召喚編 1-9 龍とドラゴン
館へ戻ると、玄関にルシファリスが待ち受けていた。
「お連れしました。」
「ご苦労様。」
低頭するクラージュに、ルシファリスはそういうと春樹へと向き直る。
「"龍"がこの街に向かってるらしいわ。」
「クラージュさんも言ってたけど"龍"ってドラゴンのことじゃないの?」
「説明する間が惜しいからとりあえず移動する準備をしなさい。」
ルシファリスはそう言ってクラージュへ目で合図する。クラージュはコクっと頷き、春樹へと声をかける。
「ハルキ殿、こちらへ。」
訳がわからないままクラージュに続き、いつもは通ることのない道順で館内を進んでいく。
そのまま裏口に案内されると、そこにはいつもの面子のほかに1人と1匹、見知らぬ顔ぶれが並んでいた。
「うわぁ!これって恐竜みたいじゃね?」
目の前にいる威容な存在に、春樹は驚きの声を上げる。
「"恐竜"ってもしかして恐い竜ってこと?単純明解な感想に感謝ね。"竜"なのは確かよ。」
春樹の反応にルシファリスが、いつもの調子で答える。
「俺の世界ではそういう種類の竜が大昔にいたんだよ。」
ちぇっといった感じでルシファリスを一瞥し、もう一度好奇心の対象へと目を向ける。
するともう1人の見知らぬ顔が、いつのまにか春樹の横にいることに気づく。
「おわ!?って…君は…誰?」
「リュシューと申します。」
春樹の問いに寸分の間も無く自己紹介をするリュシューだが、一切こちらには顔を向けず、竜を見ながらにんまりと笑う。春樹の半分もない背丈と、被ったフードからもはっきりと見えるギョロリとした大きな瞳、笑う口元からは鋭い牙のが見え隠れしている。
「ハルキ様の移動のお手伝いするっす。」
「あっ…ありがと…う。」
少し不思議な雰囲気に戸惑いつつ、視線を竜へ戻すと再び忘れていた好奇心が蘇る。
こげ茶の艶のある硬質の肌、見上げるほどの巨躯と手足にある鋭い爪、朱色に染まった双眸。
「かっこいいっすよねぇ!」
「あぁ、かっこいいなぁ!」
リュシューの唐突な問いかけにも、初対面とは言えないほど、阿吽の呼吸で対応する春樹。
「艶のある肌が美しいっす!」
「爪の鋭さなんかたまらん。」
「足速いっすよぉ。」
「火吐くのかなぁ!。」
「火傷どころじゃないっす!」
そんな問答を続ける2人を見兼ねて、ルシファリスは大きなため息をつき、
「リジャン!」
「はいよ!」
その言葉と同時に、春樹の頭に衝撃が走った。
「っ痛ぇ!」
思いもよらない衝撃に、春樹は頭を抱えてうずくまる。
「…うぅ、またかよぉ…」
頭をさすりながら、振り向くとリジャンがスリッパを持って腕を組んでいる。
一方リュシューはというと、いつのまにか竜のそばで直立不動、我関せずといったように、まっすぐ前を見据えている。
くそぉっと思いながらも、春樹はリジャンへ声をかける。
「今日は言語学の勉強じゃないのに、なんで"スパルタモード"なんだよ…」
「緊急事態にはこうなるのだ。」
"スパルタモード"
これは春樹が勝手につけた名称である。
リジャンは普段物静かってレベルじゃないほど、無口でコミュ障のくせに、言語学の時は人が変わったように、まるで『This is a Sparta』と言わんばかりに厳しいのだ。
この名称をつけた時も、もれなく叩かれたのだが…
「…勘弁してくれよ。リュシューもいつのまにか逃げてるし。」
「あんたがくだらないことやってるからよ。時間がないの。早く乗りなさい。」
そう言って春樹は馬車の中へ押し込まれ、それに続いてルシファリスとクラージュも乗り込んだ。
リュシューが待ってましたとばかりに御者台に登り、
「行くっす!」
と声をかけると、竜車は動き始めた。
「こんなに急いでいる理由、そろそろ教えてくれよ。」
予想していたよりも、座っている春樹へ伝わってくる振動が弱いことに感嘆の声を上げつつ、春樹は長らく疑問に思っていたことを問いかける。
「"龍"って一体なんなんだ?」
「順を追って説明するわ。」
そう言ってルシファリスがクラージュの方を見る。
それを合図にクラージュが説明を始める。
「本日、別の街の商団がここヴォルンドについたのですが、その者たちがここへくる途中に"龍"を見たと言っているのです。"龍"とは3大厄災のの1つです。歴史上で現れたのは数回、なんの前触れもなく突如として現れ、破壊の限りを尽くします。私も運がいいのか悪いのか、一度だけ見たことがありますが。」
クラージュは髭をさすりながら続ける。
「商団の者が言うには、大樹の近くで地を這う巨大な魔物を見たと。あんな巨大な魔物は見たことがない、歴史に聞く"龍"に間違いないと言うのです。ほとんど伝説のようなものですから、本当に見たことがある者は世界でもほんの一握りでしょうな。ですから、本当に"龍"なのかは未確定です。」
クラージュが終えると、ルシファリスが話し始める。
「商団から聞いた話だと、その魔物の進路はゆっくりとだけど、大樹からまっすぐ南ということよ。」
春樹は少し考えて、
「この街かよ…」
「相変わらず察しが良くて助かるわ。」
「でもなんでこの街から逃げてるんだ?守らなくていいのかよ!?」
その言葉にルシファリスは1度、クラージュと顔を見合わせ、春樹に告げる。
「…目標はおそらくあんたよ。」
「はぁ……?」
ルシファリスの言葉に春樹の一瞬思考が止まる。
聞き違いだろうか。なんで自分にその厄災が向かってくるのか意味がわからない。
「またかよ!何で俺ばっかり!!!」
その理不尽に苛立ち、勢いよく体を乗り出して、ルシファリスへ問いかける。
「おそらく異世界人だから。」
「意味がわからん!異世界人だってことだけで狙われる理由になるのかよ!この前だっていきなり殺されるとか言われた挙句、本当にさらわれそうになるし!」
春樹はさらに声を荒げる。
「つまりはあれだ!俺が狙われてるんだから、俺さえ街から離せば、街の安全は確保できるってことだろ!被害が出ないとこまで連れてってポイってか!?」
悔しさで涙目になりながら、春樹は苛立ちを吐き出していく。
ルシファリスとクラージュから返事はない。
「あーやってやるさ。"龍"でもなんでもかかってこいよ!傷の一つくらいつけてやる!」
そこまで吐き捨てると、今度は悲しみがこみ上げてくる。自分が不幸のどん底にいるような思いが心を埋め尽くそうと拡がっていく。
ドンっと席に座って下を俯く春樹に、ルシファリスは静かに口を開いた。
「…あんたって本当にめんどくさいわね。先走って悲劇の主人公気取り…見ててムカつくわ。そもそも魔物が龍だとは確定していないし。クラージュと私がここにいるのは、もしあんたがその魔物を呼び寄せる元凶なら、こちらにおびき寄せて最大戦力で迎え撃つためよ。もしそいつが龍で、進路が変わらないなら、それは街を諦めるしかない。これが最善で被害が少なく済むの。」
悲劇の主人公。
そう言われ、春樹は自分が恥ずかくなった。
顔が熱い。
確かにクラージュに呼び出された時から、うすうすは気づいていた。その魔物の目標が自分ではないかと。しかし、本心から認めきれてはいなかった。事実から逃げ出そうとしていた。
受け入れられずルシファリスに意味もない怒りをぶつけてしまったことが、今更ながら恥ずかしかった。
得体の知れないものが自分を狙っていることに恐怖するのは当たり前だ。しかし、理由も聞かずになぜそこまで悲観的になっていたのだろうか。
頭の中がごちゃごちゃで、ルシファリスの顔を見ることができない。
そんな春樹に、今度はクラージュが優しく声をかける。
「ハルキ殿、そんなに悲観せず前向きにいきましょう。死への恐怖は誰にでもあります。しかしそれをひとつずつ乗り越えれば、ひとつずつ強くなれるものです。どちらにせよ魔物が"龍"ならどこへ行っても同じなのですから。」
「…それって元気付けてるんですか?」
クラージュの言葉にハハッと少しだけ笑顔になる。
横でルシファリスがため息をつき、
「いい?魔物がどう動くかはフェリスから"伝言"がくるわ。それを待って迎え撃つポイントを決めるから。」
その言葉にひとつだけ疑問を投げかける。
「倒せる…のかな。」
「私とクラージュで太刀打ちできないなら、この国はそれで終わりよ。そして、あんたには特に期待はしてないから安心していいわ。」
ルシファリスはやれやれといった感じで答える。
「…そっか。」
その言葉を聞いて、何故だか逆に自信が出てきた。
ここは、ファンタジーな世界だ。自分の世界では不可能なことが個人にできる世界、未知なる力や考えられない現象etc…
春樹の想像を超えた世界なのだ。
(自分の物差しでなんでも決めるのはよそう。)
そう心に刻み、春樹は竜車の外に目を向ける。
横に流れる景色は思っていたよりもずっと早い速度で過ぎ去っていく。
先ほどまで林の中を駆け抜けていた竜車は、いつのまにか広い平原の真ん中を走っている。
遠くの方に見える山並み、その足元には森が横広に広がっている。
しばしの沈黙が流れる竜車の中。
春樹は何か話題を探しつつ、車内を見渡す。先ほどまで話に夢中で気づかなかったが、内装は意外と綺麗だ。座席に触れると質のよい弾力を感じる。長時間座ってもお尻は痛くならなさそうだ。高くない天井には、小さなランプが備え付けられているし、足元には高価そうな絨毯、窓にはレースのカーテンが備えられ、上部に巻き上げられている。
「この竜車?って、ルシファリス用?」
内装を観察しながらルシファリスに問いかける。
「そうよ。普通は乗せないんだからありがたく思いなさい。それと汚い足で汚さないでよ。」
「相変わらず、一言多いやつだな。」
春樹がぼそっと言うと
「…何か言ったかしら?」
キッと睨み付けるルシファリスに少し怯みながら、
「…ま、まぁそれは置いといて、この竜車ってどれくらいのスピードが出てるんだ?」
「ざっと50レイムくらいですな。」
今度はクラージュが、その問いかけに応える。
「50レイム…というと…?」
「失礼しました。そうですね…馬車のスピードは平均10レイムほどで、大樹までだと…五刻程度かかります。」
(この世界の時間は一刻大体1時間ってとこだ…馬車の速さは大体時速10キロくらいだろ。大樹まで歩いて2日かかるって聞いたから…距離にして100キロくらい…)
計算してみて驚いた。
「てことは時速100キロ!?かっ、かなり早いんですね。…リュシューは外にいるけど大丈夫なんですか?」
「あの子は竜の調教師ですから、これくらいなんともありません。」
「そんなもんですか…」
「そんなもんですな。」
クラージュはそう言ってにっこり笑う。
春樹はあらためてあまり考えまいと思った。
そうしてルシファリスの方を見ると、足を組み、窓の縁で頬杖をついて、目を細めて外を見ている。
「おい、ルシファリ」
「何か用?」
「ス…って最後まで呼ばせろよ!」
ルシファリスは目線だけ春樹に向け、また景色に戻す。
「あんたと違って私は考えることが多いの。くだらないことで呼ばないで欲しいのだけれど。」
景色を見ながらそう言うルシファリスに対し、春樹は、
「フェレスさんからの連絡はいつくるんだ。もう結構な距離きたと思うんだけど。」
街を出てから半刻ほど経っただろうか。
いつまで離れるのか疑問に思っての質問だった。
「さっき来たわよ。」
「え?!なんだよそれ!じゃあ魔物の動きはどうだったんだ?」
「こっちへ向かってるわ。」
一瞬、背筋がゾワリとする。
「そっ、そんな大事なこと、何で教えないんだよ!」
「単純よ。あんたがうるさくなるから。」
ずばり言い当てられたかのように春樹は黙り込んだ。
「リュシューにそろそろ止めるように伝えて。」
その言葉にクラージュは一礼し、窓から顔を出しリュシューに話しかけ始める。
「接触までどれくらいなんだ…?」
春樹は恐る恐るルシファリスに尋ねる。
「まもなくよ。」
ルシファリスがそう告げると、竜車が停車しドアが開いた。
ーーー------
春樹、ルシファリス、クラージュが竜車から降りると、リュシューがドアを閉める。
「リュシュー、離れたところで待機よ。」
ルシファリスがそう告げると、リュシューは敬礼し、御者台に乗り込む。
「ハルキ様、グッドラックっす!」
笑顔でそういうと竜に合図を送り、砂埃を上げながら離れて行った。
小さくなっていく竜車を確認し、春樹は自分の頬を両手で叩く。
「っしゃ、気合十分!」
「ふん、さっきまで泣きべそ野郎はどこへ行ったのやら。」
「あー、せっかく人が恐怖を乗り越えようとしてんだから、水指すなっつぅの!」
「その割には膝が笑ってるわよ。」
「っわかってるって!!」
バシンと震える膝を叩いて震えを止める。
「で、どっからくるわけ?魔物さんは。」
顔を上げて、虚勢じみた発言をする。
「見えましたな。」
春樹の問いかけに応えるようにクラージュはそう言いながら、自分たちが来た方向から少し北側を見据えている。
春樹も視線を向けると、小さな砂煙が遠くに確認できた。自分に向かってきている存在に、やはり恐怖を全てぬぐうことはできない。
冷や汗を掻く春樹の横では、ルシファリスが目を細めてその正体を確認している。
「あれって…」
「ですな。」
春樹も目を細めてみるが、どう見ても砂煙しか見えない。
「いや、見えないでしょ!何で見えるわけ?魔物ってどんなの?やっぱ"龍"ってやつ?」
その問いかけにルシファリスはニヤリと笑う。
「あんたって、ほんとついてるわね。」
それだけ言うと目を瞑ってブツブツと何かを唱えながら集中を始める。
次の瞬間、ルシファリスの周りに薄い紫色の炎のようなものが舞い出し、くるくると回り始める。
ほぇ〜とした顔で見ている春樹に、ルシファリスは目を瞑ったまま声をかける。
「アホ面をこっちに向けないでほしいわ。集中できない。」
そう言いながらルシファリスは、手で何かを包むような仕草を自分の胸の前でする。すると、ゆっくりと手と手の間に小さな球体が姿を現す。その球体をよく見ると、とてつもない速度で乱回転しているのがわかった。
「ハルキ殿も"あれ"から目を離さぬようお願いします。」
クラージュがこちらへ向かってくる砂煙を指差しながら春樹へ声をかける。
それと同時に、ルシファリスが野球ボールほどに大きく膨らんだ球体を押し出すように言い放つ。
「引き裂け」
その瞬間、乱回転する球体が砂煙に向かって放たれる。激しい風が舞い、平原を引き裂くような速さで駆け抜けていく球体を必死に目で追いながら、春樹は行く末を見守る。
砂煙はまだ遠くに見える。そろそろかと待ちわびていると、今までモヤモヤと漂っていた砂煙が急に一本の柱のように縦に伸び始め、それから少し遅れて、小さくドォォォォンと音が聞こえてきた。
「当たった!?」
春樹がそう言った瞬間、
ゴォォォォォっ!!!!
今度は遅れてきた衝撃波が襲いかかる。吹っ飛ばされそうになった春樹をクラージュが支えてくれた。
「あ……ありがどございばず…」
かなりの風圧で言葉になっていない感謝を伝えながら、結果がどうなったのか必死に確認する。
すでに風の柱は消え、後には黒い物体がこちらへ向かってくるのが見えるだけ。
いつのまにか強風は通り過ぎ去ったが、ルシファリスとクラージュは微動だにせず、"それ"を見据えている。
「ハァハァ…なんか…まだ来てない?」
クラージュの支えがなくなり、自身で立ち上がりながら、春樹はこちらに向かってくる"それ"を見て問いかける。
「やっぱ"土竜蛇"ね。」
「そのようですな。」
相変わらず自分たちで納得している2人に、半分諦めたように、
「土竜蛇ってなんなの?」
そう声をかけた。
「別名ドラゴンワームと言って"竜"の仲間よ。"龍"出なくて良かったわね。」
ルシファリスはそう言って、あとは任せたと言わんばかりに振り向いて歩き出した。
「おっ、おいって!どこいくんだよ!」
「あれなら"あいつ"で十分よ。」
「あっ、あいつって?!」
その瞬間、こちらへ向かっていたはずの竜蛇がドォォォォンという音と共に上空へと吹っ飛び、その全容を明らかにする。
竜車の竜とは似て非なるその姿は、この世のものとは思えないほどに醜悪な形をしている。
手足は4本あり、どれも太くて短い。その割に爪が異様に長く、その間には水かきのようなものがついている。頭から尻尾まで全て毛が抜け落ちたように滑らかな肌、顔は竜というより蛇と言ったほうがしっくりくる。口には鋭く尖った牙、豚のような鼻に白眼の双眸。
「気持ち悪っ!」
春樹がついつい本音を口に出す。
「珍しく意見が合うわね。あれは…キモいわ。」
少し離れたところで、あぐらをかき、頬杖をついて座るルシファリスが春樹に同意する。
それに頷き、視線を戻すと土竜蛇が最大上昇点に達し、空中でグネグネ暴れているのが見える。
その様子を見つめながら春樹は疑問を問いかける。
「…ていうか、あれってクラージュさんがしました?」
「いえ、違います。」
「…ですよね…じゃあ誰が…」
その疑問の答えを得る間もなく、ルシファリスが立ち上がり、春樹に告げる。
「安心するのはまだ早いわ。土竜蛇が進路を変えてこっちに向かってきた理由はあんたなのよ。あの魔物はそんなに知性は高くないのにも関わらず。ということは…」
「…裏で誰が糸を引いている…」
「ご明察。」
春樹の答えにルシファリスは、顔は向けずにピンっとだけ人差し指を向ける。
その瞬間だった。春樹は記憶からあることを思い出す。数十秒前に土竜蛇が上へ吹っ飛んだあの瞬間、ルシファリスの攻撃で傷を追った体から血飛沫をあげながら上空でのたうち回り、最高点へ達したあの瞬間に、そのさらに上へと飛び上がる小さな影を。
何故思い出したのかはわからない。無意識に意識していた記憶が蘇ったのだ。
その違和感を春樹がルシファリスとクラージュへ伝えようとした時であった。
「あのさ、さっき…」
「クラージュ!」
ルシファリスが声高く発すると同時に、クラージュの姿が横から消えた。
「…え?」
ガキンっ!
金属の交わる鈍い音が後ろから聞こえる。
振り向くとクラージュと黒いローブの者がつかみ合っていた。片方の手はそれぞれ小さな短剣を重ね合っているのが見える。
そこまで把握すると2人はまた姿を消した。
ふと、今まで感じなかった別の存在を感じて、今度は横に振り向く。
そこでは、ちょうどルシファリスと黒いローブの者が対峙している。クラージュとつかみ合っていた者とは違い、少し背丈が高い。構える長身ローブの間からはチラッと細く綺麗な足が見え隠れしている。
「ルシファ…」
春樹が声をかけようとした瞬間、遮るようにルシファリスが話し出す。
「なんでお前がここにいる…」
今までにルシファリスからは聞いたこともないような、冷たい手で心臓を握られるような声に春樹は驚きを隠せない。
その問いに長身ローブは答えない。
「もう一度聞く。なぜ…"ここ"にいる。」
それでも長身ローブは全く反応を示さず、静かに構えたままでいる。
「答えろ!!!」
そう言って、ルシファリスが長身ローブに向かって一直線に飛びかかる。
ガキンっ!
再び鈍い金属音が辺りに響く。
ギリギリと力比べのように剣を交えたまま、ルシファリスは長身ローブに何かを話しているようだったが、春樹には聞こえないし、極度の緊張にそこから動くことができなくなっていた。
「…あんた、まじでムカつくわね。なんで"ここ"にこれたわけ?」
「さぁ?」
まるで機械音、ロボットのような声色であっさりと返答する。
「くっ!!」
ルシファリスが苛立ち、力を込めた瞬間、長身ローブは剣をいなして、バックステップをとった。
ルシファリスもすぐさま構え直し、相手に向き直る。
(ここでこいつを殺るのはいいけど、春樹もいるし…)
ルシファリスは冷静に考え、ローブに向かって言い放つ。
「いいわ。少し遊んであげるわ。」
「…余裕ですね。」
「目的がよくわからないからね。」
「考えさせる時間を与えるほど、甘くないですよ。」
まさに一触即発。
周りの空気がビリビリと震えているのがわかる。
その様子を伺いながら、春樹は初めて本能というものを実感している。
ここにいれば"死"を味わえる…
そう感じていながらも、心が高揚していることに春樹は気付いていなかった。
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