1-13 奇襲


後ろから聞こえた可笑しく笑う声に、キクヒトと春樹は、ハッとして振り向いた。


その瞬間、キクヒトがいきなり吹き飛ばされ、ルシファリスたちの席の真横の壁に、大きな音を立てて突っ込む。


会場は騒然となる。


春樹は無意識に構えたが、男が春樹に向かって何か仕草をすると、春樹の体が動かなくなる。



「お前は少し静かにしてな。」


「その声!トイレにいたやつか!」


「あはは…覚えててくれたか。」



動けずにいる春樹を、サングラスをずらして眺めながら横切ると、男はステージの真ん中に立ち、観客に向かって声を上げる。



「どうやら、ここでのショータイムは終わっちまったようだな!でも安心しな!!本当のクライマックスはここからだ!!!」



そう言うと、両手を上げる。

すると、男が手を向けた先の場所が、大きな音を立てて、爆発を起こす。


突然の事に、叫び、逃げ惑う観客たち。


それらを笑いながら少し眺めると、男は再び振り向き、春樹のところへと歩み寄り、春樹の肩に手を下ろす。


一瞬の出来事に、ルシファリスたちも少し混乱していたが、ようやく状況が理解し、ステージに向かって一斉に飛びかかった。



「待て!させないわ!!!」



ルシファリスを先頭に、クラージュも後を追うようにステージへと飛ぶ。


しかし、



「残念。一歩遅かったな。」



男の周りに黒い靄が発生すると、春樹を連れて姿を消してしまった。


ステージへと飛び降りたルシファリスは、男が消えた跡に残った、漂う靄を見ながら悔しそうな表情を浮かべる。



「やられたわ…クラージュ!!!」


「はっ!」



ルシファリスの掛け声に、クラージュは頭を下げると、一瞬で姿を消す。



「すっ、すまん…油断した。」



キクヒトも遅れてステージへと戻ってきた。服についた埃を払っている。



「油断した!まさかこのタイミングで仕掛けてくるとは!!」



ルシファリスは、唇を噛み締めながら、悔しさを噛み殺す。そんなルシファリスに、キクヒトは問いかける。



「奴は何者だ?この私が、近づかれた事に全く気づかなかったぞ。」


「…はぁ。黒幕はだいたい目星がついてるわ。だけど、今回仕掛けてきた奴は、今までの奴とは違う奴だったわね…」


「と言うと?」


「春樹の奴がこの世界に来てから、3回襲撃があったわ。一度目と二度目は直接、三度目はヘルヘレイムの暗殺者を使ってね。…ただ、さっきの男は、今まで見たことない奴だったわ。」



ルシファリスの話を聞いて、キクヒトは大きく頷く。



「相手も、カードをいくつも用意していると言うことか。ちなみにクラージュ殿はどこへ向かわせたのだ?」


「追いつけるとしたら、クラージュしかいないでしょ。」



ルシファリスの問いに、キクヒトは「確かに。」と、再び大きく頷くのであった。





クラージュは、高い建物の屋根の上で、集中力を研ぎ澄ましていた。



(厄介ですね。気配がほとんどない…相当な手練れという事か。しかし、これだけ多くの人がいる中でならば…)



クラージュはより集中する。すると、その意識の中に、真っ直ぐと都市の門へと進む二人組を捕えた。



(見つけた!やはり、一直線に門へと向かっている。しかも、この動きは…)



そう考えながら、クラージュは屋根を蹴り、一気に目標へと駆け出した。





「降ろせ!この野郎!」



喚く春樹に、クロスはため息する。



「はぁ…、お前さ、少し静かにできないのかよ。」



クロスは悪態をつきながらも、春樹を肩に背負い、ビフレストの正面の門を目指して、大通りを駆け抜けていく。



「やっぱ口も閉じとけ…」



そう言って、春樹を黙らせようとしたその時、後ろから追手の気配を感じ取った。



(ちぇっ…やっぱりあいつが来たか。どうすっかなぁ。正門まで行ければ、俺らの勝ちだけど…)



そこまで考えたが、クロスはニヤリと笑みを浮かべて、考え直す。



(いや…奴は姉ちゃんを虐めた中の一人だもんな。やられた分はきっちり返すよ、姉ちゃん…)



大通りの途中で、急ブレーキをかけ、その場に止まる。



「グェッ!きゅっ、急に止まんなよ!ングッ!」



うるさい春樹の口を閉じさせると、ちょうどクラージュが追いついてきた。彼は急いでいた素振りを微塵も感じさせないほど、紳士な態度で、クロスへと問いかける。



「観念されたのですか?」



クラージュの問いにクロスは無言のまま、笑みを浮かべている。横では春樹が、口を開けようと必死にもがいている。


チラリと春樹に視線を向け、再びクロスに戻すと、クラージュは再び口を開く。



「そこの彼を返していただきたいのですが…」



その問いに、クロスがようやく口を開いた。



「お前、姉ちゃんを虐めた奴だろ?」


「はて?何のことでしょうか…」



唐突な問いにも、クラージュは冷静に応える。



「まぁいいさ。こちとら、お前に借りがあるんでね。ここで返しとくわ!」



そう言うと、クロスは一瞬でクラージュの目の前に移動し、下から上へと蹴りを放つ。クラージュは少し驚いたが、冷静にその蹴りを右へと躱した。しかし、それと同時にクロスは顔を向けることもなく、左手をクラージュへ向けると、衝撃波が放たれる。


クラージュは、吹き飛ばされそうになりながらも、受け身をとって体制を整えるが、クロスの追撃がクラージュの左側から襲いかかった。


左手左足でガードするが、建物へと吹き飛ばされて、そのまま中へと突っ込むクラージュ。


クロスは余裕の笑みを浮かべながら、建物の方へと声をかけた。



「おいおい、がっかりさせるなよな!今ので死ぬ玉でもないだろ?」



すると、建物の中からゆっくりとクラージュが姿を現す。



「街を破壊するのは、あまり好みませんな…」



執事服についた埃を右手で払いながら、余裕を見せるクラージュであるが、左手に感じる痺れに、少し驚いていた。



(ここまで左手にダメージを受けたのは、"あれ"とやった以来ですか…おっと、いけませんね。)



少し物思いに耽り、すぐさま目の前の敵に意識を戻す。



「あんまり時間もないもんでね。じいさん、そろそろ終わりとしましょうや!」



クロスがそう言うと、クラージュも同意しながら返事をする。



「そうですな。私もその案に賛成です。」



そう言って、クラージュは右手を握りしめて、腰を低く構える。握りしめた右手には、薄黄色に光る炎のようなものが纏い始めた。


対するクロスも、半身になり両足を前後に広げる。少し腰を落とし、右手は顔の前で握り、左手は肘を曲げて脇を締めた構えを取った。


先ほどまで逃げ惑っていた人々も、すでに周りにはいなくなり、風が二人の間を吹き抜ける音だけが聞こえている。


すると、次の瞬間、クラージュの姿が消える。クロスは目を見開くが、気づけばクラージュが自分の懐にいた。淡く光る右手を構え、クラージュはクロスへ言い放つ。



「今回はあまり手加減できません。」



その言葉の後に、クラージュの拳がクロスの鳩尾に向けて放たれた。



しかし…



ガシッという何かを掴む音がして、二人の動作がそこで止まる。そして、クラージュは目の前の光景に、心の底から驚いた。



「なっ、なんと…」


「ハッ!この技は知ってるぜ!」



クロスは、クラージュの右拳を握りしめながら、笑みを浮かべている。そして、そのまま掴んでいた拳を握り潰した。



「グッ!!?」



クラージュは潰された拳を押さえながら、少し後方へとよろめく。クロスはそれを見逃さないといったように、左足で蹴りを放った。


負傷した右手を庇いながらも、ガードをしたクラージュは、うまく踏ん張ることができず、ダメージを受けてしまう。

吹き飛ばされながらも、受け身を取り、体制を立て直すクラージュに対して、クロスは口を開いた。



「とりあえず、姉ちゃんの借りは返したぜ。」



片膝をつき、少し肩で息をしつつ、クラージュはその言葉に応える。



「そうでしたか。ありがとうございます。別にお返しいただく必要はなかったのですが…」


「口の減らねえじいさんだな!」


「お褒めいただき、光栄ですな。」



その言葉にクロスは舌打ちをするが、すぐに切り替えて口を開く。



「もう、わかっただろ?あんたじゃ、こいつを取り戻せねぇ。一度引いたらどうだ?」



クラージュは、何も返さずにゆっくり立ち上がって、左手で服についた埃を払う。その余裕の態度に、クロスは少しイラッとする。



「ちっ…まぁ、いいけどよ…忠告はしたからな!」



そう言い放ち、クロスが右手をクラージュへと向けると、急に左足が破裂したように引き裂かれた。



「ぐぁっ…」



再び片膝をつき、沈み込むクラージュに、クロスは声をかけ続ける。



「その足じゃ、追いかけることもできないだろ?もう諦めろよ!」



そう笑うクロスに対し、クラージュは無言のまま、ゆっくりクロスへと視線を向ける。クロスはその瞳を見て、理由のわからない寒気に襲われる。


瞳の奥に見える、輝白に燃える炎。



「まさか、これを使わされるとは…思ってもいませんでしたよ!」



クラージュはそう言い放つのであった。

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