1-21 男は甲斐性


「ルシファ、説明してくれるかい?」


「はっ、はい!」



ミウルから説明を求められて、ルシファは焦りの混じった返事をして、二人の元へと歩み寄る。



(まっ、まずいわ。イツキの能力を隠していたことがバレていたなんて…ミカイル?いえ、あいつは馬鹿だから気づいていないはず…ミウル様が直接気づいたのかしら…ミカイルとは別に監視されていたのかも…どうしよう…どこまで話そうか…)



そう考えながら、ミウルと樹が座っているテーブルの横へと立つ。心配そうに見つめる樹の顔が目に入った。ルシファは一瞬だけ唇にギュッと力を入れて、視線を前に戻すと、話し始めた。



「報告が遅れ、申し訳ございません。この者の能力については、特異な点が二つあります。」


「うんうん、それは?」



ミウルは笑顔のまま肯く。



「一つは全属性持ちです。五原則の全てに適性があります。」


「ほう…それはすごいね。」


「はい…もう一つは、陰陽の付属性にも適性を持ちつつある、ということです。」


「なっ!?だから私の事も感知できたのね!!!」



後ろではミカイルが、驚きの声を上げている。



「持ちつつあるというのは?」



ミウルは気にすることなく、ルシファに話を続けるよう問いかける。



「彼がこの世界に召喚されてから、今までの記録を確認し直したところ、ある日を境に、感知覚の能力が発現したように思われます。」


「その"ある日"というのはいつなんだい?」


「それは…」



ルシファは口籠る。



「どうしたんだい?ルシファ。何か言いにくいことでもあるのかな?」



ミウルはやはり笑顔で、ルシファに問いかける。その笑顔に、ルシファは観念し、ゆっくりと口を開いた。



「私と…交わった日…です。」


「なっ!!?」

「ほう!」



驚愕の声と好奇の声が上がった。

樹も少し恥ずかしそうに小さくなっている。そして、驚きを隠せないミカイルが、声を荒げて言葉を投げつけた。



「ルシファ!あなた何考えてるの!神に仕える魔族でありながら、人間と…しかも異世界から来た異物とまぐわうなんて!!信じられないわ!!!あり得ない!!!」


「…別にいいじゃない。誰としようが、それは私の自由だと思うけど…」



怒鳴るミカイルに対して、ルシファは少し恥ずかしそうに、目線を逸らしながら反論する。それを見ていたミウルが、少し申し訳なさそうに口を開いた。



「ルシファ、これはすまなかった。配慮が足りなかったね。ミカイルにもだけど、確かに、誰かとまぐわうことを禁止したわけではないからね。」



そう言いながら、ミウルは顎に手を置き、何かを考えるように話し続ける。



「しかし、魔族と人間が交わったことで、人間の方に力が発現するとは…少し興味深いね。面白そうだから、ルシファには引き続き、彼と生活をしてもらおうかな。」


「ミウル様っ!!!?」


「ミカイル…何でもかんでも否定して、自分の考えを押し付けるのは良くないと、日々言っているだろう?君のその真面目なところは長所であるが、短所にもなり得るんだ。少し広い視野で物事を考えようね。」


「わっ、私はただ…この…世界の…ために…」


「わかっているよ。」



その言葉に、ミカイルは悔しそうに口を閉じる。ルシファも少しニヤつきながら、その光景を眺めていたが、ミウルが急にルシファに振り向いて、話しかけてきたため動揺する。



「ルシファも。君に任せているのは、この世界にとって、とても重要なことだ。報告を怠ってはいけないし、彼のような重要人物とまぐわるなんて、本来ならあってはいけないことなんだよ。今回はいい結果に転んだと思うから、特に罰は与えないけど、ちゃんと肝に銘じておくように。」


「はっ、はい…」



しょんぼりとするルシファ。

2人に対してそこまで言うと、ミウルは樹に目を向けた。



「イツキくん。」


「はっ、はい!」



再び自分に向けられた、ミウルの全てを見透かしたような不思議な目に、樹は動揺を隠せない。何を言われるのか、早くなる鼓動を感じながら、返事をする。



「ルシファのこと、よろしく頼むよ。」


「!!?え?!」


「なっ!?ミウル様!!」



ミウルの言葉に、今度はルシファが声を上げた。顔を真っ赤にして、ミウルに視線を向けるルシファであるが、ミウルは構うことなく、樹に話し続ける。



「君をこの世界に呼んだのは、この世界をより良くしたいと思っている僕らのエゴが原因だ。君の人生などお構いなしにね。だから、君がすることのほとんどは許容するつもりだよ。持ち得る知識を使って、いろんな研究をしてくれていい。その知識を使って、成り上がってくれても構わない。もちろん、ルシファとまぐわうのも良い。」


「ミッ、ミウル様ぁ…」


「ただし、これだけは肝に銘じてほしい。世界を傾けるようなことは、絶対にしないこと。僕の愛するこの世界を、僕から奪うようなことだけは、絶対にしないでおくれ。」



ミウルの悲しげな瞳。

その瞳を見て、樹は静かに頷くことしかできなかった。



(この人は、本気でこの世界を愛しているんだ。)



樹は直感的にそれを感じたのである。


その後、少し話をするとミウルとミカイルは大樹へと帰って行った。ルシファは、大きくため息を吐き出す。



「ふわぁぁぁぁぁ!何とか切り抜けたわね!しかし、ミウル様もやはり侮れないわね…」



そう言って椅子に座り、だらんとするルシファに対して、樹は疑問を投げかける。


「ルッ、ルシファ…なっ、何であんな嘘をついたんだ?いきなりあんなこと言うなんて…マジ焦ったぁ〜」


「あんたの能力を、最低限話しつつ誤魔化すには、あれが1番効果的と思ったの!あの人は、部下の色恋には興味を持つけど、配慮する方だから。」



そう言いながら樹に視線を向ける。樹が恥ずかしげに目を逸らすと、ルシファはニヤリと笑って、面白そうに問いかけた。



「何よ…もしかして私としたくなっちゃった?」


「ちっ!違うって!いきなりあんな事言われたら、誰だって動揺するだろ!?」


「そう?別にいいわよ。我慢しなくても。今夜にでも、相手してあげようか?」


「ばっ、ばっかじゃねえの!?もういいや!ちょっと散歩してくる!座りっぱなしで疲れたからな!」



そう言って、ドスドスと外へ出て行く樹を見送って、ルシファは静かに呟いた。



「童貞だったかしら…まぁ、私も人のことは言えないけれど…」





樹は家を出て、街へと足を伸ばしていた。



「ったく!あいつには貞操ってもんがないな!」



プンスカと怒りながら、道を歩くイツキに、横から声がかけられる。



「よう!イツキじゃねぇか!今日は嬢ちゃんと一緒じゃねぇのか?」


「なんだ…おっちゃんか。ルシファなら家にいるよ!」


「なんだい。えらくご立腹じゃねぇか。どうしたよ?」



声をかけてきたのは、鍛冶屋の店主であるバランだ。樹とルシファがこの街にやってきた時に、よくしてもらったこともあり、ご近所付き合いをしている仲である。



「それがさ!聞いてくれよ。」



樹はミウル達のことはうまく隠しつつ、ルシファの発言について、バランに説明した。



「はっはっはっ!やっぱ嬢ちゃんは面白れぇなぁ!」


「笑い事じゃねぇって…あいつには女としての自覚が足りないよ、まったく!」


「そうかぁ?樹こそ、女にそこまで言わせたんだ!本気で抱いてやるくらいの甲斐性がねえといけねぇなぁ!おっといけねぇ!配達があったんだわ!なら、頑張れよ、樹!」


そう言ってバランは笑いながら、去って行く。



「甲斐性つったってなぁ…」



頭をボリボリ掻きながら、樹は再び歩き出した。


その晩。

樹はルシファの部屋の前に立っていた。すでに彼女は寝てしまっている。樹は、自分の鼓動が速くなっていくのを感じていた。



(うわぁ…俺、何やってんだろ…)



手汗がすごい。

喉がカラカラ乾いたように感じて、ごくりと唾を飲み込む。そして、ドアノブに手をかけた。


ゆっくりとドアを開けると、狭い部屋の大半を占めているベッドに、ルシファは小さく寝息をたてて横になっていた。


樹はゆっくりと音を立てないように、ルシファに近づいて行く。



(これじゃ、まるで寝込みを襲いに来たみたいじゃないか…)



そう思いつつ、ルシファの横へとたどり着くと、その姿に見惚れてしまった。


窓から差し込む月明かりが、彼女を静かに照らしており、静かに寝息を立てるルシファの顔は、その光が愛らしさを感じさせる。ルシファが来ている白いレースのついた寝巻きも、月明かりで妖艶な雰囲気を醸し出しているのだ。


樹は再び、生唾を飲み込んだ。



(男は甲斐性…男は甲斐性…)



自分でもよくわからない事を頭で反芻しながら、ゆっくりとルシファへと手を伸ばしたその時であった。


パチリっ


ルシファが、眠気など一気に吹き飛んだかのように目を開けたのだ。

そして、ゆっくりと起き上がり、樹に言葉を投げかける。



「イ〜ツ〜キ〜〜〜!あんた、何やってんのよ!!」


「…いっ、いや!これは…!そっ、その!」



話しながら、ゆっくりと怒りの形相に変わるルシファに、樹は後退りしながら必死に弁明しようとするが、言葉が出てこない。

目の前ではベッドの上に仁王立ちをして、両手を輝かせるルシファがいる。



「私に夜這いをかけるなんて!100億万年早いわよぉぉぉぉぉ!」



その瞬間、ドォォォォォンという音と同時に、2階の窓から黄色い発光が現れた。



「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



樹の叫びが、静かな夜の街へと響き渡るのだった。

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