王都編 1-15 それぞれの思い



館への帰路。


春樹はボーッと歩いている。

そんな春樹に、誰かが声をかける。



「よう、ハルキじゃねぇか。辛気臭せぇ顔してるじゃねぇよ。」



後ろから声をかけられ、ハッとして春樹は振り向いた。


そこには、頭にバンダナを巻き、片目には大きな傷がついた隻眼、口には長い楊枝のようなものを咥え、盗賊のようなボロボロの格好をして腕を組んで立つ男と、鎧を着た"カエル"が立っていた。



「よぉ、ガルザにエルカ。こんなところでどうしたんだよ。今日は仕事はいいのか?」


「今日はよ、めずらしく休みなんだぜ。だからエルカと昼から飲もうと思って、店に向かってたところだ。」



このガルザとエルカ、見た目は百歩譲っても傭兵にしか見えないのだが、何を隠そう"商翔団"の一員で、ガルザに関しては一個小隊の隊長を任されている。ちなみにエルカはその小隊の副隊長だ。

2人とはここ、ヴァンに来てすぐ、夕食の時に訪れた酒場で出会った。その日、2人は商翔団の仕事を一段落させ、久々のヴァンでの夕食にありついていたところに、春樹たちが現れたというわけだ。

ちなみに、春樹に"商翔団"のことを教えてくれたのが、この2人である。



「休みなんてほんと珍しいな。俺からすれば"商翔団"なんてブラック企業にしか見えないんだが。」


「そのブラックなんちゃらってのはよくわからんがな。うちの大隊長が今日から1週間、俺らの小隊に休みの命をくだしたからよ。まぁ、理由はよくわからんのだが。」



ガルザは、含みを持つような言い方をする。



「でもまぁ、たまの休みなんだから、気にせず羽を伸ばせばいいじゃねぇか。」


「まぁ、それはそうなんだが…ところでよ、お前は何してたんだ?そんなしけたツラしてるなんて、らしくねぇじゃねぇか。」


「…まぁ、俺にもいろいろあるんだよ。悩みの一つや二つくらいあるっつぅの。」



春樹はそう言って、手を頭の後ろに上げて、ハハハと笑う。

すると、エルカが急にガルザに耳打ちをする。

ガルザはそれに頷き、春樹に声をかける。



「エルカが、せっかくだから飲みにいかないかってよ。どうよ?俺らでも、解決できる悩みがあるかもしれねぇぜ。」



そう言ってガルザは、ガハハっと大きく笑う。

春樹は少し考えてから、



「一応世話になってる身だし、クラージュさんに確認してみるわ。行けたら行くから、店の名前と場所、教えてくれ。」



そうして、ガルザたちから店の情報を確認して一度別れ、春樹は館への歩みを進めるのであった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



夕暮れ時の深い森の中、木々の間には静かにそびえ立つ、一つの古い館がある。

周辺には街灯もなく、夜になれば一面が深い闇に飲み込まれるであろう。

遠くを見れば、巨大な樹木が天へと立ち上がっている。


その館の2階。

1つの部屋から、明かりが漏れている。


部屋の中では、いくつかの本棚が並び、上から下まできれいに整列した本たちが、静かに眠りについている。

部屋の中央には応接用の低めの机と、それを囲むソファが設置され、高級そうな絨毯が敷かれている。


そして、個人用のデスクが置かれており、椅子には1人の隻腕の少女が座っている。少し癖っ毛まじりの金髪を、オールバックで一つにまとめ、肌は少し色黒である。顔つきは、まだあどけなさが残る一方で、着こなした真っ黒なドレスが、大人っぽさを引き出している。


少女は座ったまま、机の上を見据えており、その先には凍ったままの右手が置かれている。


不意に彼女は笑い始める。



「…フフ…フフフ…」



整った顔立ちが、徐々に狂気に満ちた表情へと、変貌し始める。

ニタリと笑うその口からは、獲物を見つけた魔物のように舌が伸びて、唇を湿らせていく。



「楽しみだなぁ…フフフ…」



少しの間、笑みを浮かべて、凍った腕を見ていると、廊下を歩いてくる誰かの足音に気づく。危ない危ないといったように、額から顎まで片手で撫でるように笑みを消して、少女は再び無表情に戻る。


コンコンっとノックが聞こえる。

少女が「どうぞ。」と返答すると、ガチャっと扉が開いて、1人のゴブリンが入ってきた。

メガネをかけ、執事の服装をしており、口元には茶色い髭を生やしている。



「テトラ様、お伝えしたいことがございます。」


「何でしょう。どうしました?」


「北東にある城塞都市で、ある噂を耳にいたしまして。」


「というと?」



テトラと呼ばれるその少女は、ゴブリンに対して問いかける。ゴブリンは周りを気にするように、キョロキョロと視線を動かしつつ、少女の横まで来て、コソっと何かを耳打ちする。



「…そうですか。」



それを聞いた少女は、そう一言呟く。

ゴブリンは少女の耳元から離れ、顔色を伺った瞬間、「ひっ!」と恐怖で彩られた声を上げる。


少女の顔には、その一報に対する喜びからか、先ほどよりも濃い狂気に満ちた笑顔が浮かんでいた。

恐怖で腰を抜かしたゴブリンを尻目に、少女は立ち上がり、窓の外に目を向ける。


いつの間にか陽は落ちて、館の周りは暗闇が佇んでいる。



「※※※※」



外を見ながら、聞き覚えのない言葉で呟いた少女に対し、ゴブリンは震えながら「は?」とだけ聞き返す。

そのゴブリンに目を向けると、少女は再びニタァと笑った。


真っ暗な森に、一つの悲鳴だけがこだましていく。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



ルシファリスとリジャンは、先程の研究所とは別の、小さな部屋で、向かい合って座っている。

テーブルには、お揃いのカップが置かれ、中には紅茶が注がれている。


リジャンは、暖かな香りをほのかに漂わせるカップを手に取り、口元へと運ぶ。

口の中から甘い香りが、鼻を抜けていくのを楽しみながら、そっとカップをテーブルへ戻す。


2人のカップの間には、お皿が一つ置かれており、焼菓子などが並んでいる。

ルシファリスはその一つを手に取る。

焼き立てとは程遠く、少し冷えてしまったそれを眺めながら、リジャンへ問いかける。



「あのバングル、うまく機能するかしら。」



そう言って焼菓子を口へと運ぶ。

リジャンはその問いに、一言だけ返す。



「…あいつ次第だ。」



「そうね。」とルシファリスは頷いて、半分に減った残りの焼菓子を、口へと放り込む。



「もし失敗したら、どうする気だ。」



リジャンの問いかけに、ルシファリスはすぐには答えず、焼菓子を味わうように目を瞑っている。


しばしの沈黙が流れる。


上品に飲み込む仕草をして、カップに手をかけるルシファリスに、リジャンは再び声をかける。



「…まぁ。お前が今まで、失敗したことないのは知ってるがな。今回の判断は、五分五分といったところじゃないか?」



紅茶を一口だけ口に含み、コトっと音を立てて、ルシファリスはカップをテーブルに置く。



「失敗してもらっちゃ困るのよ。あいつにはこの賭けに勝ってもらうわ。殺してでも、成功させるつもりよ。」



そう言ってリジャンに強い視線を向ける。どことなく悲しげな強い意志を感じる視線を。

それに対して、リジャンは「ふん」と呟き、



「死んじまったら、もともこうもねぇだろ。相変わらずだな、まったく。」



と、皮肉めいた返事をして、焼菓子に手を伸ばす。どれにしようか迷っているリジャンに、今度はルシファリスが問いかける。



「ところで、頼んでおいたもう一つのアレ。どうなったわけ?」



それに対してリジャンもすぐには答えず、意中の焼菓子を手に取って、丸々と頬張る。

もぐもぐと口を動かして、笑みを溢すリジャンに、ルシファリスは呆れたように、ため息を吐き出す。


リジャンは、口の中に残る甘さを、名残惜しそうにして、紅茶で締めくくると、



「心配すんなよ。順調に進んでるよ。」



と一言だけ伝える。


ルシファリスはそれに頷いて、焼菓子に手を伸ばした。すると、偶然にも取ろうとした焼菓子に、リジャンが手を伸ばしていた。


互いに手を添えた状態で、目線が合う。



「私が依頼して作らせたお菓子よ。」


「だからと言って、これがお前のである理由がどこに。」


「あんたはそっちのになさい。」


「お断りだ。」



たかがお菓子でと思えるほどに、睨み合う2人。その間には、バチバチと火花が散りそうなほど、視線をぶつけ合っている。

しかし、2人が睨み合っている間に、何者かの手が伸び、スッとお菓子をさらっていく。

ルシファリスとリジャンが、「え?」と驚いた表情になり、忽然と消えたお菓子の行方に視線を向ける。


そこには、焼菓子を美味しそうに頬張るリュシューの姿があった。



「リュ〜シュ〜〜〜。」

「リュ〜シュ〜〜〜。」



2人は声を合わせて、リュシューを睨む。

そのリュシューはというと、2人に気付いて、てへぺろと大きな口から舌を出して、ニヤリと笑う。


少しの間、2人はリュシューに視線を送るも、言っても無駄かというように、諦めのため息をつく。



「ルシファリス様、リュシューも紅茶飲みたいっす。」



満面の笑みでそう話すリュシューに、ルシファリスは「そうね。」とだけ呟いてパチンと指を鳴らす。

すると、戸棚からカップとソーサーのセットがフワフワと飛んできて、テーブルへと着地した。

それにリジャンが紅茶を注いでいる間に、リュシューは椅子を運んでくる。

準備が整うと、3人はカップを少しだけ上に掲げて、静かに紅茶に口をつけるのであった。

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