召喚編 1-1 目覚め
ザワザワ…
人の話し声が聞こえる…大勢の…食べ物の匂い…暖かい…
「ん…」
目を開けると光が…眩しく感じる。少しずつ目が慣れ始め、辺りを見回す。
見知らぬ部屋。
夕暮れ時だろうか、部屋全体が橙色に染められ、窓から差し込む光が部屋の一部を静かに照らしている。正面を向くと扉がある。何の変哲もない扉。声はその向こうから聞こえた。
ベッドから起き上がる。頭がまるで鉛のように重い。
「…ここは…どこだ。」
夢なのか現実なのか、よくわからないままベッドからゆっくり立ち上がる。声が聞こえるドアの方へ向かおうとするが、どれだけ寝ていたのだろう、足が思うように進まない。
やっとのことでドアノブに手をかけ、ゆっくりと開いていく。
その瞬間、聞こえていた声が一層大きくなる。
そして、目の前に広がる光景に声を失った…
格闘家よりも大きいであろう筋肉を備えた、まるでゴロツキのような男たち。手には赤色の液体が入ったグラスを持ち、肩を組んで楽しそうに話している。
その周りを小柄な女性たちが忙しそうに走り回っている。広間の中央には少し高くなった場所があり、その上では寸分の狂いもないダンスを披露している赤や緑、金髪の女性たちが、ギリギリのラインを死守している。
一方で隅の方では、片目は紫の髪で隠れ、妖艶な雰囲気を醸しながら飲み物を嗜む女性や、軍服のような格好でテーブルを囲みながら話をする男たちなどもおり、まるで大宴会場、様々な笑い声や音楽が鳴り響き、人々が思い思いの場所で宴を楽しんでいる。
何より驚いたのは、トカゲや熊などの動物が鎧や服を着て二足歩行していることだ。しかも人間と普通に話し笑っている姿は、にわかに信じがたい光景だ。
春樹は思わず唾を飲み込む。
背中を冷たいものがつたっていく。言葉に詰まり、うまく喉から声が出せずにいる。
(ここはどこだ?何でこんなところにいる?夢?それにしては鮮明すぎる!)
声も出せないまま、思考の渦に飲み込まれている春樹に向かって、声がかけられる。
「お目覚めのようですね。」
我に返り、はっとする。
声がした方に顔をやると、1人の初老の男性が立っている。漆黒の燕尾服に白髪まじりのオールバック、端正に整った顔つきには綺麗に揃えられた口髭がとても似合っている。瞳は蒼く、鋭い眼つきながらも表情はにこやかで、今にも優しさがあふれ出てくるようだ。
急に声をかけられ、どうしてよいかわからずにしていると、男性が再び声をかける。
「あなたは大樹の近くで倒れていらっしゃいました。今外は寒さが厳しい。このままでは凍死されてしまうため、僭越ながらここへお運びいたしました。」
男性はそう言うと、ニコッと笑った。
「自己紹介が遅れましたね。私はレイ・クラージュと申します。」
「えっ榎本春樹…です…」
相手からの急な自己紹介に、言葉に詰まりながらも対応する。
「ハルキ…珍しい名ですね、この辺りではあまり聞かない…東の国か、あるいはその先の…」
クラージュは春樹の名前について、ぶつぶつと深く考え込んでいる。
「あ…あの…」
「…おっと!これは大変失礼を。考え込むと周りが見えなくなるのは昔からの癖でして。とんだご失態を…」
恥ずかしそうに胸に手を当て、クラージュは頭を下げる。そして笑顔で春樹に向き直った。
「お腹はおすきではないですか?まずはご夕食でもいかがですかな?」
誰からにも信頼されそうな笑顔で問いかけるクラージュの言葉に、春樹は少し悩んだ表情を浮かべる。
「ここは…どこなんですか…?」
クラージュは春樹の言葉に頷き、こちらへと言わんばかりのジェスチャーで、春樹を促しつつ、歩きながら話しはじめた。
「ここはアルフレイム国の中央に位置するヴォルンドという街です。鍛治が盛んで、多くの武器や防具から生活で必要な食器類、高価な装飾品などを多く他国へ産出しています。この店は、まぁ見ての通り酒場ですな。あなたはこの街から北へ向かうとある、大樹の麓に倒れていらっしゃいました。隣町への用を済ませた帰りにあなたを見つけ、ここへ運んだというわけです。」
クラージュは春樹の方は向かずに、簡潔に必要なことだけを述べ説明してくれた。
(この人の言葉は、なぜかほっとする…)
クラージュの雰囲気というか、言葉尻は春樹の心を優しさと暖かさで包み込んでくる。
いまだに現実か夢かはわからないが、少し冷静になって思考を巡らせる。
「その大樹にいくことはできますか?」
クラージュへ尋ねる。
どう考えても『大樹』というフレーズはフラグだ。
RPGならまずそこに行くべきだろうなどと、ゲームで培った思考スキルを満遍なく発揮する。
しかし、ことはそう簡単には進まないのもRPGの醍醐味だ。
「いけないことはないですな。ただ人の足だと2日、もしくは3日といったところ。行って戻ってくるなら7日くらいはかかります。それ相応の準備が必要ですよ。」
それを聞いて、春樹は落胆する。
それほどまでにかかる距離など、歩いたことはないし、歩こうとも思わない。
乗り物をゲットするイベントをどこかで発生させないとな、などと再びRPG思考スキルを発揮しながら足を止め、
(ていうか、乗り物を借りればいいんじゃね?)
このクラージュさんに乗り物をお願いしたら、貸してくれたりするかもしれない。
短絡的な考えで、春樹はクラージュへ視線を向ける。
…一瞬であきらめた。
春樹の考えを見通すかのように、ダメですと言わんばかりの視線が、こちらを見据える。
再び歩き始めるクラージュに続き、春樹も歩き出す。
沈黙の中で、ポケットに入っている携帯電話の重みだけが感じられる。自分自身の短絡的な思考に恥ずかしさがこみ上げてくる。
そう俯いている春樹へ、クラージュは立ち止まり声をかける。
「ハルキ殿、今どうにもならないことを考え悩んでも仕方ないことです。まずは腹ごしらえとしっかりとした休養を取ることをお勧めしますな。私とてお連れしたからにはこのまま、というわけにはいきませんし、まずは明日、私の主人の元へお連れする予定ですから。」
「…主人?」
「この街へお連れすることを許可したのは、我が主人ですから。」
クラージュはまたニコッと笑い、歩き出した。
やはりクラージュの笑顔を見ると何故だか気持ちがスッと落ち着いていく。
(そうだな。不安はあるけど考えすぎても仕方ない。)
春樹はそう思い、クラージュへ続いて歩き出した。不安がまとわりつく春樹の心を、不思議と高揚感が染めていった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
榎本春樹21歳、バイトで生計を立てているニート。正確には立てていた、だが。
好きでもない仕事はやりたくない、自分の天職を見つける、と言って高校卒業後に上京した。
別に地元が嫌いだったわけではない。むしろ愛していると言っていい。仲の良い友達や幼なじみは皆、地元で進学か就職をしているし、思い出の深い場所はたくさんある。
しかし…結局のところやりたいことは見つからずにバイトに明け暮れる日々が続いた。1日を生き抜くことの難しさ、働くことの大変さ、そして、これまでどれだけ自分が甘えていたかを痛感させられた3年だった。
この3年に意味があったか、なかったかで問えば、答えは『あった』だ。自分の無力さを痛感できた。1人では生きていけないことを哀感した。
とりあえず戻ってこい言う父の言葉が嬉しくて悔しかったのを覚えている。
そして、自分は実家に帰る道中だったはず…
「…ふぅ」
食事を終え、部屋に戻り、ベットに横になる。天井の染みを数えながら、春樹は思い返す。
食べた料理はどれも美味しかった。全てがリアルに感じられた。
それならば、何故こんなことになったのか…
思い出してみる。
実家へ向かっていた途中、地元でよく知る公園の駐車場に寄ってコーヒーを飲みながら小休憩を取っていたはずだ。
しかし、そこから先が思い出せずにいる。
苛立ちからふと目を閉じた瞬間、まぶたの裏にノイズが走る。
「うっ…」
ある扉の映像がノイズとともに頭の中に映し出される
(扉…)
木の幹に現れた何の変哲もない扉。体の芯が凍るような冷たい風が吹き抜けた後、扉を見つけたのを思い出す。しかし…そのあとがどうしても思い出せない。
ヴ…ヴヴゥ…
またノイズだ…まぶたの裏が熱い。
しかし、いくら考えても全くと言っていいほど、そこから先の記憶を呼び戻すことはできなかった。
そうして記憶を辿るうちに、春樹はドロドロとしたまとわりつくような眠気の先に、小さく光るその扉を感じながら、うつらうつらと眠りへとついた。
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街の路地裏。
暗闇の中に1つの灯りが見える。
灯りと共に人影が人影が一つ。
フードを深々と被っているため、顔は見えないが、ローブを見に纏っている。灯りの揺れに反応して、その影が周りの建物に大小に映し出されている。
小走りで、路地裏を進んでいくその影は、ある建物の前で立ち止まる。それと同時に灯りも消える。
“コンコン”
ドアをノックすると、中から1人の男が顔を出す。男も同様にローブを身に纏っている。
「…きたか」
男はそう言って、招き入れる。建物の中はひどく埃っぽい。部屋の中央に無理やりにスペースをつくるためか、隅々にはテーブルや椅子、食器棚などの生活用品が乱雑に積み上げられ、拡がったスペースの真ん中にテーブルが並べてある。
「こちらの準備は万端だ。」
ローブは、コクっとだけうなずく。
「情報に間違いはないな…?」
別の男がローブへと問いかける。
「…私を疑うのか…?」
「…い…いや、そういうわけじゃねぇ。」
男がたじろぐ。
「お、俺たちも失敗できないんだ…確認せずには動きづらい。そ、それくらいの確認は勘弁してくれ!」
ローブの者を招き入れた男が、庇うように声をかける。
「心配するな。目標は確かにそこにいる…」
それだけ伝え、ローブの者は部屋の隅に一つだけ置かれたイスへ腰かける。
男たちは気づかれぬように畏怖の視線をちらつかせつつ、話し始める。
「…では、予定通り明日、作戦を遂行する。」
周りの者たちもその言葉にうなずく。
そうして、男たちは作戦の内容を確認し始めた。
男たちが打ち合わせを始めてから、約半刻が過ぎた。
“カタっ“
男たちの打ち合わせが終わったところを見越したように、ローブが立ち上がる。それと同時に皆の視線がそちらへ向く。
「…失敗したら、わかっているな。」
そう吐き捨てるように告げると、ローブは入ってきたドアへと向かう。
男たちは無言でうなずく。
その眼の色は、明らかに恐怖で彩られている。
男たちの様子を確認することもなく、静かに扉が開かれ、ローブが見えなくなった。
男たちは安堵する。
「得体の知れないやつだ…」
一同は賛同し、そして再び話し合いを続けるのであった。
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