王都編 1-14 感謝と冷静と死と



春樹は、複雑な気持ちで館への帰路にいた。右の手首には、先程ルシファリスからもらったバングルがつけられている。


先ほどまでいた図書館兼研究所。

そこで、自分の能力とそのリスク、置かれている状況を説明されたばかりである。


もう一度、右手を掲げてバングルを見る。

紅い宝石が、太陽の光で輝いている。

皆に伝えたい感謝の気持ちは伝えられた。あとは期待に応えれるように、力を身につけるだけだ。


そうなのだが…

心の中に、何か府に落ちないというか、心に引っかかるものがある。

しかしながら、いくら考えても、春樹にはそれがなんなのかわからなかった。



「何にせよ、早よせんと死ぬってことか…」



そう呟く春樹の心は、妙に落ち着いている。

先ほどルシファリスにそう告げられてから、春樹の心は、ずっとこの調子なのだ。



「最初の時に比べると、この環境に慣れてきてるのかな。もっと焦ると思ったんだけどな…」



この妙な冷静さと、心の引っかかりの性で、さっきから気持ちが晴れずに、館へ向かって歩いているところであったのだ。


春樹は歩きながら、先ほどルシファリスと睨み合った後のことを、もう一度思い出す。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



睨みを利かせるルシファリスであったが、クラージュの一言で切り替える。


「…まぁいいわ。とりあえず、このバングルについて説明してあげる。単刀直入に言うと、このバングルを嵌めれば、理論上はあんたのその力を制御できるはずよ。」



ルシファリスはそう言うと、バングルを春樹の方へと差し出す。



「まずはつけてみなさい。」



春樹はルシファリスから、バングルを受け取る。

デザインは非常にシンプルであるが、中心に取り付けられた宝石の周りには、見たことがない文字が彫り込まれ、綴られている。

少し観察した後に、右の手首にそれをはめ込む。

腕を上げ、バングルで飾られた手首をまじまじと見つめてみる。



「…うん、悪くない。」


「なにを色気付いてるわけ?」



1人で満足している春樹に、ルシファリスは悪態をつくも、先ほどの反省からか、それ以上は言わずに話を続ける。



「さっきも説明したけど、頭の中で想像した分だけ、魔氣が練成されて法陣へと移動し、事象が発現するの。でも、おそらくだけど、あんたの場合は想像する物事の度合いに対して、練成される魔氣の量が半端じゃないわけ。」



春樹はその言葉を聞いて、制御の効かない力の怖さを思い出す。

少し苦い顔をする春樹を尻目に、ルシファリスは話を続ける。



「そのバングルは、あんたの半端ない量の魔氣を必要な分だけ取り出す"蛇口"のようなものね。訓練次第では、自由に魔氣の量を調節できるようになるはずだから、陽付属性だけしか使えないあんたでも、多くのことができるようになるはずよ。」


「さっきから説明聞いてるとさ、理論上とか、おそらくとか、推測的な表現が多いんだけど、このバングルの効果に確証はないってこと?」



春樹はルシファリスへと、感じていた疑問を投げかけた。それに対し、ルシファリスは春樹の目をじっと見据え、少し間を置いて答える。



「…当たり前じゃない。異世界人の体の中なんて調べたことないもの。あんたの今の状態から、リジャンとあたしで多くの推測を重ねて作ったのが、まさに"これ"なのよ。」


「……たのし……い……………ひと……と…き……」



ルシファリスに続けて、リジャンも答える。いつもよりは喋りが滑らかと言うか、相変わらず目は髪で隠れてほとんど見えないが、口元は少しニヤリとしており、どこか喜んでいるような、そんな雰囲気がにじみ出ている。


おそらく、寝る間も惜しんでこれを作ってくれたのだろう。


春樹はルシファリスとリジャン、それぞれに視線を向ける。そして、小さくため息をつき、改めてルシファリスの目をグッと見据える。

ルシファリスはその視線に、少したじろぐ仕草を見せる。



「…な、何よ。急に真面目な顔しちゃって。」


「いやさ、いつ言おうか迷ってたんだけどさ…」



春樹の心内を悟ったのか、ルシファリスは冷静になり、春樹のその言葉に耳を傾ける。



「いろいろ悪態ついたり、いがみ合ったりしたけどさ、お前には本当は感謝してるんだ。もちろんクラージュさんやリジャン、フェレスさんやウェルさんにもな。本来なら親切にする義理もない俺に対して、いろいろなことを教えてくれたり、提供してくれた。命も守ってもらった。感謝してもしきれないってくらい感謝してるんだ。だから、まずはこれを言わせてくれ。」



そう言って春樹は、1度グッと口を閉じて、唾を飲み込み、



「皆さん、ありがとうございます。」



そう言って、膝に手をつき、腰を折って頭を下げた。

少しの間、その姿勢を保ってから、再び春樹は頭を上げる。

ルシファリスは鼻を鳴らして横を向くが、口元は笑っているようだ。クラージュは仏のようなニッコリとした笑顔を浮かべ、リジャンは小さく手を叩いて…おそらく喜んでくれているようだ。



「あんたにしては…素直ね。私とすれば、あんたがしっかり協力してくれれば、それでいいんだけれどね。でもまぁ、感謝されるのは悪くないわね。」


「お前は素直じゃねぇなぁ。」


「…うっさいわよ。」



春樹はそのやりとりに、ハハハと笑う。

少し肩の荷が降りたような、そんな気がしたからだ。


与えられてばかりではダメだ、その思いはずっと感じていたのだ。施されたのだから、その分施し返す。それにはどうすればいいのか、ずっと考えていた。


王都にきて、多くの人に出会った。

皆、お互いを尊重し、日々生きることに感謝している。1人では生きていけない、絶対に誰かは誰かに関わるのだ。自分が受けた恩は、返すことは当たり前なのだ。返す先が誰であろうと、それが繋がり、やがて、自分に返ってくる。

そうやって生きる街の人々から、学んだこと、いや思い出したこと。


それは"感謝"だった。


それを思い出させてくれた街の人たちに"感謝"

これまで春樹のために、いろんなことをしてくれたルシファリスたちに"感謝"

現世界では忘れていた"感謝の心"を思い出して、春樹は自分の両親や友達のことを思い出す。



(無事に戻れたら…みんなに…この気持ちを伝えよう。)



春樹はそう心に誓ったのだった。



目を閉じて、想いにふける春樹に、ルシファリスが声をかける。



「まぁいいわ。どこまで話したかしら…えっと、そうよ、使い方だったわね。このバングルを使うにあたって一つ、あんたは習得しないといけないことがあるの。」


「…習得すること?」



春樹は目を開いて、問いかける。



「そうよ。それは法陣の"扱い方"よ。」



確かにと、春樹は頷く。

正直な話、法陣の原理なんてわからない。何をもってどうすれば、あんな光り輝く円を発生させることができるのか。その術を春樹が知る由もない。

しかしながら、それを学ばなければ、せっかく持っている力も使えない、まさに宝の持ち腐れなのだ。



「簡単に言えば、"法陣"と言うものはフィルターみたいなものよ。機構で練られ、法陣へと移された魔力と、頭で考えて練られた魔氣。この2つは法陣を通さずに発言させても、何の効果も起こらないわ。」



ルシファリスはそう言うと、右手と左手を自分の胸の位置に移動させる。

すると、右手に水の球が現れた。

ルシファリスの手のひらの上で、ふよふよと浮かぶ水の球に、春樹は小さく感嘆の声を上げるが、左手には何も起こっていないことに気づく。



「左手には何も起きてないけど…」


「触ってみなさい。」



ルシファリスにそう言われ、春樹は彼女の左手をそっと触る。



「つ、冷たい…」



まるで、冬空の下に何時間もいたかのように、ルシファリスの手は冷たくなっているのだ。



「右手は、水の魔力を練っただけ。左手は"冷やす"と言う魔氣を練っただけよ。だけど、その2つを"法陣"を通すことで…」



そう言うと、右手から水の球が消える。

そして、再びルシファリスが、右手を春樹の目の前に掲げると、光の円が現れる。

そして、その上には、冷気を漂わせながら浮遊する、氷の球体が姿を現した。



「改めて見ると、やっぱりすげぇや。この光ってるやつが法陣?」


「ご覧の通りよ。」


「一つ、疑問なんだけどいいか?」



ルシファリスはコクっと頷く。



「さっき触れた左手だけど、そんなに冷たくなかったよな。あれで水が凍るとは思わないんだけど、今回はもっと強く、凍るように念じたわけ?」



その問いに、ルシファリスはニヤリと笑う。そして、春樹の問いに対して、



「…まぁ、そう考えて当然ね。さっきは言わなかったけど、"法陣"の重要性はそこにあるの。言わば、増幅装置みたいなものかしら。だって、冷えろとか、凍れって頭で考えるのは、魔氣を練るとはいえ、思考力や想像力でしかないからね。」



その回答に、春樹はよくわからずに首を傾げる。ルシファリスはそれを見ながら、右手に浮かべた氷の球体をサッと消して、一言付け加える。



「私は"法陣"に通す前と後で、魔力も魔氣の練る"度合い"も変えていないわ。」



その言葉を聞けば、誰でもピンとくるであろう。

増幅装置とはよく言ったものだ。"法陣"とはかなりすごい機能であると、春樹は驚きの声を上げる。



「でもさ、頭で考えることなんだから、ただ単に凍れって念じるだけじゃダメなのか?その、さっきから言ってる"練る度合い"って…」


「魔氣の扱いはそんな単純じゃないわ。想像して発現できるなら、誰でもできるはずでしょ。さっきも言ったけど、あんたの場合は想像する物事の度合いに対して、練成される魔氣の量が半端じゃないわけ。だから単純に念じるだけで、発現ができてるのよ。でも、それは言い換えれば制御できていないと言うことよ。」



そう言って、ルシファリスはソファーにもたれかかる。そのまま、目を閉じて少し間を空ける。

その間が、なんとなく永く思えて、春樹は焦ったように声をかける。



「も、勿体ぶるなって。なんか言いたいことがあるんだろ?お前が間を空けるときは、いつもなんかあるんだから。」



その言葉を聞いて、ルシファリスは目を開く。

そして、相変わらず言葉を選ばない言い方で、春樹に告げる。



「制御できなきゃ、死ぬわ。」


「…はぁ、またかよ。なんか、そんなんばっかりで実感わかねぇ。」


「あんたは魔氣をうまく練れてない。それでも、魔氣は頭の中で練られている。あんたの脳味噌でね。でも、練られる量が半端じゃないから、脳への負担がかなり大きいはずよ。意識して行ったのは、通水式の時の一回だけだから、あまり影響はなかったけど、今後はそうもいかないわ。」


「でも、法陣の訓練しないといけないんだろ。これから何度も使うんだから、やばいんじゃ…」



春樹はそこまで言って、あることに気づく。そして、自分の右手首へと視線を落とす。



「…だから、これか。」


「そうよ。言った通り、それは、あんたの中で練られる魔氣の量を調節してくれるはず。バングルのサポートがあれば、負担を軽減して訓練ができるわけ。」



それを聞いて、春樹はバングルを見つめながら頷いた。そして、まっすぐとした眼で、ルシファリスへと問いかける。



「これから、具体的にどうすればいいんだ?」


「…なかなかいい眼になったじゃない。これからすることは、クラージュに伝えてあるわ。とりあえず、魔氣の練り方、法陣の使い方をしっかり学びなさい。」



その言葉を聞き、春樹はクラージュへと視線を向ける。クラージュは春樹に対して、ニッコリと笑い告げる。



「春樹殿は、強き心をお持ちであられる。ですから、訓練もうまくいく。どちらの習得も必ずできますよ。一緒に頑張りましょう。」


「…クラージュさん、ありがとう。」



春樹はそう伝えて、腰を折り、クラージュに頭を下げ、改めて感謝の気持ちを伝えるのであった。

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