1-18 ハイスペックみたいです

ミズガル国に降り立ったルシファと樹が、初めに向かったのは、都市ビフレストにルシファが用意した館であった。


館と言っても二階建ての小さな家で、一階には、部屋が二つとダイニングが一つ、二階には、ベッドを置けば、ほとんど物は置けないくらい狭い部屋が二つだけ。


二人はそこを拠点に生活を始め、1週間ほどが経とうとしていた。


ちなみに、ミカイルはと言うと、各国の財政面の管理を担当しており、重要案件の相談でミウルの元へ一時的に戻っており、この時は不在であった。



「イツキ!さっさと起きろっつってんの!いつまで寝てんのよ!」



ルシファが大声をあげると、頭を掻きながら眠たそうにする樹が降りてくる。



「ふわぁ〜眠てぇ…」



欠伸をしながら階段の手すりにかけられていたタオルを手に取り肩に掛けると、樹はそのまま外に出ていき、庭に出て両手で水を救うような形を作る。


すると、手の上に小さな法陣が描かれて、手のひらの中に水が溢れかえった。

そのまま勢いよく顔を洗って、肩にかかっていたタオルで顔を拭く。



「ぷはぁっ!気持ちいいねぇ!」



そんな樹を、ルシファは窓越しに眺めていた。



(法陣をたった7日程度で、ほぼマスターするなんて…)



ルシファはこの家に来た時のことを思い出す。


この世界に馴染むには、まず法陣を覚え、使いこなせるようになる必要があった。

この家に来た時、ルシファがまず初めに樹へ教えたのが、法陣の存在と生物の体内に宿る「火」「水」「木」「金」「土」の5原則についてだった。



「何度も言うようだけど、もし、あんたが異世界人だとバレれば、即殺されるわよ。この世界では…」


「異世界人は忌み嫌われているから…だろ?」


「…えぇ、そうよ。だから、今から教える法陣という技能は、絶対不可欠だから、しっかり覚えなさい。」



そう言って、ルシファは手の平の上に小さく輝く円形の図形を浮かび上がらせる。



「いいねぇ!!魔法ってやつかな!」


「魔法とは少し違うけど…これは頭の中で作り出した回路のようなものよ。どんな事象を起こしたいか、頭でしっかりイメージして、それをこの法陣に通すことで発現に至るわ。言ってみれば、頭の中で図面を描くようなものね。」


「でも、前の世界ではそんなの使えなかったんだが、俺にも使えるものなのか?」



樹はルシファに疑問を投げかける。



「それは問題ないわ。あんたの世界では法陣が必要なかっただけの話よ。だから、体はそれを忘れていた。法陣が必要のあるこの世界では、使い方を思い出せば誰でも使えるわ。それと…」



そう言いながら、ルシファはある物を取り出して、机の上に置く。

着陸したUFOのようなそれは、金色を基調とする丸い円盤に、赤色で紋様が描かれ、5箇所に赤、青、緑、黄、茶色の宝石がはめ込まれいる。


円盤の中央に描かれた手の形の絵をなぞりながら、樹はルシファに問いかける。



「これは?」


「これであんたの属性が何かを確認できるの。」


「これで?」


「そうよ。その絵に手をかざしなさいな。」


「こうか?」



樹がそれに手をかざすと、小さな光が赤い紋様をなぞり始める。そして、その光は思い思いの宝石へと進み始めた。



「おおおお〜!」



相変わらず目を輝かせて歓喜する樹に、ルシファは呆れ顔で口を開く。



「ったく!ガキみたいね、あんたって。さて、どの属性に傾いた訳?」



そう言いながら、装置に視線を向けたルシファは、その結果に驚愕してイスを突き飛ばして立ち上がる。5箇所にはめ込まれた宝石、その全てが光り輝いていたからだ。



「なっ!!?全属性に適正があるですって!!?あり得ないわ!!!」


「もっ、もしかして俺TUEEEEE!的な感じ…」



ルシファの驚きように、樹は少し引き気味だが、その顔には喜びも浮かんでいる。

肩を震わせて、俯いているルシファに、樹は恐る恐る声をかけると、彼女は大きくため息をついて、樹に顔を向けた。



(予想外のスペックだわ…ミカイルにもミウル様にも、この事は黙っていた方が良さそうね。しかし…)



キョトンとしている樹に、ルシファは静かに話し始めた。



「樹、聞きなさい。あんたのその力は、この世界ではとても異常よ。全属性に適正がある人間なんて、他にはいない…だから、簡単にひけらかしてはダメよ。」



ルシファの真剣な表情に、樹も自ずと真剣になって話を聞く。



「知識と一緒よ。この世界で知られていない知識を、バンバンひけらかせば、簡単に異世界人だとバレるのと一緒で、ところ構わず全属性で法陣を使いまくれば、周りはおかしいと思うでしょうね…」


「たっ、確かにそうだな。じゃあ、どうしたらいいかな?」



ルシファは樹の問いに、少しだけ間を置くと、ゆっくり口を開く。



「まずは使いこなせるまで、人前では使わない事。とりあえず形になるまで、一般的な火と水、この2属性で練習しなさい。それと…」



ルシファは樹の手を取る。すると左の手首に、ブレスレットが嵌め込まれた。

銀色に薄く光り輝くブレスレットを、無言で眺める樹に、ルシファは声をかける。



「これは、あんたの魔力を自動で調節してくれる魔道具よ。法陣の練習の助けになるわ。」


「なるほどね…でもさ、具体的にどう練習したらいいんだ?」


「…そうね、例えば水属性だと…」



ルシファはそう言ってコップを持ってくる。



「これに水を溜める練習から始めなさい。頭の中で水を作り出すイメージを持てばいいわ。そのイメージが具体的であればあるほど、水の量が増えるから。あとは反芻して練習すれば、反射的に出せるようになるわ…」



ルシファがそこまで言った瞬間、ルシファの頭の上から、大量の水が流れ落ちた。それも部屋全体が水浸しになるほどの量だ。



「ごっ、ごめん!ルシファ!わざとじゃないんだ!!頭でイメージして、コップに溜まれって手をかざしたら…こんな…ことに…」



謝る樹に対して、ルシファは何が起きたか理解できず、キョトンとしていた。髪の毛や服は、水でびしょびしょに濡れ、水が滴り落ちている。



「…ルシファ?聞こえてる?」


(なっ、何が起きた訳…?こんな量の水を…?法陣を初めて使った人間が…生み出した訳…?ブッ、ブレスレットで魔力は調整できてるみたいだったけど…)


「おっ、お〜い?ルシファ!?」


(あり得ないわ…これは…とんだ誤算よ…あり得ない…)


「お〜いってば!ルシファ!ごめんって!」



樹の声に、ルシファは我に帰る。



「えっ?!あっ、あぁ、大丈夫よ…こんなの、すぐにどうとでもなるわ。」



そう言ってルシファはパチンと指を鳴らす。すると、びしょ濡れだった髪や服は綺麗に乾いていく。そして、床の水もぐるぐると渦を巻いて上がっていき、キラキラとその頂点から、静かに消えていった。



「…何その魔法。」



呆けた顔で見上げる樹に、ルシファは服を払って整えると、再び口を開いた。



「ッコホン…あんた、一体どんなイメージした訳…?」



樹は、問いかけるルシファに顔を向けると、笑って答えた。



「どんなって…そりゃぁ、水って水素と酸素の化合だから、それぞれの元素がくっつくイメージをしただけだよ。」


「あっ、あんた!元素式が理解できるの!?」


「元素式…というか、地球では化学式って言うんだよね。一応、化学の基礎だけど…この世界にはそんな知識はないのか?」


(こいつ…ヤバすぎる!スペックが高いどころじゃないわ!元素式を理解していて、全属性に適性がある!そんな奴、この世界のどこを探してもいるはずないじゃない!!この世界の人智を超え過ぎている!こんな事、ミウル様やミカイルにはもちろん…誰にも言え…いや、絶対言わないわよ!)



ルシファは黙り込んで、うるうるとした瞳で樹を見る。樹は自分をじっと見つめてくるルシファに対して、どう対応していいかわからなかった。

何がまずいことでもしてしまったのではないかと、心配に襲われ、少し震えながら口を開いた。



「こっ…これもダメ…だったのかな…」


「…」


「…ルシファ…?なんでそんなに…見つめてくるの?お〜い…。」



樹の言葉にも、ルシファは全く反応せず、うるうると見つめるだけだ。その内、樹は耐えきれなくなり、大声でルシファに問いかけた。



「おいってば!!何なんだよぉ!変な目で見ないでくれって!!」


「えっ?!あっ!?ごめんなさい…ちょっ、ちょっと考え事をしてたわ…」


「しっかりしてくれよ。俺…やっぱりおかしいのかな?」


「おかしいどころじゃないわね。周りにバレないように、本気で訓練しないと、マジで殺されるわよ。」


「りょっ、了解だ…本気で訓練しよ…」



単純に考えていた樹であったが、ルシファの顔からは本気が伝わってきた。そして、樹は顔を引き攣らせながら、肩を落とすのであった。

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