1-12 救われますか?


「全く…今回の発表には、度肝を抜かれたよ。」



開会式同様、ステージ上にはミズガル王キクヒトの姿がある。



「特にヘムイダルとアルバートの両研究所!彼らには非常に驚かされた!」



会場内は、キクヒトが時たま発する冗談に笑いが起こり、和やかな雰囲気に包まれている。



「しかし、他の研究所の内容も、どれもよかった!ミズガルの技術力には、まだまだ成長の余地があると、感じさせられた発表ばかりであった!」



拍手が湧き上がる。

キクヒトは続ける。



「本音では、どれも甲乙付け難いところではあるが、人の心理というものは、評価されたがるものだ!今回も最優秀、優秀賞を決めさせてもらおうと思う!」



その瞬間、わぁッと歓声が上がる。キクヒトはその歓声が徐々に静かになるのを待ち、会場が静かになると、口を開いた。



「では、さっそく最優秀からいこう。第150回魔導研究発表会の映えある最優秀賞は!」



その瞬間、ドラムロールが鳴り響く。

発表者、観戦者、来賓など、全ての者が息を呑み、キクヒトの言葉を待つ。

もちろん、第二区画観戦会場にいるカレンもその一人である。



「お願い…どうか…」



祈る格好で、グッと目を瞑るカレン。横ではウェルが、スクリーンを見つめている。


ドラムロールが、区切りよく鳴り止んだ瞬間、キクヒトの口が開かれた。



「ヘムイダル研究所!!!!」



その瞬間、大きな歓声がヘムイダル研究所の待機席から湧き起こり、周りもそれを合わせて、立ち上がって拍手をする。ヤゴチェも周りの研究員たちと手を取り、喜んでいる。


スクリーンで喜ぶヘムイダル研究所を見ながら、カレンは泣きそうな顔を浮かべていた。しかし、涙を堪えて、顔を拭う。



「評価されることが、全てではないですからね。」



ウェルの言葉に、カレンは静かに頷いて、スクリーンから目を離さぬようしっかりと見据えている。


一方、ベンソンも肩を落としていた。



「くそぉ!またダメか!今度こそと思ってたんだがなぁ…」


「まぁまぁ、何も最優秀じゃなきゃダメなんてことはないんですから…研究とは何を成したかでなく、それをどのように活かしたかが重要でしょ?」



春樹の言葉にベンソンは、ため息を吐くと前を向き直す。「そうだな」と小さく呟いて、ステージのキクヒトをジッと見据える。


会場が落ち着きを取り戻すと、今度はキクヒトが優秀賞の研究所を2つほど指名する。残念ながらアルバート研究所の名は、そこにもなかった。


もちろん、観戦している全ての者が疑問を持っていた事は、言うまでもないだろう。


皆、口にはしないがアルバート研究所がどうなるのか、このままタイトル無しで終わることがあり得るのか、そんな思いが会場内、いやビフレスト内を異様な雰囲気で包んでいたのだ。


全ての受賞研究所を発表し終えて、キクヒトが再びステージに上がる。



「とまぁ、今年の結果はこうなった。これは来賓も含めて、審査員の総意であるから、覆る事はない。」



会場内は、息を呑む声が聞こえそうなほど、静まり返っている。

キクヒトは、そんな会場の雰囲気を感じ取っている。



(ここまで、ビフレスト中の心を掴むとはね…ハルキ、君は大したもんだ。)



少し長めの間を取ったキクヒトは、静かに口を開き始めた。



「とはいえ、皆の疑問もよぉく分かっている。アルバート研究所の件、審査員一同で頭を悩ませた結果を、ここで発表しようではないか。」



会場の雰囲気が、待ってましたと言わんばかりに、ざわつき始める。



「まず、アルバート研究所には、特別審査員賞を与える。これは、今回来賓でお越しいただいたアルフレイム王の計らいだ。設備投資に加えて、研究資金を援助してくれるそうだ。」



その発表に一番驚いたのは、所長であるアルバートであった。ざわつく会場の中、声を大きく荒げて、異議を申し立てる。



「なっ、陛下!それは、研究の内容をアルフレイムへ渡すのと同義ではないでしょうか!?」



それに対して、アルバートを宥めるように

、キクヒトは口を開いた。



「その心配はもっともだ。しかし、今回アルフレイム王は、君らの将来性に出資したいらしい。そもそも"飛空船"も"神の雫"も我が国だけで独占して良いものとは、私は思っておらぬ。特に"神の雫"は、大樹から溢れたものとされている神水なのだから、世界の宝とも言える。」



キクヒトの言葉に、アルバートは口をつぐんだ。そして、非礼を詫びる。



「陛下の言う通りです。非礼をお詫びいたします。」


「よい。研究に携わる者は、それくらい慎重でなければならない。ちなみにアルフレイム王は"神の雫"でなく、"飛空船"をご所望だ。」



そう言ってキクヒトは、ルシファリスに視線を送ると、彼女は足を組んで座りながら、手を振る仕草をしていた。


キクヒトは、再び会場へと視線を戻すと、アルバートへ下がるよう指示する。アルバートが席についたことを確認すると、ざわつく会場を鎮めるように、話の続きを始める。



「他に異論はないようだな。では、続いて、ハルキ!ステージへ上がれ!」


「えっ!?俺が!?」



春樹は突然の指名に驚いて、顔を上げた。周りの研究仲間たちは、ニヤニヤと笑っていて、早く行けと合図を送っている。


戸惑う春樹であったが、ベンソンが背中を押して、春樹をステージへと押し出した。



「早く行けよ!今回の立役者はお前だ!ハルキ!」



背中を押されて、バランスを崩しながらステージへと上がった春樹に、照明が当てられる。眩しさに目を細めつつ、会場を見渡せば、大きな拍手の波が、春樹の体を打っていく。



「ルシファリスが認めただけのことはある。」



キクヒトが小さく呟く。



「えっ?何か言いましたか?!」


「…いや、何でもない。」



春樹は、拍手の音でキクヒトの言葉を聞き取れれず聞き返したが、キクヒトはそんなことは気にせず、式を進めていく。



「さて!彼にも与えるものがある!これを与えるのは、私の代では2人目だ!」



その言葉に、会場のボルテージは一気に駆け上がった。拍手や歓声が入り混じり、先ほどとは比べものにならないほどの衝撃波が、春樹の体を通り抜けていく。



「ミズガルで最高峰にして、偉業を成し得たものにしか与えられぬ、"国民英雄章"!!これをお前に授ける!!!」



大歓声が鳴り止まぬ中、キクヒトが春樹の右胸に小さな徽章を付け、春樹に話しかける。



「これはルシファリスだけでなく、来賓全員の総意だ。心して受け取れよ。」


「あっ、ありがとうございます!」



もう、一生鳴り止まないのではないかと思わせるほどの歓声の中、キクヒトが春樹の腕を取り、その存在を大きく示すように上へ掲げた。



その頃、第二区画の観戦会場では、カレンが大騒ぎしていた。



「ウェルさん!!!やったよ!ハルキがやったよ!!!すごいよ、ハルキ!!!すごいよ!!!」



飛び跳ねながら、喜びを体全体で表現しているカレンを、ウェルはニコリと見守っている。そして、スクリーンに映る青年を見て、感慨深い表情を浮かべる。



(出会った頃とは大違いだ。本当に大した男だよ。君は…)




スクリーンでは、キクヒトと春樹が握手をしながら、正面を向き笑っている姿が映っている。


しかし、その時であった。


スクリーン上の2人の後ろに、見知らぬ男がいつの間にか立っていたのだ。


ウェルは、異変を感じ取り立ち上がる。その様子にカレンが気づいて、スクリーンに目をやる。



「えっ!だっ、誰ですか?あれ…」



その瞬間、ウェルは王城へと駆け出した。

驚くカレンに向けて、声をかける、


「カレン!君はここに居なさい!!!」



そう言うと、大きな体は大通りへと消えていった。





春樹はキクヒトと手を交わしながら、会場に向けて手を振っていた。



「ここまで民衆の心を掴むとはね。異世界人とは、やはりすごい存在だよ…」


「やはり知ってらっしゃったんですね。」


「ああ、彼女から聞いているよ。」



春樹はため息をつく。



「そう悲観するな。君が違う世界の人間だろうと、今回の偉業は君にしかできない事さ。」


「ありがとうございます。そう言ってもらえると…」



春樹が、キクヒトの言葉に返そうとしたその時だった。



「救われますってか?」



後ろから楽しげな声が聞こえてきたのであった。

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