召喚編 1-2 白と黒
春樹の目の前を、積荷を乗せた馬車が通り過ぎていく。
日が昇り、通りには多くの人々が行き交っていた。
街はすでに眠りから覚めており、活気に満ち溢れている。
多くの馬車が大量に積み上げた荷を載せて、せわしく行き交う通りを背に、春樹はある門の前に立っている。
昨夜、泊まらせてもらった酒場で朝食をとった後、春樹はクラージュに連れられてここにきた。
目の前にある門は、まるで現世界のヨーロッパにあったあれを思い出すほどに雄大に腰を据え、その先には建物が見える。その建物も少し離れてはいるが、かなり大きいことが伺える。
建物の上層部に目をやる。
雲で霞んでおり、てっぺんまでは見ることができない。
少ない語彙力で言い表すならば、"巨城に高層マンションが突き刺さった"ような建物だ。
春樹は発する言葉が見つからない。
するとクラージュが、一言付け加える。
「ここが我が主人の住まいでございます。」
その言葉に耳まで疑う。
「これが…家なんですか?」
「この街は鍛治の街とお伝えしたことはお覚えですかな?主人は街で産出された品を他国へ輸出し、利益を生み出す商人です。」
成功者…金持ち、いや億万長者、要は勝ち組。
しかし、こんな馬鹿でかい家に住んでいて落ち着くのだろうか、などと安直な思考を巡らせる。
まさか1人で住んでる訳はないよなぁなどと考えていると、再びクラージュが付け加える。
「住まいとは申しましたが、執務を行う部屋などがほとんどで、実際に寝食を行う場所はごく一部です。」
まるで、春樹の心を読んだかのような発言に、クラージュに視線を戻すと、クラージュはにっこりと笑顔を見せる。
「では、参りましょう。主人がお待ちですので。」
そう言ってクラージュは門の方へと進み、門番に声をかける。春樹はその様子を見ながらクラージュたちへと近づくと、横につけられた馬車へと促される。
春樹はそれに従い、馬車へと乗り込み、それを見届けるとクラージュも乗り込んでいく。
御者の合図で馬車が動き始める。
馬車は巨人が通れるほどの門を通り抜け、建物へと歩みをすすめる。
窓から外を見れば、雲ひとつない美しい空が見え、その下には緑色に染まった絨毯が、広大に広がっている。
春樹は、東京ドームが何個入るかなぁなどと考えつつ、時折すれ違う馬車や追い抜いていく人々に気づいて、そちらに目をやる。
「たくさんの人が出入りしてるんですね。」
「はい。ここで働くもの、職を探しているもの、取引にきたもの、自国他国の関係者で主人に用のあるもの、などさまざまな者がこの館を毎日訪れますので。」
「主人が商人だから、取引て言うのはわかるんですけど、職探しっていうのは?ここで雇うってことですか?。」
「ここで雇うに値するものは雇いますし、ほかの職へ斡旋を行ったりもします。主人のもとには毎月、人手が足りていない職の情報が届けられますので、それをもとに采配が行われるのです。」
職業斡旋?ハローワークのようなイメージが頭に浮かぶ。
「それじゃ、他国の関係者がここに来るっていうのは?それも取引ですか?」
「理由は様々です。単に他国の貴族が直接品定めに来ることもあれば、貿易の話で他国の大臣が来られることもあります。」
「貿易…。ただの商人が他国の大臣と直接話せるものなんですか?」
春樹のその質問にクラージュは笑顔を見せる。
「さぁ、到着です。」
なんだかはぐらかされた感が満載だったが、気づけば建物が視界に入りきらないほどの位置にきていた。
馬車は正面玄関の前まで来て停まる。
クラージュの後に続き、馬車から降りた春樹は、建物を見上げ、感嘆の声を漏らす。
「おぉ…」
外壁は煉瓦造りで、いくつもの窓が等間隔で備え付けられており、部屋の多さが伺える。所々にはテラスが設けられ、外の空気を気軽に感じられるように造られている。
現に、いくつかのテラスには人の姿があり、数人で話したり、1人で風景を見たり、思い思いのことをしているようだ。
見上げていると首が痛くなってきた。さっき門の前で感じた高さの比ではなく、その尋常ではない高さがはっきりと分かった。
「まずは主人の元へ参ります。」
クラージュに促され、首をほぐしながら春樹は歩き出す。
玄関というか、入り口の広間の中に足を踏み入れると、今度は新奇な内観に目を奪われた。
中央にはロビーが広がり、天井は吹き抜けになっている。吹き抜けにはステンドグラスのような色鮮やかなガラス細工が満遍なく使用され、太陽の光を通すことで何色もの鮮やかな光線となり、建物に入り込んでいる。
そのままロビーに目を向ける。
ロビーからは3方向へ通路が伸びており、どの通路にも多くの人が行き交っているのが伺える。中にはメイド服の姿も見受けられ、建物で働く者だと推測できた。
ふと、クラージュの行方を探すと、左の通路へと歩を進めていることに気づいて、春樹は後を追いかける。
そして、クラージュに追いつき、再びロビーに目を向けた。
ロビーの中央には、三角形を作るようにカウンターが並んでいて、その周りを取り囲むように長椅子が並び、多くの人々が座っている。
カウンターの中では、数人の女性が忙しそうに行き来し、周りで座って待つ人々を順番に呼び、少しのやりとりをしては書類を渡して進む方向を案内している。
おそらくあれは受付カウンターなのだと、春樹は推測する。
「あそこで要件を伝えると、受付から担当者へ連絡が行き、対応してもらえます。」
クラージュはそう言って、カウンターを指差す。春樹がその先に目を向けると、ちょうど1人の受付の女性の前に、小さな円が光り現れたところだった。
その女性は、光る円に向かって何やら話しかけて、それが終わると円は消え、次の人を呼びつけていた。
「法陣というものはご存知でしょうか?」
春樹の難しそうな顔に気づき、クラージュが問いかける。
「いえ…魔法陣なら聞いたことありますけど。」
春樹は左右に首を振る。
「簡単にですが…この世界には5原則の理がございます。5つの原則があり、その原則には様々な性質があります。その性質を組み合わせることで、一つの現象を生み出すことができるのです。」
クラージュは続ける。
「5原則の他に陰陽というものがあります。この2つについては性質が多岐に渡っております。一つ一つの性質は大した効果はありませんが、5原則と組み合わせると幅広い事象を起こすことができるのです。さっきの女性が行っていたのは、こういったことです。」
(あの光る円が無線機……みたいなことだろうか。)
春樹はクラージュの話を整理する。ただ5原則にどんな性質があるのか今の話ではわからない以上、どんなことが起こるのか具体的にはわかるはずもない。
なんとなく思いついたことをクラージュへと投げかけてみることにした。
「例えば、空を飛んだりとかもできるんですか?」
クラージュはニコッと笑った。
「残念ながら、人はいまだに空を飛ぶことはできません。高くジャンプするなどは、法陣を極めればできますが。今からお見せする昇降機も法陣の応用で動きます。」
そう言ってクラージュは、ある一室の前で立ち止まった。
ドアはなく、入り口の幅は10mくらいだろうか。
中を見渡すと椅子など調度品はなく、四隅に花瓶の飾られた台があるのみ。壁はいたって普通の壁だが、床には大きな円に沿って文字のようなものがびっしりと描かれている。
空間と呼ぶほうがしっくりくるであろう部屋の中を、春樹はゆっくりと見渡していく。
そうして入り口の方へと向き直ると、クラージュが入ってきて入り口の横に立つ。クラージュが立つ前の壁には、丸い紋様のようなものが描かれていて、手をかざすにはちょうど良い位置である。
そう考えていると、クラージュがその紋様に手をかざす。
ズッズズッ!
クラージュの手がそれに触れた瞬間、床の文字が鮮やかな光を発する。そして、光に沿って床が円形に変化すると同時に、上昇し始めた。
「ななななななっ!?」
春樹は何が起こっているのか分からず、今まで出したこともないような悲鳴、いや奇声を上げ、春樹はクラージュにしがみついていた。
「初めての方は大抵そうなりますよ。」
クラージュは正面から視線をずらすことなく、一瞬、無邪気で悪戯な笑みを浮かべた。それと同時に微かに感じていた重力がなくなり、床が元に戻っていく。
「到着です。」
「えっ?!もう?!」
"昇降機"という言葉から、エレベーターのような物だろうと推測はしていたが、想像を超える経験に不思議な感覚を残しつつ、春樹はクラージュに続き部屋を出た。
出た瞬間、今度は違和感を感じる。その正体はすぐにわかった。よく写真なんかで、水面に風景が反射している幻想的な作品を見るが、そんな比ではない。
床が透き通りすぎている。まるで全面鏡ばり。
春樹が下を覗けば、下の春樹もまた、上を覗いているのだ。
(こっこれは…スカートとか履いていたら…ちょっと…w)
幻想的な瞬間でも、若さ爆発の妄想を繰り広げようとした春樹に向かって、クラージュが一言投げかける。
「この階には、ドレスなどお召しになる方は来ませんよ。」
ふふっと笑みを浮かべるクラージュへ、春樹は苦笑いを浮かべる。昨日からなんかもう全部読まれている気がして、ほぼ諦めてはいるが、
「クラージュさんって、絶対読心術か何か使えますよね。」
「あいにくそのような便利な技は持ち合わせておりませんな。」
その言葉に春樹はふぅっとため息をつく。そして、気を取り直し、歩きながら改めて内装に目を向ける。
通路の両サイドには赤や青、緑などの宝石や金で装飾された無数の壺が、寸分の狂いもないほど等間隔に並べられている。その通路を少し歩けば、開けた空間が現れる。左右の壁には、どこでどうやって書いたのだろう、とてつもなく巨大な絵画が掛けられている。
描かれているものは、左は慈愛溢れる仕草で手を広げている天使、右は何か思案するように顎に手を置き、おぞましいほどの笑みを浮かべている悪魔だ。
その左右対象さは、芸術的な雰囲気を醸し出してはいるが、絵のリアルさが相まって、少し不気味に感じてしまう。
少し肌寒さを感じつつ、目線を前に向けると、獅子の顔の彫刻が飾られたドアが見えた。クラージュはすでに、その扉の前に立って、春樹が来るのを待っている。
春樹はドアへと歩を進めながら、これから会う人物について思案する。
クラージュが主人と呼ぶその人は、世界を股にかける大商人だと言う。建物から何から何まで、想像の域を超えるものをたくさん見せつけられた。春樹の頭の中には、髭面の小太りのおじさんが想像されている。
(一体どんな人物なのだろうか…)
ドアの前に立ち、頭の中で考察を繰り広げているうちに、目の前のドアが開かれた。
「入っても…?」
クラージュに確認し、部屋に一歩踏み入れる。
とてつもなく吹き抜けた天井。
左右には一体何冊あるのだろう、無限を感じさせる数の本たちが並らんでいる。それらが整列している本棚はかなり複雑に立ち並んでおり、一体どんな構造をしているのかすぐには理解ができそうもない。
続いて正面に目を向ける。窓とは言い難い、全面ガラス張りの壁。その外を鳥たちが羽ばたき通り過ぎていくのが見える。
そして、ガラスの壁の前には、積み重なった書類や筆などが乱雑に置かれている、木製のデスクがポツンと佇んでいる。
しかしながら、その主人の姿はどこにもない。いろいろと周りを見回してみるが、やっぱり誰もいない。
「クラージュさん、誰もいませんよ?」
そう言って春樹が後ろを振り返った瞬間、目の前に逆さまのお面が目に入った。半分は優しい微笑みを浮かべる天使、もう半分は無表情の悪魔の仮面。
「ぶぅっわぁ!」
驚きのあまり、奇声を発して尻餅をつく春樹に対し、仮面の主は笑い声を上げた。
「きゃははは!引っかかったぁ!ちょ〜受けるんですけどwww」
仮面の主は、天井から逆さまに釣られたまま、笑っている。
声と背丈からすると、おおよそ小学生くらいだろうか。白と黒を基調としたロングコート、ツインテールの髪は半分が白髪で、もう半分が艶やかな黒。幼さの抜け切れない声で、顔立ちは仮面で隠れてわからないが、性格は…悪そうだ。
「ねねね!クラージュ!今のはどうだった??」
逆さ吊りの状態のまま、少女は愉しげにクラージュへ話しかける。クラージュも『お見事です』と言わんばかりに和やかに微笑んでいる。
「2人の世界で満足しちゃってるとこ、すみませんけど…これは一体どういう状況で…?」
「黙ってもらえるかしら?」
「え…?」
思いもよらぬ言葉のクロスカウンターに春樹は言葉を飲み込んだ。
逆さまの状態から器用に着地をして、その少女は立ち上がり、春樹を睨みつける。
「私は普段、ここからほとんど動かないの。それが昨日はなぜかたまたま隣町の用に赴いた。帰りがけにたまたま大樹の前を通った。そしたら従者があんたを見つけた。クラージュが、この前では死んでしまうというから仕方なく連れてきたの。本来しないことをした結果、あんたがここにいる。私にとってあんたはイレギュラーなの。あたしは自分のペースを乱されるのが本当に嫌いなの。」
唐突に、単調な声色で、淡々と冷ややかに話す少女には、先ほどまでの子供っぽい雰囲気は一切ない。仮面の下からは、明らかに怒りのオーラが漂っている。
突然の張り詰めた空気に、春樹は言葉を失い、無意識にクラージュに視線をそらす。
「ルシファリス様、あまり客人をいじめないでください。」
クラージュは少女へ頭を下げて、請願する。
「クラージュがそういうのなら、まぁいいわ。正直なところ、あんたのことを詳しく聞きたいのも事実だし。」
ルシファリスと呼ばれた少女は、デスクへと向かう。
「ちょっと言いすぎたところもあるけれど、あんたにはまず、自分の置かれた状況を理解してもらう必要があるわ。」
デスクに腰をかけ、仮面をはずしながら、まっすぐと春樹を見据え、少女はそう告げるのであった。
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