1-16 ミカエリスの記憶①
「ルシファ!?ルシファ、どこにいるの!?出てきなさい!仕事はまだ終わってないわ!」
ミカイルは庭園を足早に歩き、何処にいるかわからないルシファを探して、声を張り上げている。
「…ちぇっ、うるさいのが来たわ。めんどくさいから黙っとこ。」
背の高い木の上、金髪のツインテールの女の子が太い幹の上で横になっている。
聞こえてくる声を無視して、惰眠を貪っていると、ドォォォォンと大きな音が鳴り響き、幹が、いや木全体が揺れ始める。
「なっ!?なに!?あっ!!!」
ルシファは驚いて、幹の上で飛び上がる。その瞬間、足を滑らせて、真っ逆さまに落ちてしまった。
「グェッ!!」
「ル〜シ〜ファ〜!やっぱりそこにいたわね!仕事はどうしたのよ!まだ終わってないわ!」
逆さまのまま、地面の上で足をピクピクさせているルシファに向かって、ミカイルは怒鳴りつける。
「イテテ…いいじゃない。やる事は部下に命じてあるんだし…あなたがそんなに怒ることでもないでしょ?」
頭をさすりながらルシファは立ち上がり、目の前でプンスカと頭から湯気を立てるミカイルへ呟いた。
「馬鹿なこと言わないでよ!仕事を部下に押し付けて、自分は何もしないなんて…仮にもあなたは神の側近なのよ!示しがつかないわ!!」
「わかったわよ…そう、喚かないで!もう…世界中の治安維持なんて、全く暇でしかないわ!」
「あなたねぇ!ミウル様から承った仕事に、ケチをつけるの?」
「そうじゃないわ!ただ、世界はバースによって、平和に保たれてるじゃない。あいつら互いに愛し合い過ぎてるから、それが伝播して、国民も争いなんてほとんど起こさない。強いて言うなら、格差が少し残る地域で、盗みが起こるくらいよ!私たちはそれを取り締まるだけ!治安維持なんてたいそうな言葉並べてるけど、私たち魔族がやってるのは、その程度のことだけよ!」
ルシファの言葉に、ミカイルも反論する。
「世界が平和である事はいいことだし、その程度の事しか起きていないことは、むしろ喜ぶべきでしょう?あなたの仕事も、罪を犯した人々に道を示すことができる、とても誇らしい仕事じゃない。」
「…それこそ、どうかと思うけどね。」
「どういう意味よ。」
ミカイルは理解できないと言った顔で、ルシファを見ている。ルシファはため息をついて、話を続ける。
「世界で起こった罪を、その世界の者でなく、私たちが裁くのはいかがなものか、そう言っているの。自分たちで起こった事は自分たちで解決する。自分が犯した罪は、自分たちで償わせなければ、彼らはいつまで経っても何にも気づけないわ。まるでずっと赤ん坊のままのように。」
「これはミウル様も望んだことよ。この世界を守るために必要なこと、我々がバースを管理し、世界を管理すれば、この世界は延々と繁栄していくはずなの!だから、余計な事は考えずに、受けた仕事を全うしなさい!!!」
「…でも、さっきも言ったけど格差が残る地域で、そういう事件が起きるのよね。各国の財政担当はあんたよね?少し考えればそんな小さな格差なんて簡単に無くせるでしょ?なんでしないわけ?あんたこそ、怠慢なんじゃない?」
「ッッ!?そっ、それは…」
ルシファの発言に、ミカイルは言葉に詰まる。ルシファはこれ見よがしに、ミカイルを畳み込もうとする。
「ほらね!できることをしないことの方が、怠慢だと思うけど。私間違ってる?それを解決してから、私に進言したらどうなの?ミカイル?」
「…」
「急に黙らないで、なんとか言ったら?」
下を向くミカイルに対して、ルシファは追い討ちをかけようと口を開いたその時、後ろから声をかけられて、言葉を飲み込む。
「ルシファ、それくらいにしてあげなさい。それについては、私がミカイルに指示しているんだ。だから、ミカイルを責めないでやっておくれよ。」
「ミウル様の指示で…?また何で…」
ミカイルを一瞥すると、ルシファはミウルの方へ振り向いて、疑問を投げかける。
「なに、単純なことだよ。"社会主義"という言葉を知っているかい?」
「…いえ。」
「それは簡単に言えば、世界をより平等で公正にしようという考えさ。まさに理想のように聞こえるよね。だけどこれにはデメリットもあってね…」
ミウルはルシファに説明し始める。
「…なるほど。確かにそのお考えには納得しました。要は、世界の人々に少しの優劣を残して、生きていく上での意欲をもたせているわけですね。」
「そうだよ。働いても働かなくても生きていけるようになってしまっては、世界として成り立たない…存在する意味がなくなってしまうからね。」
ルシファは頷く。ミカイルはというと、少しホッとしたような表情を浮かべていた。
「そのために人々に格差が生まれ、罪を犯しても許容の範囲というわけですか。罪をすら管理すると…」
「ッッ!ルシファ!あなた、なんて事を!」
ルシファの発言に驚き、止めようとするミカイルをミウルは静止して口を開く。
「いいよ、ミカイル。ルシファ、それはあながち間違いではないよ。僕らの使命は世界を管理すること、繁栄維持させることだ。その為には罪すら管理せねばならないのさ。」
「…」
「何か思うところがあるかい?それもいいさ!君たちが考えて、世界を良くしようとしてくれている事はわかっている。ルシファの言う通り、罪は本来、犯した者が償うべきものだ。しかし、この世界の人々はそんなに強くない。愛する心が強すぎるが故に、罪を憎む心もまた強くなりかねないのだから。」
「…しかし、過保護すぎる気もします…。」
ルシファはそこで言葉を止まる。ルシファが何か言いたげな表情を浮かべていることに気づいていたミウルは、話すように促す。
「先ほどもミカイルに言いましたが、自分たちが犯した罪は、自分たちで償わせなければ、彼らはいつまで経っても、何にも気づけないままです。このままでは、彼らは何も成長しない。彼らに必要なのは、自分たちで解決していく力、自分たちで解決していく力が必要なのではないでしょうか。」
ルシファの言葉に、ミウルはニコリと笑う。そして、全てを理解しているかのような眼差しをルシファに向けて、口を開く。
「そうだね。それはとても大切なことなんだろうね。だけどね、僕はこの世界を愛しているんだ。僕は…僕が作った世界に、罪が溢れるのが嫌なんだと思う。それならばいっそ管理した方が良いとさえ、思っているんだ。」
「ミウル様は、この世界をどうしたいのですか?私には、ミウル様のお考えが理解しかねます…」
ルシファはそう言って俯いてしまう。
自分の主人に対して、理解できないと言ったのだ。言うべきでない事は分かっていたが、言ってしまった。そんな罪悪感からであろう。
現に、ミカイルはルシファの後ろで、顔を真っ赤にしている。
しかし、ミウルは怒る事はせずに、ルシファに対して、静かにゆっくりと口を開いた。
「ルシファの気持ちはわかったよ。いろいろと考えてくれているんだね。ありがとう。そうだね…僕はこの世界をどうしたいか…か。」
ミウルは、少し思案するように目を閉じる。そして、ゆっくりと目を開けて、再び話し始めた。
「優しい愛に溢れた、幸せな世界にしておきたい…かな。」
「…鳥籠の鳥のように…ですか。」
「僕が作った世界だからね。」
ミウルはそう言って微笑んだ。ルシファは小さくため息を吐く。そして、気を取り直して、ミウルに進言する。
「…では、私から一つ、提案があります。」
「何だい?」
ミウルは楽しげに、ルシファの言葉に耳を傾ける。ミカイルも、顔を少し赤くしながら、同僚がまた何か言いはし過ぎないかと、そわそわしているようだ。
ルシファは、そんなミカイルにはお構いなしに言葉を綴る。
「世界に…世界の人々のために、新しい風を取り込みたいと考えます!」
その眼は、どこか決心を固めたような強い眼差しであった。
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