欺瞞編 1-14 勇気試し


果物を齧りながら、秋人は隣に座って、果物を齧る少女に目を向ける。


言葉が通じる少女。

街に潜入したその日の昼に、この教会で出会った。





秋人が教会で仮眠を取っていると、子供たちの遊び声が聞こえてきた。煩わしく思っていると、なんと彼らは騒がしく教会に入ってきたのだ。


一瞬焦りながらも、側廊に積み重なっていた長椅子の影に身を隠した。冷静に様子を伺うと、どうやら勇気試しに来たようである。。


話を聞く限り、グループの1人が、昨晩寝ぼけて、外で用を足している時に、教会に入っていく白い影を見たという。


(寝ぼけて外でションベンするかよ、普通…)


秋人は、ツッコみたい気持ちを抑えつつ、教会に入る姿を見られていたことについて、反省する。


とりあえず、彼らの動向を見守り、飽きて帰るのを待つことにした。



「ケレゴン!ほんとに見たのかよ?!」


「本当だって!白い影が路地からスッと現れて、そこの壁の中に吸い込まれるように入っていったんだよ!」


「また、いつもの夢なんじゃないの?」



どうやら少し気の弱そうなケレゴンと呼ばれる男の子が、目撃者のようだ。周りの子達は、少し呆れたように彼の話を聞いている。


先頭に立つリーダー格のサリオン。

その横で、ス○夫的ポジションな奴がスールミア。

気の強そうな女の子がエアロス。

そして、その女の子の横に、笑顔で立っているのが、エフィルであった。


5人は少しの間、教会の中を散策していたが、すぐに何もない事に飽きたのか、リーダー格のサリオンが、大声で声をかける。



「やっぱ、何もないじゃないか!つまんねぇの!帰ろうぜ!」



その声を聞いて、スールミアとエアロスは頷くと、サリオンと一緒に、教会から出ていってしまった。ケレゴンは、寂しそうに下を向いている。


そんなケレゴンに、エフィルは近づいて声をかけた。



「あたしは信じるよ。」



ケレゴンは顔を上げて、泣きそうな顔でエフィルを見ている。そんなケレゴンにエフィルは、歯抜けの笑顔で答えるのだった。



「とりあえず、サリオンたちに追いつこうよ!」



エフィルがそう言うと、ケレゴンは頷いて、教会の出口へと駆け出した。

秋人は、ホッと胸を撫でおろしたのだが、その時に、小石を蹴ってしまった。


カツンッ


秋人が蹴った小石は、小さく音を立てて、壁へと跳ね返る。



(しまった!)



そう思った時にはすでに遅かった。ケレゴンを追いかけようとしていたエフィルが、足を止めて、こちらを伺っている。



「だっ、誰か…いるの?」



震える声で、エフィルは問いかけると、ゆっくりと音のした方へと向かい始めた。


秋人は、どうにかエフィルを交わせないか思案するが、どうにも距離が近すぎる。小さくため息をついて、ゆっくりと立ち上がった。



「ッッッ!?」



エフィルは、ビクッと体を震わせて立ち止まり、秋人へと恐れの視線を送る。

大声出されて逃げられると思っていた秋人は、意外な顔をして、静かにエフィルに話しかけた。



「驚かすつもりはないよ。君たちが出ていくまで隠れているつもりだったんだけど…って、あ〜言葉通じないのか…」



致命的なことに気づいて、しまったとばかりに、秋人は額に手を当てた。



(言葉も通じないんじゃ、何を言っても意味ないじゃん。)



そう思いながら、ここからどう逃げ出すか考えようと、目の前に目を向ける。

少女は立ち尽くしたまま、怯えに染まった目をこちらに向けている。


秋人は、ため息をつくと、抜け出せそうな穴の空いている壁を見つけて、そちらに歩いていく。しかし、秋人が腰をかがめて、壁をくぐろうとしたその時、



「あ…あの…、待って!」



必死さが伝わってくる声が、秋人へ向かってかけられた。


秋人は、驚いて壁をくぐるのを止め、振り返る。少女の瞳には、怖さの中に宿る彼女の芯の強さが見えた。


胸元のペンダントをギュッと握りしめて、視線を送る少女に、秋人は驚きつつ、向き直り、声をかける。



「俺の話してることが、わかるのか?」



その問いに、少女はコクリと頷いた。



「…怖くないのか?」


「こっ、怖いのは怖い…」


「そうか。なら何で逃げない?」


「わっ、わからないけど…逃げなくてもいい気が…した。」


「なんだよ、それ…ハハ」



秋人は唐突に笑い出す。何がおかしいのかわからない。しかし、笑いが込み上げてくる。


そんな秋人を見て、エフィルも少しずつ笑い始める。表情はまだ、恐怖が抜けきれてないが、歯抜けの笑顔で、秋人と一緒に笑い始めた。



「ハッ、ハハハハハッ」

「アハハハハハハハッ」



一通り笑い終えると、2人は向き直り、顔を合わせる。



「お前、名前は?」


「エフィルミア、春の宝石と書いてエフィルミアって言うの。みんなはエフィルって呼ぶよ!お兄ちゃん…は?」


「春の宝石か…綺麗な名前だ。俺は秋人。アキトだ。」


「アキト…意味は?」



そう問われて、秋人は困ってしまう。自分の名前の意味など、親から聞いたこともない。少し考えて、秋人はこう告げる。



「アキト。フクシュウシャ…かな。」


「フクシュウシャ?」



その答えに、エフィルは首を傾げる。

秋人は気にするなとジェスチャーして、エフィルに話しかける。



「ところで、この街はなんて街だ?来たばかりで知らないとこが多いんだ。教えてくれるか?」



その問いかけに、エフィルは笑顔で答える。



「ここはトアールって街だよ!スヴァルで1番大きな街!」


「トアール…、スヴァル…か。それだけじゃよくわからないな。他に街について、知ってる事を教えてくれるか?」


「うん!いいよ!」



エフィルがそう答えた瞬間、教会の入り口の方から、ケレゴンたちの声が聞こえてきた。



「おーい、エフィル?何やってんだよ!」

「本当に何かいたのかも…」

「そんな事あるもんか!」

「でもぉ…」



そんな会話をしながら、ケレゴンたちが教会の中へと入ってくる。

振り返り、その様子を眺めていたエフィルであったが、ハッとして秋人の方へ向き直すと、そこには誰もいなくなっていた。



「どうしたんだよ、エフィル。」

「やっぱり…なんかいたの?」

「だ〜か〜ら〜、そんなことないって!」

「でっ、でもぉ〜」



誰もいない空間を、ジッと見据えるエフィルに対して、他の4人が声をかけると、エフィルはくるりと向き直って、笑顔でこう告げた。



「ううん、気のせいだったみたい!行こう!みんな!」



そう言ってエフィルは走り出して、教会の入り口で、仲間たちに「早く〜」と手招きする。他の4人は顔を合わせるが、すぐにエフィルの方へと走り出した。


キャッキャッと笑いながら、教会から出て行く4人を見送り、エフィルは教会内をチラリと振り返る。


そして、ニコッと笑って、教会を後にするのであった。


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