王都編 1-17 死の感触①

ーーー目の奥が熱い…

ーーー眼球が破裂したように熱いのだ…



気づくと視界は真っ暗だ。耳も聞こえない。


自分に何が起こっているのか、全く理解できていない。ただ、右側の目から熱気を感じ、暖かいものが耳の方へ流れているのがわかる。

左目は…霞んでいて見えない。


自分の目が、どうなっているのか確かめたくて、右手を動かす。が、触れたと思ったはずなのに空を切る。そのまま力が抜けて、右手は地面に着地する。


今度は左手を動かそうとするが、力が入らず思うように動かない。


不意に、息苦しさに襲われて、忘れていた呼吸をしようと試みる。

すると、鼻の中から生暖かいものが流れて出て、呼吸を拒みながら、頬を伝っていく。


息がしづらい…


そう感じた瞬間、今度は喉の奥から込み上げてくる何かに、咽せってしまう。鉄臭い生暖かいものが、口の中からゴボゴボと溢れ出て、顎から首にかけて流れていく。


咽せったせいで、余計に息ができない。

必死で呼吸をしようとすると、今度は饐えた酸っぱい臭いの何かが、意に反して胃から上がってくる。


気分が悪い…

上がってくる何かを、必死に押さえ込む。


そのうち今度は、暗闇の中にチカチカと発光する火花のようなものが見え始める。


声を出したくても、お腹に力が入らない。


頭が痛い。

脳味噌の中で、誰かが殴っているかのような、そんな鈍痛を感じている。

右肘から先は、火で焼かれているかのように熱いのに、それ以外の感覚はない。


そうして、意識がグラグラ揺れて、すべての感覚が麻痺してくる。



(…なんだか眠くなってきた…)



自分の状況を理解できないまま、春樹の意識は、深淵へとゆっくり沈んでいく。



ーーー起きなさい!

ーーー死ぬなんて許さないわ!



遠くで、誰かの声が聞こえている気がする。

でも、誰の声かわからない。


その声を薄らと感じながら、春樹の意識は、そこでプツリと切れた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



ウェルと朝食で話した後、クラージュを加えて、3人で訓練を行う場所へ移動した。


ヴァンから少し郊外へ進んだ場所。

岩が多く、ほとんど草木は生えていない。


春樹たちが訓練の場所に選んだところは、いくつかの大きな岩で囲まれた、ソフトボール場ほどの広さの場所だ。



「まずは法陣の扱いになれるよう、法陣を発現したまま、維持する訓練です。」



クラージュはそう言うと、法陣を発現させる。



「理想は…そうですね、意識せず発現したまま、1日過ごせること、ですか…」



さらりとやばいことを言ってのけるクラージュに、春樹は苦笑いしかできない。

とはいえ、やるしかないのだから、仕方がない。


気を引き締め直し、法陣をイメージして、手の平に意識を集中させる。

手の平がじんわりと温かくなり、光の円が現れる。



「そのまま維持してみてください。」



クラージュの言葉に頷いて、法陣への集中力を高める。

しかし、



「ーーーくっ…ぐぬぬぬぬ…ーーーだぁぁぁ!」



ものの数秒で、法陣がその姿を消してしまう。

悔しがる春樹に、クラージュが話しかける。



「魔力で描く法陣とは違い、魔氣での法陣は、綿密に想い描かなければなりません。」



クラージュは、そう言いながら手の平の上に、いつくかの図形を作り出した。五芒星や円、5原則のシンボルなどを、順番に作っていく。



「昨日も話しましたが、法陣の基礎となるシンボルを、しっかりと想い描くことが重要です。今日はそこから始めましょう。」



春樹はクラージュの言葉に頷いて、



「まずは基本となる円と五芒星だっけ…」



思い出せるシンボルを、落ちていた枝を使って地面に書き記していく。



「次に火が三角で、水が逆三角っと。あとは…」



春樹はぶつぶつと呟きながら、残りの3原則のシンボルを描き終える。その様子を伺いながら、クラージュが、



「ハルキ殿、言い忘れておりましたが、あなたの場合は五芒星よりも、六芒星が良いかもしれません。」


「え?そうなんですか?でも、五芒星って5原則の5だと思ってたけど…六芒星となると、あと一つはなんだっけ…」


「付属性ですよ。」



クラージュの言葉に、春樹は納得と言った表情を浮かべるが、すぐに疑問がでてくる。



「でも、五芒星と六芒星の違いって…」


「簡単なことで、五芒星とは、5原則の魔力回線です。それを六芒星にすることで、付属性に直接回線を与えて、扱いやすいようにするのです。普通、付属性は回線を要さないほど、微々たる量しか使われません。しかし、ハルキ殿ほどではないですが、稀にいるのです。付属性の扱いに慣れぬものが。」


「はぁ〜、なるほどなぁ。」



クラージュの説明を聞いて、納得しながら地面に書いた五芒星を消し、六芒星に書き換える。



「じゃあ、さっそく。」



そう呟いて、再び手の平へ意識を集中させる。温かくなる手の平を意識しつつ、頭の中で、ひとつひとつのシンボルを思い描いていく。


春樹の手の平に、再び光の円が輝き始める。それを確認して、春樹は集中力を高めて、維持することに専念する。


しかし…



「ーーーくっ…ぐぬぬぬぬ…ーーーだぁぁぁ!」



結果はさっきと同じ。

数秒もすると、法陣はきれいさっぱり消えてしまう。



「あぁ〜くそぉ!」



春樹は頭を掻きむしりながら、空を見上げると、真っ白な雲がゆっくりと流れていく。



「"死ぬ"気でやってみろか…」



今朝のウェルとの会話を思い出す。


まだだ…

まだ足りていない…

"死ぬ"気が足りない…


目を瞑り、もう一度集中する。頭の中に

必要なピースを思い浮かべていく。

手の平に全神経を集中し、光の円を発現させる。



「ここからだ!」



頭の中に、法陣を維持するイメージを浮かべる。

すぐに手が震え出して、法陣が消えかかるが、春樹は今までにないほどの集中力を発揮して、持ち直す。



「ーーーぐぬぬぬぬぬっ」



こめかみには血管が浮き出している。顔もどんどん赤みを増していく。

それに比例するようにか、法陣の輝きが増し始める。


見ていたクラージュは、驚きを隠せない。

昨日も、初めから法陣を発現できていた。普通は、毎日毎日イメージする時間を長くして、少しずつ法陣を維持できるようにするのだ。


まだ、訓練を始めて2日目だというのに、少しコツを得ただけで、ここまでの成長を見せる春樹に、些か恐れすら抱くほどだ。


額から、一筋の汗が流れることに気づくと、ウェルが横にいて、嬉しそうに春樹の様子を眺めている。



「ハルキ殿へ、何を伝えたのですかな?」


「いえいえ、大したことは言ってないですよ。ただ、心構えというか、"氣"構えをちょっとですね。」



えへへと言ったように、ウェルは頭をボリボリ掻いている。クラージュは髭を触りつつ、春樹へと視線を戻す。


こめかみから浮き出た血管からは、血が吹き出す。鼻からも尋常ではないほど、血が流れている。白目は真っ赤に充血し、今にも破裂しそうなほどだ。



「ーーーぐぐぐ…うぅぅがぁぁぁ!」


そして、春樹は吠えた瞬間、その場に仰向けに倒れ込んだ。



「…ハァハァハァ…」



まるで、10kmマラソンを全速力で駆け抜けた後のような、息苦しさを感じ、大の字のまま、必死に肺へと空気を送り込む。

そんな春樹へとクラージュは歩み寄り、



「新記録ですな。」



と、一言告げる。


鼻血を流しながら、Vサインをする春樹に対し、微笑みつつも末恐ろしさを感じながら、春樹を見据えるクラージュへ、ウェルが話しかけてくる。



「これからが楽しみですね。」



クラージュは、その言葉を流しつつ、髭をさするのであった。

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