欺瞞編 1-18 傀儡の国④


「バカはお前だ!」



ミカエリスは秋人のその言葉に、戸惑った表情を浮かべる。攻撃を仕掛けてくる秋人に対して、今まで同様に交わそうとステップをとった。


しかし…



(あら…?なにか…おか…)



そう思った矢先、ミカエリスはすでに自分の顔の前に、秋人の手があることに気づく。



(なっ!?私が読み違える…いや…)



「今度こそ…死ね!」


秋人がそう吐き捨てると、空間の歪みが現れて、ミカエリスは後方へと吹き飛ばされる。そのまま、鈍く大きな音たてて、建物に突っ込んだ。



肩で息をしながら、秋人はミカエリスがどうなったか注視する。



(…手応えはあった。だけど…)



一撃は与えた。そして、今までと同じなら先の攻撃で、終わりのはず。しかし、その"今まで"とは違う違和感を、秋人は感じ取っていた。


そして、その違和感の正体を秋人は、すぐに気付かされる。


ガラガラっと音を立てながら、埃漂う崩れた瓦礫の中を、ゆっくりとこちらに歩いてくる影を視認する。



「なるほどねぇ…」



その影は、そう呟きながら建物から出終えると、何事もなかったかのように、服についた埃を払っていく。


黒いロングコートは、所々が裂けており、秋人の攻撃が当たっていたことは一目瞭然であったが、当の本人は特段問題としていなさそうであった。



(…やっぱり、こいつ…)



秋人は、自分の力の及ばない存在に、恐怖の念を抱かざるを得ない。



「うんうん。ちゃんと使いこなせてて、お姉さんとっても嬉しいわぁ。」



ミカエリスは小さく手を叩きながら、ゆっくりと秋人に近づいてきて、一定の距離で足を止める。



「でもねぇ、もう少し工夫が必要かしら、ねぇ。」



そう告げた瞬間、ミカエリスの姿が消える。秋人は一瞬、体が強張るのを感じるも、左側に防御の体制を取る。



(ぐっ、ぐがぁっ!)



体制を取った瞬間に、強い衝撃に襲われ、そのまま数メートル吹き飛ばされるが、必死に受け身を取って、体制を立て直した。


しかし、立て直した瞬間に、またも攻撃が襲いかかり、別の方向に吹き飛ばされる。

それを何度か繰り返していると、秋人は受け身に失敗して、体制を大きく崩してしまった。


その瞬間、



「ほら、こうやってね…」



ミカエリスがそう言って、指をパチンと鳴らすと、倒れる秋人の真横に、紫に輝く雷が撃ち込まれる。


まさに紫電一閃と言わんばかりのその攻撃は、石畳を軽々と抉り取り、真っ黒な炭へと変えてしまった。


後には、紫の残滓が外れた悔恨の意を伝えるかのように、静かに消えていった。


秋人はすぐに理解する。



(こっ、こいつ、わざと外しやがった…)



立つことができない秋人に対して、ミカエリスは静かに秋人を見据えて、愉悦の笑みを浮かべている。そして、ゆっくりと口を開いた。



「メインの能力は、空間把握の他にもある訳ね。」



そう言って「フフッ」と笑い、話を続ける。



「秋人と言ったかしら。このままやって私に勝てるかしらねぇ。いっその事、私と一緒に来ない?」


「どっ、どう言う意味だ!」


「簡単よぉ。私のモルモットにならないかって事ね。」


「モルモットだと!?ふざけるな!好き好んで、実験台になる奴がいるかよ!」



その回答に、ミカエリスは顎に手を当てて首を傾げる。



「それもそうよねぇ。ん〜、でもこのままだと、あなた、死ぬことは目に見えてるじゃない。生き延びたいのなら、それが一番良い選択だと思うのだけれど。」



秋人は無言で、ミカエリスの言葉を聞いている。



「苦しいのは少しだけ。痛みも何も感じさせることはしないし、私のお願いを聞いてくれれば、あなたの望むものをなんでも与えるわぁ。」



指をピンと立てて、秋人に笑顔を向けるミカエリス。それに対して、秋人は小さく呟く。



「…つ…け…」


「ん〜、何かしら?」


「嘘をつけ!そう言ったんだ!」



秋人はそう咆哮して、ミカエリスに向かって一撃を放つ。案の定、それは交わされ、ミカエリスがいた場所が爆ぜるだけだが。


気づけば、ミカエリスは秋人の後ろに立っている。



「威勢がいいのは好きよ。でも、頭の悪い子は嫌い。」



そう言って、倒れたままの秋人に蹴りを入れる。



「ぐはぁっ!」



秋人は受け身も取れずに、水を跳ねる石のように、石畳の上を跳ね飛ばされる。

地面に横たわる秋人へ、ミカエリスは再び声をかける。



「どうする?死ぬか、ついて来るか。二つに一つね。」



それに対して、秋人は肩で息をしながら、ミカエリスへ変わらず憎悪の視線を送っている。



「…はぁ。そう…残念ねぇ。」



ミカエリスは秋人の考えを察して、ため息を吐き出した。



「それなら、力強くで連れて行くわ!」



そうこぼして、秋人へと飛びかかる。しかし、秋人の体を捕まえたその時であった。


ゴゴゴゴゴッ


大きな地響きと共に、地面から建物ほどの巨大な顎が現れたのだ。しかも4方向から。


ミカエリスはそれを見て、悪態をつく。



「ちっ!グラードの奴…このタイミングで!」



そう言って掴んでいた秋人を離して、その場から離脱しようとする。


が、すぐに違和感に気づいた。

秋人の手が、自分の体に引っ付いているのだ。

いや、その表現は好ましくないだろう。

秋人の手は、ミカエリスの腹部と融合していたのだ。



「なっ!?」



予想外の出来事に、ミカエリスは動揺する。すると、秋人がニヤリと笑って、謀略の意をこぼす。



「ご愁傷様。ようこそ、地獄へのツアーへ!」


「おっ、お前!」



そして、4つの顎は閉じ、そのまま地面へと2人を引き摺り込んでいった。

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