絶望編 1-3 真夜中の訪問者②


ガチャ


ドアの開く音が聞こえた。

眠っていた秋人は、それに気づき、うっすらと目を開ける。

誰かが部屋に入ってきたのが見えた。しかし、体を起こそうにも、金縛りにあったように、全身動かすことができない。意識も朦朧としているようだ。


寝ているベッドの横に、入ってきた誰かが立つのを感じた。朦朧とした意識の中、自分の横に立つ者が、金色の髪で真っ黒な服を着ていることは認識できたが、それ以上はわからなかった。



「ゆっくり…おやすみなさい。」



ゆっくりと秋人の額を撫でながら、そう発する声には、慈愛すら感じさせるほどの優しさがあり、秋人の意識は、夢の中へと誘われ、静かに目を閉じるのであった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



秋人を抱えた少女は、館の前に着地した。

それを迎えるように、地面からぬっと顔を出す者がいる。



「主人、おかえりなさいませ。」


「グラード、城門のゲートハウスにある死体を片付けておいて。」


「御意」



その者は、指示を受けると、そのまま地面に潜り込んでどこかへ行ってしまった。

少女は館へと歩を進め、やがてドアの前に着くと、合わせたようにドアが開いた。



「テトラ様、おかえりなさいませ。」



老婆の執事が、頭を下げながら、少女を迎え入れる。

すると、別の男の執事が、走って少女の元へとやってきた。



「テトッ、テトラ様!また勝手に…ハァハァ…外に出歩いて!心配するでは…ハァハァ…ないですか!」



頭は禿げ上がり、背は小さく小太りの男は、その体型からか小刻みに息を切らして、テトラと呼ぶ少女へ声をかける。



「お前などが心配せずとも、テトラ様はお強いので大丈夫です。」



老婆の執事が、男の執事に向かって冷たく告げる。



「そんなことはわかっとる。じゃが、テトラ様は今、片腕をなくされとるのだ!何かあってからでは遅い!」



老婆に向かって、そう告げる男に、テトラは、



「バトラ、心配してくれてありがとう。スチュワートも、バトラに優しくしてあげて。」



スチュワートと呼ばれる老婆に、秋人を預けながら、2人の執事に優しく声をかける。

男の執事は、その言葉に感嘆の声を上げながら、老婆に話しかける。



「ほうれ、みろ!テトラ様の優しさを踏み躙るでない!この戯け者が!」



その言葉に、老婆の口元がピクリと反応し、



「口を慎め…この糞爺が」



と静かに重い声を発する。

秋人をその場にドサリと落として、男の執事に鋭い視線を向ける。男も黙ってはおらず、上半身の筋肉が、少しずつ盛り上がりっていくのがわかった。


まさに一触即発といったところだろう。しかし、その場を遮るように、もっと深く、重く、死を感じさせる程の声が、少女から発せられた。



「2人とも、黙りなさい…一度…死ぬ?」



その瞬間、踵を返すように、老婆は秋人を抱え直し、男と一緒に、少女の前に跪いた。



「申し訳ございません。テトラ様。」



男の口から、謝罪の言葉が発せられると、少女はコクリと頷いて、



「彼を部屋へお連れして。起きたら、温かいものを食べさせてあげて。」



そう言って、二階へ上がる階段へと向かっていく。男と老婆は、少女が階段を上り始めると、視線でいがみ合い始めるが、少女が階段の途中で立ち止まり、



「その子は、私にとってどんな存在か分かっていますね?」



振り向かずに、そう告げた。

男と老婆は、サッと頭を下げて、肯定の意を告げる。少女は少し間を置くと、



「…あなたたちは、少し仲良くなさい。」



そう告げて、二階へと登って行った。

それを見届けた2人は、顔を合わせることなく、各々の仕事へ戻っていく。


スチュワートと呼ばれた老婆の執事は、秋人を寝かせるために、ある一室へと向かって行く。

ドアが開いている部屋に入ると、抱えていた秋人を下ろして、ベットに寝かせる。

そして、そのまま何をすることもなく、扉を閉めて部屋から出て行ってしまった。


月明かりの差し込む部屋で、秋人は1人静かに寝息を立てるのだった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「秋人!秋人ってば!」



髪を一つにまとめ、その頭はヘアピンで所々を止めあげ、ビシッとしたスーツ姿の女の子が、部屋の前で何度もノックをしている。



「もう!返事くらいしなさいよ!」



プンスカと憤り、女の子は振り返る。

少し幼さの残る顔立ちに、丸い黒縁の眼鏡を携え、肩からは少し大きめのビジネスバッグをかけている。



「…夏美ちゃん、ほんと毎日毎日、申し訳ないね。」



少しやつれた顔をした、50代ほどの女性が、夏美という女の子に、申し訳なさそうに声をかける。



「大丈夫!それより、おばさんも考えすぎちゃダメですよ!秋人がいけないんです!外に出てくるまで、毎日来てやるんだから。」


「夏美ちゃんがいてくれて、本当にありがたいよ。」


「おばさん、泣かないで。大丈夫だから。」



女の子は、啜り泣きながら下を向く女性に、背中をさすりながら声をかける。



「そろそろ行かないと、会社に遅れちゃうよ。」



女性からそう言われて、女の子はしぶしぶ部屋の前からいなくなった。



部屋の中で、その一部始終を聞いていた秋人は、ホッと胸を撫でおろして、ゲームの続きを始める。もう少しで、プレーヤーの誰もが辿り着けなかった、『隠しボス』を倒せるのだ。幼馴染とはいえ、邪魔されるわけにはいかない。はやる気持ちを抑えて、ゲームに集中する。


そして…



「つっ、ついに。やった!やったぞ!」



喜ぶ秋人の目の前には、『The best moment』と書かれた画面と、ファンファーレが流れており、チャット欄には絶賛の嵐が巻き起こっている。

秋人が余韻に浸っていると、メールのウィンドウが表示される。



「ん?メール?…おっ、運営からじゃん。」



『Congratulations!』というタイトルで、ゲームの運営からメールが届いており、秋人はマウスを使って、そのメールをクリックする。すると、突然画面が輝き出した。



「うわっ!びっくりしたなぁ。しっかし、運営も凝ったことするねぇ。」



突然のギミックに少々驚きつつ、秋人は画面を注視するが、輝きがどんどん増すだけで、何も映し出されない。少しの間、待ってみても、それはずっと変わらなかった。



「こんな時に限ってフリーズかぁ?運営も凝りすぎなんだよ!」



苛立ちつつ、キーボードを叩くが、やはり画面は変わらず光り輝くのみである。



「はぁ〜、テンション下がるわぁ。」



そう言いつつ画面を見ている内に、今度は強烈な眠気に襲われる。たしかにほとんど寝ていないが、いつものことで、ここまで急に眠くなることなど、今までなかったはず。



「…や…べぇ……ここ…で……寝るわけには……」



細まる視界には、いまだに光り輝く画面が見える。一瞬、その画面に扉が見えた気がした。

しかし、それを確認することなく、秋人の視界は暗闇に閉ざされるのであった。


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