王都編 1-20 夢の中で会いましょうpart2


「君、今死にかけてるよ。」



暗闇の中、スポットライトが当てられ、春樹はポツンと座っている。

目の前には、またも理解し難い発言をしている、ストライプのスーツを決め込んだ女性が立っている。



「…また、あんたか。」



侮蔑まじりに言ったはずだが、ミウルは「いやぁ、それほどでも」といったように照れ臭そうな仕草をしている。



「いちいち、仕草が癇に障るな。てか、"死にかけてる"ってどういう意味だよ。」


「言葉の通りだよ。君は今まさに、死のうとしている。」



春樹はその言葉に顔をしかめる。



「言っている意味がわからない。俺はここにいるじゃないか。」


「そうさぁ。ここは君の深層心理。まだ死んでないのだから、ここにいる君が無事なのは当たり前だよ。」



ーーーやはり、こいつの言っている意味がわからない。



春樹はミウルの言葉に苛立ちを感じる。



「はっきり言ってくれないか。今、俺はどういう状況なんだ。」



春樹のその問いかけに、ミウルは少し考える仕草をして、口を開いた。



「聞いたら、ショックを受けるかもよ?」


「いいから、早く教えてくれ。」



ミウルは、ウンウンと頷いて、指を鳴らすと、手元に鏡のようなパネルが一つ、現れる。それを春樹に渡して、



「絶望するなよ…」



そう耳元で呟くと、パネルにはある絵が映し出された。



「???こっ、これって…俺か…?」



パネルには、右目を潰され、右肘から先がなくなり、顔の至る所から血を流して、倒れている自分が映し出されている。

生きているのが不思議なくらい、凄惨な有り様で、そばに来たクラージュが、止血をしてくれているのが見える。

ウェルがきて、背中に載せられ、外に運ばれて行った。


そこまで映すと、パネルは消えてしまった。

ぼーっと立ち尽くす春樹に向かって、ミウルが声をかける。



「絶望したかい?これは事実だよ。君は刺客に襲われ、相当な深傷を負っている。どうやら、ルシファリスの元へ運んだようだけど、果たして…間に合うかなぁ。」



相変わらず他人行儀な振る舞いで、春樹へと話しかけるミウルに、放心していた心に火がついた。



「お前…なんでそんなに他人事のように言ってられる。俺が死ねば、お前もここにはいられないはずだ…」



ミウルはその言葉に、感心したように頷いて、



「なんだ。意外と冷静じゃないか。その調子なら、説明しても大丈夫そうだね。」



ミウルはそう言って、春樹の同意を得ることなく、現在の状況を説明し始めた。






「と、言ったところかな。」



法陣の訓練をしていたこと。

訓練で気を失い、館へ運ばれたこと。

目を覚ますと、使用人が殺されていたこと。

刺客に鉢合わせたこと。

春樹自身が、刺客を撃退したこと。


ミウルは、春樹が理解しやすいように、丁寧に説明していった。春樹はそれを全て聞いた後、大きくため息をつく。



「このまま、死ぬのか?俺は。」



自分でも、なぜここまで冷静なのかよくわからないが、率直にミウルに尋ねる。



「君は、死を受け入れつつあるんだね…」



急にミウルに言われて、春樹は少し驚いたように目を見開いた。


しかし、その言葉は当たっている。

この世界に来てから、いろいろなことがあったが、そもそも自分は"死"を受け入れていなかった。だから、命を狙われていると聞けば、理不尽だと憤慨した。


だが、それは現世界での認識であって、この世界は、別の世界だ。

全てが現世界とは違う。

全ての考え方が違う。


それがたとえ、命であってもだ。



「自分だけは死なないなんてのは、傲慢だってこと、理解したよ。」



春樹はミウルにそう告げる。

それを聞いたミウルは、ニヤリと笑って、



「良いね。その考え方。嫌いじゃないよ。しかしねぇ、君がこのまま死ぬのを、黙って見ている訳にも、いかないんだなぁ〜。」



と言って、額に手を当てて天を仰ぐ。そんなミウルに春樹は訝しげな顔をして、



「どういう意味だ。まるでお前が俺を助けられるみたいな言い方だな…」


「んー、正確には"僕が"ではないんだけど。半分あたりかなぁ。」



チッチッチッと指を振って、ミウルはウインクをする。



「君は、自分で生き延びるのさ。僕の力でなく、自分の力でね。」



ビシッと春樹を指差し、ミウルは物申すといったような仕草をする。春樹は理解できないといった顔で、ミウルを見つめている。



「だ〜か〜ら、そんな目でみつめるなよぅ。恥ずかしいじゃないかぁ。」



再び話を濁そうとするミウルに、春樹は促すように、



「ふざけるのはもういいから、話を続けてくれ。」



そう冷静に告げる。



「…そうかい?残念だなぁ。でもまぁ、確かにふざけてる時間もあまりないか。」


「…どういう意味だ。」


「いやさぁ、君の肉体はこうしている間にも、"死"と向き合ってるわけだよ。ここは君の心、深層心理の中だよ?そろそろ影響が出てくるはず…」



ミウルはそう言うと、何かを見つけたように、春樹の後方へと視線を向け、帽子を被り直して、



「ほうら、来たよ。」



と告げる。

春樹は「何いってんだこいつ」と言うように、ミウルを一瞥し、後方へと向き直り、その目を疑った。


ここは元々、暗闇の空間である。

春樹とミウルには、何故かスポットライトが当てられているが、それ以外周りには深淵が広がっている。しかし、その深淵よりも、濃い、濃ゆい闇が、視線の先から、こちらに向かって伸びてきているのが見える。



「なっ、なんだあれ!」


「驚くことはないよ。"あれ"は君の中に訪れた"死"だよ。」


「しっ、死だって?」



春樹はじっとその闇を見据える。

轟々と静かに蠢めいている闇。

触れれば、命を吸い取らてしまいそうなくらい、悍ましい様子でこちらへと、ゆっくり手を伸ばしてくる。



「目を逸らすなよ。周りの闇よりも、中にいる奴の方が、厄介だから。」



春樹は、ミウルの言葉に耳を傾けつつ、闇から目を逸らせず、生唾を飲み込む。

闇との距離が徐々に縮まり、10m程のところまで来たところで、闇の歩みが止まった。

そして、中から1人の人間が姿を現す。


真っ黒な外套と同色の装束。

三つ編みの赤毛。

幼さを象徴するようなそばかす。


そして、忘れもしないその眼。

おっとりとした優しさの中に潜む、ドス黒い闇に染まった視線。


その女は、両手には小さな斧を待ち、静かに笑みを浮かべて立っている。


春樹の鼓動が、無意識に早くなる。



(あいつだ…何故ここにいる…)



額や背中、ありとあらゆる場所から汗が噴き出していく。息苦しさを感じる。まるで、喉が張りついたように、言葉を発することができない。


ミウルは、そんな春樹に後ろから近づいて、耳元に顔を近づけ、囁くように告げる。



「あれはね、君の"死"に対する恐怖が生んだ死の象徴さ。あれを克服できなければ、君は死ぬのさ。」


「…俺の中の…死の…象徴…」


「そうさ。"あれ"はここでも、君を殺しにくるよ。君はそれを防いで、あいつを倒さないといけない。とは言っても、君だけなら、ほとんど勝ち目はないと思うよぉ。」


「……。半分当たりってのは、そう言うことか。これから…どうすればいい?」


「君は本当に理解が早いなぁ。そういうところ、本当に気に入ってるんだよ。ハハ。」



ミウルはそう言って春樹の横に立ち、持っていた杖をカツンっと地面に打ちつける。

こちらを笑顔で見据えている、その女に視線を向け、



「僕の魔氣を分けてあげるから、"あれ"を自分で戦って、倒しなさい。」



今まで聞いたこともないような力強い声で

、春樹へと檄を飛ばした。

その瞬間、闇の中に佇んでいた女が、春樹に向かって突進してくる。



「ちょっ、そんな急に言われても!」



向かってくる女に対して、ワタワタなっている春樹に、ミウルは静かに告げる。



「想像するんだよ。得意だろ?」



その言葉を聞いて、春樹はグッと目を閉じて、相手の攻撃をどう耐えるのか想像する。


そんな春樹に対し、何の躊躇もなく、女は斧を振り下ろす。


斧が春樹に当たる寸前ーーー


ガキンっと大きな音が響き渡る。春樹が恐る恐る目を開けると、笑ったままの女の顔が目の前にあり、春樹の顔との間に、薄い緑色の障壁が存在していた。

女から繰り出された斧は、その障壁に防がれ、ギリギリと音を立てている。

女の顔に釘付けになっていた春樹は、自分の両手が何かを握っている感触に気づき、目を向ける。



「たっ、短剣?」



綺麗な刃文をもつ真っ黒な刃。

独特な黒い光沢からは、妖艶さを漂わせている。

どこかで見たことがある短剣が手には握られている。しかも二刀も。



「…どんな想像をしたんだい?」



ミウルは少し驚いたように、春樹は声をかける。



「…いや、こいつの攻撃を防ぐことと、あの斧に負けない武器って。」


「それだけ?」


「それだけ…」



その言葉を聞いて、ミウルは額に手を当てて天を仰いだ。



「君ってやつは、どこまで規格外。まぁ、僕の魔氣の影響もあるか。とはいえ、そんな単純な想像で、そこまで具現化できるなんて、普通はあり得ないんだよ。」



ミウルの言葉に、春樹は呆けた顔をしたままだ。



「…まぁそのことは、今は置いといて。目の前のこいつを、倒すことに専念しようか。」



ミウルに同意して、障壁のことなどお構いなしに、斧を何度も打ち付けている女に視線を向ける。



「今度はお前の好きにはさせない。」



春樹は勇気を振り絞って、女に声をかけると、女は振り上げる斧を止め、春樹に向かって、笑顔を向ける。

その笑顔が、徐々に醜悪な笑みに変わり、目の色も赤と黒に変わっていく。

人の皮を被った化け物のような様相に、春樹は一瞬怯むも、頭を振って気合を入れ直す。


女は後ろへと一旦退いて、体制を立て直すと、唇を一回り舌舐めずりする。

春樹はその様子を伺いつつ、二刀の短剣を構える。



「ハハハ、様になってるじゃないか。」



ミウルの野次も聞こえないほど、春樹は集中して思考を巡らせる。いつのまにか障壁は消えていた。



(斧はどこにくる。あいつの動きを思い出せ。)



女はニタニタ笑いつつ、1本の斧をクルクルと上に投げ、キャッチを繰り返し始めた。




(こいつとの出会い…一撃目は腹だった…。だが、死に1番近い場所は、そこじゃない…)



女はまだ斧を放ってはキャッチを繰り返している。



(…メイド、エマさんは首を切られていた…。首…一撃で殺せるところ…)



その考えが頭をよぎった瞬間だった。女は斧をキャッチするとともに、春樹に向かって一直線で、突進してきた。



「でぇぇぇい!どうにでもなれだぁぁぁ!」



そう言って、春樹は女を迎え撃つのであった。

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