絶望編 1-2 真夜中の訪問者①


沈みつつある太陽。

オレンジ色に彩られた平原に、1人の青年の影が長く伸び始める。


秋人は、呆けた顔で森を見つめていた。

そんな秋人を、冷んやりとした風が包み込んで、通り抜けていく。



「…やばかった、まじで。」



震える両手を見ながら、そう呟く。

そして、ふとあることに気づいた。

先ほどよりも、太陽の光は弱くなり、日が落ちようとしている。もし太陽が姿を隠し、暗闇が訪れれば、"やつら"が森から出てくる可能性が考えられる。



「せっかく助かったのに、それじゃ意味ないよ。」



そう言って立ち上がり、森とは逆の方へと駆け出すのであった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



門番であるヘンリエッタは、城門を閉じる準備をしていた。今日の入城はすでに終わり、あとは二つの門を閉めるだけ。一晩見張りをすれば、明日は非番。そして、久々の連休だ。


休みは何をしようか思案しながら、内側の落とし格子閉めるために、城門の横にあるゲートハウスから、城門内へと歩いていたその時、今日の相方であるイシルウェが、ヘンリエッタに向かって、叫ぶ声が聞こえた。



「へっ、ヘンリエッタ!魔物だ!急げ!」



その声を聞いて、ヘンリエッタは踵を返して、ゲートハウスへと向かう。

中に入って、自前の槍を取り上げ、すぐさま外へと飛び出した。

すでにイシルウェは、槍を構えて魔物がやってくる方を注視している。



「何が来る?見えるか?」



すでに辺りは暗く、ヘンリエッタの視力では、魔物の姿を詳しく捉えることができない。その点、イシルウェは『月の目』という二つ名を持ち、かなり夜目が聞く。



「…ありゃあ…ウルフフォックスだな。3匹いる。」



イシルウェはそう言うと、ヘンリエッタに対して、



「3匹なら、お前だけで十分だよな。俺より強いんだし。俺は魔物が中に入らないように、落とし格子を閉めてくる。」



そう言って、城門へ向かう。ヘンリエッタは魔物からは目を離さず、「あいよ。」とだけ頷いた。


徐々に魔物の姿が見えて、ヘンリエッタは臨戦体制に入る。

しかし、見えてきたウルフフォックスは2匹だけだ。もう一つの影は、人である。



「襲われているのか!?」



そう言って、一気に前方へと駆け出した。

追われていた人を横目に交わして、2匹のウルフフォックスに向かって、ヘンリエッタは槍を横凪に一閃。1匹はその槍に真っ二つに弾き飛ばしたが、もう1匹はバックステップで、うまく交わしたようだ。


しかし…



「甘ぇよ!獣畜生め!」



流れる槍捌きで、そのまま突技を放つと、後ろに避けて着地したウルフフォックスの額に槍がめり込み、そのままバラバラに吹き飛ばしてしまった。



「ふぅっ」



ヘンリエッタは、呼吸を整えるように息を吐き出し、クルクルと槍を回して、自身の横の地面に突き刺すと、追われていた人の方へと振り返る。


彼の顔は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃで、尻餅をついたまま、必死に呼吸を整えていた。

ヘンリエッタはそんな彼に近づき、片膝をついて手を差し出す。



「大丈夫か?」



その問いに対して、彼はぐちゃぐちゃながら、困惑の表情を浮かべており、返事もない。



(…恐怖で混乱しているのだろう。)



ヘンリエッタは、喋らなくていいとジェスチャーで伝えて、手を掴んで彼を起き上がらせる。

そうしていると、イシルウェが落とし格子を閉め終わったのか、ヘンリエッタたちの元へとやってきた。



「お前の二つ名、返上した方がいいぞ。」


「え?なんでだ?」



イシルウェは、疑問を浮かべているようだが、ヘンリエッタの横に立つ彼を見て、頭をぼりぼりと掻く。



「2匹…だったか」



すまんすまんとジェスチャーをして、ヘンリエッタに詫びを入れながら、見慣れない彼に話しかける。



「あんた、こんな時間まで外で何してたんだ?」



しかし、その彼はイシルウェの問いかけには答えず、困惑の表情を浮かべている。



「恐らく恐怖で混乱しているのだろう。」


「なるほどな。まぁ少し立てば落ち着くだろう。」



そう言って、イシルウェは立ち尽くす彼をゲートハウスの方へと促すのであった。



秋人は目の前の光景が、理解できないでいた。追いかけてきた魔物を2撃で倒してくれたことには、なんの疑問もない。問題なのはそのあとだ。助けてくれた色黒の男が話す言葉が、全くわからない。英語でも韓国語でもない、全く聞いたことのない言葉を話す男に、戸惑いを隠さずにいる。

立ち尽くしていると、今度は別の男がやってきて、2人で何やらやりとりをしてから、自分に話しかけてきたが、その言葉も全くわからなかった。


呆然とする秋人に、後から来た男が、城門の方を指して、あそこへ行こうとジェスチャーをする。

相手が何を話しているかわからない以上、一緒に行くことに躊躇いはあったが、このまま外にいても、再び魔物に襲われる可能性が高いと考えて、秋人は男たちの後へと続き、ゲートハウスへと入っていく。


中に入ると、思ったより広々としていた。

交番のようにカウンターがあり、その奥にはテーブルと椅子が置かれている。奥に扉があり、もう一つ部屋があるようだ。

男たちは持っていた槍を、入口横の立て掛けるスペースへ、穂先を上向きにして置いていく。

秋人は椅子に座るよう促され、2つある1つの椅子に座った。秋人を助けた 男が対面に座る。もう1人は、奥の部屋に入って行き、しばらくして湯気が立つカップを3つ運んできた。

秋人たちが座るテーブルにカップを置き、自分の分は持ったまま、壁に寄りかかって、カップを口にする。


目の前の男が、飲むように促してくる。秋人はカップをじっと見つめる。湯気が立ち、仄かに甘い香りが漂ってくる。


カップに触れると、温かさが伝わってきた。手に取り、ゆっくりと口へと運べば、甘い香りが鼻を抜けていく。


秋人はスゥッと息を吸って、静かに吐き出す。心が落ち着いてくるのがわかる。



「それは、リラックスできる効果がある紅茶だ。」



目の前の男が、何が言ったようだが、相変わらずわからない。しかし、敵意のようなものは感じなかった。むしろ、労ってくれているのを感じ、秋人は少しほっとする。


しかしながら、問題自体は解決していない。言葉が通じないと言うことは、かなり致命的な問題だ。



(読んだラノベじゃ、こんなことなかったのに…)



小説に文句を言っても、しょうがないのだが、何かに責任転嫁しなければいけないのが、人という生き物である。


カップを持ったまま、下を俯く秋人に、壁に寄りかかっていた男が、座っている男に声をかける。



「奥の部屋で、一つ使っていないのがあるだろう?今日はそこに泊めてやろう。」


「そうだな。今日はゆっくり休ませて、明日、門番長へ報告しよう。」



2人は何かを話し合うと、秋人にカップを持ってついてこいとジェスチャーをする。

それに従い、秋人は奥の部屋へと進み、一つの部屋に案内された。


6畳一間ほどの広さで、窓が一つあり、ベッドとテーブルが置かれている質素な部屋だ。


どうやら男たちは、秋人にここで休めと言ってくれているらしい。秋人が頭を下げると、男たちは手をあげて、再び外へと出ていった。


秋人は部屋の中を眺める。窓からは月明かりが差し込んでおり、小さな絵画のように星空が映し出されている。


秋人はベッドに静かに座り込み、その星空を眺め続けた。これからどうなるのか、その不安で心はいっぱいのまま。


秋人は無くなった、いや、奪われた小指を見て、それから膝を抱えて、俯くのであった。



それから数刻ほどの時がたった。


イシルウェに仮眠を取らせ、城外の警備にあたっていたヘンリエッタが、ゲートハウスへと戻ってきた。槍を置き、椅子に座ろうとした時、ゲートハウスのドアがノックされる。



「ん?この時間に一体誰が…」



ヘンリエッタは、入口へと向かい、ドアを開ける。



「テッ、テトラ様!?なぜこのような時間に、こんな場所へ?!」



ヘンリエッタは、真っ黒な装束に身を包み、フードで顔を半分隠した少女をみて、驚きの表情を浮かべる。



「魔物に追われていた男の子を、保護していますね?」


「!?なっ、なぜそれをご存知で!」



少女の問いかけに、ヘンリエッタはさらに驚くが、イシルウェが報告を行っていたのかもしれないと推測する。そのまま少女をゲートハウスへ招き入れ、



「たっ、確かに。男を1人保護しております。」



跪く形で、テトラと呼ぶ少女に返答し、頭を下げるヘンリエッタに向かって、少女は、



「畏まらずにお直りなさい。その子は、今どこにいるのですか?」



と、優しい声でさらに問いかける。



「はっ!奥の一室で休ませております。寝ているかと思いますが、すぐに起こして参りましょう。」



ヘンリエッタは、そう言って立ち上がり、秋人がいる部屋に向かおうとするが、少女がそれを引き止める。



「良いのです。寝かせてあげて。」


「左様ですか。では、起きた際にはテトラ様のお屋敷にお連れいたします。」


「いいえ、そこまでしなくとも大丈夫です。ところで、あなた、ヘンリエッタと言ったかしら?」



その言葉に、ヘンリエッタは胸が熱くなるのを感じる。少女が、自分のような者の名前を覚えてくださっていた。


それだけで、恐れ多く、光栄なことだと言わんばかりに、顔を紅潮させ、「はい!」と返事をして跪いた。


少女はフフっとだけ笑うと、



「もう1人は、仮眠中?」


「左様でございます。今日は『月の目』イシルウェが、相方です。」


「ほう、あの『月の目』ですか。惜しいですね…」


「ハハハ、惜しいなどということはありません。奴は夜目以外は全く…」



その瞬間、ヘンリエッタは自分の胸に違和感を感じた。口から血が滴るのに気づいて、胸を見ると、体の反対側が見えるほどの風穴が開いているのだ。



「あ…れ…?」



何が起きたのか理解することなく、ヘンリエッタはその場にドシャッと倒れ込み、その一生に幕を閉じた。



「…」



少女は、遺骸となったヘンリエッタを一瞥して、奥のドアへと向かう。

すると、物音で目を覚したのか、イシルウェが部屋から目を擦りながら出てきた。



「フワァ〜、そろそろ当直は交代の時間か?ヘンリエッタ〜。」



そんなイシルウェのぼやけた目に、1人の少女の姿が映り、驚きとともに飛び上がる。



「テッ、テトラ様?!たっ、大変失礼を、いたっ、いたしました!」



そのまま跪き、頭を下げる。

「気にしないで。」と一言だけ少女から返答があり、イシルウェはホッと静かに息を吐いた。そして、立ち上がった…


そのはずであったが、視界には足元がいまだに映っている。そして、頭のてっぺんにガンと衝撃を受けたと思えば、前転したように、今度は天井が見えた。



「あ…あれ?」



状況が理解できないまま、顔が意に反してゴロリと横を向くと、少女の姿が映る。

フフっと笑いながら、イシルウェが出てきた部屋に入っていく少女の姿が、イシルウェが見た生涯最後のシーンとなった。

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