召喚編 1-3 昔話と異世界人

ぱっちりとした大きな二重、紅に染まる瞳、幼くも整えられた顔立ちには品性高潔さが感じられ、可愛らしさと大人っぽさが同居している。


まっすぐ目を向けるルシファリスに対し、春樹は動揺を隠せない。ルシファリスが何のことを言っているのか理解できない。



「置かれている…状況?」



ルシファリスは静かに、ため息をついた。



「単刀直入に聞くわ。なぜあそこにいたの?」



ルシファリスの問いかけに、春樹は頭を左右に振る。



「それが…よく覚えてないんだ。」


「何か思い出せることは?」


「…公園でコーヒーを飲んでたんだ…そしたら冷たい風が吹いて…扉を見つけた…」



春樹は下を向く。



「気づいたらベットの上だった…」



片肘をつき、頬杖をついたまま春樹の話を聞いているルシファリスは、苛立ちを隠さず指でデスクを鳴らしている。



「どんな扉?」


「…思い出せないんだ」


「なんでもいいわ。思い出せることを教えてちょうだい。」


「…思い出そうとしても思い出せないんだ。」



その言葉を聞いて、ルシファリスの指が止まった。

そして、バンっ!とデスクを叩き、



「どんなものだったの?見たんでしょ!?形、模様、木製なの?鉄製なの?それぐらいのことすら思い出せないわけ!?」



ルシファリスは怒りをあらわにする。



「ルシファリス様。」



クラージュの声に、ルシファリスは怒りを吐き出すようにため息をつき、再び腰かける。



「…確かに扉はみた。けどそれが一体なんなのか、俺だって知りたいんだ!いきなり状況を説明しろなんて言われても…分かるわけないだろ!」



春樹はビクついた様子で反論を投げかける。

すると、ルシファリスからため息とともに、思いもよらない言葉が返ってきた。



「あんた…このままだと殺されるかもしれないわ…」



その言葉を聞いた春樹は、一瞬、何を言われたのかわからなかった。

理解ができない。その理不尽さに急に怒りと焦りがこみ上げてくる。



「殺される…?どういう意味なんだ?」



「言葉通りよ、あなたは今後命を狙われ、殺されるの。」



”殺される“


こんな言葉に縁などなかった春樹にとって、いきなりお前は死ぬと言われて、黙っていられるはずがない。


ついカッとなり、



「理由を聞いてるんだ!なぜ殺される?悪いことなんかひとつもしてないぞ!何で殺されなきゃならない?!」



声を荒げ、春樹はルシファリスの方へ駆け寄ろうとする。


その瞬間、


背中に鈍痛を感じたかと思えば、前方へと倒れ込む。とっさに手を出そうとしたが、出せない。



「ぐァ…?!」



受け身を取れずに、床とのファーストキスを交わす。残念ながらレモンではなく、鉄の味が口の中に広がる。


気づけばクラージュに押さえ込まれ、冷たい声がかけられる。



「少し頭を冷やしましょう。」


「いきなり連れてきておいて、殺されるとか意味わからんことを言われた挙句、この扱いかよ!」



親切にされた恩はあるが、こんな扱いをされる覚えはない。鼻血を出しながら春樹はクラージュへと叫喚する。


鼻が熱く痺れている。

頭の中には怒りと焦りがミキサーで混ぜられたようにグルグルと回っている。



「ルシファリス様は、ハルキ殿に状況を理解せよとおっしゃられた。意味は…わかりますな?」



先ほどまで冷たかったクラージュの声が急に暖かく聞こえ、頭の中に響いていく。春樹は頭の中にあった怒りの渦が、ゆっくりと速度を緩めていくのを感じる。


なぜだろう…やはりクラージュの言葉を聞くと気持ちが落ち着いていく。あれだけ頭に来ていたのに。


春樹は冷静になり、クラージュへゆっくりと視線を送る。

クラージュは頷き、ニッコリ笑い、手を離した。


春樹が立ち上がると、ルシファリスが目の前にいる。



「ほれ」



純白のハンカチを摘み、春樹へと手渡した。

春樹はそれを受け取り、鼻血を拭き取る。真っ白なハンカチが鮮血に染まっていく。



「言葉が足らなかったけど、事実は事実よ。今から説明してあげるわ。」




------------------




クラージュが持ってきた椅子に座り、春樹はルシファリスと向き合う。

デスクに腰を置き、鼻血が止まらずにいる春樹に向かって、ルシファリスは淡々と話し始めた。



まずこの世界について。


世界にはアルフレイム、ミズガル、ムスペル、ヨトン、スヴァル、ヘルへレイムの6つの国が存在する。

アルフレイムは妖精族、ミズガルは人間族、ムスペルは獣人族、ヨトンは巨人族、スヴァルは闇妖精族、ヘルへレイムは悪魔族の国である。

そして、それぞれの国はそれぞれの種族の王によって統治されている。


6つの国は3階層に分かれているとされており、1階層にアルフレイム、2階層にミズガル、ムスペル、ヨトン、3階層にスヴァル、ヘルへレイムが国を成している。そして、1階層から3階層まで中心を大樹と呼ばれている世界樹の木が貫いており、大樹を通して各国が繋がっている…らしい。


基本はどの国にも、どの階層にも行き来は自由である。

アルフレイムとミズガル、ムスペルは多少の友好関係にあり、人の往来もまぁまぁ多い。

酒場にトカゲ男や熊男がいたのはそのためだ。

ヨトンは一匹狼な国で中立的だが多少の交流はあり、スヴァルとヘルへレイムは他国とはあまり干渉しないという。



「ここまではいい?」



春樹が頷くのを確認すると、ルシファリスは昔話を始めた。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



その昔、まだ世界が平らで、国々の隔てがなかった頃、異世界から数人の人間が現れた。彼らは世界樹から現れ、各国それぞれに降り立った。

その異世界人たちには特殊な能力があり、その恩恵を受けた各国は徐々に影響を受けていった。



アルフレイムは長寿を手にし、ミズガルは様々な知識を得ることができた。

ムスペルは本能による進化が起こり、ヨトンは暴力と言えるほど強大な力を授かった。

スヴァルは信仰心に目覚め、ヘルへレイムは自尊心を得ることで自分たちを崇高した。


そして、それぞれが得た特性を活かし、国の形は独自に変化していく。


しかしながら国が力を得れば、やがて芽生えるのは『欲』である。各国の民は、自分たちが世界で優秀な種族であると思い始め、他国を蔑むようになっていった。


特にヘルヘレイムは、その高すぎる自尊心が故に、他国が自分たちよりも成長していくことが許せなかった。


自分たちが優秀な種族だ。

自分たちが世界を治めるべきだ。

他の国は自分たちに従うべきだ。


そうして、ヘルヘレイムが世界に反旗を翻すのに、そう時間はかからなかった。


ヘルへレイムが各国に侵攻するのに対し、ミズガル、ムスペル、ヨトンはそれを迎え撃った。侵攻を防ぐことはできたが、3国はあまりにも多くの犠牲を出した。


スヴァルは、ヘルへレイムを信じ尊っんだ。そうして彼らの侵略に加担する。


唯一、アルフレイムだけは戦わず、守護に徹した。それを可能にしたのは長寿の力だった。篭国され、ただただ体力を削られたヘルへレイムは退却を余儀なくされた。


争いは終わりを迎え、異世界人たちはいつの間にか姿を消した。後に残ったのは多くの犠牲者だった。


それから世界には、犠牲者たちを哀れむかのように、悲しみの雨が永きに渡り降り続く。

そして、その雨を吸って世界樹は成長を始め、やがてアルフレイムを頂点に世界を3つに分断した。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




「これはこの世界に語り継がれている成り立ちの物語よ。」



ルシファリスは静かに締めくくった。



「世界の成り立ちはわかったよ。だけどそれと俺とにどんな関係があるんだ?」



春樹の問いにルシファリスは口を閉じたままだが、代わりにクラージュが話し始める。



「その異世界人たちについてはほとんど記録がありませんが、アルフレイムの国立図書館に置かれる文献の1冊に一つだけ、ある記述があるのです。」



クラージュは、その一節を唱える。



「その者、奇妙な衣服を纏い、世界樹の麓に出ずる。髪は珍奇な黒髪で、聞き慣れない言葉を発する。」


「…もしかして、それが俺と一致していると?」



クラージュは春樹をじっと見たままだ。



「けど、俺は2人と会話ができている。その異世界人は言葉が通じなかったんだろ?」


「それは、異世界人が使っていた言葉がこの国に広がったからよ。」



ルシファリスは立ち上がり、ガラス越しに見える外界を眺める。



「この国は、必ず世界言語と異世界言語の2言語を学ぶの。アルフレイム以外の国では、学ぶかどうかは個人の自由なところが多いから、この国にいる他国の者に異世界言語が通じない場合もあるわ。」


「では、なぜわざわざ姿を消した異世界人の言語を今も学び続けているのか…」



ルシファリスは春樹へと向き直る。

春樹はその眼に圧倒され、唾を飲むこむ。



「…俺がここにいることが、その理由か。」



ルシファリスは静かに頷いた。



「あの物語には、最後に続きがあるの。」



''世界樹は最後に言葉を残す。『彼ものたち、再現せす時、世界は新なる力を得るであろう。その力に再び飲み込まれることも知らずに。』"



クラージュが最後を締めくくった。

春樹は考えを巡らせる。



「だけど、なぜ殺されなきゃならない。俺は人に与えられるような力なんて持ってない。俺がその異世界人とは限らないじゃないか」


「確かにそれについて、確証はないわ。でも、この世界の者にとって、異世界人ということだけで殺す理由になるのよ。」



春樹は訝しげな視線をルシファリスへと送る。



「街の者で、この話をそこまで信じているものは多くない。でも、王族や貴族など各国で権力のあるものたちは違うわ。皆、異世界人を恐れ、手遅れになる前に殺そうと考えている奴らが多いの。」



それを聞いて理不尽な話だ、と春樹は思う。

話を聞く限り、最初に力を受け入れたのは自分たちであろうに。力の使い方を誤り、罰を受けたのは異世界人のせいではない。


なのに、異世界人だけを悪者にしている。自分たちの過ちを認め切れていないのだ。


そうか、殺されるのか。



「あなたたちも俺を殺すということですか…」



春樹の心に恐怖に似た暗く冷たい何が落ちかける。

ルシファリスとクラージュへ、ゆっくりと視線を動かす。勝ち目はないだろうし、逃げ場もない。

そう思い、今度はゆっくりと視線を落とす。

悔しさと哀しさが入り混じった感情が、春樹の中に芽生える。こんなよくわからない状況で命を落とすのか…そう思い、目を閉じた。



「勘違いしないでほしいの。私たちにそのつもりはないわ。」


「え?」


「世界樹、そう大樹には意思がある。知っていたのよ。異世界人が来ることも、力を与えることも、その力を使えばどうなるかも。だけど、私たちは自分たちで考え行動すると決めているの。」



その言葉をすぐには理解できず、春樹の頭の中はさまざまな推測がぐるぐると駆け巡っていた。

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