絶望編 1-11 圧倒


明らかに焦りを見せるテトラ。

秋人の能力がわからないこともあり、安易に仕掛けれずにいる。


そんなテトラに、秋人は無機質な視線を送る。先ほどからのやり取りで、一見、冷静そうに見える秋人だが、心の中ではドス黒い感情が、ぐるぐると駆け回っている。


そして、その感情こそが、魔氣をコントロールし、能力を発現させている根源であった。


ただし、全ての力を使いきれていないことも含め、その事を秋人はまだ知らない。

ただただ、テトラに対する憎悪に身を任せているだけにすぎない。



(一気に無力化してやる。)



心の中でそう考え、すぐに秋人は行動に移る。格闘技のノウハウを、持たない秋人にとって、考えたり予測したりすることは、無意味なのだ。



(この力は、原理はわからないが、頭でイメージした通りになるらしい。)



先ほどの2発の右ストレートも、顔面をぶん殴ると思って振るっただけだ。


今回は"無力化"だ。


まずは動けないようにして、それからゆっくりと時間をかけて、同じ苦しみ、絶望を与えてやるのだ。そう考えながら、秋人はテトラに真っ直ぐ突進していく。


一方、自分へと突進してくる秋人に対し、テトラは思考が鈍り、焦っていた。

こんなことは今までなかったからだ。あの元四賢聖のレイ・クラージュと拳を交えた時でさえ、結果は敗れたが、勝つ自信を持って挑んでいた。


今まさに、こちらに向かってくる青年に、どう対応していいかわからない。

受けるのか反るのか。

挑むのか逃げるのか。


そんな単純な判断ですら下せぬまま、秋人から目が離せないでいる。秋人がほぼ目の前にきた瞬間、反射的に手が前に出た。体は挑む事を選んだようだ。


しかし、その判断も虚しく、秋人が目の前から消え、出した右手は空を切った。



「なっ…?」



テトラの顔に、焦りの色が濃くなっていく。



(どこだ?!どこへ行った!)



秋人を探すテトラの後ろで、地面を蹴る音が聞こえると、次の瞬間、テトラは背中きら胸にかけ、温かいものを感じた。





秋人は、自分がした事に驚きを隠せない。



("無力化"が目的だったはず、しかしこれでは!)



目の前にはテトラの背中と、そこにめり込んだ自分の右手があり、秋人の肘からはテトラから伝う血が滴り落ちている。


ズボッと音を立てて、テトラの背中から右手を引き出す。ドバッと音を立てながら、血が流れ落ち、テトラは前方へよろめいた。


そして、振り向く事なく、その場に顔から倒れ込んだ。



「なんだよ、これ!どう考えてもやり過ぎだろ!死んじまったら、何もできないじゃんか!」



額に手を当てて、秋人は悔しがる。

そして、テトラに近づいて、様子を伺うが、ピクリとも動かないことに、再び悔しがる。



「俺の馬鹿野郎!」



そう言いながら、テトラの体を足で仰向けになるよう蹴飛ばした。すると、顔が秋人へと向いて、光を失いかけている瞳と視線が合った。


おそらく心臓の他に、肺も潰れたのだろう。パクパクと動かす口からは、声ではなく、時折血と泡が溢れ出ている。


何かを言いたそうに、テトラは右手を秋人に向ける。それに対して、秋人は悔しがりつつも、嘲笑を浮かべて、テトラに吐き捨てるように声をかけた。



「人の事を散々弄んだ結果がこれじゃあ、ざまぁないね。」



テトラは秋人を見ながら、なおも口をパクパクさせている。秋人はそんなテトラを嘲笑と憎悪が混じった顔で、じっと見据える。


そのまま、テトラの目からは光が失われ、上げていた手も、重力に従って地面におちていく。

その様子を見終えると、秋人は溜息を吐き出して、テトラに背を向けた。

心が満たされてことに、秋人は疑問を感じない。


(殺ってやった…)

(殺した…殺したんだ…俺が…)



両手で顔を覆いながら、その場に膝をつく。



「く…くく…くくく」



肩を震わせて笑う声には、快楽と愉悦にみちている。



「ざまぁみやがれ!ざまぁみやがれ!ハッ、ハハハ!」 



秋人はそう言うと、空を仰いで、両手を広げながら、大きく笑い始める。



「ハハハ!ハハハハッ!ハァーッハハハハハハハハハハハハ!」



その声は、崩れかけた建物や、薄暗い森の中に響き渡るのであった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



夕陽が、誰もいなくなった崩れかけた建物を、オレンジに染めていく。森からは、夜の訪れを告げるように、獣の遠吠えが聞こえている。


建物の横にできた、大きな窪みの中心には、黒いドレスの少女が倒れたまま、ピクリとも動かない。


窪みの淵には、足をパタパタさせながら座り込み、頬杖をついて、横たわる少女を見つめる一つの影がある。


冷たい風が、辺りを駆け抜けていく。その風に何かを感じたのか、森から鳥たちが一気に飛び立っていった。



「まさか、あなたがやられるなんて。皮肉を通り越して、もはや笑い話ね。」



フードを深々と被り、口元だけしか見えないが、声からして女性のようだ。



「見誤ったわね…」



そう言って、女は立ち上がる。一瞬姿が消えたかと思えば、テトラの横に現れて、



「私に隠さなければ、こんな事にならず、計画も進んだのにね。」



テトラを見下ろしながら、そう告げる。



「あなたの役割は、クロスに引き継ぐわ。なんか私の思惑どおりで、ごめんなさいね。それと…」



女が指をパチンと鳴らすと、近くの影から真っ黒い頭と、赤く光る双眸が現れた。



「グラード、報告感謝するわ。」


「いえ、私にできる事をしたまでです。」


「日の元に出られないのも不便ね。」


「いえ…」



グラードと呼ばれた者は、それ以上は口を開かなかった。

女は大きく溜息をつく。



「行った先はわかるの?」



そう問うと、グラードは答える。



「西へ」


「と言うことは、大樹の方角ね。」


「そのようで。」


「大樹に惹かれたか…」



女はそう言って、しばらく何かを考える。

そして、何かを思いついたように、


「あなたはこれからどうするの?」



グラードへと再び問いかける。

しかし、グラードは口を開かない。



「私に遠慮してるなら、気にしないで。」



女はそう言って口元でニコリと笑う。

女の様子に、グラードは少し躊躇いながら、



「恐れながら…奴を殺します…」



グラードの無機質な言葉に、女は笑顔のまま告げる。



「では、競争しましょう。あなたが殺すか、私が手に入れるか…ね?」


「…よろしいので?」


「構いません。私の興味はアルフレイムの異世界人だけ。"春樹"だったかしらね。今この国にいる異世界人は、殺さないけど、研究対象にするの。魔氣のコントロールの研究のね。」



女は最後に「死んだところで困りません。」と小さく付け加えると、空を見上げる。

すでに、オレンジから紺青に変わりつつある空には、星々が小さく顔を出し始めている。



「楽しみが増えたわねぇ。」



そうこぼして、女は再びグラードへと向き直る。



「でわ、私が"用意ドン"と言ったら、始めましょう。」



そう言った瞬間、グラードはスッと地面の中へと消えてしまった。女はグラードが顔を出していた場所を、少しの間見つめ、



「私の性格をよくわかってるわね…フフ」



そう言い残し、現れた黒い靄のなかへと消えていった。


後に残されたのは、横たわる少女だけ。

魔物の遠吠えが、少し近くに感じられた。


日が落ちて、暗闇が世界を支配し始める。

待ってましたと言わんばかりに、魔物たちが窪みの淵へ、死肉を漁りに集まってきた。


そのうちの1匹が斜面を降り、テトラに近づいて、様子を探るように臭いを嗅いでいく。全身を隈なく、死の匂いを嗅ぎ取るように。


しかし、その1匹が急にビクッと反応する。そして、何かに恐れるように猛ダッシュでテトラから離れて、森の方へと駆けて行く。


他の魔物たちも、何かを感じとり、同様に逃げて行く。そして、再び辺りに静かさが訪れた。


ピクッ


テトラの左手の小指が動く。

そして、テトラの体を撫でるように、冷たい風が駆け抜けて行った。

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