絶望編 1-4 嵐の前のひととき
鳥たちの囀りが聞こえる。
夜は明けたが、空には薄暗い雲が広がり、どんよりとしている。
布団も掛けられずに寝ていた秋人は、肌寒さで目を覚ました。
「あ…れ?」
ゲートハウスの一室ではないことに、すぐに気づく。自分が寝ているベッド以外は、椅子とテーブルが置かれているだけのシンプルな部屋であったが、昨日の部屋より格段に広く、何より、眠くなるまで眺めていた、夜空の見える小窓がないのだ。
見知らぬ部屋に不安を覚えながら、昨日のことを思い返す。魔物を襲われているところを助けられ、温かい飲み物をもらったことまでは、思い出せるのだが、そこからが曖昧だった。
優しく接してくれた彼らが、ここへ連れてきてくれたのだろうか。
とりあえず、誰かを呼ぼうとベッドから立ち上がり、ドアへと向かうと、急にその扉が開いた。
「っおわ!」
驚いて尻餅をつく秋人を尻目に、老婆の執事が食事をのせたカートと共に、部屋の中へと入ってくる。そのまま老婆は、近くのテーブルに食事を置くと、無言で部屋から出て行ってしまった。
いきなりの出来事に、ただ老婆の行動を見ているだけの秋人であったが、ドアが閉まる音でハッとし、入り口まで駆け寄った。
そのまま、勢いよくドアを開けて、「すみません!」と声をかけながら、長い廊下に目をやるが、右にも左にも老婆の姿は見当たらない。
「誰か!誰かいませんか?」
廊下には秋人の声が響くだけで、誰からの返答もない。耳を澄ましていると、グゥーとお腹が鳴った。
「そういえば、この世界に来てから丸一日、紅茶しか口にしてなかった…」
お腹がをさすりながら、部屋に戻ると、老婆が持ってきた食事の匂いに、食欲をそそられる。
「せっかく持ってきてくれたんだし、食べろってことだよな。」
そう言って椅子に座ると、スプーンを手にとって、目の前にあるスープを一口飲み込んだ。
「…うまい。」
秋人は、そのまま勢いよく、スープを飲み干してしまう。次にパンを手に取ってちぎり、口にほう張りながら、干し肉やサラダを次々に平らげていく。
ものの数分で全てを食べ終え、久々の手料理に満足感を覚えた。
「ちゃんとした飯なんて、いつ以来だろうか…」
引きこもってからは、母親の料理はほとんど食べていなかった。そんなことを思い返し、少し寂しさを覚えて、想いにふけっていると、再び入り口のドアが開いた。
「お目覚めになられましたか。」
入ってきた色黒の小柄な女性が、秋人に声をかける。
癖っ毛混じりの金髪をオールバックにまとめ上げ、漆黒のドレスを見に纏う少女。
顔立ちは幼さが残るとはいえ、スッとした鼻筋、ぱっちりとした目に存在感を主張する様に輝くブルーの瞳、声には慈愛が込められているように柔らかく、包み込まれるように感じる。
「あっ、ありがとうございます。ご飯まで頂いてしまって…」
少女の美しさに気を取られつつ、ガタッと椅子を押し出して立ち上がり、秋人はすぐさま感謝の言葉を告げる。そんな秋人に、少女はゆっくりと近づいてきて、
「そんなに畏まる必要はありません。魔物を襲われ、大変だったのでしょう?」
「なっ、なぜそれを…?そうか、門番の方から聞いたんですね?」
「そうです。報告を受けてお迎えに。そういえば、自己紹介がまだでしたね。私はテトラ・バース。テトラとお呼びください。」
そう言って、丁寧に腰を折る少女に、秋人もあくせくしながら、脚を折る。
「根室っ、秋人です!」
少女は顔を上げながら、フフっと微笑んでいる。その笑顔にドギマギしつつ、秋人はある重要なことに気がついた。
「…そういえば、言葉が通…じる?」
「ええ、私にはあなたの言葉が分かりますよ。あなたは異世界から来たのでしょう?言葉も通じず、大変でしたね…。」
その言葉を聞いて、秋人は胸を撫で下ろす。そして、やはりラノベは間違いでないことを確信する。言葉が全く通じない世界など、無理ゲーに等しいのだ。
ーーーNO 言語 NO 異世界
意味もわからない言葉が、頭の中を駆け巡り、秋人は歓喜する。そんな秋人を見ながら、
「目的も、行く当てもないのでしょう?しばらく、ここにいていただいて構いませんよ。食事も準備させますから。何かあれば、この呼鈴で知らせてくださいね。」
そう告げて、秋人に小さな鈴を手渡した。
「その鈴を鳴らせば、執事が参ります。私に用があるときも、鳴らしてください。執事が取り次ぎますから。ただ…」
秋人は、眉を顰めて窓の外に視線を向けたテトラを見つめる。そして、テトラは秋人に、注意の念を込めて告げる。
「あまり外には出歩かないでください。ここは森が深く、魔物が多いですので。」
「わっ、わかりました。注意します。」
秋人のその言葉に、テトラはニコリと微笑んで腰を折ると、部屋の入り口へと向かう。そして、ドアを開けると、一度秋人に微笑んで、部屋から出て行ってしまった。
テトラの笑顔に見惚れていた秋人は、ベッドにダイブして、そのまま、ごろりと横になる。
言葉が通じる相手がいるだけで、気持ちがだいぶ楽になった。しかも、相手はあんなに可愛い女の子だ。
布団を抱きしめながら、ベッドの上でゴロゴロと転がって、届きもしない想いを馳せる秋人であったが、窓から見える空を見据えて、冷静になる。
どうしてこうなったのか。
それを考える時間はありそうだ。
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