絶望編 1-10 殺意


「殺してやる。」



そう告げて、まっすぐと殺気に満ちた目を向けてくる秋人に、テトラは笑みをこぼす。



「フフフ。いいですねぇ、その目。怒り、憎悪、怨嗟、怨恨、そして…悲しみ。いろんな感情が、ぐちゃぐちゃに混ざり合って、とても綺麗な深淵に染まっていますね。」



ニッコリと笑みを向けるテトラに、秋人は苛立った様子を見せるが、頭をボリボリと掻いているだけだ。



(挑発に乗ってこないか。意外に冷静なのね。)



テトラは再び秋人へと声をかける。



「まさか、あなたが魔氣をコントロールできるようになるなんて、予想していませんでした。どうでしょう?今までのことは水に流して、今後は協力していくというのは。」



その言葉を聞いた秋人は、頭をピクリとさせた。



「…協力…?」


「そうです。協力です。」


「…水に…流せ…と?」


「今までのことはお詫びしますよ。これからは対等な立場で。」



沈黙する秋人を、テトラはじっと見据える。


予想していなかった幸運だ。まさか、魔氣をコントロールできる異世界人を、手に入れることができるとは…。


純血だ。

純粋なる異世界人。

絶対に手に入れなければ。

計画のためには、こいつが絶対に必要だ。



「…お前、本音が顔から漏れてるぞ。」



秋人の指摘に、テトラは口元に手を当てる。無意識に笑みが溢れてしまったようだ。秋人を懐柔して、楽に事を進めるつもりだったのに。



「私ったら、いけないですね…」



そう言って口元から手を下ろし、やれやれと両手を上げる。



「私のものになってくれないかしら…気持ちいいことも追加してあげますよ?」



そう秋人へ声をかけるが、秋人は黙ったままテトラを見据えているだけだ。冷やりとした風が、両者のあいだを駆け抜けていく。


少しの沈黙の後、テトラは口を開いた。



「交渉決裂ですか…はぁ、仕方ないですね。」



そう告げた瞬間、秋人の後ろから二つの影が飛び出した。

秋人向かって襲いかかる二つの魔物。


一つは、熊のようなワニのような獣の顔に、建物の柱ほどもある太い腕。体の筋肉は、はち切れそうなくらい大きく盛り上がっており、避けた服の破片が、その様を物語っている。


もう一つは、両手に鎌があり、細くひ弱に見える体には、しなやかな筋肉が備わっており、蟷螂のような顔をしている。


両者は秋人の死角に隠れ、テトラからの合図を待っていたのだろう。気付かれぬよう音すら立てずに飛びかかり、秋人の無力化を目指す。


が、2体の魔物が、秋人に接触するかと思われた瞬間、



ボシュッ



生々しい音を立てて、2体の魔物は血飛沫だけ残して消え去ってしまった。

テトラは、その光景に目を見開いた。

取り残された血飛沫が、撒かれた水のように地面へと落ちる。



(なんだ!?何が起こったのだ!)



それは、テトラにすら理解できなかった。


2人の従者が、一瞬にして消し殺された。両方とも、実力は折り紙付であるはずだ。蟷螂、いや、執事のスチュワートは、弟のクロスに圧倒されてはいたが、あれはクロスが規格外なだけ。


しかもだ。

秋人は2人を見ることすらしなかった。飛びかかる2人に、対応する素振りすらなく、消し去ったのだ。


カラクリがわからない。こんな能力見たことも聞いたこともない。クラージュなどの四賢聖の奴らでも、こんな力を使うことはなかったはずだ。


テトラは、背中に冷たいものが落ちていくのを感じていた。



(異世界人…とんでもないものを目覚めさせてしまったか…)



それと同時に、笑いが込み上げてくる。

未知の力だ。手に入れれば、計画の執行はもとより、世界を手にできるほどの力。

それが目の前にあるのだ。


テトラは冷静になり、秋人へと声をかける。



「秋人。やはり、手を組みましょう。私にはあなたが必要なことが、よく分かりました。」



その言葉に、秋人は反応しない。



「その力。使いこなせるように、私が知識を授けます。それができれば、あなたはこの世界で、四賢聖すらをも超える、唯一無二の存在になれるはず。」


「…四賢聖?」


「そうです。いるのですよ、この世界には。理不尽な暴力を手に、弱者を痛めつける痴れ者が。」



秋人はテトラの言葉に、少し考えた素振りを見せる。



「賢聖というのならば、英雄的な存在なではないのか?」


「…皆、勘違いをしているのです。歴史では、四賢聖は大戦を収め、世界に安寧をもたらしたと言われていますが、それは奴らとそうすることが都合の良い者たちの虚言なのです。」


「…」


「私の家族も、その大戦で死にました。奴らは、大戦を収めるために多くの罪のない者たちを手にかけたのです。」



テトラは、秋人を見つめたまま、涙を流す。家族を思い出し、殺された悔しさを吐き出し、賢聖たちへの恨みを綴っていく。


無言でそれを聞いている秋人は、テトラの言っていることが理解できなかった。

あれだけのことを自分にしておいて、仲間になろうなどと、どの口が言うのだろう。


人は皆そうだ。

都合の良いことを並べて、近づいてきて、利用して、いざ都合が悪くなると手のひらを返したように、切り離す。そして、影で指をさして、人の事を笑うのだ。


この世界の人間も、元の世界の奴らと一緒なんだ。こいつはもとより、誰1人として信用できない。


お前の家族が死んだことなど、今は関係のないことだ。というか嘘であろう。

四賢聖とかもどうでもいい。

自分が感じた心の痛み、絶望感、それら全てをテトラに味合わせてやりたい。


秋人の頭には、それしかない。真っ黒な憎悪が、心を埋め尽くし、頭の中にこびりついたように離れない。



「…ですから秋人。私とともに参りましょう。」



そう言って手を差し出すテトラに対し、秋人は一言だけ告げる。



「言いたいことはそれだけか?」



それを聞くと、テトラは秋人を少しの間だけ見つめ、面倒くさそうに舌打ちをした。



「はぁ〜、やはり無理があったなぁ。持ったこともない家族の死など、語るものではないな。秋人、もう色々言うのはやめにします。ここからは、ただ単純に純粋にあなたを求め、手に入れることに徹しますね。」



そう言って、着ていたドレスの後ろに備わっていたフードを被る。鼻元まで隠れて、もはや口元しか見えなくたったテトラは、その口元を歪ませた。



(能力がわからない以上、一気に畳みかけるしかないな。)



ゆらりと横に倒れるような仕草をすると、テトラの姿が見えなくなった。


しかし…


秋人は、ゆっくりと視線を右に動かして、右手を大きく振りかぶる。今まで格闘技などしたことがない秋人にとって、ど素人丸出しの一撃だった。


にも関わらず、バキッという音がして、テトラの頬に、再び秋人の右ストレートが直撃する。



「なっ…なぜだ?」



数メートル吹き飛ばされ、受け身を取りながら、テトラは驚きを隠せずにいた。


自分は虚をついたつもりだった。なのに、秋人の動作に、合わせるような形で、右ストレートに引き込まれていったのだ。



「どうして?って顔だな。ハハハ。」



そんなテトラを、秋人はニヤリと笑う。



「なんかさ、あんたの動きは全部手に取るようにわかるんだよね。この辺に来るなぁ、とか。」



打った右拳を開いて、その場でプラプラと手を振りながら、秋人は話を続ける。



「あとさ、すごい遅いよ、あんた。近づいてきたら、全部わかるよ。まるで亀みたいだね。」


(…動きを読まれているのか。しかし、スピードは…わからん。なぜ奴に捕捉されるのだ。)


「しっかしさ、人なんて殴ったことないから、右手が痛くて仕方ないな。」



そう言って秋人は、再び右手を握りしめる。そして、テトラへゆっくりと視線を向ける。



「まぁ、そんなことはどうでもいいよ。それよりさ、俺は一つだけ、決めてることがあるんだよね。」



光の消えた瞳で、テトラを見据え、秋人は低い声で呟いた。テトラは、憎悪に満ちた視線に、唾を飲み込む。


風が2人の間を駆け抜ける。


気づくと、足が後ろ一歩下がっている。テトラが、自分の無意識の動作に驚くのと同時に、秋人がテトラに向かって言い放った。



「お前は、苦しませて、俺が殺す。」

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