1-17 ミカエリスの記憶②
ミカイルは、顔を真っ赤にして、仕事に向かっていた。
とても腹立たしい。あいつがいきなり言い出した事を考えると、腹立たしさで胸がいっぱいになる。
「何を考えてるのよ!!!まったく!!世界に異物を呼び込みたいなんて!!」
廊下の途中で立ち止まり、肩を震わせながら、声を大きくしたい気持ちを抑えながら、その場で叫ぶ。
〜
先ほどの庭園での一幕。
ルシファはミウルに、こう進言した。
「この世界には足りないものがたくさんあります。ミウル様のおっしゃる通り、現状は変えないにしろ、ずっとこのままでは、人々にも飽きが訪れてしまう。その飽きは、いずれ不満となり得ると、私は考えています。現に各国の王たちからは、ワンパターンな仕事ばかりで、働かない者が増えつつあると報告もあります。」
「…それは、由々しき問題だね。」
ミウルは少し悩むような表情を浮かべる。
ルシファは構わず続ける。
「ですから、私としては異世界から知らない技術や知識などを、伝聞できる人間を呼び込んでみてはいかがかと考えています。」
「なっ!!?あんた何考えて…!」
反論しようとしたミカイルを、ミウルが静止する。
「…。しかし、余計な知識までもたらされては、私の望んでいる平和が脅かされないのでは?」
「ごもっともです。ですから、各国に一人ずつ、時期をずらして送り込みます。時期をずらすのは、その間に私が彼らに必要な情報を与えて導くためです。」
「具体的には?」
「この国で、異世界人は忌嫌われていて、正体がバレると殺される。そうでも言いましょう。殺されるとわかっていて、自分から名乗り出るものはいないし、それがバレるような情報を、自分から漏らすようなこともしないでしょうから。あとは、どう過ごせばいいか、私が情報を与える…」
「なるほど。異世界人同士の情報は?」
「与えません。自分と同様の境遇のものがいると知れば、必ず会いたくなる。知らないままにしておきます。」
そこまで聞いて、ミウルは考えるように顎に手を置き、目を閉じた。
二人の間を、心地よい風が吹き抜け、沈黙を流していく。
「…わかった。異世界人を呼び込んでみようか。確かに人々へ刺激は必要でもある。」
その言葉に、ミカイルは異議を唱えた。
「ミッ、ミウル様!!よろしいのですか?愛する世界に異物を呼び込むなど!」
「ミカイルの不安もよくわかる。…よし!では、こうしよう。君たちが二人の部下にはこれまで通りの仕事をさせるとして、ミカイルとルシファには特命を与える。ルシファには異世界人を管理すること、ミカイルには異世界人を監視すること。これでどうだい?」
ミカイルは、ミウルの言葉にそれ以上反論はしなかった。二人はミウルに頭を下げる。
「異世界人を呼ぶには時間が少しかかる。ルシファは、どこの世界から呼ぶのが良いか考えておいてね。」
そう言うと、ミウルは「じゃあ、よろしくね」と言い残して去っていく。
ミウルがいなくなったのを確認すると、ミカイルには何も言わずに、ルシファも踵を返すように建物へと向かっていった。
〜
と言う事があり、ミカイルはルシファに怒りを覚えていた。
しかも、愚策を進言しただけでなく、自分たちの主人に、理解し難いなどと文句さえ言う始末だ。考えれば考えるほど、ミカイルはルシファの事が憎くて堪らなかった。
(ミウル様もミウル様だわ!あいつの具申を受け入れるなんて!!!信じられない!)
そう考えながら、再び歩き出す。
(異世界から人を呼び込むなんて…絶対に阻止しないと。この世界は綺麗なままであるべきなのよ。しかし…)
防ぐ手立てが、ミカイルには思いつかない。神であるミウルの力の行使を、たかが側近であるミカイルが止めれるはずはないのだ。
(ミウル様を止める事はできないか…くそっ!ルシファの奴、憎たらしいわ!!こうなれば…私がしっかりと監視をしていくしかないか…。)
ミカイルは、そのままぶつぶつと何かを考えながら、廊下を歩んでいくのであった。
◆
庭園での一幕から数日後。
世界の中心に聳える大樹の高いところ。下界のものが、想像すらできない位置にある神の間では、ミウル、ミカイル、ルシファの三名が巨大な法陣を囲んでいた。
「それでは、今から地球という世界より、異世界人を召喚するね。まずはミズガル国に。そこから一年毎にアルフレイム、ムスペル、ヨトン、スヴァル、最後にヘルヘレイムの順番に送り込むからね。ルシファはスケジュールをしっかり管理するように。」
「なぜ、ミズガルからなのですか?」
ミカイルの問いに、ルシファが答える。
「地球という世界の種族は、ミズガルの人間族に容姿や能力が限りなく近いからよ。まずは検証する意味も含めて、ミズガルからにしたの。」
ミカイルは、無言で頷いた。それを確認したミウルは、二人に声をかける。
「それじゃ、始めるよ。」
頷く二人を確認して、ミウルは両手を掲げて目を閉じた。すると、目の前の法陣が輝き出す。そして、法陣の上には黒く紫色の雲のようなものが、グルグルと渦を巻き始める。
「大樹の扉より導かれし者よ。彼の国より我が意志に応えよ。」
ミウルがそう唱えると、渦がさらに強くなる。渦を巻く雲たちは、次第に大きさを増しながら、パリパリと電気を浴び始め、次の瞬間、轟音と共に一筋の稲妻が走った。
ミウルはゆっくりと目を開ける。
ミカイルやルシファも、法陣の中心でゆっくりと消えていく煙を注視している。
やがて、視界が晴れると、法陣の中心に一人の男が横たわっていた。黒いレザーコートを纏い、サラリーマン風の若い男性だ。都市は25歳前後といったところだろうか。
男は反応を示さないが、ミウルがルシファに目で合図して、ルシファが男に近づき確認すると、気を失っているようであった。
「よし、成功だ。彼には悪いが…ルシファ、あとは頼んだよ。」
「任せてください。」
ルシファは男を肩に担ぎ上げると、神の間から退散しようとしたが、途中でミカイルに声をかけられて、立ち止まる。
「ミウル様の期待を裏切らないでよ。」
「もちろんよ。あんたこそ、ちゃんと監視しなさいよ。」
ルシファはニヤリと笑って、再び歩き出すと、神の間から出て行った。
「ミカイル、あまり心配せずとも、ルシファはしっかりやってくれるよ。君も監視するのだから大丈夫さ。」
ミカイルは、ミウルの言葉に静かに頷くが、不安と不信感がミカイルの心から離れる事はなかった。
◆
大樹の中を移動中に、男は目を覚ました。
ルシファとミカイルは、とりあえず現状を伝える。召喚された男は、名を樹(イツキ)と言った。
転移前の記憶では、地球と言う世界で、研究を生業としていたと言う。
二人は樹と共に、大樹よりミズガル国に降り立つと、ルシファが初めに世界と異世界人の関係を説明した。
「あんた、イツキ…だっけ?」
「えっ?あ…うん、そうだよ。」
「いきなり知らない世界に来てしまって、戸惑うかも知れないけど…」
「うわ!この木、たっかいなぁ!上が全然見えないじゃん!俺らってこの木の中を通って来たの?」
真剣に話そうとしていたルシファは、キョロキョロと楽観的に周りを見回す樹の態度に、拍子抜けしてしまう。
「あっ、あんた…さっきもそうだったけど、いきなり違う世界に来てしまって、戸惑いとかないの?」
「え?だってファンタジックじゃないか!いきなり知らない世界に来るとか!他の誰にも経験できない事だし、俺はワクワクしちゃうね。」
「そっ、そう…」
「ルシファだっけ?これから俺は何をするんだい?魔王を倒して、世界を守るのか?」
ミカイルは、樹の発言にクスッと笑った。その反面、ルシファはため息をついて、頭を抱えた。
「この世界には、魔王なんて物騒な奴はいないわ。平和そのものなの。」
「マジかぁ〜。でもさ、なんか理由はあるんだろ?」
「察しはいいわね。」
「ラノベを読み漁ってるからね。まぁ、理由がなくても、異世界でスローライフとか、そんなんにも俺は憧れちゃうけど!」
「ラノベとか、スローライフとか、よくわからないけど、一応理由はあるわよ。」
「マジで!?なに?!なになに?!」
樹の勢いと煌めく瞳に、調子の狂わされているルシファは、たじろぎながらその理由を伝える。
「ヴゥッ…あっ、あんたの知識をこの世界で活かしたいの。この世界がより良くなるようにね。」
「俺の知識??」
「そうよ。あんたの持つ知識は、この世界には無いものばかりなの。それをうまく活用して、世界をより発展させたいわけ。」
「なるほどね。じゃあ、俺は元々研究職だったから、その辺の知識をブワァッと周りに伝聞したらいいのか!なんかチートチックだな!」
キラキラ瞳を輝かせて落ち着きなく話す樹に、水を差すように…いや、本当に目に水を差して、ルシファは樹を黙らせた。
「ぐわっ!なっ、何すんだよ!」
「あんた、さっきからうるさいわ!少し黙って、話を聞け!」
「はっ、はい…」
ルシファの凄んだ顔に負け、樹はしょんぼりと黙る。後ろでクスクスと笑っているミカイルをチラリと睨みつけると、ルシファは気を取り直して、説明を再開した。そして、樹にとっては驚きの言葉を告げたのだ。
「ここからが重要なの。あんたはこのままだと、殺されるわ。」
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