルキとは違う言語を話していたわ。私が出会った二人目の異世界人であり、他の異世界人とは違って、唯一この世界に残った異世界人よ。」



ウェルは話の主旨がわからないと言った表情で、ルシファリスへと質問を投げる。



「…その異世界人と私に何か関係があるのですか?確かに名前の一部が私と同じですが…」


「…あんたよ。」


「え?」


「その異世界人は…あんた自身のことよ。」



ウェルは、いまだに信じられないといった表情になる。ルシファリスはそんなウェルをしっかり見つめて、話を続ける。



「…あんた自身にその記憶はないでしょうね。だけどこれは、紛れもない事実なの。受け入れるのは難しいかもしれないけど…最後まで話を聞く覚悟はある?」



ウェルはルシファリスの顔を見据えながら、無言で頷いた。



「いいわ。それにはまず、天使族と魔族の争いがなぜ起きたのかから話しましょう。」





ルシファたちがたまの休みをとっていた頃、ミウルは絶対神のところへと来ていた。


目の前に座り、威厳と迫力を備えた男こそ、世界管理を統括する絶対神アブソルであった。



「お久しゅうございます。アブソル様。」


「お主も息災であるな。ミウルよ。」


「何事も変わりなく…」


「それは良いことだ。魔族と天使族の二人も元気にしておるか?」


「ええ、二人ともよく働いてくれております。」


「そうか…そういえば、ミウルよ。兄のアルコとはどうしているのだ?」



ミウルはため息をつきながら、静かに呟く。



「あれは…傲慢すぎて私とは合いません。相変わらず、自分たちが一番だと信じて、部下を強くすることだけを考えておりますね。…が、計画のためには好都合…利用させてもらっております。」


「…そうか、少しは仲良くしたらどうだ?兄弟なのだから。」


「無理でございますね。」



キッパリと答えるミウルに、アブソルは苦笑いする。



「…して、例の計画はどうなっておるかな?」



その言葉を予想していたかのように、ミウルはスラスラと答える。



「全て順調に進んでおりますので、ご安心ください。」


「そうか…すまぬな、嫌な役回りをさせてしまって。」



アブソルは申し訳なさそうに、小さくため息をついた。ミウルはその様子を見て、かばうように口を開く。



「とんでもない。もともと魔族たちが自分で蒔いた種です。その責任は彼らに取らせねばなりません。アブソル様が気に病む必要はありません。」


「そう言ってくれると、少しは気が晴れるというものだ。」


「他の神たちも順調にことを進めているのでしょうか?私の世界は都合よく間引きできる方法を得られましたが、他はそうではないでしょうから。」


「…あぁ、その辺は大丈夫だ。皆、いろいろ知恵を出して、計画を進めてくれている。各世界にいる魔族たちは、少しずつだが数を減らしていっておるよ。この調子なら、計画の完遂までそう日はかからんだろうな。」


「そうですか…」



少し複雑な表情を浮かべるミウルに、今度はアブソルから、声をかけるように口を開いた。



「お前にとっては辛いだろうが、引き続きよろしく頼む。」


「…いえ、仰せの通りに。」



ミウルはそういうと、アブソルに礼をして部屋を後にする。長い廊下を歩くミウルは、自分たちの部下のことを考えていた。



(ルシファたち魔族に罪があるかと言われれば…だが、世界管理会議で決まったことだ。アブソル様も苦渋の決断だったであろう…私たちが迷ってはアブソル様にも不安が募ってしまう。しかし…な。)



ミウルは、廊下の窓から見える大きな世界大樹に目を向ける。神が各々の世界を作る際には、この世界大樹から苗をもらい、世界の基礎にするのだ。


母なる大樹…

全世界の源…

慈愛なる存在…


ミウルには、その世界大樹が泣いているように感じたのだった。





多くの世界を管理する世界。

ここには様々な神がいる。

絶対神アブソルを筆頭に、創造神、混沌神、豊穣神、闘神など、全般的な統制力を持つ神から、炎神、水神、海神、死神など特定のものを司る神まで、様々に及ぶ。


彼らは全て、世界大樹から産み落とされるのだ。


その中で一人だけ、ひときわ存在感をあらわにする神がいた。


魔神アスラ。

魔族を生み出した神である。


彼が生み出す魔族たちは、他の種族よりも一際強く、冷酷無比であった。


アスラはその魔族を率いて、全ての世界を我が物にしようとした。各世界へ自分の部下である魔族を送り込み、全ての世界に攻撃を仕掛けたのだ。


しかし、それは他の神々によって阻まれ、アスラは捕まり、無限監獄へと幽閉されてしまう。各国に残された魔族たちも、記憶を消され、他の神々のしもべとして各世界で仕事に従事することとなった。


ルシファもその内の一人であった。

彼女は魔族の中でも、統率力、戦闘能力など、全てにおいて上位に位置しており、アスラの右腕として力を振りまいていた。


ルシファはある時、アスラから指令を受け、部下を引き連れてミウルの世界を攻撃した。しかし、アスラが捕まると同時に、ミウルにあえなく返り討ちにあい、記憶を消去され、その部下として迎え入れられたのだ。


多くの神々は、魔族は全て抹殺すべきだとアブソルに進言したが、アブソルとミウルだけがそれを拒んだ。



「彼らには罪はない。」



アブソルのその言葉に、他の神々は渋々従ったのだった。


そうして何年かが過ぎたところで、再び世界を揺るがす事件が発生する。


魔族が一人の神を殺害したのだ。


殺されたのはカーマという愛神である。愛に深いカーマは、魔族の受け入れを心良く承諾し、自らの世界で仕事を与え、共に歩んでいた。


しかし、突如一人の魔族が暴走し、それを止めようとしたカーマは、その凶刃に命を落としてしまった。


その後、カーマの世界で暴れ狂っていた魔族は、最初に駆けつけた闘神アルコによって滅されたのである。


この原因は、アスラを生かしていたことにあった。彼は魔族を生み出すときに、自分の魔力と繋がりを残しており、幽閉されながらも世界に散らばった魔族たちから、静かに、ゆっくりと、魔力をかき集めていたのだ。


そうして集めた魔力を、機を見て一人の魔族に注ぎ込み、暴走させたのである。


アブソルの元には、アスラの処刑と、魔族の殲滅を求めて、世界の神々が集った。


もはや、アブソルにもミウルにも彼らを止める術はなく、神々の意見を飲むしかなかった。



「ミウルよ。やはりアスラを処刑するしかないようだ…。」


「…」


「…すまぬな、お主の友は救えなかった…」



そうして、魔神アスラは処刑された。

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