1-26 天魔と竜


「天魔の争い…」



キクヒトが驚きを隠さず、神妙な表情を浮かべる中、ルシファリスは話の続きを始める。



「続きを話すわよ。」


「ちょっといいですか?」



ルシファリスが向けた視線の先に、ウェルが手を挙げている。



「…何よ、ウェル…」



急に話の腰を折られて、ルシファリスはウェルを睨みつけた。



「…いや、ルシファリス様が"ルシファ"様で、ミカエリスが"ミカイル"様でいいんですよね?名前が微妙に違うから、こんがらがっちゃって…」


「はぁ…そうよ。あまり話したくなかったけど、ウェルの言う通りで間違いないわ。」


「なんで名前を変えてるんだ?」



今度はリジャンが問いかける。



「変えてるんじゃなくて…"リス"は天界…大樹の上の世界では、"堕ちた"を意味するの。要は私たちは、ミウル様に"神堕ち"させられたのよ。」



その言葉に一同は言葉を失う。その反応に対し、ルシファリスはバツが悪そうに頭を掻きながら、ウェルに苛立ちの矛先を向けた。



「あぁ〜だから話したくなかったのに…ウェル!どうすんのよ、この空気!!」


「…と言われても…すみません、疑問だったので…」



頭を掻いて苦笑いするウェルに、気が抜けたのか、ルシファリスは大きくため息を吐くと、気を取り直して話を再開した。



「まぁ、いいわ!話を戻すと、竜人であるクラージュをボコして、殺さずに話を聞いたのよ。本来ならすぐ殺すんだけど、その違和感がなんなのか、私は確かめたかったというわけ…」



そう話しながら、ルシファリスはクラージュへと顔を向ける。クラージュは静かに頷いて、口を開く。



「渾身の一撃も、当時のルシファ様には全く通用しませんでしたからな。放った一撃を上手く利用されて、そっくりそのまま跳ね返されました。私は倒れ伏し、死を覚悟した…しかし、ルシファ様は私に、竜人の話を聞かせろ、話次第では生かしてやる、と仰られました。私はそれを受け入れたのです。」


「ミカエリス…いや、ミカイル様はどうされたのだ?見ていたんだろ?その戦いを…」



キクヒトの問いかけに、ルシファリスが口を開く。



「あいつには聞かれたくなかった…知ったらミウル様へすぐ報告するやつだもの。だから、クラージュを始末するふりをしたの。殺したように見せかけて、後で回収したわ。元々、竜人対応は私の仕事だったから、簡単に隠せた。バカなあいつは、今もクラージュがあの時の竜人だとは、気づいてないんじゃないかしら…」



ルシファリスはそう言いながらニヤリと笑う。



「そして、私はルシファ様の部下たちに回収され、ここビフレストで秘密裏に匿われました。そして、世界ではじめての異世界人であるイツキ殿とお会いしたのです。」





「…グッ……ムゥ…ここは…?」



薄っすらと開けた視界に、木造の天井が映り、その隅に金髪のツインテールの少女がこちらを見て笑っていた。



「気づいたようね。」


「お主は先の戦いの…!?そうか…我は負けたのであったな…」



竜人は気が晴れたかのように、清々しい表情を浮かべている。



「なんだか嬉しそうね…」


「…今まで負けたことがなかったからな。負けるとこんなに清々しいものだとは思ってもいなかった…」



ルシファは無言で話を聞いている。



「そういえば、我々の話を…所望であったな。良かろう…」



竜人はそう言うと、痛む体を気遣いながらベッドの上で起き上がり、ルシファへと視線を向ける。



「我らがこの世界に降り立つのは、竜人族の中で1番に強き者と決まっておる。我々の世界では数年に一度、武道大会が開かれて、そこで最後まで勝ち上がった者が、この世界へ行く許可を得るのだ。」


「何の為にこっちに来んのよ…こっちからすれば迷惑極まりないんだけど…」



ルシファは竜人を睨みつける。

対して竜人は、弱々しく笑いながら、返事をする。



「ハハハ…、我々の主人である龍神さまはこの世界がお嫌いなようでな…我が行く際には、とりあえず行っていろんなもんを壊してこいと言っていたな。」


「何よそれ…あんたの主人って…バカなんじゃないの?」


「フハハハハ!そこまで言うか!しかし、龍神様はお主らの主人であるミウル様をたいそう毛嫌いしておったから、その腹いせだともおっしゃっていたわ。」


「…毛嫌いって…あんたの主人、つまり龍はミウル様を知っているわけ?」



ルシファのその問いに、竜人は少し驚いた表情を浮かべた。



「なんと…!お主らはミウル様から何も聞いとらんのか?ミウル様と龍神アルコ様は、ご兄弟じゃぞ!?」


「…なっ?!兄弟ですって!?そんな話…聞いてないわ…そもそも神ってなによ!龍は…ミウル様が生まれた時に一緒に生まれた副産物だと聞かされているわ!」



驚いて何やら考えているルシファに、竜人は声をかけるように話を続ける。



「副産物とな…。ふむ…ミウル様もアルコ様の事がよほどお嫌いなのだろうな。実の兄の存在を部下に隠しておるとは…」



竜人の話では、ミウルとアルコは兄弟であったが、頭のいいミウルと武力に長けたアルコは、自分たちが作る世界の在り方について、度々衝突していたという。


ある時、ミウルがつくる世界を見て、アルコは言った。



「ミウルよ…このような平和しかない世界など、つまらんとは思わんか?全員が平等な世界など息が詰まると思うが…」


「兄者よ…私はその平和な世界を望んでいるのだ。あなたのように戦いを欲しているわけではない。」


「しかし、もし、世界で争いが起きたらどうする。基本的にお前は世界に干渉できんではないか…いつ、どのような事が起こるか、わからんもんだぞ?どうやって対処するのだ…」


「確かに私は直接干渉はできないが、部下に管理を任せることはできるさ。」


「その者たちが、争いの火種をあらかじめ摘みとると…そう言うことか?」


「そう管理させるのだ。」


「では、その者たちがもし負けたらどうする?お前の世界は滅ぶのみか?」



アルコの意地悪な問いに、ミウルはやれやれといった感じで答える。



「私が手に塩をかけて育てた部下たちだぞ?それはありえない。第一、争いが起きぬように管理するだけなのだから、誰に負けると言うのだ。」



その疑問にアルコは、楽しげな笑みを浮かべて、ミウルへと告げる。



「その部下とやらは、可哀想でならぬな。有り余る力の向けどころがどこにもない…さぞかし、退屈であろうな。」


「そんなことは、兄者には関係ないことだ…」



頭に手を当てて、可哀想だという仕草をするアルコに対して、ミウルは面倒くさそうに返事をするが、心の中である考えが浮かぶ。



(…しかし、それも一理あるな。力を使うところがないと言うのは、彼らにとっていささか退屈ではある…。特にルシファはすぐに飽きてしまいそうだな。)



何かを考えるミウルを見て、アルコは再び笑みを浮かべて、提案する。



「では、ミウルよ。こうしてはどうだ?私の部下を定期的に、お前の世界に送るとする。その命令は、"全てを破壊せよ"だ。もちろん、人民の命を奪うようなことはさせぬ。お前の部下には、私の部下の対処をさせて、日頃のうっぷんを晴らさせてやれば良い…どうだ?」



ミウルはアルコの提案に、不信感を抱いたが、同時に自分に及ばないアルコの部下に、自身の部下が負けるはずがないと言う自信も抱いていた。



「私の部下が負けるはずもない…が、それを受けるメリットが、私にあるのか…」


「あるぞ。時たま現れる強大な敵…人民がそれを認識するだけで、団結力がうまれ、世界の争いの火種はより少なくなる。」


「…なるほど。それは一理あるな。」

(それに、あの計画を進めるのにも都合がいいかもしれないな…)



再び、目を閉じて考え始めるミウルに向かって、アルコは提案を強めるように問いかける。



「どうだ…受けるか?自信があるのだろう?自分の部下が負けるはずないと…ならこの提案、受けてみよ。」



アルコのその問いに、ミウルはゆっくりと目を開いて告げる。



「わかった。兄者の提案を受けよう。しかし、決まりは私が決める。良いな。」



ミウルはそう言って、アルコの提案を受けたのだ。そして、ミウルは2つの決まりを定めた。


一つ、送り込むアルコの部下は、一回につき最大3名までであること。

一つ、最低でも数年程度は送り込む間隔をあけること。


アルコはその定めに同意した。

そうして、2人はそれぞれの世界の創造を進め、アルコは定期的にミウルの世界へ部下である竜人族を送り込んでいたのであった。



その話を聞いたルシファは驚愕していた。



「…なによ…それ。私たちとあんたたちが戦っていたのは、主人たちに仕組まれていたことだったって言うの?命がけで戦ってきた…そして、何人もの部下が死んでいったと言うのに…」


「…さて、我もアルコ様に聞かされた話であるからな。なぜ、ミウル様がお主らに隠していたのかは我の知るところではないな。我ら竜人族としては、好敵手がいる世界に降り立てることは、喜ばしいことであったから、細かいことは気にしとらん。それに、犠牲が出たのはお互い様だ。お主らにも、多くの同胞を殺されたのだからな。」



ルシファは竜人の言葉に対して、怒りが込み上げてくるのを感じた。その感情は竜人に…と言うよりも、自分たちに黙ってそんなことをさせてきた自分の主人にであった。



「…せめて、あんた達のことをもっと教えてくれていたら、やりようはいくらでもあったのに…」



ルシファは、そう唇を強く噛み締め、やられていった部下たちのことを思う。悔しさを滲ませていると、ドアをノックする音が聞こえてきた。


ルシファは気を取り直して、「どうぞ」と返事をする。すると、1人の青年が入ってきた。



「ルシファ、飯できたけど…その人、起きた?」



フライパンを持ったまま、部屋に入ってきた樹を、2人はジッと見据えていた。

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