1-20 主人様の御成ぁりぃ!


樹は目の前に座って紅茶をすする人物に、少し不思議な感覚を覚えていた。


金色で少しウェーブのかかった長い髪。深海を感じさせるブルーの瞳の上には、長いまつげがその存在感を示している。顔立ちは中性的で、男性から女性かはわからなかった。


まるで漫画の中の貴族や王族が、リアルに存在している。樹はそんな感覚を持っていた。


その目の前の人物は、紅茶の香りを再度楽しむと、カップをゆっくりとソーサーに置く。カチャッと音がした後、少しの沈黙が部屋の中を包んだ。


後ろでは、ルシファとミカイルが立っていて、その場の行く末を見守っている。


樹も相手の出方を伺うように、目の前の人物に視線を寄せている。すると、ゆっくりと彼?彼女?はゆっくりと口を開いた。



「まずは初めましてかな…イツキくん。僕はミウルという。よろしくね。」



透き通った声。

その声に樹は、柔らかな風のような、そんな感覚を覚えた。声だけ聞けば男性のようにも聞こえる。



「こっ、こちらこそ…初めまして。」



樹の返事に、ミウルはニコリと微笑んだ。

そして、樹に問いかける。



「いきなりですまないね。仕事も休んでもらったようだし…」


「…いえ、職場は心良く受け入れてくれました。なんだか焦ってましたけど…」


「そうかい…」



フフフとミウルは笑う。

その後ろでは、ミカイルがそんなの当たり前というように、樹をじっと睨んでいる。

ミウルは話を続ける。



「まぁ、少し気を楽にしてよ。そんなに緊張しなくてもいい。別に君が悪いことした訳じゃないんだしさ。君の話を聞きたいだけだからさ。」



その言葉に、樹は頷いて問いかけた。



「では、一つ尋ねてもいいですか?」


「なんだい?」



興味深そうにミウルは、樹を見ている。



「あなたは、男ですか?それとも…女?」


「貴様っ!!!」



樹の質問に、ミカイルが怒りの形相で前に出ようとするが、ミウルがそれを静止する。ミウルは下を向いて肩を震わせているようだが、ルシファが後ろで笑っているのが見えた。



「…フフフ…フフ…ハハハハ!」



突然、笑い始めたミウルに、樹はキョトンとしてしまう。



「ミウル様!笑い事では…!」



ミカイルはミウルに声をかけるが、ミウルは笑ったままだ。

その内、目元を拭って笑いながら答える。



「ハハハ、こんなに笑ったのは久方ぶりだよ〜君は実に面白いね。普通なら、何の用かとか、目的はなんだとか、聞くんじゃない?」


「あ〜…たしかにそうですね。でも、あなたが男性か女性か、気になって気になって、話どころじゃなくなりそうだったので…」


「ハハハ…なるほどね。で、君はどちらだと思うんだい?」



ミウルは樹にニヤリとして問いかける。

それに対して、頭を悩ませるように樹は首を傾げながら、回答する。



「声だけ聞けば…男性のような気もするけど…自分のことを『僕』と呼ぶ…顔は中性的で判断できないし、胸の膨らみも服装からはわからない…やはり男性か…そうと思わせて…女性だ!!!」



樹はビシッと指差して、ミウルに告げる。告げられたミウルはニヤニヤと笑みを浮かべている。後ろでは、やはりルシファが笑いを必死に堪えていて、ミカイルの顔は真っ赤であった。



「半分当たりかな。」



ミウルは静かに答えた。



「半分…?どゆこと…?」



樹は訝しげな表情を浮かべた。ミウルは面白そうに答えを告げる。



「言った通りだよ。男でも女でもない。逆に言えば、男でも女でもある。だから、半分当たりなのさ。」


「…ということは、ついてるし、ついてないってこと?」


「そう、ついてるし、ついてないよ。」



ミウルの言葉に、樹は少し困惑した表情を浮かべている。それに対して、今度はルシファが涙目になりながら、口を開いた。



「ミウル様も意地悪はよしてください。樹、私が説明してあげる。簡単に説明すると、ミウル様はこの世界の神なの。神には性別という概念がないのよ。だから、ミウル様は男にでも女にでもなり得るの。」


「…どちらにもなれるって…自由自在に?」


「そう。基本は男が多いわね。体格的に扱える魔力の量も多いから。民の前に姿を現すときなんかは、女性になるわね。そっちの方が民の信仰性が高まるから。」


「でも、片方に決めちゃダメなのか?」


「それはそれで、勝手が悪いんだよね。」



樹の問いかけに、今度はミウルが答える。



「…そっか、まぁ、そういう事ならそれでいいや。俺なんかの理解が及ぶせかいじゃなさそうだし。」


「あっ、当たり前でしょ!ここにいるミウル様は、この世界を創造した神様なのよ!あんたの理解が及ぶ訳ないじゃない!」



諦めて納得した樹に、ミカイルが声を上げて反論するが、ミウルはそれを諌めながら、再び口を開いた。



「イツキ…君の疑問は解けたかな?」


「あ…あぁ…」


「じゃあ、今度は僕の番だ。」



そう告げたミウルの瞳を見て、樹はゴクリと喉を鳴らした。先ほどとは全く異なり、ミウルの視線は、全てを見透かしそうな、そんな不思議な目をしていたからだ。


そして、ゆっくりと口を開いた。



「君のこと…君の記憶を教えてくれ。」


「きっ、記憶…ですか?」


「そう。君がこの世界に来る前に、どんなことをしていたのか。どんな風に生きてきたのか。その全てを教えて欲しい。」


「…俺の…記憶か。」



樹は少し考えたように、目線を下に落として、目を閉じた。そして、少しの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。



「率直に言うと、あまりお話しできることがないんです。」


「…と、いうと?」



ミウルは首を傾げて、樹に問いかける。

その後ろでは、ルシファが樹を見つめている。



「お話しできるような記憶がほとんどないんです。断片的にはありますよ。向こうでは研究をしていたとか…でも、何の研究かもわからないし、それ以外だと、結婚してたのか、彼女がいたのか、親は?兄弟は?どこの大学を出たか、友人はいたのか、などなど…ほとんど思い出せないんです。」



ミウルは顎に手を置き、目を閉じたまま、樹の話を聞いていた。樹は話を続ける。



「思い出せない…という表現は少し違うかもしれないですね。ミカイルさんやルシファには話してませんけど、この世界に来た時はもっと記憶はあった…はずなんです。」


「それは…何でそう思うんだい?記憶を失っていくなら、"記憶があった"と言うことさえわからなくなりそうだけど。」



ミウルはゆっくり目を開いて、樹に疑問を投げかける。



「そうですよね…でも時たま、覚えのないことが頭に浮かんだりする。だから、"あったはず"なんです。もしかすると、心の奥底では、まだ覚えているのかもしれませんね。」


「そうか…君はそれを…思い出してみたいかい?」



ミウルは、率直に樹に尋ねた。しかし、樹は考える素振りもなく、首を横に振った。



「いえ、そうは思いません。この世界に来た影響かもしれませんが、これも俺の運命だと思ってます。必要なら思い出すだろうし…ちなみに、向こうの知識はある程度覚えているので、ご心配なく。死にたくはないので、うまく伝聞していけるように努力はしますから。」



ミウルは頷き、口を開く。



「…わかった。君の身の上話が聞けるのを楽しみにしていたが、それじゃ仕方ないね。君が望まないことを、僕も無理強いする気はないし…まぁ、もともとの目的は達成できそうだから、良しとしよう。」



その言葉を聞いて、ルシファは周りに気づかれないよう、心の中でホッとした。しかし、ミウルは立ち上がる素振りを見せず、そのまま樹に伺いを立てたのだ。



「最後に一つだけ聞いてもいいかい?」



ルシファは少し動揺する。そんなルシファの気などつゆ知らず、樹は了承する。



「えぇ、どうぞ。」



それを聞いてミウルはにこりと笑い、握った手を口元へ移動させ、コホンと咳払いすると、改めて樹に問いかけた。



「君のその力…どうなっているんだろうね。」

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