1-27 ミウルの計画
「フライパンを持ってきた時は驚きましたな。ルシファリス様のあの時の笑顔は忘れられません。」
クラージュは静かに笑みをこぼした。
「あのタイミングで、普通はフライパンは持ってこないでしょ!?おかげで拍子抜けだったけど、同時に冷静にさせられたわね…私が自分の主人であるミウルに疑念を持ったのも、この時からよ。」
「そして、それが私にとっては初めてイツキ殿と出会った瞬間でした。初めて彼をみた時、とても不思議な気持ちになったのを覚えています。」
「不思議な…気持ち?一体どう感じたんだ?」
クラージュの言葉に、リジャンが問いかける。
「…そうですな、優しさと勇気を兼ね備えた眼差しの中にある、つかみどころがない"何か"…未だにうまく表現できないのですが…」
「…まぁ、あいつが変なやつだったって事は共感するわ。そして、ここからが重要な話よ。」
ルシファリスは、改めて一同を見回して、静かに口を開く。
「この話を聞けば、元の生活には戻れないと思う…私はミカエリスと決着をつけなきゃならないし…。クラージュが負けるほどの奴が、あちら側にいるってことはこっち側もただじゃ済まないはずよ…特にキクヒト!あんたはミズガルの王よ…やるべき事は他にあるはずよね…」
その問いに、キクヒトは目を瞑り頷いた。
「…あぁ、この国の発展に寄与してくれたハルキには申し訳ないが、私はこの国をまだ手放すことはできない…ここで一旦外させてもらおう…」
「それが正しい判断よ…このままだと世界を巻き込んだ争いに発展する恐れもある。その時に各国に指導者がいなければ、民も露頭に迷ってしまうわ。」
「…そうは言うけど、アルフレイムの王はお前だろ?ルシファリス…ヨトンはもうすぐ新たな王が即位するらしいけど…アルフレイムはどうするんだ?」
リジャンの問いに、ルシファリスはにっこりと笑って答えた。
「アルフレイムには、あんたがいるから大丈夫よ。」
「あんた…?」
リジャンは何のことを言われたのか、ピンと来ず首を傾げていたが、ルシファリスは笑顔を浮かべて、はっきり告げる。
「アルフレイムはあんたに任せるって言ってんの、リジャン!」
「はっ…はぁぁぁぁぁぁぁ!!??待て待て待て待て!!!俺に王をさせるつもりか?」
「そうよ。できるでしょ、あんたなら。」
「ムリムリムリムリムリっ!!!無理に決まってる!!できる訳ないだろ!!!」
リジャンは必死で首を振る。
…が、ルシファリスはもちろんのこと、クラージュやキクヒトまでもが、それに同意していた。
「リジャンなら大丈夫でしょう。」
「ああ…君なら確かに。」
「お前ら!ふざけんな!!俺は絶対やらねぇぞ!!!」
リジャンはそう吐き出して、そっぽを向いた。しかし、ルシファリスやキクヒトたちが小さく笑みを浮かべながら、何も言わずに自分を見ている。
リジャンはその雰囲気に、徐々に居心地の悪さを感じ始め観念する。
「っだぁぁぁ!わかったよ!!やりゃあいいんだろ!?やりゃあ!どうなってもしらねぇからな!!」
「…ありがとう、リジャン。私はあんたを信頼してる。あんたほど知識を持った奴を知らないもの…あんたなら王様なんて簡単にこなせるわ。」
「ったく…お前の笑顔だけ悲壮感丸出しなんだよ!!そんな顔されちゃ、断れるはずないだろ?」
リジャンの言葉にルシファリスはただ笑っている。
「さて、アルフレイムの王も決まったところで、我々は退散しよう…」
キクヒトが立ち上がり、リジャンを外へと促す。リジャンも頷いて立ち上がると、部屋から出る前に振り返り、ルシファリスへと言葉を投げる。
「死んだり…帰ってこないのは許さねぇぞ… …ちゃんと…生きて戻ってこいよな…」
そう言うとリジャンは部屋を後にした。
◆
再び話は過去に戻る。
ルシファと樹が、竜人…後のクラージュと話していた時と同じくして、大樹内ではミカイルがミウルへの状況報告に来ていた。
「ミウル様、今回も竜人はルシファが討ち取りましたのでご安心ください。」
「そうかい…ミカイル、報告ありがとう。君もご苦労だったね。」
「いえ…しかし、今回の個体はかなり強力な者でした。時が経つにつれて、竜人族のレベルが上がっているように思えます。」
「…そうかい。」
ミカイルの言葉に、ミウルはため息をつく。
「…まったく…計画のためとはいえ、アルコの提案を受けるなど、愚策であったかかもしれないね。兄であるとはいえ、アルコの事になると、私は少し頭に血がのぼってしまうのも否めない…反省しないとなぁ。まぁ、ルシファたち魔族は強いから安心してるんだけど、こうも竜人族が強くなってくると、些か懸念も広がるね…」
「…今日の戦闘を見ておりましたが、ルシファ自身が負けることは当分ないかと…悔しいですが、彼女は強いですから。恥ずかしながら、私は及びませんでしたので…」
ミカイルはそう言って下を向く。
そんなミカイルに、ミウルは優しい声で包み込むように話しかけた。
「仕方ないさ、魔族の方が力は強い…戦闘能力の高さでは、魔族はどの種族にも劣らないのだから…天使族である君が、竜人に遅れを取り始めることは、私の計算のうちだよ。君は無理しないで、竜人たちはルシファに任せればいい。君には君のやる事があるのだから…」
「…はい、仰せのままに…主人様。」
ミカイルはそう言ってひざまづいた。
ミウルは微笑むと、ゆっくりと大樹の下に広がる広大な世界に目を向ける。
(…ルシファ、悪いけどもう少しだけ僕の計画に付き合ってもらうよ…恐らく、アルコたち竜人族がこの世界に来るのもあと一回くらいになるかなぁ。しかし…あの計画のことがバレたら、相当怒るんだろうなぁ…君は。)
「…ミウル様?」
考え込むミウルの様子に、ミカイルが顔を上げて声をかける。
「ん?…あぁ、ごめんごめん。少し考え事をしてしまったようだ…そうだ!忘れていた。ルシファにも言ったんだが、君たちには少し休みをあげるよ。期限は決めてないけど、ゆっくりして来たらいい。」
その言葉に、ミカイルは少し怪訝な表情を浮かべる。
「…休み…ですか?私にはそのようなものは…」
「必要ないかい?」
間をあけずに、声をかけられてミカイルは口を閉じる。
「私はね、ミカイル。君たちにもこの世界を楽しんで欲しいんだ。この世界に関わるみんなが、幸せでいて欲しいと願っている。」
「…」
「君にも、もちろんルシファにも楽しんで欲しい…それが私の願いなんだ。だから、ミカイル…もっと自分の意思を持っていいんだよ。」
ミウルはミカイルに微笑む。それに対してミカイルは戸惑いながらも無言で頷いた。
(ミウル様までルシファのような事を…しかし…自分の意思…か。いきなり言われても困るわね…)
「さて、私もとりあえずはゆっくりしようかな。異世界人の召喚で、だいぶ力を使ってしまったし…しばらくはアルコからの邪魔もないしね。」
「…ゆっくりお休みくださいませ。」
「ありがとう。ミカイルもちゃんと休むんだよ。」
「…はい。」
ミカイルはそう返事をすると、立ち上がって部屋を後にする。ミウルは出て行くミカイルの背をジッと見つめていた。
「魔族の間引き…か。絶対神様の命令とはいえ…少し心苦しいところだよね。天使族の彼女にも…もう少しだけ働いてもらわないといけないなぁ。」
ミウルはそう言いながら、再び大樹の下に広がる広大な世界に目を向けるのであった。
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