欺瞞編 1-15 傀儡の国①

スヴァル国の最大級の城、グラプニル城。

その城の1番高いところに、深々とフードを被り、ロングコートを見に纏った人影が、トアールの街を見下ろしている。


空はどんよりとした曇天で、風も少し強い。


ロングコートは風でたなびき、スリットから白く美しい脚が見えているその人物は、秋人を目的として、グラードと競うあの女である。



「やっぱりここに辿り着いたのね…フフ」



口元を歪めて、ニヤリと笑う。



「迷っちゃうわね。どうしようかしら。」



女は口元に人差し指を当てて、何かを悩む仕草をする。



「グラードは、何か策を考えてるみたいだし、今度は後攻、私の番という事でいいかしらね。」



そう言いながら、女は細長い棒をどこからともなく取り出すと、まるでオーケストラの指揮者のように振り始める。



「さぁて、楽しくしなくちゃねぇ。」



指揮棒を振り続ける女の体の周りに、ゆっくりと紫色のオーラが拡がり始める。

そのオーラは、ゆっくりと天に昇っていく。



「アハッ、アハハハハハ!」



リズム良く指揮棒を振る動作が、だんだん激しくなり、まるでサビの部分に入ったかのように、女の動きが最高潮に入ると、空から雨が降り出した。


気持ちの悪い紫色の雨。

毒々しく、禍々しいその雨は、トアールの街へと降りかかっていく。



「ハハハハッ、ハハハハハハハハハハハハ」



狂ったように笑い続けながら、指揮棒を振り続け、彼女の指揮は最後を迎える。


両手を胸より下の位置にし、手のひらを下向きに自分の胸まで引き寄せる。両手を合わせるように指先だけで音を切る仕草をした。最後にフィニッシュを告げるように、口元に軽く手を運び、そのまま少し動きを止めた。


最後に、まるでその場に観客がいるかのように、挨拶のポーズを取る。

道化師が、片手をクルクル回して、胸にその手を当て、戯けた挨拶をするように。


無論、雨は降り続けている。

街が紫色に染まっていく。


女は満足気に再び口元を歪めると、黒い靄とともに姿を消すのであった。





エフィルは、毎日のように秋人の元へと訪れていた。

秋人はエフィルに対して、煩わしいと感じつつも、無下にできなくなっていた。


この世界にきて、初めて心を許せる存在に、心のどこかで、すがってしまったのかもしれない。


そんな事をぼんやりと考えながら、横で果物を齧るエフィルに目を向ける。



「毎日ここにいていいのか?」



あぐらをかいて、頬杖をついたまま、秋人はエフィルに問いかける。



「だって秋人に"ジョウホウ"を持ってこなきゃだもん。」



そう言って、エフィルはニカッと笑う。


秋人は、エフィルと出会ったあの日以降、何でもいいからと言って、彼女に情報を集めさせていた。


と言っても、街で配られる新聞のようなものや、書物などを持ってこさせている訳だが、思った通り、秋人には読めず、エフィルに読んでもらって、内容を把握していた。


しかしながら、集まった情報は、どれもこれも大したものではなかった。

国の経済情勢、議員の不正発覚、有名貴族の不倫騒動など、現世界とほとんど同じような内容ばかりで、秋人は嫌気が差していた。


ひとつだけ気になったのは、「天災の前触れか?!」と大きな見出しが書かれた記事だ。

エフィルに読ませると、夜遅くに紫色の雨が降り、明け方には止んだという内容だった。それ以外は研究者や専門家たちの見解が書かれていたが、どれも稚拙なものばかり。


(こいつら、本気で考えてんのか?)



秋人はそう思い、途中で聞くのをやめてしまっていた。


秋人は、美味しそうに果物を食べるエフィルをジッと見つめる。エフィルは目の前に広げた新聞に、ゆっくりと目を通している。

すると、エフィルが何かを見つけたように、新聞の一部を指差した。


「あっ!これなんかはどう?」


「なんて書いてあるんだ?」


「えっとね…、『来週初めにアルフレイム国の国王が来日。商業王として、名高いアルフレイム国王は、スヴァル国との交易強化のため、近く来国する予定。魔鉱石の産出で有名なスヴァル国を、貿易友好国とし、その調印のために来国する。』だってさ。」


「アルフレイム国王…他にも国があるのか。エフィル、この世界には他にどんな国があるんだ?」



秋人は、初めて聞く単語に興味を抱いた。



「えっと、全部は覚えてないけど…」


そう言ってエフィルは、頭から記憶を捻り出しながら、秋人に説明していく。



「この世界は3階層に分かれていて…う〜んと、1番上がエルフの国アルフレイム、2番目が、巨人の国ヨトンと獣人の国ムスペルに、ミズガルは…なんだっけ?」



必死に思い出そうとするエフィルに、秋人はため息をついて、



「いいよ、3番目は?」


「ごめんなさい…。3番目はここスヴァルでダークエルフの国と、ヘルフレイムっていう悪魔族の国だよ。」


「あっ、悪魔族って…」



悪魔という言葉に、少し焦る秋人だが、



「あ、色々な種別はいるけど、ほとんど私

たちと変わらないよ。ムスペルを除いてだけどね。他の種族は、肌の色とか体の大きさとか、多少違うところはあるけど、私たちと姿はほとんど変わらないよ。」


「そっ、そうか…」



エフィルの説明に少しホッとしながら、話の続きに耳を傾ける。



「さっき言ったアルフレイムは、おっきな商業国で、世界中にいろんなものを送ってるんだ。他の国は、それぞれの特産品があって、それを各国との交易の柱にしている…」



エフィルが少し間を開ける。



「ん…どうした?」



秋人が声をかけると、エフィルはニカッと笑って、



「って、先生が言ってた!学校の!」



その言葉を聞いて、秋人はついつい頬杖から頭を落とす。ニシシッと笑うエフィルに向かって、秋人は呆れたように話しかける。



「まぁ、いいや。ミズガルって国がどんな国かは、また今度教えてくれ。今は…この国のことをもっと知らないとな。」



秋人がそういうと、エフィルはニカッと笑って、親指を立てる。



「使い方、これで合ってる?」


「あぁ…、合ってるよ。」



秋人がふざけて教えたサムズアップを、しっかり使いこなすエフィルに、笑みがこぼれる。


2人は小さく笑い合のであった。





「ただいまぁ!」



夕方になり、エフィルは家路へとついた。

奥から母親が夕飯を作る音がする。

エフィルは自分の部屋に入って、椅子に座り、明日は秋人に何を持っていこうか考える。



(歴史の本は、まだ持っていってなかったなぁ。明日はそれを持っていこうっと。ミズガルのこともわかるし。)



窓の外に広がる、夕焼けに染まった街並みを見ながら、エフィルがそんなことを考えていると、母親が呼ぶ声がした。



「エフィル!ちょっとおいで!」



まあ夕飯ができたのだろうか。弟たちはまだ帰ってきてないみたいだけど。

そう思案しながら、「はぁい。」と返事をして、リビングへと向かう。


リビングへ入ると、見知らぬ男たちがいた。


3人の男たちは、真っ黒なコートに、黒い帽子を身につけており、その内の1人は片目にレンズをかけている。


そのレンズをつけた男が、椅子に腰掛けたまま、エフィルを見るとニヤリと笑って、話しかけてきた。



「嬢ちゃんがエフィルちゃんかい?」



気持ちの悪い笑顔。

エフィルは1番にそう感じ、背中に冷たいものを感じた。


心を見透かされるような瞳。

舌なめずりをするように笑う口元。



「そっ、そうだけど…おじさん達は?」



エフィルがそう問いかけると、母親が話に割って入ってきた。



「あんた!母さんになんか隠してないかい?最近この辺で、通り魔が現れたらしいんだよ!エフィル!あんた何か知ってないかい?」



凄むようにエフィルに問いかける母親に対して、レンズの男が「まぁまぁ、お母さん。」と、落ち着くように促す。


母親が、ため息をついて身を引くと、男が改めてエフィルへと話しかける。



「最近、この辺でおかしな事などなかったかな?おじさん達は、ある事件を追っていてねぇ。」



男は帽子を被り直しながら、話を続ける。



「君が通う学校の生徒さんが、一昨日遺体で見つかったんだよ。あそこの廃教会の近くでね。」


「えっ!?」



反応を示したエフィルを見て、男はニヤリと笑う。



「ここ数日、あの教会の周りで可笑しな噂を耳にするのだよ。何か関係があるのか…エフィルちゃん、何か知らないかい?」



ニヤつきながら、話しかけてくる男に、エフィルは疑心の念を抱いた。


そんな事件は、起きていない。

学校が、事件のことを生徒に隠していたとしても、本当に友達が殺されていたとしても、それは教会の近くではない。

絶対に確信できる。


なぜなら、ここ数日、学校が終わってから、家に帰るまで、エフィルは廃教会に入り浸っていたのだから。


この男は何か隠して、嘘を言っている。

エフィルはそう確信して、こう答える。



「そんな事件は…知らないです。」



その言葉に男は、再びニヤリと笑うのであった。

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