王都編 1-16 振り返って決意
ルシファリスたちと研究所で話した次の日から、俺の、法陣と魔氣のコントロールを学ぶ訓練が始まった。
まずは、法陣からだ。
法陣とは、基本の形は二重の円から成り、その中に五芒星や六芒星のような図形や、5原則のシンボルである三角形や逆三角形など図形、文字などが描かれることで、構成される。
元々法陣は、この世界で5原則に関わる精霊を召喚するために使用されていたものらしいが、時を経て、人々は自分の魔力を法陣で変換し、自ら事象を発現させるまでに、その技術力を進化させてきた。
そもそも、精霊を召喚していた時代では、地面や紙に直接法陣を描いていたらしいが、どこかの天才が魔力を使って、宙に描くことに成功し、その技術が世界に普及したのだという。
じゃあ、魔力がない俺には描けないのでは?
そう思うのが普通だが、そこで出てくるのが魔氣の存在だ。
魔氣とは前にも説明した通り、魔力とは全く別のものだ。
と言っても、似て非なるものという方が正しいか。
魔氣は生命力のようなもので、魔元素を体内に取り込んで蓄える魔力と違うのは、自身の意図では蓄えられない。単純にその使用者の命の力、生きる意志に近いらしい。
また、その扱いは非常に難しい。完璧に扱える者は、この世界には未だにいないと言われている。
ルシファリスやクラージュでさえ、完璧に扱えないと言っていた。
なぜならば…
理由は簡単で、使い過ぎると寿命が縮む。
要は死ぬのだ。無理して使って死んでしまっては、本末転倒である。
ただし、コントロールできるようになれば、最小限の魔氣を、効率的に使用できるのだという。そして、これが使えるのと使えないのでは、発現した力の威力や精度に、天と地ほどの差がつく。
なので、みんな少しでも使えるように、訓練を行うというわけだ。
………
と、これまで聞いて学んだことを、俺はノートに書き記しています。
今はベッドの上です。
気付いた時にはここで眠っていて、目を覚ました時に、付き添ってくれていたリジャンから「学んだことを記しておけ。」と紙を渡されました。
なので、今復習をしているところです。
「っう…」
ペンを走らせていた右手に、軽く引きつったような痛みを感じる。
体中がバキバキに痛い。
目覚めて最初の数時間は、骨が折れてるのではと思えるほど、痛くて動けなかった。瞬きすら、痛みを感じるほどだった。
少しずつ体が動くようになってきて、リジャンに言われた通りに、思い出せることを書き記している。
春樹は「ふぅっ」とため息をつく。
訓練のことは、あまり思い出せない。
法陣の発現までは、うまくいっていた気がするのだが。
確か基本となる法陣を思い浮かべて、魔氣を頭で練って、それを手元に発現させる訓練だったはずだ。
そこから後、どうなったのか。
思い出せるのは、最後に感じた地面の冷たさだ。
おそらくそこで、意識が飛んだのだろう。
(初日からこれでは、先が思いやられるな…)
春樹はそう感じて、窓の外に目を向ける。
夕陽が差し込む窓の外からは、馬車が通る音など、未だ街の喧騒が忙しく聞こえてくる。
物想いにふけって外を眺めていると、ドアをノックする音が聞こえ、扉が開く。
「あら?倒れたっていうから来てみれば、元気そうじゃない。」
ルシファリスは部屋へと入り、扉を閉めながら春樹に声をかける。
「…法陣の発現までは、できたと思うんだけどなぁ。」
春樹はルシファリスには目を向けず、外を見ながら呟く。ルシファリスは、春樹のベッドへ近づき、近くの椅子に腰を下ろし、
「何?落ち込んでるわけ?相変わらず弱っちいやつね。」
その言葉に春樹は少しイラッとして、
「うるせぇなぁ。なんもかんも初めてなんだから、法陣を発現できただけでも大収穫だろ?」
と、ルシファリスを一瞥する。
ルシファリスは「ふん。」とだけ漏らして、
「…予想以上よ。」
とだけ静かに呟く。
「え?なんか言ったか?」
その呟きは、春樹の耳には届いていない。
「別に。何でもないわ…。」
ルシファリスは、そう春樹へと返答する。
少しの間が空き、ルシファリスは再び春樹に話しかける。
「クラージュから、訓練の時のあんたの状態を聞いたわ。」
その言葉に、春樹はルシファリスへと視線を移す。
「法陣の発現は、問題ないと言っていたわ。基本形は、素晴らしく綺麗に描かれていたと。応用できるようになるのも、時間はかからないともね。」
春樹は少し嬉しそうに、笑みを溢す。
「ただ…」
ルシファリスの声色が低くなったのを感じ取り、春樹の表情が曇る。
「その"後"が問題ね。」
「その後か…」
春樹も理解していたというように頷く。
法陣を発現できたところまでは覚えているのだから、そこまでは大丈夫だったのだろうと、薄々だが感じていた。だが、その後の記憶がないということは、そういうことなのであろう。
ルシファリスも、みなまで言わず話を続ける。
「とはいえ…まずは法陣の発現にかかる負担を減らすのが先決ね。一瞬で出せるようになるまで、繰り返し訓練なさい。」
ルシファリスはそう言うと、ゆっくりと立ち上がる。
「ひとつだけ朗報があるわ。そのバングル、ちゃんと機能しているそうよ。」
そう言い残すと、ルシファリスは振り返ってドアへと向かう。その背を見ながら、春樹は呼び止めた。
「…来てくれて、助かった…」
その言葉にルシファリスは振り返る。
春樹を見てニヤリと笑みを浮かべ、
「まぁ、せいぜい頑張りなさい。あんたの為でもあるのだから。」
そう言い残して、部屋から出て行った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
次の日の朝、目が覚めると、不思議にも体の痛みはほとんどなくなっていた。とはいえ、頭は少し重たく、気怠さが残っている。
ベッドから起き上がり、軽くストレッチを行っていると、ノックが聞こえて、クラージュが部屋に入ってくる。
「おはようございます、ハルキ殿。体の具合はいかがですか?」
「おはようございます、クラージュさん。驚くほど、調子がいいです。100%とはいきませんが…」
「それは何よりです。今日もまた訓練ですが、その状態なら大丈夫そうですな。」
「ルシファリスからも激励されましたからね。あいつは自分のためのつもりかもしれませんが、俺は俺のために頑張ります!」
春樹がそう言うと、クラージュはにっこりと笑い、
「朝餉の準備ができておりますよ。まずは体力をつけましょう。」
と、着替えてくるよう促して、そのまま部屋から出て行った。春樹はササッと着替えを行い、部屋を後にする。
二階から階段を降りたところで、朝ご飯の美味しそうな匂いが漂ってくるのを感じる。お腹に急かされて食堂へと踏み入れると、すでにウェルが朝食にありついていた。
「ウェルさん、おはよう。」
ガタッと椅子を引いて、春樹はウェルの対面に座る。
「おはようございます、ハルキ様。」
ウェルは返事をしながら、ガツガツと食べ物を絶え間なく口へと放り込んでいく。食卓には果物や野菜、魚に肉など様々な料理が並んでおり、朝ご飯というより、ディナーという方がふさわしいラインナップである。
春樹はテーブルに並ぶ料理から、思い思いの物を皿へと選び取り、ナイフとフォークを使って口へと運んでいく。
ガツガツと食べ続けるウェルを見ながら食事をしていると、クラージュがスープとドリンクを持ってきてくれた。
「どうぞ。」と、丁寧にテーブルへとそれらを置くと、クラージュは春樹に向かって話しかける。
「食事がお済みになりましたら、出発いたします。また呼びに参りますので、たくさんお食べになって、力をつけてください。」
「わかりました。クラージュさん、ありがとうございます。」
春樹の言葉ににっこりと笑って、クラージュは食堂から出て行った。
クラージュを見送り、春樹は再び食事を始める。
その間にも、ウェルはずっと食べ続けている。
(さすがというか…すげぇ量を食べてんな。)
そう思いながら、春樹もゆっくりと味わいながら食事を続けていると、ドシンっとテーブルが鳴り、ウェルの手が止まった。
びっくりして視線を向けると、ウェルの口からは魚の尻尾が見えており、それを爪で摘んでゆっくりと口から滑り出していく。最後には、綺麗に骨のみ残された魚が姿を現した。
「くわぁぁぁ、食べた食べた。あっ、ハルキ様、おはようございます。」
「おっ、おはよう…」
(あれ…?挨拶…したよな?)
そんな春樹をよそに、魚の骨を爪楊枝がわりにしながら、ウェルは話し続ける。
「昨日は大変でしたねぇ。倒れられたんでしょ?聞きましたよ。」
「そうですね。どうも訓練途中で、気を失っちゃったみたいで…そのまま訓練は中止になっちゃいました。」
そう肩を落とす春樹に向かって、ウェルは揚々と話すかける。
「いやいや、そんなに気を落とさずとも、何事も失敗の繰り返しです。私なんか、工房での失敗は星の数ほどありますよ。失敗すると課題が見つかりますから、まずそれを解決する。そしたら今度は違う課題が出てくる。それを繰り返して繰り返して、形が作られていくんです。」
ウェルの言葉に頷きつつ、心の中にモヤモヤと引っかかっているものを、春樹は吐き出せずにいる。いつのまにか食事の手も止まり、皿の上のウィンナーが、春樹を慰めるようにこちらを伺っている。
その様子を見たウェルは、
「何か悩みがあるんですね?」
ウェルにそう言われて、春樹はハッとする。
魚の骨を皿に置いて、ウェルは春樹を見つめる。
その視線に押されるように、春樹は話し出した。
「ルシファリスに言われたんです。力を使いこなせなきゃ、死ぬって。それが頭の片隅に引っかかっていて…本当にこのまま何もできず、死ぬかもって思ってしまう。昨日の訓練でも、それが怖くて、どことなく焦ってしまったというか…」
ウェルは腕を組んで、春樹の話に頷いている。
「すぐには習得できないことなんて、わかってるんですけど…ひとつ失敗する度に、焦りが募るんです。"死"に近づいている感覚というか…こんなにも"死"が身近にあることなんて、今までなかったから。」
春樹は、うまく言い表せない自分の心の内を、ウェルへと伝える。
ウェルは少しの間黙って、目を瞑っていたが、少しのため息を吐き、春樹へと視線を向ける。
「…だったら、一度死んでみたらいいんです。」
思いもよらない言葉に、春樹は驚きを隠せなかった。
「失敗が続くときは、ハルキ様のように心に"迷い"があるときです。そんなときは一旦、"どうなっても構わない"ぐらいの気持ち、でやってみたらいいんです。悩んで失敗するより、そっちの方が数段に良いです。」
春樹は無言で話を聞いている。
「今の時点では、ゴールが"死"なんでしょ?だったら、いつ死のうが一緒じゃないですか。私なら死んででも成功させますけどね笑。それに、人はそんなに簡単には死にませんよ。」
非常に盲目的で、短絡的な考えだと春樹は思う。
しかし、ここが異世界であること忘れてはならない。現世界とは全く違う世界なのだ。
ウェルの言っていることは、ある意味で正解なのである。"死"が常にまとわりつく世界で、自分は死なないという考えこそ、逆に盲目的だと言わざるを得ないのだ。
春樹は少し悟ったように感じた。
"死"を怖がっていては、この世界では生きていくことはできない。現世界での当たり前は、この世界では通じない。自分の横にも常に"死"が潜んでいて、簡単に命を刈り取っていくのだ。
"死"とともに生きる…
ではないが、"死"の存在を受け入れて、それと向き合うこと。
それに気づかされたのだった。
春樹は、ウェルに再び視線を向ける。
「おぉ、良い眼になりましたね。」
熊なのでいまいち表情はわからないが、微笑んでくれているのはわかった。
「"一旦死んでみろ"…か。ウェルさん、ありがとう。なんとなくだけど、心が晴れた気がする。」
そう言って春樹は、立ち上がる。
「やる気が出てきて何よりです。今日は私もお供しますので。」
ウェルはそう言いながら、大きな体をゆっくりと持ち上げる。そして、皿の上のパンを1つだけヒョイっと取り上げて、春樹へと放った。
春樹はそれを、ぎこちなくキャッチする。
「もう少し食べた方がいいですよ。」
ウェルはそう言いながら、自分もパンを取り上げて口へと頬張るのであった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
春樹は暗闇の中、ポツンと座っている。
気づいた時には、ここにいた。
ここがどこなのかわからないが、なんとなく見たことがあるような場所。
さっきまで自分が何をしていたか、よく覚えていない。ウェルたちと訓練に出かけていたはずだが…
座ったまま上を見上げると、星空が小さな円の中に映し出されている。
視線を再び前へと移すと、そこには金髪の女性が立ち竦んでいた。
「oh〜、なんてことだい。」
そう言いながら、その女性は上を向いて額に手を当てる。
春樹はその仕草を見つめたまま、呆けたように座っている。
「…まぁ、記憶がないのだから、その反応も致し方ないか。」
指の間からチラッと春樹を見て、姿勢を正し、再び春樹へとこう告げる。
「君、いま死にかけてるよ。」
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