絶望編 1-5 地獄の始まり

館にきて、1週間ほどが過ぎただろうか。

この世界では、時間という概念が曖昧である。時計などないため、秋人は腹時計で大体の時間を把握していた。


この数日は、朝、目が覚めると、相変わらず無愛想な老婆が、朝食を運んできて、秋人が食べ終えると、食器を片付けにくる。これを昼も夜も繰り返すだけ。


呼び鈴を鳴らせば、小太りの禿げた執事がやってきて、お願いしたことにすぐ対応してくれた。しかし、無愛想な態度はこちらも同じだ。


何度かテトラに会いたいと伝えてみたが、全て彼女は忙しいと断られた。


何が言いたいのかと問われれば、一言だけ言わせてほしい。



「暇だ!」



秋人は、ベッドの上に背中から倒れ込む。大きくもないシャンデリアが、いつもと同じように、煌びやかに輝いている。

窓に目を向ければ、オレンジの太陽が山に顔を隠しつつある。


また、1日が終わろうとしている。



「異世界の生活も、想像していたのと全然違うなぁ。」



ため息を吐き出して、不満を口にする。

自分には特別な能力があるとか、魔王を倒すように王様にお願いされるとか、はたまた、可愛らしい女の子と、一つ屋根の下で暮らし始めるとか。


ラノベで読んできたものとは、おおよそ違う待遇に、秋人は少し嫌気が差しつつあった。



「テトラ…さん、だっけか。」



天井を見ながら、あの少女のことを思い出す。

天使のような微笑み、慈愛に包まれた声、可愛らしさの中に大人っぽさが同居していて、少し妖艶な雰囲気。黒いドレスの中からは、女性らしさを感じさせる線の細さと、それとは裏腹に強調されている膨らみ。

それらを一つ一つ思い浮かべながら、秋人はあり得もしない妄想に精を尽くす。


ある意味では、可憐な少女と一つ屋根の下か。そんな考えを浮かべていると、


バタンっ!


急に扉が開いて、秋人はベッドの上で飛び上がった。

何事かと入り口に目を向けると、小太りの執事が立っている。

そして、中に入ってくるや否や、秋人の腕を掴んで、部屋から連れ出そうとする。

いきなりのことで、秋人は訳がわからず抵抗するが、執事の力の強さは尋常ではなく、そのまま引き摺られるように、薄暗い廊下に連れ出されてしまった。


すると、部屋の前には、テトラと老婆の執事が立っている。



「テッ、テトラさん!これは一体!?」



そんな秋人を見下ろして、テトラはニコリと微笑み、小太りの執事に向かって、何かをつげる。

その言葉は、秋人が最初に出会った門番たちと同様で、理解できなかったが、何かを言われた執事は、秋人を掴んでいた手を離して、テトラの後ろへと回り込んだ。



「ごめんなさいね。執事たちは、あなたの言葉があまりわからないから、このような扱いになってしまったの。彼にはちゃんと言っておいたから安心して。」



自分を見つめる秋人に、そう優しく告げる。そして、話を続ける。



「秋人にお願いがあるの。秋人にしかできないお願いが…」



少し哀しげにも聞こえる声色で、秋人へと嘆願するテトラは、下を向いていて表情はよく見えなかった。

だが、助けてくれた人が、自分を頼ってくれることに悪い気はしない。自分にできることならばと思い、立ち上がってテトラに告げる。



「自分にできることなら、何でもしますよ!」



強い意志を持って、そう告げる秋人に、テトラは顔を上げて、再び微笑んだ。



「ありがとう。」



その笑顔はこれまでのものに比べても、秋人の心を奪うのに十分なものであった。秋人は顔を赤らめながら、



「で、俺は何をすればいいのかな?」



そう問いかける。


テトラは、後ろの2人の執事に視線を送ると、コクリと頷いて2人は廊下の暗闇に消えていく。


そして、



「私についてきていただけますか?」



秋人はそれに頷いた。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜



テトラとともに、秋人は地下へと続く長い螺旋階段を降りている。等間隔に備え付けられた蝋燭が、薄暗い階段を照らしており、テトラの持つ灯籠が揺れる度に、2人の影が大小に変化する。


石造りであるためか、所々隙間があり、そこから流れてくる風が、秋人の肌に突き刺さる。吐き出す言葉も白く凍りついていくようだ。



「テッ、テトラさん、寒くないんですか?」



少し歯を鳴らしながら、秋人が問いかけると、



「もう少し辛抱してくださいね。あと少しで着きますから。」



振り向かずにそう告げる。

秋人は体をさすりながら、テトラの後に続いていく。すると、階段の終わりが見え、扉が現れた。

扉は少しだけ開いていて、明かりが漏れ出している。


一体何の部屋なのだろうか。

ここにくるまでに、テトラからはお願いの内容を全く聞かされていない。ついて来ればわかるとだけ言われていた。


扉を開けて中に入るテトラに続いて、秋人が部屋に入ると、先ほどまで姿を見せなかった、2人の執事が部屋の中に立っている。しかも、真っ白なエプロンと帽子、マスクまでしている。


その2人が立つ場所から、少し奥に目を向けると、シーツがかけられた腰の高さほどある台が、天井から吊るされたランプの灯りに、煌々と照らされて、ポツンと佇んでいる。その光景に秋人は思わず、手術室を連想してしまった。



「テトラさん…この部屋って…」


「フフッ、わかります?貴方のために造らせたんです。喜んでいただけますか?」



相変わらず、可愛らしい笑顔で微笑むテトラだが、今回ばかりはそれが逆に不気味さを醸し出していて、秋人は顔を引き攣らせた。


背筋に、冷たいものが流れるのを感じる。

理由はわからないが、本能がやばいと告げていて、それはあながち、間違いではないだろう。



「テトラさん…お願いって、まさか…」



引き攣った表情のまま、秋人はテトラに向き直り、問いかける。



「はい。ここで貴方の体の中を、弄らせて欲しいのです。」


「え?!!!」



テトラの狂気は、秋人の想像の遥先をいっていた。体中から汗が吹き出てくるのがわかる。テトラが言っている意味が理解できず、どう答えていいのか、秋人は真剣に考える。



「でっ、でも、体の中を弄られたら、おっ、俺、死んじゃいますよ!ねっ!そうでしょ?」



なんとか言葉を捻り出して、秋人は引き攣った顔で笑顔を見せる。人は恐怖を感じると、心理的にそれを認識し、回避しようとするために笑ってしまうと、何かの本で読んだことがある。


そんな秋人に対して、テトラは笑顔のままこう答えた。



「心配しないで。ここにいる二人が、全力でサポートします。痛みは感じさせないし、輸血も行いながらやるので、死ぬことはありません。」


「いっ、いや。そういうことではなくて…」



狂ってるーーー


秋人はそう感じた。

笑顔で好奇心の視線を向けてくるテトラ。

まるで、カエルを見つけた子供のように、目をキラキラさせている。

後ろにいる執事たちも、マスクで口元は見えないが、明らかに笑っているのがわかる。


秋人は無意識に後ずさる。

逃げなければと、本能が告げている。

ジリジリと、地面に足の裏を這わせて、入ってきた入口へと背中の神経を集中させる。


そんな秋人に、3人は笑顔を向けたまま、動かない。そして、秋人がタイミングを見計らって、後ろを振り向こうとしたとき、テトラが笑顔のまま首を傾げるのを、視界に捉えた。


そして…



「ぐえっ!」



気づくと、うつ伏せに倒され、手は後ろで抑えられていた。顔を上げると小太りの執事が、目の前で開いていたドアをゆっくり閉めながら、秋人を見て笑っていた。



「嫌だ!はっ、離せって!やめろ、やめろぉぉぉぉぉぉぉ!」



地下室に秋人の声が響き渡る。

しかし、その声は他の誰の耳にも届くことはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る