絶望編 1-12 滅びの一族


この世界は、元々神が統治していた一つの大陸であった。


世界に初めて現れた原初神。

始まりの神は、天と地を創造し、光を生み出すと、世界には昼と夜が訪れるようになった。


次に、神は水を創り、大地と海とを分け、植物を創った。日と月と星を創れば、水に住む生き物や鳥、地の獣が創られた。


最後に神は、自分の子らを創る。

その子らは、何もなかった大陸で、やがて文明を築いていく。


各地に散らばった子供たちは、それぞれ思い思いの国を作っていった。


神の血族という顔は隠し、各国の王族として君臨し、世界を、人々を導いていった。

そんな中でも、子らは互いに想い、愛し合う心は忘れなかった。


そして、その系譜を受け継いだのが、バース一族である。

神の血族の末裔として、世界を治め、平和を保っていた。


しかしある時、世界の中心にある大樹から、異世界の人間が姿を現した。

彼らは、この世界には存在しない知識、技術、力を持っていて、各国でそれらを伝えていった。


民衆らは、技術の革新に歓喜したが、英雄とまで称される彼らに、バース一族は嫉妬した。


なぜ、神の末裔たる我々よりも、高度な力を持っているのか。


そのことだけに目が向き、本質を見抜けなかった。


時の流れは残酷なものだ。


神の子らが大切にしてきた互いに想い、愛し合う心はすでに薄れ、バース一族さえもが、異世界の力に魅了されていった。


力に溺れれば、欲望が膨らんでいく。

次第に、国同士での争いが起こされる。


始まりの神は、そのことを大いに嘆いた。

世界を発展させるべく、新たな風となる異世界人を送り込んだというのに、1番大切な"相手を思いやり愛すること"を子供たちが忘れていたとは。


思いやる心がなければ、欲望や嫉妬、憎しみが生まれる。争いが生まれ、世界は混沌と化してしまう。


始まりの神は、せめて異世界人だけは死なせてはいけないと、元の世界に逃がしたが、すでに争いの火種は、大火にまで発展し、世界中で多くの命が失われてしまった。


始まりの神は、ある手段をとる。


世界を分断し、それぞれの国が簡単には行き来できぬようにしよう。

それぞれが、思いやら心を取り戻すまで。


そうして、大樹の中に入り込み、力を振り絞って魔法をかけると、大樹が成長し始め、国々を分断し、階層ごとに隔ててしまった。


眠りにつく寸前に、始まりの神はバース一族へも、重い枷をかける。

己の過ちを認め、"思いやりの心"を取り戻すその時まで。



皮肉にも、その枷によって、バース一族は滅亡の一途を辿るのであった。





「ふーん、こんなことがあったなんてねぇ。神の末裔か。あのお方も冷たいわよね。側近である私たちにまで、こんな大事なことをお隠しになるなんて。」



フードを深く被り、足まで隠れる真っ黒なロングコートを着ている女は、森の中、枝から枝へと飛び移りながら、部下からの伝達事項を確認していた。



「ご苦労様。引き続きよろしくね。」



女がそういうと、横を並走していた一つ目のコウモリのような魔物が、闇の中へとスッと消えていく。



「バース一族。テトラとクロスが、その末裔か…フフ」



そういうと、女は足を止めて森の中に立ち止まる。木々の間からは、月明かりが差し込んで、スポットライトのように女を照らしている。



「…クク…ククククク…」



女は下を向き、静かに肩を揺らす。

そして、天を仰ぐように顔を上げると、



「ハァーッハハハハハハハハ!」



その笑い声は、森の中へとこだましていく。そして、笑い終えると、一言呟いた。



「グラード、先手は譲ってあげる。」



そうこぼした女の片目は、真っ黒に染まり、中心に真っ赤な瞳が光っていた。





秋人は、平原を一人で歩いている。

森を抜けて、だいぶ進んできたが、自分が今、どこへ向かっているのかはわからない。


ただ、向かう方向に、何かがある気がして、とりあえず進んでいるだけだ。


途中に小川を見つけて、体にこびりついた血や泥を落としたが、全部を落とし切ることは叶わなかった。


小さくため息をつく。

白い息が、散り散りに広がっていく。


どうしてこうなったかは、もう考えないようにした。別に、元の世界に戻りたいとも思っていないし、経緯はどうであれ、自分は力を手にしたのだ。


自分の前に立ちはだかる者は、全て叩き潰してやればいい。"あいつら"のように。


秋人は無意識に笑っていた。

本人は気づいていない。心の奥底に、こびりついている真っ黒な闇に。



「ククク…ククククク」



歩きながら、テトラたちのことを思い出して、再び笑いが止まらなくなる。

肩を震わせ、笑いを堪えながら、秋人はこぼれ落ちる雫に気づいた。



「なんだ?これ…」



その雫を指で拭い上げ、確認しようとしたその時であった。


足元から、四方にワニのような顎が現れる。秋人は咄嗟に飛び上がり、空中でくるりと体を捻ってその攻撃を交わすと、回転の勢いを利用して、閉じた顎に向かって蹴りをお見舞いしてやる。


顎は数メートル吹き飛ばされるが、スッと地面へと吸い込まれるように消えていった。秋人は地面に着地して、辺りの様子に集中する。



(あいつら以外にも、仲間がいたのか…)



全身微動だにせず、瞳だけで辺りを伺う。

少しずつだが、秋人はこの能力にも慣れつつあった。


空間把握と不活性化。


単純にいうとこんな能力である。

空間把握はその名のとおり、指定した空間で起こる事象を全て把握できる。ただし、範囲は秋人から半径数メートル程度。


不活性化は、指定した対象の活動を極限まで抑え込む事ができるようだ。テトラのスピードについていけたのは、この力でテトラの動きを鈍らせていたからである。


ちなみに空間把握は、地面の中にも有効であり、先程の攻撃に対して反応できたのは、そのためであった。


辺りは真っ暗で、視界は悪い。

秋人は目を閉じて、聴覚と空間把握に意識を向ける。草木を、風が優しく撫でる音が聞こえる。次の瞬間、秋人の探知に何が反応する。そして、再び四方に鋭い歯のついた顎が現れた。



「ハッ、馬鹿の一つ覚えかよッ!」



そう言って秋人は、再び飛び上がると、今度はくるりと身を翻して、顎のすぐ横へと着地する。そして、大きく右手を振りかぶって、顎の一つにワンパンを喰らわせた。


ドゴッ!


大きな音とともに、顎が折れ曲がり、悍ましい鳴き声が辺りに響き渡る。そして、そのまま力尽きたように倒れ込むと、地面に溶け込むように消えていった。



「大したことなかったな。」



両手をはたきながら、魔物が消えていった場所を見据えて、秋人は呟いた。



(しかし、なんでテトラを殺った時に出てこなかったんだ?)



今、このタイミングで襲われた事に、疑問が浮かぶ。



(そして、死角の多い森でなく、だだっ広いこの平原で襲ってきたのにも、疑問が残るな。)



確信を持って言える事、それは追っ手はまだいるという事だ。


テトラがどの程度の人物かわからないが、直感的に考えて、あれだけで全てが終わるはずがない。今の襲撃も様子見で、秋人の能力を把握する為かもしれない。



「ただの魔物かもしれないし、とりあえずは、襲いにくい街なんかに向かうべきか。」



少しの間、秋人は思案して再び歩き出す。

自分の直感を信じて。





秋人が歩んでいく姿を、傍らで見つめている者がいる。地面から赤い双眸だけを出して、グラードは秋人を睨んでいた。



(流石にテトラ様を倒しただけのことはあるな…従魔だけではやはり無理か。)



相手の戦力を見極めるためとはいえ、自分の従魔がやられた事に、憤りを感じている。

とはいえ、秋人が自分の主人を倒した者である事には変わりない。従魔の犠牲に値する対価、つまりは秋人の能力の情報は得られたのだ。



「空間の事象を把握する力と、現象を抑え込む力か…」



あれは厄介な力だと、グラードは心内で呟く。おそらく、奴は陰の覚醒者であろう。その力は使い切れてはいないようだが、世界に2人といない、唯一無二の能力者だ。

陰陽の能力は、解明されていない部分が多く、対処が難しいのだ。



「難しいだけで、やりようはあるがな…」



グラードはそう言って、赤い双眸でニヤリと笑うと、地面の中へと消えていった。


辺りには冷たい風が駆け抜けて行く。

まるで秋人のこれからを、嘲笑うかのように。

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