欺瞞編 1-16 傀儡の国②

秋人は、エフィルが帰った後、聞いた話を思い出していた。



「アルフレイムだったか…そこの王がこの国に来る。イベント発生ってやつだな。」



まるでRPGをやっているかのように、秋人はボソリと呟いた。



「この国を出て、違う国に行くのも一つの手ではあるか…」



秋人はそう考えるが、



「王を見てから考えても遅くはないか…」



そう考えていると、ドロドロとした眠気が襲ってきた。



(ちょっと…疲れたな。)



そう思って、秋人は目を閉じた。





(…ん、なんだ?)



秋人は外から聞こえる多くの人の話し声で目を覚ました。

日の差し込み具合から考えて、そんなに長く眠っていたわけではなさそうだ。


秋人は立ち上がり、何事かと思って、外の様子を伺う。

するとどうやら、教会の入口に背を向けて立っている男が、大声で話していて、それに大勢の声が賛同しているようであった。


男の顔は秋人の位置からは伺うことはできない。しかし、男が発した言葉に、秋人は耳を疑った。



「同胞諸君!聞いていただきたい。どうやらこの廃れた教会に、殺人鬼が住みついているらしいのだ。」


「ッな!?」



身に覚えもなく、自分のことであることかも理解できず、驚く秋人。

集まっている民衆も、ざわついた様子を見せている。

男は話を続ける。



「一昨日の夜に、この教会の前で、ある生徒が殺されていた。我々は、それをすぐに察知し、事件を水面下で捜査していたのだ。」


「何てことだ!」

「子供の命を何だと思ってる!」



男の言葉に、怒号が飛びかかる。

男は、それを落ち着かせる仕草をして、再び話し出す。



「市民の皆さんに、事件のことを黙っていたことは詫びよう。しかし、殺人鬼を逃がさないための策であることを、どうか許してほしい。」



男は被っていた帽子を脱いで、集まった民衆に対して、頭を下げる。すると、民衆からは称賛の声が上がる。

帽子を被り直すと、男は民衆へと問いかけた。


「本来なら、我々捜査する人間が捕まえ、そいつを断罪せねばならないのだが、このような残虐な行いを、あなた方は許せるだろうか?」


「絶対に許せない!」

「殺してしまうべきだ!」

「ここで、殺っちまえ!」



民衆の怒りの温度は、すでに最大限に達している。男は気づかれないように、ニヤリと笑い、



「ここで紹介しよう!この件に進んで協力してくれた、勇気ある小さき同胞たちを!」



秋人はそれを見て、目を疑った。

教会の前に立つ男の横に、5人の小さな背中が並んでいる。もちろん、秋人は大きな喝采を受けているその5人を知っていた。



「エッ、エフィル…?」



エフィルと4人の仲間たちだ。

秋人は混乱している。



さっきまで、一緒にいて話していたあのエフィルが、実は裏切っていた?


どこからだ?

どこから騙されていた?

わからない…。

エフィルはサリオンたちに、俺のことを話していたのか?

なぜだ、話さないと約束していたはずだ。



そうか最初から…最初から騙されていたのか。言葉が通じたことを、疑うべきであった。あいつらがここに来た時から、全て騙されていたんだ。



そう結論に達すると、忘れかけていたドス黒い闇が、秋人の心の底で湧き上がり始める。



やっぱりだ。

やっぱり誰も信用できない。

みんな俺を騙して、嘲笑うんだ。

あんなに小さな子供まで、俺を騙し、見下し、笑ってるんだ。


畜生…畜生…畜生畜生畜生!

やってやる…やってやる…殺ってやる殺ってやる殺ってやる殺ってやる殺ってやる殺ってやる殺ってやる殺ってやる…



秋人が再び闇に落ちていく中で、男は気にすることもなく、声を荒げて、高く叫んでいる。



「彼女たちは、危ない任務にもかかわらず、友のために、進んで協力してくれたのです!この小さき英雄たちの勇気を、誰が無下にできようか!?」



小さき英雄たちの登場も相まって、民衆のボルテージはMAXとなっている。

その手には包丁や鎌、スコップや箒など、武器になるものは何でもといったように、持たれており、それらを高く掲げて叫んでいる。



「ここからは我々、大人の領分である!子供たちの勇気に倣い、我々がその悪魔に鉄槌を下すのだ!」



男の叫びに反応し、巨大な魔物が叫んだかのように、民衆の声が大きく響き渡る。


窓を揺らし、地響きすら感じさせるその声は、水面に落ちた雫が起こした波紋のように、街中にその怒りの意思を伝えていく。


気づけば、教会のある路地には入り切れないほどの人が集まり、声を上げていた。


一方で、秋人の闇も、人々の怒りの意思に反応するように、膨らみ続けていた。

四つん這いになり、涎を垂らして、地面を何度も引っ掻きながら、憎悪に身を委ねていく。


いつの間にか、目は黒く染まり、真っ赤な真紅の双眸へと変化していた。



「奴を滅ぼせ!」



男の声と同時に、民衆たちが教会へと押し寄せる。ドアを破壊し、一気に教会の中へと入りこんでくる。


先頭のスコップを持った男が、やがて秋人を視界に捉え、



「いたぞ!あいつだぁ!」



そう言って、秋人へ突進する。

スコップを振り上げて、秋人へ正義の鉄槌を下ろそうとしたその瞬間であった。



ボシュッ!



男の上半身が消し飛んで、血飛沫が上がる。


ボシュッ!バシュッ!ボシュッボシュッ!


後に続いていた民衆らも、続け様に体の一部を消し飛ばされて、床に倒れ込んでいく。


秋人は顔を上げ、咆哮を上げて民衆へと威嚇を行う。


しかし、民衆らは止まらない。

誰が死のうがお構いなしに、秋人へと突っ込んでくるのだ。



(なんだ…こいつら?)



違和感を覚えながらも、突っ込んでくる人々から自分を守るために、秋人も攻撃を仕掛けていく。


その内、教会に入り込んできた、民衆の殆どが屍と化してしまった。亡骸は無惨にも床に転がっており、血の臭いが充満していて、秋人はその臭いで嘔吐する。


口元を拭つつ、教会の入口に目を向けると、再び民衆が入り込もうとしているのが見えた。そして、その横で秋人に笑みをこぼす扇動していた男の顔も。



(なんだ…あいつ。こっちを見て笑いやがった!)



そう思ったのも束の間、民衆が秋人めがけて、一気に押し寄せてくる。それに対して秋人は、襲いくる民衆を必死に蹴散らしていく。


その様は、まるで地獄絵図だ。

教会は、床が見えないほどに、人々の亡骸で埋め尽くされてしまった。


第二陣が全滅すると、先ほどまで扇動していた男が、再び声を上げる。



「やはり、殺人鬼はここにいたようだ!多くの同胞たちがやられてしまった!」



その声に、教会の前にはぞろぞろと途切れることなく、人々が集まってくる。



「奴だ!奴を殺さない限り、この街に平穏は訪れないぞ!」



民衆は、すぐさま怒りの咆哮をあげる。

そして、教会へと駆け込んでくる。



(キッ、キリがない!何でこんなことに…くそ!)



秋人は突進してくる人々を、何度も何度も蹴散らしていく。血飛沫や肉片が、生々しい音を立てて、教会の様々な場所へと飛び散っていく。



(くそッ!くそッ!くそッ!)

(何なんだよこいつら!自分の意思はないのかよ!怖がることすらしないのか!?)



秋人は混乱しながら、必死に人々を屍に変えていった。


それから、一刻ほど過ぎただろうか。


肩で息をしながら、教会の入り口を真っ直ぐに見据える秋人。

その様子を見て、扇動する男が、声をあげようとするが、



「お前が原因なんだろ…?」



男はその言葉にピクリと反応して、秋人へ視線を向ける。


しかし、男が認識する前に、秋人は男の懐へと入り込んで、その頭を消し飛ばした。


首が飛び、血飛沫が上がる。



(これで…終わるはずだ。)



秋人は狂気の笑みを浮かべたまま、ゆらりと立ち尽くすと、生々しい音を立てて、飛ばした首が、黒い帽子と共に落ちてきた。


ため息を吐く秋人。

横に視線を移して、驚愕し、目を見開く。


目に涙を浮かべ、恐怖で彩られた顔をこちらに向けるエフィルが、そこにいた。




何が本当で、何が嘘なのか…


秋人にはもうわからない。


しかし、疑心と恐怖の視線を自分に向けている少女がそこにいることは、変わらない事実であった。



「なっ…何で…?」



エフィルのその言葉は、秋人の心を深く深く抉った。

無意識のうちに、秋人の頬を温かいものが伝っていくのだった。


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