絶望編 1-6 マッドサイエンス少女

「…うっ」



薄らと目を開ける。

ぼんやりと、天井からぶら下がった明かりが目に入り、眩しさで秋人は目を細めた。


手を動かそうとして、ガチャリと音がする。冷たい鉄の感触を感じ取る。両手両足全てが広がった状態、つまり秋人は大の字の格好で、台の上に繋がれている。


目を覚ましたことで、徐々に記憶が蘇ってきた。それを思い出した瞬間、秋人は吐き気を催す。



「っう、うげぇぇぇ」



何とか横を向いて、吐瀉物を撒き散らす。酸っぱい匂いが鼻をついて、再び吐き気に襲われた。


一体なぜ、こんなことになったのか…



数刻前、地下室に連れてこられた秋人は、2人の執事に取り押さえられ、部屋の真ん中にあった台へと寝かされた。手足を鎖で繋がれて、体の自由を奪われた。



「はっ、離せぇぇぇ!」



ガチャガチャと鎖を鳴らして、秋人は必死に暴れまわる。



「くそ!くそっ、くそくそ!離せって言ってんだろ!頭おかしいんじゃないか、あんたたち!」



なおも、鉄の乾いた音を立てながら、抵抗を続ける。そんな秋人を、テトラはじっと見据えるだけ。口元に小さく狂気を浮かべながら。



「黙ってないで、何とか言えよ!なんだよ!俺がなんかしたのか?気に触ることでもしたか?」



怒りのままに、秋人はテトラに問いかけるが、相変わらず返事はない。秋人はなおも、問いかけを続ける。



「そっ、そうか、わかった!飯だけ食うばっかりで、何もしなかったからだ!」



秋人は、一人で納得して、今度は謝罪を始める。



「悪かったよ。助けてもらったことに、甘えすぎました!ごめんなさい!謝ります!だから!だから許してください!」



嘆願を始めた秋人に、テトラの表情により狂気が増す。舌で唇を湿らせると、彼女は口を開いた。



「違うわ…」


「え?!なんだって?」


「違うの…」



その言葉に、秋人は口を閉じ、テトラを見据えて喉を鳴らす。



「理由は簡単で、あなたが異世界からきた人間だからよ。これは私にとって、ひ・つ・ぜ・ん」



テトラは恍惚の笑みを浮かべながら、そう秋人に告げた。

意味がわからない秋人は、もはや笑いが出てくる。



「ハッ、ハハ。必然って…異世界からきただけで、なんでお前に体を弄られなきゃいけないんだよ…」



そう言って肩を落とす。すでに、秋人の中の怒りは燃え尽きてしまった。ジワジワと、絶望が心を蝕んでくるのを感じている。

物語であれば、ギリギリのタイミングで、誰かが助けに来てくれるはずだが、秋人はそんなフラグを立ててはいない。


目に熱いものを感じる。

視界が涙で見づらくなる。

嗚咽を堪えて、歯を食いしばり、この状況を恨んだ。



(どうして俺がこんな目にあうんだ…くそっ!)



心の中でそう呟く。

そんな秋人を尻目に、老婆がテトラへと耳打ちする。それを聞いたテトラは、コクリと頷くと、秋人に声をかける。



「…秋人、安心して。死ぬことはないの。痛みもない。ただ、あなたは寝ていて、私に体の中を見せてくれればいいの。ね?」



優しく、宥めるように掛けられる声には、慈愛で包まれている。



「そろそろ薬が効き始める頃だから、早速始めるわね。」



そう告げて、テトラは別の部屋へと向かって行った。それを見届け、2人の執事は、それぞれ準備を始める。泣いている秋人のことなど、視界に映っていないように、セカセカと動き回っている。

老婆がやって来て、秋人の胸から腹の辺りまで、柔らかい布で何かを塗りつける。ひんやりと冷たいそれは、秋人の皮膚から体温を奪う。今度は小太りの執事がやってきて、腕に針を刺され、小さな痛みに腕が反応する。



「…やめろ。」



小太りの執事は、全く聞こえてないかのように、秋人の腕や足に、針を刺していく。

その態度に、秋人の怒りが再燃した。



「やめろって!!!」



横に置いてあった銀色のお盆が、ガチャンと音を立てて床に落ちた。

2人の執事は、視線を秋人に向ける。



「外せ!これを外せよ!」



鎖に繋がれて、ほとんど動かすことのできない手足をジタバタさせ、再び抵抗を始める秋人であったが、気づくと老婆が自分の上に馬乗りになっていた。



「あ…れ?」



老婆は、両手で秋人の頭を押さえると、自分の親指を秋人のこめかみに、グッと押し付けた。秋人はその瞬間、静かに黙ってしまう。


声が出せない。頭の中がぐるぐる回っている。視界が二重三重になって、焦点が合わない。

涎が口元から垂れたまま、秋人は体の力が全て抜けたかのように、静かになった。


執事たちが、再び作業に戻ると、部屋からテトラが出てきた。執事たち同様に、真っ白な装束を身に纏っている。

ゆっくりと秋人の元へと近づいてからテトラに合わせて、2人の執事が位置についた。



「では、始めましょうね。」



秋人を見てそう言うと、テトラはニンマリとした笑みを浮かべた。



………



お腹の中が温かい。

まるで、美しい天使が秋人を包み込むように抱き寄せ、胸からお腹にかけて、ゆっくりとさすってくれているような、そんな感覚に、秋人は愉悦に浸っている。

しかし、天使のさする力が、どんどん強くなっていくのに気づいた。

やがて、苦しさを覚え始めて、秋人は抵抗しようとするが、いつの間にか天使の髪が手足に絡まっていて、阻まれてしまう。


どんどん力が強くなる。


そして、ついには秋人の腹を破って、中に手を突っ込み、腑を優しく撫でまわし始めた。理由はわからないが、痛みは感じない。だが、臓物を撫で回される感覚は、尋常じゃないほどの恐怖を、秋人にもたらした。


耐えきれず、声を上げようとするが、天使の髪が、口の回りに纏わりついて、声を出すことができない。

発することのできない叫びを上げながら、秋人は天を仰いだ。


その瞬間、一気に現実に戻される。

秋人は目を見開いて、天井からぶら下がる明かりを見つめている。


変な夢だった。


気持ちの悪い汗が、背中と床に纏わり付いている。秋人は背中の不快感に対して、身をのけぞるように動いた瞬間、違和感を感じた。



ズチャッズチャッ



濡れた雑巾を揉むような不快な音がする。

しかも、自分に近いところで。


ゆっくりと首を上げてると、明かりで遮られていた視界が開けてくる。


そして、秋人は驚愕した。


金髪の少女が、開かれた自分の腹の中で、何かを探るように手を動かしている。

その顔には、愉悦に染まった笑顔が映し出されていた。そして、その笑顔はまさに、夢の中の天使にそっくりだった。



「…。あら?目覚めたのね、秋人。」



そう言いながら、秋人の臓物の一部を丁寧に持ち上げて、老婆が持つ銀色のお盆へ移していく。



「貴方のお腹、綺麗なピンク色で、見ていてとても気持ちがいいわぁ。まだ今のところは、この世界の人間との違いは見当たらないけど、ゆっくり見させてもらうわね。」



「時間はたっぷりあるもの。」そう付け加えて、再び秋人の腹の中に手を入れる。



(…なんなんだ…これは…)



起きていることが、現実か夢か、秋人には理解できなかった。腹が開かれ、内臓が取り出されてなお、自分は生きている。

痛みはなく、感じるのは麻痺しつつも、お腹の中を探られている感覚だけ。



(何が起きているんだ…)



一つ、また一つと、臓物を取り分けていくテトラをじっと見据えることしかできない。



「テトラ様、あまり長く見せると、ショックで死にますよ。」



老婆がテトラに何かを言っている。



「あら、そうだったわ。前回はそれで殺してしまったものね。気をつけないと。ありがとう、スチュワート。」



そう言って、持っていた臓物を腹の中に戻し、秋人の顔に手を当てる。

ぼーっとしていた秋人は、手をかざされるとゆっくりと眠りについた。



「前回みたいに死んでしまったら、また計画が遅れるところだったわ。」



そういうと、テトラは再び作業に戻り始めた。

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