召喚編 1-8 鍛治屋のくまさん
「久々の卵焼き。うまかったなぁ!」
「あの料理法は思いつきませんでした。」
昼食を終え、春樹はフェレスと共に街に来ている。
ほとんど来る機会がなかったので、自分自身が見てみたかったし、クラージュもいろんなことを知っておくことは必要だとルシファリスに許可をとってくれた。
大通り、多くの人々や馬車が行き交っている。
久々の喧騒に、少し胸が躍るのを感じ、周りを観察しながら通りを歩く。
色とりどりの野菜や果物、肉を焼く香ばしい匂い、鍛治の街というだけあって工房のような建物が多く、鉄を叩くような金属音が新鮮に感じる。
自分が目覚めた場所、この街が異世界生活のスタート地点。
「ところで、ハルキ様が行ってみたい場所というのはどこでしょう?」
横を歩きながら、フェレスが尋ねる。
「あーそれなんだけど、単純に鍛治屋を見てみたいんですよね。自分の世界では見たことなくて…でもこれだけ多いと、どの店に入っていいのか迷いますね。」
「それでしたら、良い店を存じ上げております。ご案内いたしますが。」
「そうなんですか?助かります。フェレスさんが良い店と言うなら間違いないんでしょうね!」
フェレスの言葉に春樹はテンションが上がる。
日本にはまず鍛冶屋なんてなかった。ましてや、剣や盾なんて造られてもいない。
剣盾なんてファンタジーの基本であり、"ロマン"そのものではないか。
さっきのショックをこれで癒すのだ。能力的には無能でも道具は裏切らないはずだ。
春樹は自分にそう言い聞かせながら、フェレスのあとに続く。
大通りからひとつ角を曲がり、路地に入る。
その路地をまっすぐ抜けると、別の通りに出た。通り過ぎる馬車を交わして通りを横断し、さらに狭い路地に入る。
2人で並んで通るのがやっとなほど狭く、雰囲気が怪しげなその路地には、カラフルにデザインされた店がいくつも並び、店前にはちらほら人が立っている。
「不思議な場所ですね。」
春樹がキョロキョロしながらそう言うと、
「ここは歓楽街、とだけ伝えておきます。」
フェレスがそう答えてくれる。
春樹は"歓楽街"という言葉にドキッとする。
確かにさっきから店前を通る度、立っている人に笑顔で手招きされたり、じぃっと凝視されたりしたいるのだ。
(あれって呼び込みってやつ…?)
いまだ女の子と付き合ったことのない春樹には刺激的すぎる場所で、心の中でドキドキヒヤヒヤしていると、
「ハルキ様、寄りたいのであればどうぞ。ルシファリス様からはなんでもさせて良いと仰せつかっておりますので。」
「っえ?!」
ドキドキ、ヒヤヒヤが顔に溢れ出てくる。
「いやっ!あのっ!こんな昼間っから?あれ?そっそれは…ちょっと…」
なんとも情けないほど動揺する春樹に、フェレスはクスっと笑い、
「少し冗談を申しました。そこまで動揺されるとは…申し訳ございません。」
と謝罪する。
フェレスの唐突な笑顔…
春樹は一瞬その笑顔に見惚れてしまった。
出逢ってから今の今まで笑顔など見せたことがなかったフェレスが、冗談を言って笑ったことが何より驚きで、さっきまでの動揺など消し飛んでしまったのだ。
そもそも忘れていたが、フェレスは超のつくほど美人である。通りを歩く時もすれ違う男はもちろん、女性までもがうっとりとしてしまうほど、眉目秀麗、沈魚落雁の超絶美人なのだ。
春樹は左右に頭を振り、煩悩を振り払う。
「ハルキ様、どうかされましたか?」
「っいえ!何でもない…です。」
下を向き、俯く春樹にフェレスは声をかける。
春樹はしばらくフェレスの顔を見ることができなかった。
そのまま狭い路地を抜けて、2人は再び大通りに出る。
すると目の前には大きな工場のような建物が現れた。
「あれが目的の工房です。」
「あれですか。もはや工房ってういより工場ですね…」
想像していた鍛治屋とは全く別のものを見せつけられ、ルシファリスの館といい、相変わらずこの世界のスケールの大きさにびっくりさせられる。
「参りましょう。」
フェレスに促され、春樹は工場へと歩みを進める。
近づくにつれて熱気が漂い始め、何が燃える焦げ臭い匂いが鼻をついた。
中に入ると、真っ黒な石の山がいくつにも分けられ積まれており、その周りでは髭を生やした小柄な職人たちが作業をしている。奥からは金属を打ちつける音や、窯で炎が燃える音など、"ならでは"がそこら中に散りばめられ、春樹の童心をくすぐる。
「うおおぉぉぉぉぉ!すっげぇぇぇ!」
眼を煌びかせ、キョロキョロと周囲を観察する春樹にフェレスは、
「まずは鍛冶屋長にお会いします。」
「鍛冶屋長…?」
「ここを統括しているものです。」
そう告げて、目の前にある鉄の階段を登り始めた。
周囲を観察しながら春樹もそれに続く。階段を登っていくと、窓がひとつ、姿を現す。覗いてみると中では数人の者たちがデスクワークのようなことをしているのが見える。窓に沿って歩き、ドアの前にいるフェレスに追いつく。
「どうぞお入りください。」
春樹はコクっと頷き、
「失礼しまぁす。」
と部屋に入った。
全員が春樹へと顔を向ける。春樹は一同の顔を見回す途中でギョッとした。一番奥に"熊"がいて、机に肘をついて手を組んでいるのだ。
(っくっ熊…が机に座って…る?)
開いた口がふさがらない。言葉が出ない。
いろんなものを見てきたつもりだったので、驚かされることはもうないだろうと思っていたが、違った。
そんな春樹に対し、その熊はのしっと立ち上がり、
「『ヴェーラ・ド・スミス』へようこそお越しくださいました。フェレス様、そしてハルキ様。」
そう2人に告げた。
「彼はウェル・スミスと申します。この鍛治屋の鍛冶屋長です。」
フェレスが春樹へそう伝えると、ウェルは深々と頭を下げ、それに続き周りの者たちも頭を下げる。
「ど…どうも。」
「やはり、わたしの容姿が珍しいですか?」
日頃からこういったことには慣れているのか、顔を上げながら春樹へと話しかける。
「あっいえ…そんなつもりでは…」
「いいんですよ。獣人族に初めて会う方はもっと驚かれ怯えられますから。むしろあなたの反応は私には予想外ですよ。」
熊なのでいまいち笑っているかわからないが、ウェルはハハハっといった様子で、大きな爪のついた手でボリボリと頭を掻く。
「鍛冶屋に興味があるとのこと。今日は存分に見学されてください。」
そう言ってウェルが横にいた従業員に指示すると、彼は頷いて部屋から出て行った。
従業員の姿が見えなくなり、春樹は視線をウェルと名乗る熊に向ける。
「そういえば、ウェル…さんは日本語を話してるみたいですけど。ここの人たちはみんなそうなんですか?」
「いやいや、私は少し特別でして。他のものは片言だったり、一部聞き難かったりします。そもそも異世界語を使う頻度は、そこまで多くないですから。」
その言葉に浮かんだ疑問を投げかける。
「異世界語を話す俺に、皆さん違和感はないんでしょうか?」
「そうですね。小さい時から学んでいる者が多いので、話せるのは当たり前です。流暢に話せるのはごく一部ですので、そこに興味を持つものがいるかもしれませんね。」
そう言いながらウェルは春樹たちに、部屋の外へ出るように促す。
「まぁここで話すのもなんですから、工房を見学しながらにしましょう。」
春樹たちもその言葉に同意して、部屋を後にした。
ーーーーーーーーー
ウェルの案内の元、工房へやってきた春樹だが、先ほどまでとは比べ物にならないほどの熱気に嫌気が差す。
何度拭っても額から頬へ流れ落ちてくる汗、背中は汗でベタつき不快感を感じる。
「うへぇ〜暑い〜」
手うちわで顔を仰ぐが、全く効果を感じさせず、暑さでイライラが募っていく。
そんな中、フェレスはというと…
いつもと変わらず、すました顔で平然としている。汗などかいている感じも全くない。
「…フェレスさんは暑くないんですか?」
「はい。」
「…どうして?もしかしてそれも法陣ですか?」
「そうです。」
「…それを俺にもかけてくれませんか?」
「何事も人に頼ってばかりではいけません。」
「くぅぅぅ…」
涙目で悔しそうな春樹を見て、ウェルは疑問を投げかける。
「ハルキ様は法陣が使えないので?」
「俺は無能なんです…陽しか使えないので。」
「それはまた難儀ですな!」
ハハハと言った様子でボリボリと頭を掻くウェルに対し、春樹は再びガックリとうなだれる。
「着きました。まずはここから案内しますね。」
ウェルの言葉に、春樹は気を取り直して顔を前へ向ける。
ハンマーのような物で、赤く染まった塊を交互に叩く者たち、鉱石のようなものをせっせと運ぶ者、まるで地獄を想像させるような大きく真っ赤な口を開いた窯、その窯の頭からは大きな蒸気の雲が天井へと幾つも伸びている。
「ここは第一工房です。この建物の中には第一から第五までの工房があって、作るものが分けられています。第一工房は武器類をメインに製造しております。」
その後のウェルの説明によると、第二工房では防具、第三工房では特注の武器防具類、第四工房では食器やナイフ、包丁などの生活用品、第五工房では磁器や陶器など装飾品と分類され、工房ごとに製造を行っているという。
「まずはハルキ様が興味を持たれている武器類を見学します。」
そういうと、ウェルは大きな窯の前まで進んでいく。
「この工房で使う鉱石は各国からルシファリス様が仕入れてきてくださいます。その鉱石類は鉄鉱石や宝石、魔鉱石など様々なものがあるため、入り口にある石分所で用途ごとに分類して各工房に分配します。」
ウェルの話を聞いていると、鉱石を運んでいる作業員が横を通りかかる。ウェルは声をかけ、作業員を止め、ところどころ赤紫に光る鉱石を一つ取り上げる。
「これは魔鉱石といい、これを鉄鉱石などと組み合わせ、武器や防具などを造ります。そうすることで、通常より効果や性質の高いものが出来上がります。ここでは魔鉱石の含有率を5%に調整し、製造を行っています。」
それの話を聞いて春樹は、まっすぐ上に手をあげる。
「はい!ウェル先生!なんで5%なんですか?魔鉱石なんてかっこいいもの、混ぜたら混ぜるだけ良さそうな気も。」
「良い質問です。魔鉱石は、魔元素が鉱山で永きに渡り結晶化したもので、言わば魔力の塊です。魔力はそこにとどまらず常に対流する性質があるため、あまり多く含み過ぎれば、基本となる鉄などの鉱石が負けてしまいます。要は硬度が出ないのです。」
なるほどなぁっと春樹は頷く。春樹の様子を伺いつつ、ウェルは説明を続ける。
「基本となる鉱石は鉄のほかにも様々ありますがここでは割愛しますね。自分で調べてみるのも面白いかと思います。」
春樹はその言葉に、童心丸出しの笑みで頷く。
「では、鉄鉱石から剣を造る工程にまいりましょう。まずは"小割り”です。
ウェルの話に暑さも忘れて、春樹は聞き入った。
1、小割り
鉄鉱石を砕いて、良質のものを選ぶ。それ熱して厚さ5mm程度に打ち延ばし、次にこれを2~2.5cm四方に小割りして、その中から良質な部分を選び出し、直接の材料とする。
2、沸かし
小割りにされた素材を炉で熱し、一つの塊にする。
3、鍛錬・皮鉄造り
不純物を除去するために、充分熱した素材を平たく打ち延ばし、さらに折り返して2枚に重ねる。重ねるごとに魔鉱石を練り込みながら、約十数回程度行う。
この鍛錬により、皮鉄(軟らかい心鉄をくるむ、硬い鉄)が作られ折れにくい剣が出来上がる。
4、心鉄造り・組み合わせ
皮鉄造りに前後して、心鉄を作る。よく切れるためには硬く、折れないために軟らかくしなければならないが、炭素量が少なくて軟らかい心鉄を魔鉱石を練り込みながら硬度を上げた皮鉄でくるむことでそれを実現させる。
5、素延べ・火造り
皮鉄と心鉄の組み合わせが終わると、これを熱して平たい棒状に打ち延ばす。
その後、小槌(こづち)で叩きながら形状を整え、さらに鑢(やすり)で肉置きを整える。
6、土置き・焼き入れ
耐火性の粘土に木炭の細粉、砥石の細粉を混ぜて焼刃土(やきばつち)を作る。焼きの入る部分は薄く、他は厚く塗り、約800度くらいに熱して、頃合いを見て急冷する。
7、仕上げ
焼き入れが終わると、曲がり、反りなどを直して荒砥ぎをする。
最後に、刀身に疵(きず)や割れができていないことを確認する。
「こうして出来上がるのがこちらの剣になります。」
各工程での説明を終え、ウェルはそういうと、武器立てに何十本と並べられた完成品を紹介する。
春樹はそれらを見渡して、
「…日本刀みたいだ」
そう呟いた。
心鉄、皮鉄など聞き覚えのある製法、見覚えのある独特の曲線、特有の刃文こそないものの、形状は確かにそれに似ている。
ウェルは少し驚いた表情を見せ、
「これはハルキ様の世界ではそう呼ぶのですね。この製法は、昔、私が見つけた文献に載っていたものを利用して、生み出したものです。」
その話に、春樹も驚いてウェルへ尋ねる。
「文献に?どこで見つけたのですか?」
「ミズガルにある遺跡です。昔は冒険者としていくつかの国を旅していたもので。その時立ち寄った遺跡の、書庫のようなところで見つけました。」
「ミズガルって言うと人間族の国か。」
(ミズガルに現れた異世界人は、もしかすると日本人で刀工とかだったのかもしれないな…)
そう考え込む春樹にウェルは、
「当時はそのまま鉄鉱石のみで造っても、うまくいきませんでした。この世界の鉄鉱石は、この製法に耐えれなかったのです。ですから、何年も試行錯誤を繰り返し、やっとたどり着いたのがこの魔鉱石でした。」
ウェルは再び魔鉱石を手に取る。
「しかしながら今度は魔鉱石を手に入れるのに難儀しまして…これは非常に希少で高価なんですよ。」
ウェルは魔鉱石を撫でながら、そう話す。表情はわかりにくいが、苦笑いしているのだと春樹は推測しながら、
「それをルシファリスが援助している。」
「ご明察の通りです。現在までルシファリス様に援助いただき、優先的に魔鉱石を買い取らせていただいています。この剣を造れるのは世界でここだけ。製法は門外不出としてますので。」
「要は大商人様はそこに価値を見出して大儲けしているわけか。」
春樹が皮肉っぽくそういうと、「確かにそうかもしれませんが」と聞き覚えのある声が後ろから聞こえてきた。
驚いて春樹は振り向く。
「この剣を含む様々な品を生み出すためには、大量の人手が入ります。魔鉱石の入手にも莫大な費用がかかる。この工房で生み出される利益はほとんどが従業員への報酬ですな。」
「クラージュさん?!」
驚く春樹とは裏腹にフェレスは足を折り、ウェルはやぁやぁと手をあげる。
「びっくりしたなぁ。一体どうしたんですか?」
春樹はそう尋ねると、クラージュは髭をさすりながら、
「ハルキ殿、今日の社会見学は終わりです。館へ戻りましょう。」
「えっ?!急にどしたんですか?」
「少々物騒な話を耳にしまして…な。」
そういうとクラージュはフェレスへ視線を送る。フェレスは頷き、「失礼します」とだけ言って工房から出て行った。
ウェルにも何か伝わったのだろうか、
「急いで戻るのなら、こちらへ。うちの荷馬車を準備します。」
と2人に伝える。
その言葉にクラージュは頷き、春樹にも促し、ウェルへと続く。春樹も2人の後に続きながら、クラージュへと声をかける。
「またスヴァルとヘルヘレイムですか?」
「いえ、今回はそこまで確定はしてません。」
「じゃあ、なんで…」
「龍が出ました。」
「ドラゴンのことですか?」
「…ドラゴンならまだ良かったのですが…龍は…まずい。」
クラージュの言っている"龍"と"ドラゴン"の違いがよくわからないが、クラージュの表情を見る限り、前回とは違って状況の不味さが伝わってきた。
荷馬車の準備された裏口へ着き、乗ろうとした春樹の頭に一瞬、先日の事件がよぎる。恐怖が心を支配しかけ、足が止まる。
その時だった。
「ハルキ様、これを差し上げます。」
乗り込みを手伝う従業員の横からウェルが顔を出し、春樹に小さな短刀と、青い宝石がついた首飾りを渡す。
春樹は、ウェルから受け取ったそれらに目を落とす。
短刀を鞘から少し引き出すと、吸い込まれそうなほど真っ黒な刃が顔を出した。目を奪われるほど黒い独特の光沢、触っただけで指など簡単に切り落としてしまいそうな、そんな妖艶さが漂っている。刃には先ほど見た剣たちとは違い、綺麗な刃文もついている。
宝石の方はというと、とても澄んだ濃い青色で、中心には赤黒い小さな丸い玉が埋め込まれている。金の型枠にはめ込まれ、首にかけられるよう紐を通してある。
「…これは?」
「私が独自に研究して造った物です。短刀は護身用で。他のと違い魔鉱石が少し多めに練り込んであるので、性能は格段に高いです。宝石の方は氷魔石と言って、持ち主に氷の加護をもたらします。"龍"は氷のに弱いと聞きますので。」
その言葉に心が暖かくなる。会って間もない自分にそこまでしてくれる心遣いに感謝し、生きて必ずお礼しにくることを誓う。
「ありがとうございます。必ずまた見学に来ます。」
「いつでも、ぜひに。」
笑顔で答えているだろうウェルを後に、春樹は荷馬車に乗り込む。
クラージュが御者台から、馬に合図する声が聞こえ、荷馬車は砂煙を上げながら工房を後にした。
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