召喚編 1-7 無能②

ーーー仕事と勉強を始めて1週間が過ぎた。


仕事については相変わらず失敗ばかり。失敗と言ってもミスではなくて…



「いや、どう考えても終わるはずがない…」



春樹は一人頷きながらそう呟く。


いつも寝ている部屋。

ベッドの上から窓を見ると朝日が差し込んでおり、外からは鳥たちの囀りが聞こえてくる。



「体力はついていくし、早起きにはなったけどな。」



春樹はクスッと笑いながら、自分の掌に視線を落とし、グッと握つて力を込める。

4日目まではほとんど役に立てていなかった。

5日目から少しずつフェレスについていけるようになったが、それでも毛が生えた程度の成長だ。


言語学はというと…

聞かないでいただきたい…進捗はほとんどなかった。


しかし、春樹には不満という感情は一切なかった。ルシファリスたちは見ず知らずの、しかも別世界からやってきた自分を助けてくれた。

賃金はでないが、衣食住を提供し、学ぶことも許してくれたのだ。


これはとても幸せなことなんだなと実感する。



(あいつにとっては何か思惑があるかもしれないけど、それでもルシファリスたちには感謝しないとな。)



そう思いながらベッドから降り、窓を開ける。

肌寒い風が吹き込むが、それが心地よく感じる。

今日も一日頑張ろうと自分自身に気合を入れると同時に、



コンコンッ



ドアがノックされる。



「どうぞ」



春樹がそういうとフェレスが部屋に入ってくる。



「おはようございます。春樹様、体調はいかがですか?」


「すこぶる調子いいですよ。」



そう言って上腕二頭筋に力を入れるポーズをとり、元気さアピールをするも、



「それは結構です。しかしながら、今日は仕事はお休みですので。」


「あれ?」


たまには気合いを入れて学校に行こうと思ったのに、今日は休みだと気づいた時のような顔をして、春樹はズッコケながらションボリする。



「せっかくやる気満々だったのに…」


「では、そのやる気を別のことに活かしましょう。」


「別のこと?」


「はい、今日はルシファリス様と異世界人の能力について話をしていただきます。」


「異世界人の能力…ですか。」


「はい、ハルキ様がここにいる理由のひとつでもありますので。朝食の準備ができたら、また呼びに参ります。」



フェレスはそういうと再びドアから出て行った。



「…異世界人の……能力か」



現世界で読んだファンタジーな響きに再び胸が躍るような感覚と、不安が入り混じった不思議な気持ちになる。


改めて掌に視線を落とす。

少しだけ汗ばんでいるその掌をグッと握りしめ、春樹は準備を始めた。



〜〜〜〜



朝食を終え、ルシファリスの書斎を訪れる。

相変わらず乱雑に物が置かれているデスクにルシファリスが座っていて、何やら仕事をしているようだ。



「少し待ってちょうだい。これを終わらすから。」



こちらには目を向けず、手を進めながら春樹に声をかける。

春樹は無言で頷き、部屋の中を改めて見回す。

相変わらずに無数の本たちが春樹を静かに見下ろしている。



「見たいものがあるなら、勝手に見ていいわ。」



春樹の様子が見えているのか、視線は向けないがルシファリスがそう告げる。


その言葉を待ってましたとばかりに、春樹は"あの本"の元へと梯子を登り始める。



「確か…この辺だったかな。」



初めて手にした時以外、見る機会がなかったあの人物史を探し、2階の本棚の間を進んでいく。



「たしか…ここだ。」



横にあった梯子を、目的の場所へ移動させ登っていく。5段目に差し掛かり、記憶していた場所に視線をやる。

しかし、その本は見当たらない。



「あれ…?ここだったはずだけどな…違ったかな?」



自分の記憶を呼び覚まそうと目を閉じるも、



「ハルキ殿、ルシファリス様の公務が終わりました。」



いつの間にかクラージュが梯子の下にいて、春樹に声をかけた。



「…もう…ですか。」



残念そうに梯子を降り、クラージュの後へと続いた。

ルシファリスは窓の外を眺めている。



「ルシファリス様、お待たせいたしました。」



クラージュはそう言って腰を折り、後ろへ下がる。

春樹は準備された椅子に腰掛け、ルシファリスへ声を掛けた。



「お前って本当に忙しいんだな。」


「えぇ、あなたと違ってね。」


「…ゔ」



出鼻を挫かれた春樹に、ルシファリスはこちらに向き直しながら問いかける。



「仕事には慣れた…のかしら?」


「あぁ、おかげさまで少しだけついていけるようになったよ。未だにフェレスさんがいないと終わらないけどな。」


「…それは良かったわ。言葉については聞かないであげる。今日することはフェレスから聞いているわね?」



ルシファリスの嫌味に、ぐぬぬっと悔しそうに春樹は言い返す。



「能力についてだろ?異世界人の」



ルシファリスは頷く。



「異世界人の能力は国の発展に大きく貢献できるはず。」

「前に言ってた昔話だよな。でも、俺自身が能力についてよくわかってないんだけど…」


「そもそも異世界人の能力はどのようなものなのか詳しく伝わってないわ。」


「え?…じゃあどうやって…」



疑問を浮かべる春樹の前に、フェレスがある物を持ってくる。



「これを使う。」



ルシファリスがそういうとフェレスはデスクの上にそれを置く。


金色を基調とする丸い円盤に赤色で紋様が描かれ、5箇所に赤、青、緑、黄、茶色の宝石がはめ込まれいる。

デスクに置かれた様子は、まるで着陸したUFOのようだ。円盤の中央には手の形の絵が描かれており、どうやらそこに手を置くか、かざすのだと想像できた。



「それは?」



春樹は単純に質問する。



「これは5原則の属性のうち、どれに適正があるかを調べる装置よ。まずはこれで、あんたがどの属性かを調べるわ。」



急なファンタジー発言に、春樹は高揚する気持ちを押し込めながら、



「ちょっ、ちょっと待って!そもそも5原則とかよくわかんないからさ。少し教えて欲しいんだけど…」



ルシファリスはふぅっとため息を吐いて、



「仕方ないわね。簡単にだけど説明してあげるから、ちゃんと覚えなさいよ。」



その言葉に春樹はにんまりと頷いた。

それから小一時間かけて、ルシファリスは世界の理と5原則によって使うことができる力について説明してくれた。


ルシファリスの説明を要約するとこうだ。



1、5原則とは、生物の体内に宿る「火」「水」「木」「金」「土」の属性によって、あらゆる現象を発現すること。

「火」や「水」はそのままのイメージだったが、「金」は物質硬化などの現象を起こせるらしい。

ただし、それらは"法陣"に通さなければ現象は起こらない。


2、「陽」と「陰」とは5属性が起こす現象を、サポートする効果を持つ言わば、"オプション"のようなもので、"付属性"と呼ばれている。

例えば「陽」なら膨張、分裂、活性化などの作用を与え、「陰」は「陽」の反対の作用を与えるらしい。


3、世界には"魔元素"というものが大気中を漂っていて、それが生物の体に入ると魔力を体内に構築する。魔力を体内のどの属性層に通すかによって起こす現象を変えることができる。


4、世界において、すべての生き物には5属性の適性があり、性格や血筋など様々な要素により得手不得手がある。


5、基本的に5属性や付属性を単体で使っても大した効果はなく、5つの属性と付属性を組み合わせて発現することで大きな効果を得られるらしい。


6、最後に、異世界人の属性調査をした記録は、どの文献を読んでもどこにもないこと。



「最後の説明だけ、ホラー感が出てるなぁ…」


「ほらーかん?」



ルシファリスやフェレスが首を傾げる。



「あーー俺の世界で言う怖い話ってとこかな。」


「確かにそうかもね…」



ルシファリスは春樹の言葉に頷く。



「前にも言ったけど、異世界人についてはほとんど情報がないのよ。だから、見つけたのなら研究対象とされてもおかしくないの。例えば殺さずに解剖されたり、脳をいじられたり…生きたモルモットとして飼い殺されるでしょうね。」



春樹はその言葉に、背筋に冷たいものを感じた。

そんなことされるくらいなら、殺された方がマシだろう思えるほど、ルシファリスの言葉に重みを感じる。



「…?何?びびったわけ?」


「っち、違うって!お前の話があまりにリアルに想像できるから…さ。」



小さな笑みを口元に残し、ルシファリスは続ける。



「ということで、まずはこの装置に手をかざしなさい。」



そう言って装置を指差した。



「かざすだけでいいのか?なんか考えたり、力込めたりとか…」


「必要ないわ。さっさとかざしなさい。」


春樹はムスッとするも頷いて、円盤の中央に手をかざす。

すると、しばらくして小さな光が、赤色で描かれた紋様をなぞり始めた。



「おお〜!」



春樹は歓喜する。

かざしている手の中心から、一定の速度で全方向へ拡がる光を目で追っていく。すべての紋様に光が行き渡ったのを確認し、次はどうなるのかと、小学生のような興奮した笑顔で装置の動向を伺うが、



「…」


「…」


「…」


「…」



何度か装置とルシファリスの方を見直すが、その後は何の変化も見られない。



「…これ、壊れてる…?」



春樹がそう声をかけると、ルシファリスが大きくため息を吐く。



「…予想はしてたけど、現実になるとショックよね…」


「…どう言うこと?」


「簡単よ。あんたにはどの属性にも適正がないってこと。」


「まじかよぉ…うそだろぉ…」



ショックでがっくりと頭を垂れる春樹に向かってルシファリスは。



「まぁ、あまり落ち込まなくてもいいんじゃないの?これが異世界人の特性という考え方もあるしね。装置が光はしたから、とりあえず付属性の適正はあるようだし。」


「でも付属性ってオプションだろ?しかもそれだけでは何の効果もないって…」


「…まぁ…そうね。」



春樹は再び頭を垂れる。しばしの沈黙…



「…で、次はどうするんだ?」



下を向いたまま、ルシファリスに問いかける声には哀愁が漂っている。



「そんなに期待してたわけ?」



ルシファリスが鼻で笑うと、



「あったりまえだろ!ファンタジーは全ての若者の浪漫だぞぉ!

自分の世界では使えない未知の能力!

類稀なる才能!チート!無双!

どれもこれも浪漫!憧れ!ドリームっだ!」



勢いよく立ち上がり、両手を広げ想いを前面に押し出しながらそう言い終え、肩で息をする春樹を、ルシファリスは生理的に受け付けないわぁとばかりにジト目で見ている。


少しの間をおいて、コホンっとクラージュが咳払いをする。

ルシファリスがそれに気づき、



「…とにかくあんたは付属性しか使えないから、次は陽と陰を使ってどんなことがどこまでできるか検証するわ。」



そう言ってルシファリスはフェレスに視線を送る。

かしこまりましたとばかりにフェレスがデスクの上に水の入ったコップを置く。



「今からするのは"通水式"と言って、付属性のコントロールを覚えるための初級訓練よ。」


「でもさ、法陣だっけ?それを通さないと何にも起こらないんじゃないの?」


「あんたって、たまに察しがいいわよね。アホなのか馬鹿なのか…」


「その2択での比較は、悪意しか感じないな。」



やれやれと言った様子で、首を振るルシファリスに対して春樹は冷静に突っ込む。

そんなやりとりをしていると、クラージュが近づいてきて、



「流れのない純粋な水は魔力を通しやすいため、法陣の代わりに媒介として用いることができるのです。」



そう言いながらクラージュはコップの水に指をつける。

すると、水がグルグルと回転し、渦を作り出す。


春樹が呆けて見ていると、クラージュは水から指を上げ、真っ白なハンカチで拭きながら、



「最初は"水をどうしたいか"ということをしっかりとイメージすることです。」



と春樹へと促す。



「あんまり期待はしてないから気楽にね。」


「その言葉にも悪意がありやがるな。」



悪態をつきながらも、頭にひとつのイメージを浮かべ、水に指を入れる。



「っ熱ち!」



入れた瞬間、反射的に手を引いて春樹はクラージュへと向く。



「クラージュさん、ひどいな。熱湯にしてるなら、先にそう言ってくださいよ!」


「…いえ、私はそのようなことはしてませんが…」



少し驚いた様子で春樹を見るクラージュに対し、ルシファリスは冷静にコップの水を確認する。



「…あんた、何をイメージしたわけ?」



明らかに湯気の上がるコップを持ち上げ、春樹に向けながら問いかける。



「…っと、熱くなれってイメージしただけだけど。」


「…!?」



クラージュもフェレスも本当に驚いている様子だ。ルシファリスは少しの間コップを眺め、何か考え事をしていたが、再び春樹へと視線を向ける。



「冷やすイメージをしてみなさい。」



そう言ってコップを春樹へ渡す。

受け取った春樹は頷いて、



「凍れぇ〜凍れぇ〜凍れぇぇぇ」



そう連呼しながらコップに指を入れた瞬間、



「っ熱ち!あれぇ?冷たくなんないぞ?」



再び反射的に手を引きながら、疑問を浮かべる春樹に、ルシファリスは告げる。



「やっぱりね。あんたは陽付属性特化なのよ。」


「それってさ、つまりは陰は使えないってこと?」


「今のを見る限り、皆無だわね。」


「うそだろぉ…」



再び頭を垂れ、落ち込む春樹に、ルシファリスは少し深刻そうに話しかける。



「あんた、コントロールできるようになるまで、人とかにそれ、使わないでよ。」


「人に使うって…どゆこと?」


「一歩間違えば、そいつ弾けるわよ。」



さらっと怖い発言をするルシファリスに春樹はさらに問いかける。



「…ちょっと理解できないんだけど。単なるオプション能力で人を殺してしまうってこと?」


「よく考えなさい。水が熱くなるのは分子が振動するからよ。普通、水は熱することで、時間をかけて分子が振動するから温度が上がるの。その水が一瞬で熱湯になった。わかる?一瞬でよ!おそらく、あんたは"陰"が使えない代わりに、"陽"でできる範囲が異様に広いってこと。ちなみにあんた、人間の細胞が何でできてるか知ってる?」


「…いや」



春樹は首を横に振る。



「こういう時は馬鹿なのね。細胞は分子でできてるわ。意味、わかった?」



それを聞いて意味を理解した春樹は、急に恐怖心に襲われる。背中に冷たいものが流れ、額にはじんわりと汗がにじむ。ルシファリスの言葉を理解しているが、理解できない感覚。

自分の掌に視線を落とすと、汗ばんでいるのがわかる。その掌をグッと握りしめ、自分の考えがなんと愚かであったか認識する。



(この世界で使える"力"は、人を殺せる"力"だ…)



それを知ってしまったことを後悔する。

目をつむり、思考を働かせるがどうすればいいか結論は出てこない。

人を殺せる"力"を手に入れた時、人はこうも悩むものか、と実感する。

そんな春樹を見兼ねてか、



「ハルキ殿、力をどう使うかはその人次第でございます。強い信念さえ持てば、ハルキ殿なら大丈夫ですよ。」



相変わらずクラージュの言葉には優しさと力強さが込められている。その言葉にスッと胸から何かが落ちていくのを感じる。


ルシファリスは、春樹が落ち着いたのを見計らい、



「とりあえず今日はここまでにするわ。あんたは昼食でもとってきなさい。その後は自由にしていいわ。」



そう言い残し、ルシファリスは相変わらず軽い足取りで書斎を後にする。


そして、長い廊下を歩きながら、



「面白いわ。」



誰にも気づかれないほどの声でそう呟いた。



ルシファリスが部屋から出ていくと、クラージュが春樹に声をかける。



「さあ、こういった時は切り替えが大切です。フェレス、今日はハルキ殿が好きなものを昼食にこしらえましょう。」



フェレスは無言で頷く。



「ハルキ殿、何かリクエストはございますかな?」



そう言われて、少し戸惑いつつも、ふと思いついた料理を提案してみる。



「卵焼き…が食べたい。」


「…卵焼き…ですか。」



クラージュとフェレスはイメージがつかないといった表情を浮かべている。



「フェレスさん、俺も厨房に行っていいですか?実演するんで。」



そう告げる春樹に対してフェレスは、



「構いません。参りましょう。」



そういってドアへと向かうフェレスに、春樹とクラージュも続くのであった。

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