第7話 散歩外出(公園編その①)

 リュウが公園内の駐車スペースが広くなっている車イス専用駐車場に車を停めた。

 「はい、着きましたよ。お手伝いするのでゆっくり降りましょう。」

 「もう着いたんかい?あっという間やな~。」さも寝ていなかった風に江藤さんが言った。

「江藤さん、いい夢見れました?」とハルキが聞くと、「余計なこと言わんといて。」と言って笑いながらハルキの股間を軽く叩いた。

「うおっ!」ハルキが抑えた声を上げると同時にスライドドアをリュウが外から開けた。

認知症の人が乗る園の公用車は子供を乗せる時と一緒でチャイルドロックを掛けておくケースが多い。万が一、走行中に開けてしまったら大変だからだ。これも事前に美久から聞かされていた。

 ハルキが何事も無かったようなフリをして入所者のシートベルトを外していると、後ろに座っていた沢野さんが自分でベルトを外して一番に降りようとしていた。

「沢野さん。」ハルキが声を掛けると、「いいの、いいの、俺の仕事。」と言って最初に降りてしまった。沢野さんは近くのベンチに腰を下ろすとじっとこっちを見ている。

「心配すんな。」リュウはハルキにそう伝えると助手席の志摩さんを抱っこするように降ろすと手引き歩行で沢野さんの隣に座らせた。そして沢野さんに何かを話し、直ぐに車に戻って来て他の入所者の降車介助を始めた。片手を手すりに掴まってもらい、もう片方はリュウが手を添えている。

 「足元気をつけて下さいね。慌てないで行きましょう。」リュウが、少し声を張り、ゆっくりと話す、これも大事な事らしい、気持ちが高ぶり急いで降りようとして転倒する危険が高いと美久が言っていた。慎重に最後の山富さんを降ろすと、手を添えて一緒にベンチに向かった。

 「ハル、ちょっと俺、クルマ回してくる。」そう言ってリュウが行こうとしたので、ハルキは「リュウさん、ここ車いす専用だから大丈夫っすよ。」と言うと、「ここは整備された公園だから、ウチ以外の施設も来るし、在宅の人も来るしな。特に今日は天気良いだろう?こういう場所はお互い様って事。今日は車いすの人連れてきてないしね。ウチは乗り降りの時だけ。ハル、沢野さん見守り一緒に手伝ってくれるからちょっと待ってな。」そういうと、颯爽と車に乗り込み手際良く一般車両エリアに車を停めた。本当にカッケ~と、ハルキの目はハートマークになっていたが直ぐに涙目になった。リュウがリアゲートを開けながら、大きな声で言った。

「ハル、志摩さんのシルバーカー積み忘れてるぞ!」美久に教わった外出の心得で言われていた肝心の事が抜けてしまった。リュウが小走りにベンチに来ると携帯で園に電話を掛けた。紗月さんに事情を話すと、既にポツンと志摩さんのシルバーカーが駐車場に置きっぱなしになっていたと美久が持ってきてくれたとの事だった。ハルキは「しまった、寄りによってアイツに。」と思ったが、リュウに謝罪し志摩さんにも謝罪した。リュウは「初めてだから俺が確認するべきだったな、悪かった。」と言われたが、ハルキは緊張と浮ついた自分がいたことも自分自身で分かっていた。

「本当すみません。」ハルキは血の気が引く感じだったが、リュウは「俺の責任。お互い次は気をつけよう。今日は俺が志摩さん手引き歩行でいくから、ハルも頼むぞ。」と言うと、「アニキ、俺もいますよ。」と沢野さんが鼻息荒く立ち上がった。」

「沢野さん、頼もしいな。ありがとうございます。」リュウがそう言うと満面の笑みで、「おう!行きましょう!」と力強く右のこぶしを突き上げた。それを見た江藤さんが、「喧嘩に行くんやないんだから。」と言って皆を笑わせた。

 公園中央にある池を一周して戻って来るのが定番のコースらしい。皆でゆっくり整備された花壇の花を見ながら公園内を散歩して行く。志摩さんも手慣れたリュウの手引き歩行で問題なく歩いている。何度も「アンタは手が暖かいね~。」と頷きながら。ハルキも江藤さん、山富さんの間に入りながら談笑しつつも、何かあった時には直ぐに対応できるよう程よい緊張感を持っていた。

 平日といえ新興住宅地内にある公園、天気の良い五月晴れ、地域の人々も散歩を楽しまれていた。中には、自慢の愛犬を連れている方もいる。すれ違いざまに、リュウが「こんにちは。」と挨拶をすると、釣られて志摩さん達、入所者も「こんにちは。」と挨拶をする。「こんにちは。」と返してくれる方や、そこから「良いわね、散歩に来られて。」と話し掛けてくれる方もいれば会釈で済ます人、何も言わない人もいる。ハルキが「リュウさん、愛想良いっすね。」と言うと、笑いながら「仕事中だろ。まあ、挨拶しないよりした方が良いだろう?俺らサービス業だし。それから施設は地域に認めて貰わないとな。」と言った。ハルキはなるほどと感心しながらさっきの駐車場の件もそういう事なんだと思った。

 小型犬と散歩しているマダム風の女性とすれ違った時、ハルキがリュウより先に「こんにちは。」と言った。女性は軽く頭を下げたが、言葉は発しなかった。その時、沢野さんが「あんな犬ころッに服着せて、犬も大変だな。」と言った。慌てて、リュウとハルキが「沢野さん!」と諭すように言うと、続けて「むかし若いころ、食う物無くて食った事あるんだよ。赤毛のは旨いんだよな~。」年を取ると一言多いとか、認知症の人は思ったことを直ぐに口にするとか言うがそれは本当だ。ただ今は、内容が衝撃過ぎてマダムに聞こえているかどうかが気になった。視線をマダムに向けると、表情は見えなかったが足早に去っていった。冷汗をかきながらも、リュウとハルキは顔を見合わせ笑ってしまった。二人とも犬に服を着せることは沢野さん同様、犬が大変だと思っていたからだが。

間髪入れずにハルキは沢野さんに「犬食ったことあるって本当っすか?」と聞いた。

 「本当だよ、サンヤにいる時ね、ヒロポン買う金なかったから。血も売ったよ、だから病気になったのかな~」沢野さんがそう話すと、リュウが「沢野さん、ハルキ君その話はここまで。散歩楽しもう。」と話の腰を折った。 ハルキはサンヤ?ヒロポン?血を売った?等、訳が分からない事だらけだったが、妙に興味をそそられていた。しかし、リュウの「ハルキ君」という言い方の時は、何かしらの意味があるという事は察していたのでそれ以上の詮索はしなかった。

 ちょうど折り返し地点の池に着いたところでベンチに座って休憩する事になった、いつものルーティンらしい。リュウがポケットから飴を出すと皆、条件反射のように手のひらを上にした。包んである紙から飴を出して一人一人に載せると、各々「ありがとよ。」、「ご馳走様。」、「頂きます。」と言って飴を口に放り込んだ。ハルキはリュウから詰まらせないようしっかりと見守りするよう言われた。歯の一本もない志摩さんはチュッパチュッパと音を立てて美味しそうに食べている。自歯がある沢野さんは、ガリッガリッと噛み砕きながら食べている、食べ方は人それぞれだが、ちょっと散歩して外で食べる飴は格別のようだ。ハルキが志摩さんに「美味しいですか?」と聞くと、「旨いよ~。お前はないのか?」と言って口から飴を出し、「ホラッ、食いな~。」と差し出した。ハルキが慌てて「大丈夫、志摩さん。気持ちだけ頂くね。」と言うと、「そうか?」と言ってまた飴を自分の口に入れた。リュウが「この時代の人たちは優しいだろう?こうやって助け合ってきたんだろうな。」と言った。確かに、仕事をしていると食事中やおやつの時にこういう場面を見たことが何度かある。それは職員に対してもだし、入所者同士でもだ。

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