召喚編 1-10 有能?



剣の交わる音が何度も何度も響き渡っている。


音と同時に、そこら中で砂埃や草などが舞い上がっている。

常人には絶対についていけない、とてつもない速さの攻防が繰り広げられている。


一瞬、双方が離れた距離を取る。そして、ローブが氷の刃を宙に作り上げ、クラージュへと放つ。

クラージュはそれをいとも容易く、弾き返す。

弾き返された氷の刃をローブは短剣で叩き落とし、クラージュへと視線を向ける。



「いない?!」



その瞬間、背後に回り込んだクラージュの蹴りを、横っ腹にもろに喰らう。



「っぐ…」



しかし、なんとか受け身をとり、体制を立て直す。



「先日より腕を上げられたようで何より。」


「…ちっ、気に触るやろうだ。」


「それは申し訳ございません。」



そう言うとクラージュは、握りしめた右手に薄く黄色に光る炎のようなものを纏い構える。

それに警戒、しローブが身構えた瞬間、



ズドンっ!



と鈍い音がする。

気づけばクラージュがローブの懐に入り込み、腹に拳を当てている。



「ッゴフ…」



ローブの口から、血と泡が吐き出され、ヨロヨロと後ずさる。



「…まだ…とどが…ない…か。」



そう言うと、ローブはクラージュへ視線を向ける。



「…ただ…今回は勝負に勝てば…いいんだがな。」



ニヤリと笑ってローブが黒い霧発生させる。

クラージュは逃さんとばかりに飛びかかるが、一歩遅く、ローブは霧と共に消えていった。


舞い散る霧の一部を見据えつつ、"勝負"という言葉にハッとして、クラージュはルシファリスたちの方を振り返った。



〜〜〜〜



ルシファリスと長身ローブの攻防を、春樹は息をするのも忘れるほど集中して目で追いかける。

現世界では絶対に見られない。

漫画の中の話だと思っていた激しいバトルが、目の前で繰り広げられているのだ。



ゴクリ…と生唾を飲み込み、いく末を見据える春樹。

ある一瞬、ルシファリスが躓く姿が目に入った。その瞬間、長身ローブがこちらに向かって駆け出すのも。



「っえ?」



一瞬で目の前に来て、自分を捕まえようとする長身ローブを視界に捉えるが、展開の速さに何が起きたのか春樹は理解できていない。


あと一歩で捕まるといったところで、春樹を後ろに押しやり、間にクラージュが入り込む。



「ハルキ殿、離れていてください!」



そう言われて、距離を取る春樹を見て、長身ローブの口元がニヤリとするのを、クラージュは確かに見た。

嫌な予感が頭をよぎり、春樹の方へ視線を向けたその瞬間、春樹の後ろに黒い霧と共にもう1人のローブが姿を現す。



「ハルキ殿!!」



クラージュが声を上げる。



「っち!」



そう言って体制を整えたルシファリスが、春樹へと向かおうとした瞬間、長身ローブが煙幕を発生させた。

クラージュと長身ローブは煙の中に姿を消し、ルシファリスからは春樹が見えなくなる。



「くっ!やってくれるじゃない!」



悔しそうにルシファリスは煙の中に突っ込んで行った。



〜〜〜



春樹は、何が起きているのかわからないでいる。

クラージュに後ろへと跳ね飛ばされ、尻餅をついていた。クラージュが何やらこちらに向かって叫んだところで、白い煙が目の前に発生したのだ。

目をパチクリさせ、動向を伺おうとしたその時、



「…くく、今回はこちらの作戦がちだな。」



聞いたことのある不気味な声が、後ろから聞こえた。そして、振り向くと同時に春樹は首を掴まれる。



「っぐ…」



ローブは小さいながらも、まるでゴリラ並みの怪力で、春樹の首を掴んだまま持ち上げる。

春樹の足が徐々に地面から離れる。息苦しくて足をバタバタさせるが、声すら出せない。



「少々手こずったが、勝負には勝てたな。」



口元に血の跡を残しながら、ローブはニヤリと笑う。



「…試合には負けたがな…」



少し悔しそうにそう小さく呟くと、黒い霧を発生させる。

徐々に2人の体が霧に包まれていく。


なんとか煙幕から脱出したルシファリスが春樹たちを視界に捉え、再び駆け出す。クラージュも向かおうとするが、長身ローブがそれを許さない。



「ふは…はは…ははははははは!!」



春樹の体もほとんど黒い霧に包まれて、ローブが勝利の笑い声を発した、その時だった。


白い無数の光が、黒い霧を中から切り裂くように発現する。



「っな!」



ローブは慌てて霧を強めるが、光の方がはるかに早く拡がっていく。



「なんだ、これは!?」



その瞬間、春樹の首を掴んでいた右手に鋭い痛みを感じた。

手を離そうとするが、何故か離すことができずにいると、徐々に霧が晴れその理由が明らかになる。



「氷?!」



首を掴んだ自分の手だけが凍っている。ローブはその不自然に一瞬戸惑いを表した。



〜〜〜〜〜〜



意識が朦朧とする中、春樹は小さな声を確かに聞いた。



ーーー…んを…き


「…え?」



ーーー剣を…ぬ…ので…



確かに小さく聞こえる声に、春樹は小さく答える。



「…なんだっ…て…?」


ーーー剣を抜くのです!



そうはっきりと頭に響く声を認識した瞬間、春樹は無意識に、ウェルからもらった短刀を鞘から抜き出し、自分の首を絞める元凶に向かって下から振り抜いていた。



「っぐあぁぁ!」



ローブの悲鳴と同時に、春樹は地面に膝から落ちた。咳き込む喉から肺へと、必死に酸素を送り込む。



「…ハァハァ、何が起きたんだ?」



多くのことが一瞬で起きすぎて、未だに現状を理解できない春樹の目の前に、片腕を押さえたままこちらに怒りの視線を向けるローブの姿が映る。



「っぐぁ…き、貴様ぁ!」



押さえる腕を見ると凍りついているのがわかる。しかも肘から先がない。チラッと足元に光る何かに気づき、目を向けると氷の塊が落ちている。よく見れば凍った腕であり、恐らくローブの物だと推測できた。



「何をしやがったぁ!!」



苛立ってはいるが、未知の攻撃を受けたローブは、春樹に対して少し及び腰にやっているようだ。そんなローブを見据えながら、首元でヒヤリとする何かに気づき、左手を向けると、ウェルからもらった首飾りに触れた。



(氷魔石がここで役に立つなんて…ウェルさんのおかげだな…)



そう思いながら立ち上がり、右手に持った黒い刀身の短剣をローブに向ける。



(あいつの腕…俺がこれで切ったのか…?)



疑問を感じながらも、相手から目を離さないよう睨みつける春樹に対し、ローブが理解できたというように口を開いた。



「氷魔石…なるほど。しかしそれでも、ただ凍っただけの俺の腕をいとも簡単に切り落としたその短剣は…一体なんなんだ。」


「…お前の知ったことかよ!」


「…まぁいい。前回といい、運のいいやつだな、お前は。どうやらここまで…か。」



そう言うとローブは黒い霧を発生させる。同時に春樹の足元にあった氷の塊がローブに引き寄せられ、それをキャッチする。



「待て!」



咄嗟に春樹が手を伸ばし追いかけるも、ローブは一瞬のうちに霧と共に消えていった。



「…くそ!」



悔しさを吐き出す春樹の元へ、ルシファリスとクラージュが合流する。



「あんた、やるじゃない。今回はあたしもちょっと焦ったわ。」


「私も肝を冷やしました。相手はよく作戦を練ってきていましたな。」


「土竜蛇は"あいつ"を引き付けるダメだったわけね。」


「恐らく、そうでしょうな。」



そう話す2人を見ながら、ドッと安堵感が訪れて春樹はその場に座り込む。



「…まじかよ〜完全俺狙いじゃん。まだドキドキしてるよ…」



さっきまでは感じていなかった恐怖が、急に襲いかかる。寒くもないのに震えている体を、両手でギュッと抱きしめる。前回とは比べものにならないリアルな恐怖だ。

片手を首にやる。

掴まれた首がヒリヒリしているの感じる。

恐怖で無意識のうちに、涙がこぼれ落ちてくる。

それを止めようとする春樹の意思に反し、涙は目から溢れ、頬を幾度となく伝い流れていく。


すると、それを見かねたのか泣き続ける春樹にルシファリスが声をかけた。



「今回は私たちにも落ち度があるわ。謝ってあげる。」



その言葉を聞いて、春樹は狐にでも包まれたかのように顔を上げる。

涙目、頬には泣き跡、鼻水。

ぐちゃぐちゃになった顔で惚けていると、



「きったない顔ね!これで拭いたら?」



そう言ってるはハンカチを春樹へ投げ掛ける。



「私が謝ることなんて、ほぼないんだから感謝しなさい。」



どう考えても謝るつもりがないる発言が、かえっておかしかった。



「…は、はは」


「何がおかしいわけ?」


「いや…おまえのそれ、謝るつもりないじゃんと思ったら、笑えてきた。」



受け取ったハンカチでガシガシと顔を拭き、胸を押さえながら、ハァ〜と息を吐き出す。

恐怖が体から抜け出していくようだ。

命はある。

さらわれてもいない。

もっと言えば自分が撃退したようなものだ。そう考えたら少し自信が出てきた。


右手で握り締めたままの短剣に目をむける。相変わらず美しい黒の光沢は顕在だ。



(…誰の声だったんだ。)



優しさと強い意志がおり混ざった声。

どこか懐かしくもあるその声は、いったい誰のものなのか。



「やっときたわね。」



2人の目線の先に春樹も目をやると、砂煙が近づいてくるのが見えた。


「げ!あれってまさか…」


「心配なさらずとも大丈夫ですよ。あれは土竜蛇ではありません。」



クラージュにそう言われ、よ〜く目を凝らして見ると、土竜蛇の尻尾と、それを引きづる二足歩行の熊が見える。

熊はこちらの視線に気づき、手を振り出した。



「ウェル…さん?さっきから2人が言ってた"あいつ"ってウェルさんのこと?」


「そうよ。」


「じゃあ土竜蛇を空へ吹き飛ばしたのもウェルさん?」


「はい。」



その言葉に驚きを隠せずに、近づいてくるウェルを見据えたまま、立ち尽くす春樹の元へ、ようやくウェルと土竜蛇が到着する。


やぁやぁと手をあげながら、



「すいませんね。まさか"こいつ"が囮だったとは。」



ハハハといった感じで、大きな手で頭をボリボリ掻きながら、ウェルは3人に話しかける。



「とはいえ、私が渡した品が役に立って何よりです。ね、ハルキ殿。」


「…え?あ、そうですね。これがなかったら今頃、ここには居なかったと思います。そういえば、この短剣って…」



先ほどの声のことが頭をよぎり、春樹はウェルへと問いかけようとする。



「斬れ味抜群でしょ?なんでも切れる剣を造りたくて、研究していた時にできた試作品なんです。結局、完成はしなかったんですけどね。」



春樹の言葉を途中で遮り、ウェルはまたもハハハと頭を掻きながら短剣について説明した。



「鞘から剣を抜く前に…声が聞こえたんですけど。」


「声…ですか?」



頭を掻く手が止まり、ウェルは首を傾げる。



「う〜ん、精霊付与とかはしてないんですけどね。普通によく切れる短剣ってだけなんですけど。」


「…そうですか。」



精霊付与とかテンション上がりそうな単語だが、今回ばかりはそこまでの気分にはならない。残念そうにする春樹にルシファリスが声をかける。



「そろそろ館へ戻るわよ。リュシューにもここにくるよう伝えたから。」



3人はその言葉に頷く。



「しかし、こう何度も襲撃してくるとなると、対策を立てねばなりませんな。」



クラージュの言葉にルシファリスは、



「そうね、私も気になることがあるから調べたいこともあるし…」


「気になること?」


「あんたは気にしなくていい。」


「相変わらずケチなやつだな。でも、相手も結構激しめな作戦立てるよな。館に侵入したり、でかい魔物を囮に使ったりさ。」


「そうですな。いっそのこと、ハルキ殿の拠点を変えてしまいますか。」


「そうね、それがいいかもしれないわ。時間も稼げるし。」


「拠点を変える?別の街ってこと?」


「そうです。ルシファリス様、王都アルフの横に構える商業の街ヴァンはいかがですか?」


「……。そうね。あそこは魔物対策もしっかりしてるし。」



そう言うとルシファリスは春樹へ向き直る。



「3日後に出発するわ。そのつもりでいて。」


「まじで急だな。でも何で3日後?」


「その間、みっちり言語を学びなさい。」



ニヤっと笑うルシファリスに、



「ぐぇぇ〜まじかよぉ〜」



頭を抱えながらしゃがみ込む春樹であった。

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