1-19 お久しぶりです、こんにちは


樹のミズガルの生活も1ヶ月ほどが経った。

定職に就くこともでき、法陣の訓練も順調に進んでいたため、樹は異世界での生活にも慣れ始めていた。


そんな樹に安心したのか、最近はルシファもビフレストの拠点には来ておらず、何をしているのか、樹は全く知らなかった。


その代わりに、最近はどこからか視線を感じることが多かった。しかも、それはわざと隠さず、樹に気づかせるように、向けているのだ。


初めは視線の出どころが、どこかわからなかった樹も、だんだんわかるようになってきていた。



「はぁ…そろそろ姿を見せてくれてもいいんじゃないか?毎日見られていると、疲れちゃうよ。」



昼食を作っていた樹は、手を止めて調理場の隅に目を向ける。そこには、食器棚しかない。


しかし、どこからともなくため息が聞こえて、金髪のボブヘアの女性が、樹の目の前に姿を現した。



「よくわかったわね。」



その女性は少し驚いた表情で、樹に話しかけてくる。



「なんとなくね。でも、これだけ毎日視線を向けられたら、誰だって気づくんじゃないかな。ミカイルさん。」


「あり得ないわ。最初に話した通り、私たちは神の側近なの。普通の人間に気づかれる訳ないじゃない。あんたが異常なのよ…」



その言葉に樹は頭を掻きながら、作っていた昼食を二つの皿に盛り分ける。



「…まぁとりあえず…お久しぶりです、こんにちは!昼ご飯でもどう?少し作りすぎちゃったからさ。」



そう言って、目の前にあるテーブルにお皿を二つ並べると、樹はミカイルにサムズアップで挨拶してイスに腰掛けた。しかし、ミカイルはそこに立ったまま、足は動かさず、口を開く。



「いらないわ。私は、あんたがおかしな事をしないように、監視する役目を主人から承っているだけ。」


「そう言わずさ。監視なら、ご飯を食べながらでもできるじゃないか。最近ルシファも来ないから、たまには誰かとご飯を食べたいんだよ。」



樹はそう言ってニコニコとミカイルに笑いかけた。ミカイルはその笑顔を見て、少し恥ずかしげにする。



(…こいつ、一体何なのかしら。ルシファの奴もそうだったみたいだけど、雰囲気がどこか私たちに似ているようで、調子が狂うわね。本当にただの人間なの?)



そんなミカイルに、樹は笑顔のまま、座って食べるように促してくる。ミカイルは、仕方なく席につき、フォークを受け取った。



「それじゃあ、いただきます!」



樹は、両手をパンと合わせて、昼食を頬張り始めた。ミカイルはその姿をじっと見つめている。

食べながら、その視線に気づいた樹は、ミカイルに問いかける。



「モグモグ…んぐっ…ミカイルさん?どうしたの?」


「いっ、いえ…何でもないわ。」



ミカイルはそう言うと、目の前にある料理をフォークで少し取り、口へと運ぶと、丁寧に咀嚼し始める。



「…ふん、まぁまぁいけるわね。」


「ハハハ、ありがとうございます。」



そうお礼を言うと、樹も食事を再開する。



「…この世界には、なれたのかしら?」


「ん?…そうですね。仕事も見つかったし、なんとか異世界人とはバレずに生活できてますよ。」


「…そう。それならいいわ。私としては、あんたがこの世界にとって、悪にならなければそれでいいのよ。」


「…悪…ですか?俺が?」


「はぁ…そうよ、この世界は今まで、純粋なままで在ってきたわ。あんたみたいな異物が混ざり込む事なくね…。だから、あんたが世界に悪い影響を及ぼさないか、それを監視するのが私の役目なの。」


「ハハハ…異物って…なんか癌細胞にでもなった気分だな…」



苦笑いをする樹に、ミカイルはさらに問いかける。



「法陣はなんとか形になっているわね。火属性と水属性…だったかしら。火属性はまだまだのようだけど…」


「…ええ、おかげさまで。水属性の扱いには、あまり苦労しませんでしたが、火属性は…難しいですね…」


「炎の発現はイメージが難しいから…でも、イメージを何度も繰り返せば、自ずと威力も上がってくるわ。」


(逆なんだよなぁ〜イメージできすぎて、むちゃくちゃな威力になっちゃうから、適度な大きさに調節するのが難しいんだよぉ…ミカイルさんの前では、絶対にバレるなって、ルシファから念を押されてるしなぁ…)


「…どうしたの?」


「えっ?あ…あぁ、なんでもないですよ。なるほどなと思ってただけです。参考にさせていただきます。」



少し焦ったように話す樹に、ミカイルは訝しげな表情を浮かべたが、すぐに気を取り直して、フォークをお皿に置く。どこから出したのか、純白のナプキンで口元を丁寧に拭くと、椅子から立ち上がった。



「…ごちそうさま。今回は感謝するわ。でも、今後はこのような気遣いは不要…あなたには気づかれないように監視させてもらうから、そのつもりで変な気は起こさないように。」



そう言うと、ミカイルは樹の返事も待たずに一瞬で姿を消してしまった。樹は少しキョトンとしていたが、木を取り直すように小さくため息をつくと、窓の外へと視線を移し、にっこりと笑ったのであった。



庭の木の上に瞬間移動して、樹の監視を再開しようとしていたミカイルは、樹の行動に愕然としていた。



(…え?今、こちらを見て笑った?私の場所を…正確に感知しているの?あり得ないわ…)



ミカイルは、樹の行動に背筋が凍りついていた。すでに彼は、こちらのことはお構いなしと言ったように食事を再開している。しかし、それが逆にミカイルの心の中に、しこりを産み落とした。


そのしこりが何なのかは、この時のミカイルには分からなかったが、それからというもの、樹はミカイルの監視に悉く反応を示した。


食事の時、寝ている時、仕事をしている時、休憩している時。


風呂とトイレ以外、どんな時でも、ミカイルの居場所を正確に感知し、樹は笑顔を投げかけてくるのだ。



(一体なんなの…?異世界人…明らかに異常な存在だわ。ミウル様に報告を…)



ミカイルはそう感じて、一時、ミウルの住まう大樹の頂へと戻る事を決意するのであった。





「樹!いる?!」



突然扉が開いて、眉間にしわを寄せたルシファが部屋に入ってきた。



「おかえり〜もうすぐ晩御飯ができるよ!」



樹はそんなルシファにはお構いなしに、晩御飯の準備を進めている。



「あら?タイミングがいいわね。今日のメニューは何かしら…って、そうじゃない!!!!あんた!ミカイルになんかした訳?!!あいつ、いきなり帰ってくるなりミウル様に、あんたは危険だ、なんて進言してきやがったわよ!!!」



樹は作っていた料理を二つの皿に盛り付けて、ルシファの目の前のテーブルに置きながら、口を開く。



「え〜??何もしたつもりわないけど…一緒にご飯を食べたのと…あとは顔が合えば挨拶をしてたくらいかな。」


「なっ?!あんたまさか、私たちの気配がわかる訳!?」



愕然としてルシファは言葉を失い、頭を抱えてしゃがみ込んだ。



(しまった…初めに検証しておくべきだったわ。一緒に過ごしていたからわからなかったけど、感知覚まで鋭くなってるなんて…陰陽の属性も持っていたってこと?…)



対して樹は、深刻そうなルシファに恐る恐る声をかけ、顔を覗き込む。



「あの〜ルシファさん?結構、深刻な感じですかね…?」


「…そうよ。私たちの主人があんたに会いたいって言い出したの!!今はまだ、あんたの能力は隠しておきたいのに…」



ルシファは下を向いたまま、言葉を吐き出す。樹は、彼女を刺激しないように注意しながら、再び問いかけた。



「…それはいつ…?」



その言葉を聞いた瞬間、ルシファは顔を上げ、キッと睨みつけるように樹に向かって、言葉を投げつけた。


「明日よ!!!」

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