欺瞞編 1-17 傀儡の国③

集まる人々の群れに混じり、流れに身を任せて進んでいく者がいる。他の民衆とは違い、その者は真っ黒なフードとロングコートを纏っている。


やがて、人の流れは教会のある路地へと差し掛かり、黒尽くめの者は、教会の入り口で、小さな少女と向き合う秋人の姿を捉えた。



(クククッ、面白いことになっているわ。)



フードの影から笑う口元がこぼれ出る。



(このままあの子はどうするのかしら…考えるだけでゾクゾクするわね。)



その者は、秋人とは一定の距離に離れた場所でその様子を伺う。





対面する2人。

エフィルが静かに口を開く。



「アキト…なんで…何でこんなこと…」



その言葉に秋人は返事をする。



「こんなことだと…?お前らが最初から騙していたんだろ!誰から頼まれた…さっきの男か?それとも別の…」



立ち尽くし、見下ろしながら自分に話しかける秋人の表情に、エフィルは恐怖を覚える。その目は黒く瞳も赤い。いつもの秋人とは全く別人のようだ。



「だっ、騙してなんかないよ!どうしてそんなこと言…」


「嘘をつくな!初めから俺を陥れるために近づいてきたんだろ?!もう、うんざりだ!うんざりなんだよ!」



エフィルの言葉を遮るように、秋人は叫んだ。



「ちっ、違うよ!私は騙してなんかない!そんな事、絶対しないもん!」


「じゃあ、この状況は何だ?なぜみんな俺を殺そうとする!それにだ!お前はさっき、俺を騙して、ここに留めた小さき英雄と称えられていたじゃないか!」


「えっ?!」



エフィルは、秋人と言葉に耳を疑った。



(英雄?私が?どういうこと?)



混乱して訳がわからず、周りを見渡す。

そこには、まるで催眠でもかけられたかのように、街の人々が憎悪の視線を秋人へ向け、ジリジリと距離を詰めてきていた。



(これは…なに?みんな、どうしたの?)



民衆の様子のおかしさに、エフィルは動揺を隠せない。

状況が理解できず、キョロキョロと見回した視線の先に、知った顔を見つけた。



「ひっ!」



首から上しかない男の顔に、エフィルは一瞬怯むが、その顔をもう一度見直した。


ーーー家に来たあの男だ!


そのエフィルの表情の変化を、秋人は見逃さなかった。



「やっぱりだ!そいつのことを知っているんだろっ!?」


「しっ、知らないよ!」


「嘘をつくな!そいつがお前を英雄と言ったんだ!俺を殺せともな!!」


「ほんとだって!知らないってば!!」



エフィルが大きく声を上げた瞬間、近くにいた民衆の1人が、秋人へと飛びかかった。秋人はそれを難なく交わすと、民衆の襟を掴んで、遠心力に任せてぶん投げる。


投げられた民衆は、ジリジリと詰め寄ってきた他の民衆たちにぶつかり、その場に大勢が倒れ込んだ。


そして、何事もなかったかのように、秋人は再びエフィルへと話しかける。



「みんな俺をのことを、そうやって騙すのか…」



とても悲しげで、今にも消えてしまいそうな声。



「信用した俺が馬鹿だった…誰も信用できない…」



秋人の足元に、雫がこぼれ、石の階段を濡らしていく。それを見たエフィルは、突然のことに言葉が出ない。



「もう…誰も信じない…」



そして、ゆっくりと近づいてくる民衆たちへと、体を向けた。



「…いいだろう。俺は決めた。お前らが、いや、この世界が俺を滅ぼそうとするのなら…俺が…世界を滅ぼしてやる!」



そう叫んだ瞬間、秋人の力は本当の意味で覚醒する。



「ぐああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」



上を向いて、叫び声を上げる秋人から、真っ黒なオーラが現れた。グネグネと無数の蛇のように蠢めくオーラは、ゆっくり秋人へと収束していく。


やがて、全てのオーラが収束を終えると、秋人は上半身を脱力させ、右手を民衆に向けた。





咆哮を上げる秋人を、エフィルは怯えながら見つめていた。怖いのに目が離せない。



(こっ、怖い…?秋人、どうしちゃったの?!)



涙が浮かぶ視線の先で、秋人がゆっくりと右手を上げていく。その先を見れば、街の人たちがいる。


再び視線を戻すと、秋人の右手から先の空間が、渦を巻くようにみるみる歪んでいくのがわかった。



(なっ、何が起きてるの…!?)



エフィルが必死に注視するその先で、その渦は大きさを増していく。路地に入り込んできた人々をほぼ覆い尽くしたように見えた時、秋人が俯いていた顔を上げた。


同時に、大きな音がする。

エフィルはその音に、驚いて目を瞑ってしまう。



(ゔぅぅ…!!何?何なの?)



ギュッと目を瞑り、耳を塞いでいると、やがて、沈黙が聞こえてくる。

エフィルは恐る恐る目を開ける。そして、その場の光景に、目を疑った。


先ほどまで目の前にいた人々は、跡形もなく消えてしまった。地面に、それらしき残骸を残して。


エフィルは状況を把握して、込み上げるものを口から吐き出した。しかし、必死に顔を上げて、秋人へと視線を向ける。


秋人は立ったままで、今度は空を見上げていた。霞んでいく視界を必死に保ち、秋人が見ている方向へと向ける。



(空…?何を見て…いるの?屋根の上に…誰か…)



しかし、精神的な衝撃は、エフィルの意識を確実にもぎ取っていき、彼女の意識はそこで途絶えた。





(…少々、危なかったわ。)



黒尽くめの者は、屋根の上から秋人を見下ろしていた。



(まさか、気づかれるとはね…フフ)



こちらに視線を向ける秋人を見ながら、喜びと驚きを隠さずにいた。



(まさか、自ら魔人と化すなんて…好都合だけれど、少し計算が狂うわね。)



そう考えて、顎に手を当てて、どうしようか思案していると、秋人が声を上げる。



「お前が元凶だな…。あいつの…テトラの仲間か!!?」



それを聞いて、黒尽くめの者は静かに笑う。



「仲間…?う〜ん、半分当たりってところかしら。」



飄々としたその態度に、秋人は苛立ち、右手を向けると、黒尽くめの者がいた屋根の一部が抉られたように弾け飛んだ。


秋人はすぐに、視線を教会前の広場に向ける。そこには、いつの間にか黒尽くめの者が降り立ち、片膝をついている。



「ちゃんと使いこなせているのね。」


「…お前、何者だ…」



秋人のその問いに、ゆっくりと立ち上がり、フードを外す。綺麗にボブに整えられた髪型は、まるで光り輝いているようにも見える金髪が印象的だ。瞳は綺麗な青色で、鼻筋も高く、美人と言っていいだろう。


彼女はゆっくりと口を開く。



「お初にお目にかかります。ミカエリスと申します。」



そう言って、ロングコートの両裾を持ち上げて、丁寧に自己紹介を行う女に、秋人は再び問いかける。



「もう一度聞く…。何者だ。何が目的なんだ。」



その言葉にミカエリスと名乗る女は、にっこりと笑って、秋人にこう告げる。



「あなたが絶望することよ。」



それを聞いた秋人は、怒るでもなく、静かに呟く。



「死ね…」



と同時に右手を向けると、女がいた場所が爆ぜる。

が、女はすでにそこにはいなかった。



「チッ!」



空間把握で女がいる場所は分かっているため、すぐさまそちらを向いて同じように攻撃するが、何度やっても当たらない。


徐々に苛立ち始める秋人に、ミカエリスは挑発を仕掛ける。



「あなたの怒りはその程度?そんなんじゃ、いつまで経っても当たらないわぁ。」



明らかに余裕の表情で、攻撃を交わすミカエリスに、苛立ちながら何度も何度も攻撃を仕掛ける秋人。



「だからぁ、そんなんじゃダメだってばぁ!」



そう言って攻撃を交わして、ついにはヒラリと宙を舞い、まるで重力など関係ないといったように、秋人のすぐ横に着地する。



「馬鹿じゃないんだから。考えなさい。」



秋人の耳元で、ミカエリスは静かに呟いた。


驚いた表情を浮かべていた秋人だが、まるでそれを狙っていたかのように、口元に笑みをこぼして、



「バカはお前だ!」



そう告げるのだった。

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